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08/19のツイートまとめ
yamadori0250

『2017年08月18日のつぶやき』UFOアガルタのシャンバラ 日本は津…|https://t.co/YQlUtjCvQu
08-19 01:37


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08/18のツイートまとめ
yamadori0250

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼の… https://t.co/6LIl1qvqsE #jugem_blog
08-18 18:38

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼の… https://t.co/emdX6Cuprr #jugem_blog
08-18 18:37

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼の… https://t.co/ECOB8Fvmj6 #jugem_blog
08-18 18:36

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(3):_______________________________…https://t.co/aUEj2xI4UO #yaplog
08-18 18:31

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(2):『龍の棲む日本』黒田日出夫   岩波新書 2003/3/20…https://t.co/tZP6QlPKc4 #yaplog
08-18 18:29

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(1):『越後の民話 第二集』   日本の民話70水澤謙一 編  未来…https://t.co/C1KYjbxewu #yaplog
08-18 18:28

『夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(3)』UFOアガルタのシャンバラ 日本は津…|https://t.co/lywfnBmEz4
08-18 17:38

『夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(2)』UFOアガルタのシャンバラ 日本は津…|https://t.co/CDTDq6ANCh
08-18 17:35

『夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(1)』UFOアガルタのシャンバラ 日本は津…|https://t.co/uYAtoHPt3b
08-18 17:33

夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。(3) https://t.co/fSaUNNDwS5
08-18 17:30


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夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。

 

『越後の民話 第二集』   日本の民話70

水澤謙一 編  未来社  2017/3/21

 

 

 

<昔話を追って>

・「越後の民話」が刊行されたのは、昭和32年。あれから、すでに20年が過ぎて、その第2集(昭和538月)がでることになりました。この20年間、越後の昔話に徹して、上中下越地方の村や町に、昔話を追いつづけてきました。

 

<かくれ里1)  【長岡市麻生田町】>

・あったとさ。

 ある山に、大きなほら穴があった。そのほら穴の前に、いっつも牛をつれてきて、仕事している男がいた。

 ある日、男はまた、ほら穴の前に仕事にきて、一休みしているうちに、眠ってしもた。目をさまして見たら、牛が、何万何千という、たくさんのアリに、ほら穴のなかへひっぱりこまれるところだった。男はたまげて、「おっ、おれの牛、どこへひっぱっていぐ」と、牛のたづなをひっぱるども、とても自分の力では、ひっぱり返すことができん。そして、ひきずられて、ほら穴のなかへはいってしもた。なかは広い野になっていて、畑が、見渡すかぎりつづいていた。一人の男がいて、

「お前の牛だかい。どうか、この畑を打ってもらいたい。ちっとばか、牛をかしてくれ」というので、「ああ、なじょも、使ってくれ」というて、牛をかしてやった。きれいに、畑打ちがすむと、ほら穴の男は喜んで、

「牛をかりたお礼に、このかねをやろう。かねのほしいときは、いつでもきてくれ。ただ、人にはけっしてこのことをいうな」というて、かねをくれた。それから、男は、かねがなくなると、ほら穴へもらいにいった。ある日、ほら穴のことを、つい、友だちに話してしもた。そして、二人で、ほら穴へいって見たれば、口がしっかりととじられて、もう、ほら穴のなかへはいることができなかった。

                下条登美(62)昭和42

 

 

 

かくれ里2) 【北蒲原郡豊蒲町切梅】>

・あったとさ。

 ある村に、たいそう働きものの男がいた。いっつも朝早くから、馬にくわせる朝草を、馬をつれて、山へかりにいった。

 ある朝げ、山でサクサク草かっていたれば、ツルクサのところから、白いひげのじいさんが出てきた。

「お前、頼む。その馬をつかって、おらの畑も、田も打ってくったせや」「あ、こっちだてば」というて、戸のようにかぶさっていたツルクサをとると、なかは大きなほら穴だった。穴のなかには、畑と田が、見渡すかぎりつづいていた。田はひろびろとして、畑には、モモやブドウの木が、たくさん植えてあった。おじは、「おらも、こぅけなどこに、住んだらよかろうな」と思っていた。白いひげのじいさんは、

「こやしをいれて、田と畑を、よう打ってくれや。」

「はあ、そうだかねす。」

 そして、こやしのあるところへいったら、刈ったほし草が、たくさんあった。男は、穴のなかの田打ちと畑打ちをして、

「じじさ、じじさ、おれば、ここのむこにしてくったせや」

「お前さえ、その気だば、なじょも、そうしてくれや。じつは、おなごももろてあるすかに、それを嫁にして、住んでくれ」

といわれ、おじは、その穴のなかの、かくれ里で、一生あんらくにくらした。村の人たちは、男が行方知らずになって、

「あの男は、あんまり働きもんで、馬といっしょに、神様に召しあげられた」と、うわさしていたそうだ。

               波多野ヨスミ(58)、昭和44

 

風の神と子ども    【小千谷市朝日】>

・あったとさ。

秋の日、山の村の子どもが34人、お宮で遊んでいた。そこへ、よその男が、フラリときて、「お前たち、ねら、食うもんが、いっぺあるどこへいぎたくねえか。ねらに。うまいもんを、いっぱい食わしてやるがな。」

「ほんねかい、おら、いぎたいな。」

「ほうせば、おらが、つれてってやらや。」

 その男は、尻から、しっぽのような長いもんを、ズーと出して、

「さあ、ねら、これにまたがれ。それ、いぐど」

というて、ゴーッと、ひと風吹かせて、空へまいあがった。しばらくすると、クリやナシやカキの、いっぱいあるとこへ、おろしてくれた。また、ゴーッと、ひと風吹かせて、クリやナシやカキの実を、バタバタと、おとしてくれた。子どもたちは大喜びで、腹いっぱいたべて、遊んでいた。

 夕方になると、その男は、

「ねら、ねら、おれ、忘れていたや。おら、これから、よそへいがんばならないから」

というて、まだ、ゴーッと、風にのって、どこかへいってしまった。子どもたちは、

「あっ、これはたいへんだ。村へかえりたくても、かえらんね」

と、泣いていた。もう、山は暗くなって、むこうに、あかりが、ピカンピカンと見えた。そこへいったれば、一けんのうちがあって、バタバタした、大きいばあさんが、火をたいていたって。

「ねら、どっからきたや。」

「おら、よその男の人から、長いしっぽのようなもんにのせられて、風にのって、ここへきた。クリやナシやカキを、たくさん、ごちそうになったども、その男の人が、どっかへいってしもて、おら、うちへかえらんねえ。」

そうか、その男は、おらどこの、きかんぼうの弟の南風で、ほんね、気まぐれの子だ。おらは、風の神の親どんだ。兄の北風というのに、ねらを送らせるすけ、しんぱいするな。

 そして、子どもたちに、白いマンマとトウフ汁をしてくれた。こんど、そのばあさんが、「あんにゃ、起きれ、起きれ」

と、北風を起こした。そして、子どもたちは、北風の長いしっぽにのって、ゴーッと、風にのって、村へかえってきた。村では夜になっても、子どもたちが、かえってこないので、大さわぎして、そこらをさがしていたとこだって。

            平沢キヨ(76)、昭和50

 

 

 

『若狭・越前の民話  第二集』    日本の民話73

杉原丈夫・石崎直義 編     未来社   2017/4/20

 

 

 

 

地底の国  【敦賀市】 >

・敦賀市の横浜に岡崎山という山がある。この山が海に面したところは、高いがけになっていて、その下に岩穴がある。ここにはじゃ(蛇)がいるといって、だれも近寄る者がない。

 むかし、八蔵(はちぞう)というさむらいがいたと。ウという鳥を捕らえようと思って、この岩穴の上のがけを、つたい歩きしていると、あやまって、さしている刀を落としてしまった。刀は海の水の中をひらひらとただよいながら、この岩穴の中へ流れこんでしまった。

 八蔵は、刀を失うのをおしく思って、海を泳いで、岩穴の中へはいった。穴の口は小船がやっとはいるほどの大きさである。曲がりくねった水路を泳いでゆくと、やがて広い所へ出た。海の深さは人のたけぐらいで、底には玉をしいたように石が一面にならんでいる。

 さらに進むと、穴が狭くなり、明かりもない。牛の毛がはえたような岩があり、ふく風も生ぐさい。そこを通りすぎると、水がなくなった。人が身をかがめてくぐれるほどの小さな穴があるので、その中へはいっていった。

 このようにして、暗やみの中を三日三晩ばかり歩いたら、向こうの方に少し明かりが見える。その明かりを目あてに行くと、夜が明けたように明かるくなり、広々とした国へ出た。家もあり、人もいる。けれども人の姿は鬼のようにおそろしい。

 八蔵は、「さては、地獄へ来たのか」と思うた。

 それでも、どんどん進むと、広場があり、宮殿が建っている。「ここは国の役所やろう」と考え、中へはいった。

 正面の上座に大将らしい人がすわっており、左右に随身がふたりいて、そのほか多数の役人らしい人が列座している。大将らしい人は浄衣(白い狩衣、神主さんの着ているような着物)を着、立えぼし(かんむり)をかぶっている。

 大将は八蔵を見て、「ここは人間の来る所ではない」といってしかり、家来の者に、「この男をすぐとらえて、ろう屋に入れよ」と命じた。

 八蔵は、「ちょっと待ってください。わたしがここに来たのは、刀をさがしに来たのです。先祖から持ち伝わったたいせつな刀が海に落ちて、この岩穴にすいとられたから、それを取りもどしに来たのです。刀さえ返していただければ、すぐ出ていきます」と弁明した。

 それでも大将はききいれず、八蔵をなわでしばりあげた。八蔵は、

「こうなっては、日ごろ信仰している観音さまにおすがりするよりほかはない」と考え、普門品を声高らかに読み上げた。

 すると大将をはじめ、一座の人は、急に姿勢を正し、上座からおりて、八蔵のなわをとき、「観音信者とは知らず、失礼しました」といって八蔵に敬礼をした。失った刀もどこからか持って来て、八蔵の前に置いた。

 八蔵は、刀をもらって、宮殿を出たけれど、帰り道がわからない。

「どうしよう」と思いながら、あちこち歩いていると、奥の方からかすかに鐘の声が聞こえる。それをたよりに走って行くと、大きな野原に出た。右左に道があったけれど、ただ鐘のひびきをしるべに、まっすぐ走っていった。あまり走ったせいで息が切れた。ちょうど小さい池があるので、水を手でくみあげて、息をついた。しばらく休んで、あたりを見回すと、山の姿や川の流れが、まぎれもなく、自分の国の杉津浦のお寺のほとりである。

「やれやれ、仏のおかげで助かった」と、むねをなでおろした。八蔵は後に、岡崎山のふもとに神社を建て、その刀を神さまとして祭った。

 

<百本の五徳   【敦賀市】>

・敦賀市の奥麻生の入り口に、おとめの滝というたきがある。むかし、このたきの淵にじゃが住んでいたと。

 そのころ、この村にかじ屋があったかじ屋のむすめは美しいので近所に知られていた。おとめの滝のじゃは、このむすめにほれこんだ。

 それでじゃは、若者に化けて、毎晩かじ屋をおとずれ、「むすめさんを、ぜひわたしのよめにくれ」とたのむやと

 かじ屋が、若者を注意して見るに、この若者は、ともし火で照らされても、かげがうつらない。かじ屋は、「さては人間でないな」と気づいたのやと。「相手がじゃでは、へたな断り方もできない」と思って、断る口実を考えたすえ、ある晩、

「そんなにいうなら、むすめをやってもよい。だけでわしの家は代々かじ屋や。かじの腕ききでないと、わしんとこのむすこにはできん。おまえがむこになりたいなら、一夜のうちに百本の五徳(火ばちの中にいれ、鉄びんなどをかけるもの)を打ってみい。一本でも足りなければ、だめや」と、若者にいうたのやと。

 若者は、「そんなことなら、わけはない」といって、すぐ仕事場におり、五徳を打ち始めた。トンテンカツ、トンテンカンと打って、九十九本になってしまった。

 かじ屋はおどろいて、鶏小屋へ走った。にわとりは、かじ屋が手にしていた明かりを見て、夜が明けたのかと思い、一声高く一番どり鳴いた。

 若者は、「あと一本というのに」とくやしがったが、そのまま姿を消して、二度と来なかったと。

 

竜宮城の入り口   【大野郡】>

・和泉村に穴馬というほら穴がある。今は白馬洞と称して、観光地になり、人が中へはいって見物しているが、むかしは、おそろしくて、中へはいる人はだれもなかった。穴馬というのは、大むかし、この穴から馬が出て空を飛び、またこの穴にもどって来たので、この名がある。

 あるとき、七左衛門という人が、この穴の奥がどれだけ深いか調べようと思って、たいまつや弁当を用意して中へはいった。穴の入り口は、人が腹ばいになって、ようやくはいれるほどの大きさである。入り口の所に、むかし馬がとび出したときの足あとがある。

 中へはいると、穴は少し広くなっている。道はしだいに下り坂になっていて、とちゅうにいくつも横穴がある。馬の頭の形をした岩や、つりがね形の岩もある。やがてさいの川原という所へ来る。ここは石ころがゴロゴロ転がっている。次に白堂という所がある。ここは両側のかべも天じょうもまっ白である。

 

・われ目の向かい側にも、また穴が見える。七左衛門は、容易してきた板をかけて橋にし、向かい側に渡って、穴の奥へ進んでいった。

 むかしは時計がないので、暗やみの中では時間がわからない。およそ7日間ぐらい歩いたら、急に広い所へ出た。どこからか光がくるのか、少し明るい。

 見ると、大きな川が流れており、川の向こうで女の人が洗たくをしている。女の人は、七左衛門を見つけると、「そこの男の人、この川を渡ってはなりませんぞ」という。七左衛門は、「ここは、どういう所でしょうか」とたずねた。女の人は、

ここは竜宮城の入り口です。人間の来る所ではありません。もしこの川をこせば、二度と人間界へもどることは、かないません。早くもとの道を引き返しなさい」という。七左衛門は、

それでは帰りますが、竜宮城の入り口まで来たという証この品を、何かください」とたのんだ。女の人は、川原の石を一つ拾って、

「この穴の出口に小さな谷があることは知っているでしょう。その谷の水にこの石をつけて、飲んでみればわかります」といって、その石を投げてくれた。

 七左衛門は、石をもらって、また7日間歩き、穴の外へ出た。穴の出口にある谷川にその石ころをつけ、水を飲んでみると、塩からい。いまでもそこに塩水の谷がある。この谷の水は、味が悪くて、他の水と異なる。

 

 

 

『日本怪異妖怪大事典』

小松和彦 監修   東京堂出版  2013/7/12

 

 

 

<UFO>

・空飛ぶ円盤、未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)の略語。英米ではユー・エフ・オーと発音されるが、日本ではユーフォーという読み方が一般的である。本来は空中を飛行する正体未確認の物体をすべてさすが、現在では宇宙より地球に飛来した地球外知的生命体の乗り物(エイリアン・クラフト)だという理解が大勢を占める。世界中で目撃報告があり、アマチュア研究家も多い。

 

・近代以前より空飛ぶ船・人間等の怪異の目撃はあった。「空飛ぶ円盤」の出現は1947年、アメリカのケネス・アーノルドの目撃証言に端を発する。アーノルドは自家用機で飛行中、「投げた皿か円盤が水面を跳ねるように」高速で飛行する9機の奇妙な物体を目撃、マスメディアがその物体を「空飛ぶ円盤(Flying Saucer)」と名付けて大々的に報道した。以降、円盤型のUFOが世界中で目撃されるようになる。

 

・初期のUFO伝承においては、地球外生命体は人類を導きに来た長身で優美な金髪の白人男女の姿で描写されていたが、冷戦終結以降は軍や政府と密約を結んで人体実験を行う存在という伝承に置き換わり、目撃譚における宇宙人の容姿も、小柄で体毛がなく、吊りあがった大きな目の「グレイ」タイプが主流となった。現在のUFO伝承は、墜落したUFOをアメリカ政府が隠匿し、秘密を探る者には口封じにMIB(メン・イン・ブラック、黒スーツの男たち)が差し向けられるとするなど、陰謀論的性格を強く帯びている。

 

・英米におけるUFO伝承には妖精伝承との共通性が指摘されている。宇宙人による誘拐(アブダクション)は妖精の隠れ里や取り換え子(チェンジリング)伝承と、UFOの着陸地に出現するというミステリーサークル(クロップサークル)は、妖精の踊った跡に出現するという妖精の輪(フェアリーリング)伝承と、UFOが実験のため牛を殺して血や臓器を抜くというキャトルミューティレーションは妖精が家畜を傷つけるという伝承と共通性を持つ。一方、日本におけるUFO目撃譚のほとんどは飛行する発行体の目撃例であり、火の玉やカネダマの伝承との共通性を持つと言える。

 

・UFO伝承は妖精・妖怪の遭遇譚・目撃譚の現代的変奏と言いえる特性を持ち、なおかつマスメディアによって伝播・変容・生成される、都市伝説の一領域ということができる。

 

<鬼>

鬼とは、さまざまな災厄、邪悪な出来事の原因として生み出された想像上の存在・霊的存在である。

 

・鬼は、通常、次のような属性・特徴をもっているとされる。その姿は人間に似ているが、筋骨たくましく、顔は醜悪で、頭には角が生えており、肌の色は赤や青、黒といった原色であって、左右の口から鋭い牙がはみ出ている。虎の皮のふんどしを締め、山の奥や天上界、あるいは地下世界、地獄などに隠れ住んで、夜陰に紛れて人間界に出没し、悪事を働く。

 

・例えば、鎌倉時代の鬼と思われる画像をみると、見ただけではとうてい鬼とは判定できない、角がない鬼もいれば、牛や馬のかたちをした鬼もいる。それがだんだんと画一化されていって、江戸時代になって、角をもち虎の皮のふんどしをつけた姿が、鬼の典型的なイメージとなったのであった。逆にいえば、こうした属性をもたない鬼たちは、鬼とはみなされなくなっていったわけである。

 

・鬼は集合名詞であるので、たくさんの鬼がいるということでもある。そのなかで、もぅっとも有名な鬼が、大江山の「酒呑童子」である。酒呑童子は、南北時代製作の絵巻『大江山絵巻』のなかに初めて登場してきた、伝説上の鬼である。

 

・さらに興味深いのは、鬼が怖ろしい者・否定的なものを表す言葉でありながらも、その子孫と称する人びとが散見されることである。大峰山の麓の洞川は、修験道の祖・役の行者に従っていた前鬼・後鬼のうち、後鬼の子孫の集落であるという。彼らは山で修行をする宗教者や信者の道先案内を勤めたという。また、比叡山の麓の八瀬も、鬼の子孫(八瀬童子)の集落であるといい、彼らは冥宮の従者である鬼の子孫で、天皇や天台座主などの葬送の折に、その柩を担ぐ役を勤めることを特権としていた。

 さらにいうと、播磨の国・書写山円教寺の修正会で代々鬼役を務める家も、自ら寺を開いた性空上人に従っていた鬼(護法童子)の子孫であると伝えてきた。

 

<あくろおう 【悪路王、阿黒王】>

・里の人々を悪事で苦しめていた鬼、または蝦夷の首長を悪路王という。朝廷から派遣された坂上田村麻呂によって成敗された。悪路王の首は玉造郡の鬼頭まで、体は鬼死骸というところまで飛んだと伝えるところもある。悪路王の妻は鬼女である立烏帽子といわれており、鬼女伝説が残っている。

 

<いぶきどうじ【伊吹童子】>

・酒呑童子の前半生を、近江国伊吹山に生まれた伊吹童子とするもの。お伽草子『伊吹童子』では、酒呑童子が大江山に移るまでが描かれており、異類婚姻や捨子、異常児、伝教大師の験力譚などを含みながら、童子を伊吹山の麓、比叡山の北谷、西坂、そして丹波の大江山へと移していく。

 

・また、源親光が伊吹童子を切った太刀は「童子切丸」と呼ばれ、所持者に次々と悲劇をもたらす呪いの太刀として知られている。

 

かくれざと【隠れ里】

・山奥、洞窟、岩穴、塚穴の奥、海底、淵、池、沼などの先にあると思われている理想郷、桃源郷、仙郷をいう。猟師や樵が偶然に紛れ込んでしまった人里離れた別天地。そこは心地よい気候の土地で住む人びとは争いごともなく平和でゆったりと暮らしを営んでいた。異境を訪問した者は歓待され、生まれて初めての心地よい日々を過ごす。日常の生活にもどり、もう一度訪ねてみようと試みるが不可能であった、と多くは伝承されている。

 山中で米をつく音や機を織る音が聞こえてきたり、川上から椀や箸が流れ着いたりする話もある。全国各地に分布している隠れ里伝説は、村人が椀貸し穴・椀貸し塚・椀貸し淵などから椀や膳を貸してもらったという椀貸し淵伝説、竜宮淵伝説、平家谷・平家の落人伝説とも共通している点が多い。江戸時代初期の『御伽草子』には「隠れ里」という作品がある。また、柳田國男の『遠野物語』63.64の「マヨイガ」に隠れ里の話が記されている。

 

・(秋田県)昔、秋田の田代沢の農民一人が深山に入り木を伐っていると、見知らぬ老翁が現れた。面白い所へ案内してやろうと奥地へ入ったところ、幽蒼な林の中に村があった。鶏や犬も飼われ、麻を栽培し、村人は豊かに見えた。二人はある家へ入り、ご馳走になった。酒はうまく、ヤナで取った魚は美味だった。村人はかわるがわる現れては接待した。どこからか「麦つき歌」が聞こえてきた。この村は麦を作っていた。村から帰った二人は、木切の現場まで来て別れた。その際、農民は「なんという村か」「その道の方向は」と老翁に聞いてみた。老翁は笑いながら「隠れ里だから」とのみ教えて姿を消したという。農民はその後も隠れ里への道を探して出かけたが、その村へ行くことはできなかった。

 

・(栃木県茂木町)夜、ドシンドシンと米搗きの音が聞こえる。この音を聞く人は長者の暮らしをすると言っている。この音は「カクレザトノコメツキ」の音である。

 

・(長野県松本市)カクレサト。信濃国松本領の猟人が谷底に落ちたところ、武田信玄のために滅ぼされた小笠原長時の一族が籠もる場所に迷い込んだという。人に知られると殺されるというので猟人は逃げて帰った。

 

 

 

『口語訳 遠野物語』  

(柳田国男) (河出書房新社)1992/7

 

 

 

<山田の蜃気楼>

 海岸の山田では、毎年蜃気楼が見えます。いつも外国の景色だということです。

それは、見たこともない都会のようすで、道路をりっぱな馬車がひっきりなしにとおり、人の往来もびっくりするほど多いそうです。家の形など、毎年少しも違いがないということです

 

 マヨイガ(三浦家の話)>

 小国の三浦某という家は、村一番の金持ちです。

しかし、いまから二、三代前の主人のころは、まだ家は貧乏で、妻は少し鈍い人でした。

 

この妻がある日、カド(門前)を流れる小川に沿って、蕗をとりに山へ入りました。が、よいものが少なく、いつの間にか、谷の奥深くまでさかのぼってしまいました。

  ふと気がついてみますと、目の前にりっぱな黒い門の家がありました。(おかしいな)とは思いましたが、門の中へそうっと入ってみました。広い庭には紅白の美しい花が一面に咲きほこり、よい香りがしてきます。鶏のたくさん遊んでいるかたわらをとおり、裏庭へ回ってみますと、そこには牛小屋があって、数多くの牛がおりました。また、厩には、なん頭ものみごとな馬がおり秣を食べていました。

  女はとうとう、玄関から家の中へ上がってみることにしました。一歩踏み込むと、開け放した次の間には、朱と黒のりっぱなお膳とお椀がたくさん用意されてありました。また、奥の座敷には火鉢があって、鉄びんの湯がチンチンとたぎっています。それなのに、どこまで行っても人影がありません。 ここまで来ますと、この気のよい女も(もしかして、ここは山男の家ではないか)などと思うようになりました。そう思い込むと、女は急におそろしくなり、谷川ぞいの道を、けつまずきながら、一目散に走って家へ帰り着きました。

 「とど、とど、おれ、たいへんなもの見で来たや」

  女はさっそく、山の中の不思議な家のことを語りました。が、夫をはじめ家の者は、だれ一人として本気にしませんでした。

 

  さて、ある日のこと。女が、わが家の門前で洗い物をしていますと、川上から、赤いみごとなお椀が一つ流れてきました。あんまり美しいので、女は思わず拾い上げてしまいました。しかし、これを食器として使えば、きっとまた「きたない」と、家の人たちに叱られるに違いありません。女は、どうしても欲しくなり、これを拾うと、ケセネギツの中に、そうっとかくしておきました。米や麦を計る入れ物にするつもりです。

 

  ところが、このお椀で米や麦を計りはじめてからは、いつまでたっても、くなりません。そのうちに、家の人たちもやっと気がついたようでした。不思議に思って女にたずねましたので、女もはじめて、川から拾い上げたことを打ち明けました。家の人の話がほんとうであることを知り、とてもびっくりしたのです。

  いずれ、この家は、このことがあってから好運に恵まれ、ついには、いまの三浦家のような大金持になりました。

  遠野では、山中の不思議な家をマヨイガといいます。マヨイガに行き当たった人は、かならずその家の道具や家畜、なんでもよいから、持ってくることになっているのです。なぜなら、その人に授けようとして、このような幻の家を見せるからです。三浦家の妻に欲がなく。なにも取ってこなかったので、このお椀は、自分から流れてきたのだろうということです。

 

 <マヨイガ> 山の奥深くに突然のように現われる無人の豪家。一度見た者は、二度と見ることはできないといわれている。

 

 <門前> 家の内と外との境界。門の前を流れる小川に沿って歩いているうちに、いつの間にか、山深く入り込んでしまったという話の設定自体が、マヨイガへの伏線となっています。

 

 川上から流れてきたお椀を拾い上げるのも、この門前のことです。

  78話にも、「門の前」で死者の霊魂に出会う話があります。いずれにしても村の人々にとって「門前」とは、生と死、日常と非日常が往還する空間であって、語りのなかでは、重要なキーワードであったわけです。

 

 <椀貸し伝説>

 山中を漂泊し、椀や盆、膳などを作って生計をたてていた木地師たちの手によって、全国に伝わっていった伝説。柳田国男は、このマヨイガから流れてきたお椀の話の源は、この椀貸し伝説にあると考えました。

  全国に分布する「椀貸し伝説」は、椀貸し淵など、川や池に流れてくることが多いのですが、それは竜宮信仰ともつながって、中国やインド、ドイツ、イギリスなどの話と比較されています。

 

 

 

『口語訳 遠野物語』  

(柳田国男) (河出書房新社)1992/7

 

 

 

 マヨイガ(ヤマザキの話)

 金沢村は、白望山の麓にあたり、上閉伊郡の中でもことに山奥で、人の往来のあまりないところです。六、七年ほど前、この金沢村から栃内村山崎の某かかの家では、娘の聟をもらいました。この聟が実家に行こうとして、山中で道に迷い、やはりこのマヨイガに行き当たりました。

  家のようす、牛・馬・鶏がたくさんいること、紅白の花が咲いていることなど、すべて前の話のとおりです。同じように玄関に入りますと、膳椀を用意している部屋があり、座敷には鉄びんの湯がたぎって、今ちょうど、茶を入れようとしているところのようにみえ、耳をすますと、どこか便所のあたりに、人が立っているような気配さえするように思いました。

  男ははじめ、ぼうぜんとしていました。が、後にはだんだん恐ろしくなり、栃内村へ引き返そうとして道をはずれ反対側の小国の里へ出てしまいました。

  小国村では、男からこの話を聞いても、だれ一人本気にする人はいませんでした。

 

しかし、遠野側の栃内村山崎のほうでは、

 「それごそ、うわさに聞いたマヨイガだ」

 「すぐ行って、膳椀でももらって来て、長者になるべす」

 「さあ、聟殿、案内せじゃ」などと大さわぎになりました。

さっそく、聟を先頭に立て、大勢の人がマヨイガ探しに、山の奥へはいりました。

 「このへんに、たしか門があったと思う」というあたりを、念入りに探しました。が、いくら探しても、そのような家はついに見つかりません。人々は、ただむなしく引き返すことになりました。

  その後、例の聟殿が金持になったという話は、いまだに聞こえてきません。

 

 

 

『口語訳 遠野物語』  

(柳田国男) (河出書房新社)1992/7

 

 

 

 山男は里人にとっては恐怖の対象である異人として語られていた。>

 <笛吹峠の山人>

 遠野郷から、海岸の田の浜や吉里吉里(きりきり)へ超えるのには、昔から笛吹峠という山道があります。山口村(土淵村山口)から、六角牛山のほうへ入る道で、海岸までの道のりも近いため、よく利用されていました。

  ところが、近年になって、この峠を越える人は、山中で必ず、山男や山女と出会うようになりました。この山人のうわさが広がると、それを伝え聞いた人々はみなおそろしがって、しだいにこの道を使わなくなり、人の往来はめっきり少なくなってしまいました。

  とうとう人々は、境木峠というほうに別の道を開き、和山を新しい馬次場(うまつぎば)として、いまではこちらの峠だけを超えるようになりました。

 二里以上もの、回り道になります。

 

 <笛吹峠>

  その昔から、耳を切るほどの冷たい風が吹くということから耳切峠と呼ばれる峠越えの難所でした。大槌からは海産物を、そして遠野からは米や炭を馬に積み、駄賃付と呼ばれた人々が往き来していたのですが、山男や山女に出会ったという話が増えてから不気味な空間として人々からこわがられてしまいました。車道になった今でも、通る車は多くありません。

 

 

 

『図解雑学 日本の妖怪』

小松和彦    ナツメ社   2009/7/17

 

 

 

山奥に潜む異世界 隠れ里と神隠し

・隠れ里、神隠しは、この世ではない「異界」にまつわる概念である。

 

<山奥や風穴の向こう側にある異界>

・隠れ里は、山奥や塚穴の奥深くなどにあるという理想郷であり、迷い家とも呼ばれる。隠れ里に迷い込んだ者は、美しい景色や美味しい食物を堪能できるが、一度そこを去ると二度と戻れない。しかし、隠れ里で得た椀を持ち帰ると、穀物が湧き出て尽きることがなく、豊かな生活を送れるという。

 風穴や竜宮淵といった場所を通して椀を借りる伝承(椀貸伝説)も、直接隠れ里には迷い込まないものの、風穴等の向こう側に異界の存在を想定していることは明らかである。

 

隠れ里と神隠しの共通点

・突然の失踪者があって理由もわからない場合、それはときに「神隠し」と呼ばれた。神隠しには、本人が戻ってくる場合と戻ってこない場合がある。本人が戻ってきた場合にも、失踪中のことを忘却していたり、一部しか覚えていなかったりすることがほとんどである。神隠しに遭う者の多くが子どもである点も、注目すべき点である。神隠しによる失踪期間中は山中の異界を彷徨っていたと考えられており、その原因として最も多く語られたのが、天狗による誘拐であった。心神喪失状態での発見や、場合によっては死体での発見もあることから、神隠しは人々に恐れられる現象であった。

 

隠れ里と神隠しには、異郷訪問譚という共通点がある。隠れ里における異界がプラスのイメージをもっているのに対し、神隠しにおける異界は、死に関わるマイナスのイメージを負っているといえよう。しかし一方で、神隠しを通しての異界への訪問は、子どもたちにとって多少のあこがれを伴うものであった。

 

山男・山姥(やまんば) 「山人」と柳田國男

・山男や山姥を「山人」と称した柳田國男。その実在を強調する論を手放したとき、その関心は「山そのもの」へと向かっていった。

 

<山男・山姥とは?>

・「山人」と書いてまず思いだされるのは柳田國男の『遠野物語』である。遠野出身の佐々木喜善という青年の話をもとにして、1910(明治43)年に成ったこの著作は、「国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」という印象的な序文から始まる。事実、『遠野物語』には「山人」と「平地人」とが交流する話が数多く収められている。

 

・柳田にとって「山」とは中世、さらには古代の習俗がいまだに息づく空間であった。そして彼は「山人」と「平地人」に「山民」を加え、平地人は日本人の祖先とされる渡来人で、平地に定住し稲作を生業とする人々、山人は渡来人に敗れ山へ逐われた先住異民族の子孫であり、山中を漂泊している者、山民は山人を逐って山に入ったのち定住し、狩猟や焼畑を生業として生活する子孫であるとする。

 

・さらに、柳田は明治後期から大正期の山に関する論考の中で、山男・山女・山童・山姫・山丈・山姥の総称として「山人」の語を用いているが、自らの生きる現在にも山人は実在しているという考えのもとで論を展開している。しかし、この実在証明への熱気は、積極的に資料を提供してくれていた南方熊楠からの批判によって収束していく。南方は山への信仰や伝承に関心をもってはいたが、山人の実在は信じていなかった。

 

<山姥の正体とは?>

数々の昔話に登場する山姥。その正体は人を食べる鬼女なのか、それとも豊穣の山神なのか。

 

<山に住む女性、山姥の正体>

・山姥は山母、山姫、山女郎などと呼ばれる山に住む女性である。私たちが想像する姿は、大きな口に目を爛々と輝かせ、長い髪を振り乱した老婆ではないだろうか。実際に各地で伝承された目撃談として語られたりする姿は老婆であったり美しい女性であったりする。

 昔話には山姥が登場するものが多いが、そこでは、自分のところに迷い込んできた者をとって食べようとする鬼女の姿をみせる反面、自分を手助けした者には財産を与えるといった、豊穣をもたらす山の神の姿もみせている。

 

・山姥について柳田國男は、山の神への信仰と自ら山に入った女性たちが実際にいたことにその実在性を見出した。折口信夫は、自身の「まれびと」論につなげて、決まった時季に神の祝福をもって里を訪れる山の神の巫女の姿を見出した。そして、それらを受けて従来の民俗学では、山の神が零落して妖怪化したものが山姥であるとみなしてきた。しかし、たとえば新潟県糸魚川市上路では、山姥は都から旅をしてきた高貴な女性で自分たちの祖先に幸いをもたらした実在の人物であるとして、親しみを込めて「山姥さん」と呼び祀っているなど、山姥には多様な伝承があり、その伝承を伝える人々にもさまざまな認識や意味づけがある。

 

<山姥と金太郎>

・金太郎の母親としての山姥。山中で生活する山姥だが、まったくの独り身だったわけではない。山姥の息子として有名なのが金太郎、つまり坂田金時である。

 中世後期から山姥は文芸作品に登場するが、たとえば世阿弥作の謡曲『山姥』では、越中越後境の山中で旅人を待ち受ける嫗として描かれている。そしてその後、近世初期に「金時は山姥の子である」という文言が登場し、『前太平記』には嫗姿の山姥が、自分が夢中で赤竜と通じて生まれたのが金太郎であると説明する件が入る。そもそも坂田金時は源頼光の四天王の一人として大江山の鬼・酒呑童子を退治するなど、武勇で名を馳せた伝説の人物である。英雄と異常出生と特殊な生い立ちを語る際に、母に選ばれたのが山姥だったのである。

 

 

 

『龍の棲む日本』

黒田日出夫   岩波新書 2003/3/20

 

 

 

<龍穴だらけの中世的(国土)>

・改めて列島の(大地)を見つめなおしてみよう。

すると、無数の穴が開いており、それらは「龍穴」や「人穴」「風穴」などと呼ばれていることに気づくであろう。龍穴とは、龍・龍神が棲むとされる洞穴である。むろん、こうした龍穴という観念も、龍神信仰とともに中国からもたらされたと考えられるのだが、ここでの問題ではない。ともかく、(日本)には無数の龍穴が存在しているのである。

 

<地下を縦横に走る巨大な穴道>

実は、中世の人々がイメージした洞窟の奥は、われわれの常識を

こえた地下世界となっていた。

 

<弁財天の穴道>

『渓嵐拾葉集』にはまた、次のような問答が載っている。

 尋ねて云うが、弁財天の浄土というのは、日本には幾つくらいあるであろうか。

 

答え。相伝によると、吉野の奥にある天ノ川、安芸の厳島と江州の竹生島である。この三箇所は、次のように三弁宝珠のようにお互いに穴があき通っているのである。そのほかの所々の霊窟もみな弁財天の浄土である。あるいは本地である仏菩薩の高々であることを表すために、高山の峰に居り、あるいは深い禅定の境地を表して、大海の最低にある。このほか山河大地のことごとくは、これこの弁財天の部類眷属がお住みになっているところである。

とあって、大和の国の吉野の奥の天川、安芸の厳島、近江の竹生島の三弁財天は、互いに地下の穴道(トンネル)で繋がっているとされているのである。同様の記述がもう一か所にある。ちょっと想像してみてほしい、安芸の厳島と吉野の奥の天川と近江の竹生島の弁財天が穴道によって互いに通じ合っているのだということを。弁財天は龍蛇の姿で現れるから、それぞれの龍穴の間の穴道を行き交う巨大な龍蛇をもイメージしなければなるまい。しかも、後半の文意からすれば、この穴道は部類眷属の住まう山河大地にも繋がっていると解釈しなければならないだろう。

 それをうかがわせるのは。「六所弁財天のこと」という次の記述である。

 

天川紀州 厳島安芸 竹生島江州 江島相州 箕面摂州 背振山肥州 已上。

このコスモロジーによれば、この六弁財天は皆、穴道で繋がっていたことになる。

 

<走湯山の八穴道>

ここで、もう一度伊豆の『走湯山縁起』に戻ってみよう。すると、

「八穴道」の地下世界が広がっていた。

 

・この山の地底に八穴道有り。一路は戸隠第三重の厳穴に通ず。二路は諏訪の湖水に至る。三路は伊勢大神宮に通ず。四路は金峰山上に届く。五路は鎮西の阿曾の湖水に通ず。六路は富士山頂に通ず。七路は浅間の嶺に至る。八路は摂津州の住吉なり。

 

すなわち、信濃の戸隠山―同国の諏訪湖―伊勢の大神宮―大和の金峰山―西肥後の阿蘇山の湖―富士山―浅間山―摂津の住吉社、これらが巨大な穴道によって繋がっていたのだ。東は伊豆の走湯山から、西は肥後の阿蘇山に至るまでが、巨大な穴道によって結びつけられており、壮大な地下世界の存在が想像・イメージされているのである。注意したいのは、繋がっているのが、聖なる山岳と湖水と霊威のある神社であることだ。

 

<湖海を繋ぐ穴道>

・このような穴道は、弁財天の龍穴や走湯山、そして熱田社だけのものではなかった。各地の山岳にある龍穴や人穴の真っ暗な奥のさらに奥には、やはり巨大な穴道が延びており、お互いに通じあって巨大な地下世界となっていると想像すべきであろう。これが中世人の抱いた龍穴の奥のイメージなのであった。

 

・すなわち中世の(国土)とは、龍の棲む(大地)ないしは龍体の(大地)であり、その地下世界は網の目のように穴道が広がっていた。いったん、(国土)が危機に直面した場合には、龍の姿をした神々は、黒雲に乗って姿を現すだけではなかった。この巨大な地下世界の穴道が神々の通路となり、神は随所に姿を現していたのである。しかも、その穴道は天竺の無熱池などにも延びており、金剛杵で飾られた三国世界のシンボリズムを地下から補完しているのであった。

 

龍の棲む(国土)と地下世界遍歴の物語

・かくして、中世(日本)の(国土)の地下・地下世界が洞穴だらけ、穴だらけであったことがつかめたと思う。そこには縦横に巨大な穴道の世界が延びていた。そこに棲み、あるいは自在に行き来していたのはーもはや明らかであろう。巨大な龍ないし龍蛇であったのだ。

 

<将軍の洞窟探検>

このように(大地)にあいた聖なる龍穴や人穴には、役行者や行基菩薩の地下遍歴の物語がいくつも生み出されたのだが、それだけではなかった。

もう一方で、地下を行き交う洞穴のイメージは、中世の支配者の関心を引いたのである。中世東国の武家政権の主である将軍家は、しばしば各地で巻狩りを行ったが、その途次で洞穴を見出すと、その奥の探検を命じたことが、『我妻鑑』に記録されている。

 

 

 

『天孫降臨 / 日本古代史の闇』

 コンノケンイチ (徳間書店)  2008/12/8

 

 

 

シリウス星系(龍)対オリオン星系(牡牛)

・世界各地の神話や伝説を調べると、BC4000~3000年ごろ「牛神」と「龍神」という2種の異星人が地球に来ていたようで、流れは大きく二つに分かれていた。

 

・牛神が活動した本拠地は、現在の西インドとギリシア地方で、それがインド各地の「聖牛伝説」や「ギリシア神話」として今に伝えられている。

 

・メソポタミアの神話にも「天の神」と呼ばれた「牡牛の神々」が登場し、その起源もシュメール文明に始まっている。バビロンの主神マルドゥクも、また旧約聖書にも記されるカナンの神であるバールの父エルも牡牛の神である。この流れは、ギリシアやエジプトにも飛び、ゼウスも牡牛の神である。白い牡牛の姿で美女エウロベに近づいた。豊穣の神ディオニュソスも、エジプトのミンも牡牛である。豊穣の神だけではない。メソポタミアの大地母神イシスも牡牛の姿で現れ、ギリシアの大地母神ヘラも牡牛の目を持つ神で、このようにシュメールからの流れの主神全てが牡牛だった。

 

・原始密教(雑密)の発祥地インドでも、インダス文明の時代から現代まで牛は長く崇拝されてきた。モヘンジョダロの遺跡からBC2000年以上と思われる聖牛の印象や図象・彫像が発掘され、当時すでに牡牛への信仰が存在していたことが判明している。

 

彼らは、「驚嘆すべき牡牛なす双神」と表現され、発進母星は65光年先の牡牛座(地球から観測する最も明るく輝く恒星アルデバラン)にあると述べられている。牡牛座の近くにはプレアデス星団(スバル座)もありオリオン星系に属する。

 

・一方の龍神はどうだろう。発進母星は地球から約8.7光年離れたシリウス星系でとくに地域を限定せず、全地球規模で活動していたからである。私達の銀河は直径が10万光年あり、その意味では龍神の発進母星シリウス、牛神のオリオンはお隣の星、隣接する恒星といってよい。

 

・前記したインド最古の文献『リグ・ヴェーダ』には天上(宇宙)での両者の凄まじい戦闘が微にいり細をうがって描かれている。そこではテクノロジーの差なのか、圧倒的に牛神が優勢だったようである。

 

 

 

『日本霊異記の仏教思想』

小林真由美  青簡舎   2014/5

 

 

 

<『日本霊異記の異類婚姻譚―神話から仏教説話へー』>

・『日本霊異記』中巻第三十三縁は、美しい富豪の娘の身に起きた猟奇的事件の説話である。

 鏡作造(かがみのつくりみやっこ)の娘万(よろづ)の子は、高い身分の男たちの求婚にも応じずに年を経ていたが、ある求婚者の「彩帛(しみのきぬ)(染色された絹布)三車」の贈り物を見て「おもねりの心をもち」、求婚を受け入れた。しかし、娘は、結婚初夜に頭と指一本を残して食われてしまった。男は恐ろしい食人鬼だったのである。

 

・この説話は、正体不明の男との結婚という点で、『古事記』三輪山伝説を想起させる。崇神天皇記によると、活玉依毘売(いくたまよりびめ)という美しい娘のもとに、見知らぬ立派な男が通ってくるようになり、程なく身ごもった。

 母は、娘の夫の身元を知りたいと思い、娘に、床の前に赤い土を散らし、「へその紡麻」を針に通して男の衣の裾に縫い付けさせた。明くる日、その糸をたどっていくと、三輪山の神の社に着いた。男の正体は三輪山の神で、活玉依毘売は神の子を宿したのだと知った。三輪の神官の始祖伝説であり、三輪(三勾)という地名の起源譚である。

 

・この型の伝説は、異類婚姻譚に属し、三輪山聖伝説といわれるが、それに類する伝説が、城里晡時伏山の条にある。怒賀毘古(ぬかびこ)・怒賀毘咩(ぬかびめ)の兄妹がいたが、妹のところに姓名も知らない男が通ってくるようになり、やがて小さな蛇を生んだ。神の子と思い育てたが、大きくなりすぎたので、蛇の子に父のもとに行けと告げた。子は泣きながら従者の童を所望したが、母に断られると、子は怒り伯父を殺して天に昇ろうとした。母が子に甍を投げ当てると、子は天に昇れなくなり、その峰に留まった。その子孫はそこに社を建てて、祭ることが絶えないという。

 

・また、『肥前国風土記』松浦郡褶振(ひれふり)峯の伝説は、途中までは三輪山型の展開を見せながら、凄惨な結末を迎えるところが、『日本霊異記』中巻第三十三縁に通じている。弟日姫子(をとひひめこ)は、任那へ旅立つ大伴狭手彦を、褶振峯から見送った。その五日後から、弟日姫子のもとに狭手彦によく似た男が通ってくるようになった。弟日姫子は男の上衣の裾に麻糸を縫い付け、たどっていってみると、蛇が頭を沼の岸に伏せており、下半身は人に化して沼の底に沈んでいた。それを聞いた親族たちが見に来ると、蛇の姿はなく、沼の底に娘の遺体が沈んでいた。

 

・上代には、日本各地にこれらのような蛇婿伝説が伝えられていたのであろう。蛇は、水神であるのと同時に、恐るべき怪物の属性も有していたので、神婚伝説としてしてだけでなく、『肥前国風土記』のような怪奇伝説が語られることもあったのだと思われる。

 

・三輪山型伝説は、昔話としても全国各地に広く語られてきた。昔話の分類としては、『日本昔話大成』によると本格昔話―婚姻―異類聟―蛇婿入りー苧環型(101A)になる。昔話の異類聟はさまざまな話型が全国に分布しているが、「異類」のほとんどが人間を欺こうとする動物や人間が、知恵で異類を欺き返し、人間側が勝利する結末が多い。

 

異類婚姻譚は、異類である神と人間との結婚により、神の子が人間界にもたらされ、一族の祖となるという始祖伝説が原型であると考えられている。日本神話では前掲の三輪山伝説や、海幸彦山幸彦神話などが有名である。『古事記』によると、海神の娘・豊玉毘売命は、山幸彦と結婚し、海辺に建てた産屋の中で「八尋鰐」の姿に戻って鵜萱草萱不合命(うかやふきあへずのみこと)を産み、海の世界へと帰っていった。海の神女の本来の姿が大鰐だったのである。

 

・三輪山の神である蛇も豊玉姫の正体である鰐も、仏教的な立場から見れば、神ではなく、「畜生」である。畜生との結婚は、「邪婬」である。仏教説話における異類婚は、神話伝説や昔話における異類婚とは異なり、邪婬として「悪」の価値観を負う。

 

異類婚姻譚はさまざまな型が伝えられているが、古くは神と人との結婚神話であり、一族の始祖を異類の神にたどる伝説であったという。しかし、『日本霊異記』に収められている異類婚姻譚は、「鬼」や「畜生」との結婚は、邪婬であるという仏教的解釈をほどこして、仏教説話として再構成された説話群である。

 

 

 

『いま人に聞かせたい神さまの言葉』

(船井幸雄+中矢伸一)(徳間書店)  2008/3

 

 

 

先代旧事本紀大成経に印された天孫族の姿は、やはり竜だった!

<先代旧事本紀大成経(せんだいくじほんぎたいせいきょう)>

・神武天皇以来数代にわたる天皇の容貌に関する描写に私は、デーヴィッド・アイクがこれまでの著書で指摘してきたレプティリアンの容貌の記述そのままを見るのです。

 

・ただし、誤解のないように言っておきますが、アイクは全てのレプティリアンが悪いと言っていない。彼はごく一部の特徴のあるレプティリアンの血統が人類のすべてを一人残らず奴隷として支配しようという悪意をもって延々と活動を続けてきたと言っているのです。日本では古来より竜は神々とイコールです。私が優れた霊的書物として評価する『日月神示』にも「神が人間の前に姿を現すときの形は竜である」とはっきり書かれています。

 

・では説明に入ります。先代旧事本紀大成経には神武に先立って「天日子光殊星亜肖気尊」の記述があります。天上界から光輝く超生命体が降臨してきたようなイメージの名前です。その方のことは以下のように記述されています。

 

{天日子光殊星亜肖気尊}

・その鼻の長さは約2メートル、背の高さは約10メートル、口はつぼまっていて、目はきらきらと輝いて三種の神器のひとつである「八咫鏡(やたのかがみ)」のように輝き、赤くなったホオズキに似ていらっしゃいます。

 

{神武天皇}

・背の高さは約3メートル15センチ、胴回りは両手を伸ばして一抱えした長さに約15センチほど足した長さ。頭には9センチほどの角が二本あり、それはまるで雪のような色をしています。背中には龍のような背びれがあり、その長さは約1メートル20センチ。尾の裏側には大きな鱗が72枚あります。105歳のときに皇太子の位に就かれました。

 

{綏靖(すいぜい)天皇}

・身長は約3メートル、目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っています。背中に鱗があり、怒られたときにはそれが逆立ちました。

 

{考霊(こうれい)天皇}

・天皇の生まれながらのご容姿は、他の方とは大きく異なり、お顔が長く龍のようですが、決して醜くはありません。耳は逆立ち、その耳の後ろには白い鱗があります。胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から気を放っておられます。

 

{崇神(すじん)天皇}

・背の高さは、1メートル90センチほど、額に10センチほどの青い角が一本あります。下あごの歯は長く鋭く、上あごの歯は短く丸く、舌は長く鼻にまで届きました。

 

{垂仁(すいにん)天皇}

・背の高さは約1メートル80センチ、髪は右回りに顔を九周するように生え、頭頂部で輪のように巻いて留まっていました。両脇の下には金と緑の羽根を持ち、肘にも同じような羽が根ざしておられました。

 

{神功(じんぐう)天皇}

・ご容姿は非常におだやかで美しき、その眼にはふたつの瞳をお持ちでした。乳には九つの穴があり、力は強く建物の柱を揺るがすほどでした。

 

{応神(おうじん)天皇}

・背の高さは、約2メートル、肘には弓を射る時の「鞆(とも)」という丸いあて皮のような形がありました。目の形は引き絞ったときの弓のような三角形をしていました。中の角は天に向かってまるで弓に鏃(やじり)をつがえたかのようでした。胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていました。その長さは馬のしっぽほどで、とても強く根ざしていたので、最後まで抜け落ちることはありませんでした。

 

・いかがでしょう。以上が先代旧事本紀大成経からの抜粋です。わずらわしいので、現代語訳のみを載せました。これらの記述は正しいのか否かは別にして我々日本人の出身の常識を根底から揺るがすもののように思います。

 

<世界の構造の裏の裏を知る知識>

・紀元前35百年ごろ書かれたシュメール文書の「爬虫類族が本当に降りてきた」という記述は、間違いなくアヌンナキの到来を表している。シュメール文書によれば、エンリルは地球でのアヌンナキのリーダーだった。そこには、彼のことは「光る目を持つ輝かしき蛇」と描写されている。

 

・ヘブライの神話では、聖書の「ネフィリム」つまり「神々(gods)の息子たち」はアウィームと呼ばれるが、その意味は、「破壊者」または・・・・「蛇」である。ネフィリムは地球の内部に住んでいたと言われている。

 

・人類型異星人の起源は、琴座周辺からやって来た異星人だが、ほかにプレアデス星団やアルデバランの生物も混ざっている。彼らは、もともと別の次元に人間と同じ姿で存在していた。平和に暮らす人々で、青い目に白またはブランドの髪をしていた。しかし、爬虫類人とDNAを交わらせた結果、もともと素朴だった性格が変化し、爬虫類気質が入った。これが人間の堕落である。

 

・ノルディックはレムリアとアトランティスに関係した重要な地球外種属の一つである。その昔、彼らは、レプティリアンと戦争になり、レプティリアンたちを地下や宇宙の他の場所、あるいは異次元に追いやったという話がたくさんある。以来、レプティリアンは、自分たちのものになるべき惑星を再び支配しようと取り組んできた。そして「王族」の血統であるノルディックと交配することが、そのためにも最も効果的な方法だったのだ。

 

・最古のサンスクリット文書の一つである『ドジアンの書』。そこでは「サルパ」または「偉大なる竜」と呼ばれるレプティリアンの種族が空からやってきて世界に運命を授けたと書かれている。また、「黄金時代」を終わらせた大洪水は「巨人族」(ノルディックのことか?)を絶滅させたが、蛇神たちは戻って来て支配したとある。彼らは、人間の顔をしているが竜のしっぽがついている。そのリーダーは、「偉大なる竜」と呼ばれ、これがペンドラゴン(「偉大なる竜」)という古代イギリスの王の中の王を表す起源である。

 

 

 

『クリスタル・スカルの2012;超予言』

プレアデス、オリオン、シリウスからもたらされた人類の次元上昇装置

(クリス・モートン / セリ・ルイーズ・トマス)(徳間書店)2008/5/23

 

 

 

<宇宙人来訪説>

<マヤのパカル王の墓の石棺の蓋の精巧な掘りもの>

1960年代、スイスのエーリッヒ・フォン・デーニケンの著書の『神々のチャリオット』は、世界各地の例を集め、古代・地球には異星から知的生物が来て、それが地球文明発達の引き金となった、という彼の仮説を説明しようとしたのである。

 宇宙には文字どおり、何億という星があり、そのどこかに人間以上の進化段階に達している生物がいる。可能性は十分にある。その生物が古代の地球人に「神」だと見えたのは当然だ、と彼は言う。

 

・フォン・デーニケンによれば、パカルの棺の蓋に描かれた人物は、離陸する宇宙機の操縦席で座る宇宙飛行士だという。

 「最近の子供ならば、誰でもこれが宇宙ロケットだと分かるだろう。先端が尖り中央部が膨れて後方からは火を吐いている。しゃがみ込んだ姿勢の宇宙飛行士は、操縦席で機器の操作をしながら、左足の踵でペダルを踏んでいる。・・・原始的な人々が、ただ想像だけで、これほど精密にロケットを操縦する宇宙飛行士を描けるだろうか?最下部の奇妙なマークは噴出される炎とガスだ」

 

マヤが突然消滅したのは、彼らが宇宙人と共に宇宙船で去ったのだという説を唱える人々さえいる。

 

・パカル王の棺の中の人物は、実は宇宙人だともいう。荒唐無稽と言えばそれまでだが、フォン・デーニケンの著書は人々の想像力をかきたて、世界的なベストセラーとなった。

 

・パカル王の棺の残された人骨は、確かに他のマヤ人の骨に比べ遥かに背の高い人のものだ。そしてマヤは、何故か「空の神々」に強いこだわりを持った。棺の蓋の周りの図柄は、太陽、月、惑星、星座などを表すということ、さらには、マヤの建造物が天体の配置に沿って建てられているということが、今日では解明されている。

 

・考古学は、宇宙人来訪説は言わずもがなマヤが地球とのどこかの文明の影響を受けたという説さえ認めたがらない。

 

 

 

『竹内文書 世界を一つにする地球最古の聖典』

(高坂和導)(徳間書店)   2008/4/8

 

 

 

アメリカ・インディアンのルーツは超古代の天皇

・日本には、世界中の謎を解き明かす人類最古の文献資料が存在している。それが『竹内文書』である。

 

・『竹内文書』もまた明治43年(1910年)の一般公開以来、そのスケールの大きさと現代史学とのギャップゆえ、「異端」の道を歩かされてきた。

 

・そして、日中戦争が勃発した昭和12年(1937年)、皇室のルーツに触れる内容が不敬罪に当たるとして世の批判を浴びてしまったのだ。そのとき当代の碩学と謳われた狩野亨吉氏が『竹内文書』を批判したことが注目を集め、裁判で無実が確定したにもかかわらず偽書のイメージが定着してしまった。

 

・今この研究成果を公表するに当たり、私は、一つの感慨に浸っている。なぜならば、アメリカ・インディアンと日本のつながりを立証することは、ライフワークである『竹内文書』の研究の一部であるとともに、実は私が出会ったインディアンの祖先霊の約束でもあったからだ。

 

 

 

『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』

スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18

 

 

 

<りゅう座人(ドラコ) このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティ>

・地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である。分断して征服することを画策する彼らは、リゲルとともに海を沸騰させたり、大地を焼き焦がしたりしたように、暴虐さで有名である。

 りゅう座人は、地球に巨大な地下基地、金星にコロニーを持っている。地球には二番目の月が配置されている。1997年にヘール・ボップ彗星に隠れて到達した。そこにいるのは、純血爬虫類人である。交配人種であるイルミナティは地球の支配を行っている。

 

 

 

「日月神示  縄文サンクチュアリ」 (麻賀多神社編)

中矢伸一   ジュード・カリヴァン   ヒカリランド

 

 

 

シュメールと日本のシンクロニシティは、アヌンナキ(竜/爬虫類人)という人類をつくり出した地球外生命体に淵源がある!

中矢;日本の古史古伝のひとつに『富士文献』といわれているものがあります。それによると、日本の国を開いたのはクニトコタチ(国常立)という神様です。これは日月神示とも深い関係のある神様で、そのクニトコタチはどこから来たかというと、今のペルシャ地方らしいのです。

 

カリヴァン;聖書では、神様がカーテンの中にいて顔を見せませんね。デーヴィッド・アイクは、アヌンナキのことをレプティリアン(爬虫類人)、竜に似た生命体ではないかといっています。

日月神示も、神様の顔は竜みたいだから、人には見せられないといっています。

 

デーヴィッド・アイクは、アヌンナキは地球に残って姿を見せず、秘密結社を軸に人類を操っているといったのです。シッチンは、アヌンナキはすでにニビル星に帰ったといっています。そういう意見の食い違いがあったのです。

 

中矢;日月神示でも、どろどろだった地球を固めたのは数多くの竜神たちで、その竜神たちが人間になったといっています。それを根源人種といいます。竜神が人間になったというのは、ある意味、ハイブリッドなのかもしれませんね。

 

カリヴァン;聖書の創世記では、エデンの園で、蛇がリンゴ、すなわち知識をイヴに与えてしまいました。ヘブライの聖書でも、それは悪しきこととしてとらえられていますが、シュメールの記録に出てくる「エデン」という言葉は、エンキからの知識の贈り物ということになっています。

 

<人間の心も宇宙の心もーすべては(天使と悪魔)(正神と悪神)(エンキとエンリル)両極の相克の中で、生成発展するよう仕組まれている!>

 

・日月神示にも悪神が出てきて、正神とセットで人類の未来を進めていくというスタイルですね。ここにもエンキとエンリルの相克の形が入っているような気がします。

 

・石屋(イシヤ)(メーソン mason)も出てきます。デーヴィッド・アイクは、フリーメーソン、イルミナティといった秘密結社の奥の院にレプティリアン(エンリル)が鎮座しているといっているのですね。そのために、人類と宇宙をつなげるいろいろな知識を封印していると、でもそうした秘密結社(石屋)とも手を握らなければいけないと日月神示は述べている。

 

<石屋が世の中を支配している>

 

 

 

「日本を貶めた『闇の支配者』が終焉を迎える日」

ベンジャミン・フルフォード     KKベストセラーズ

 

 

 

<グリーン・ドラゴン団>

・東洋の秘密結社由来とされる奇妙な伝説に、グリーン・ドラゴン団(グリーン・メン団とも)のことが出てくる。北チベットや中央アジアの隠れた修道会と同定される秘密の道士グループであるというものだ。他者の侵入を許さない聖域からグリーン・メンは夢と幻影を通じて信奉者とコミュニケーションをとり、彼らに「終末の帝国」のゴールへの道を指示するのだという。これら東洋の「智の尊師」や「知られざる尊師」とそっくりである。

 

・これも信じられていることだが、尊師たちが現在、暮らしているのは地底深くの地下洞窟で、そこは「ラマ僧のなかのラマ僧」や「三つの世界の尊師」が支配している。

 

・すべての東洋的秘密結社の裏の内部社会と同様、彼らはシャンバラ王国―人類があの世での輝かしい統治のために、この世の事物に対する幻想を捨て去る時に出現する黎明の国―の最終勝利のために修業している。

 

シャンバラの聖なる都市は世界の尊師が支配しているが未熟者の目には見えない・・・それは秘密の聖域であり、神秘の統治者の席である、地下にある王国では尊師たちも世界の秘密の保管文書も安全に保護されている。これは輝かしい現実なのである。

 

・伝えられるところでは、グリーン・ドラゴン国は、人類が現在の形で構成されている間は、決して物理的世界にその姿を現すことはない。それゆえ、彼らは、何人もの密使を選んで権限を与え、暗号化されたメッセージ、思想、シンボルを外部世界に伝えるように指令した。

 

・世界のスピリチュアル・センターに関連する伝説すべてをしのいで、シャンバラおよび「世界の指導者」が支配する地下王国の神話とともにグリーン・ドラゴンはオカルトの象徴として屹立している。

 

・「世界の歴史は、秘密結社同士の戦争の歴史である」とアフリカン・アメリカンの詩人イシュマエル・リードは言う。世界史は、秘密の知識を用いる陰謀グループが作ってきたのだろうか?アングロ・アメリカの秘密結社は東洋の悟達者とその連合軍と大闘争を続けているのだろうか?

 

 

 


■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

・未来社の『日本の民話』シリーズは、75巻と別巻4巻なので、時間のある人が見れば、多くの「かくれ里」と「異類婚姻譚」、「異人」、「山神」の昔の民話を発見できることでしょう。信じるか信じないかはあなた次第という作り話か与太話でしょうか。異次元に存在し、幽体離脱を自由自在にできる遥かに進化した異星人の痕跡の太古からの伝承は、私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。

 

・「人は皆、記憶喪失の異星人だ」と語られています。それほど人間は転生を重ねているというのです。そしてUFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。日本の民話には「隠れ里」や「マヨイガ」「異類婚姻譚」の伝承が多いようです。農民の作り話なのか、事実が大きく修正され、誤解されて伝承されたのか、信じるか信じないかはあなた次第という与太話と語られています。

何かの契機で、異次元世界に迷い込むイルージョンかリアルな体験があるのかもしれません。甲賀三郎の「地底の国」の訪問記もあります。竜宮の国や地下の国へ、洞窟などを経由して行ったという話が多いようです。昔からアガルタの国々と日本でも、繋がっているというのです。昔の人は、異次元の裂け目という概念がなく、盛んに洞窟探検隊を繰りだしたようです。ヒトラーのナチスも洞窟探検を盛んにしたといわれています。さまざまな伝承から、山の中に異次元の入り口があるのかもしれません。また山間地ではUFO目撃も多いそうです。

 

昔話には「じゃ(蛇)」が若者や老人に変身して、人間の女と交わろうとした話が多いようです。異類婚姻譚も民俗学では、さまざまな分類があるそうです。レプティリアン(爬虫類人)が人間に変身して、地上にでてきて人間とコンタクトする伝承も多いようです。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。異人も昔からさまざまな人間社会との繋がりがあるようですが、詳しくは分かりません。社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。「異人」情報は、昔から警察のごく一部が握っていたのかもしれません。

 

・伝説から、パラレル・ユニバース(並行宇宙)と宇宙人との関りが、太古から窺われるといわれます。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は「幽界」のように「この世」に似ている世界ですが非常に大きく違うアストラル界のような世界だそうです。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は、目に見えないが、すぐ隣にあるといわれます。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっているといわれます」と語られています。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」といわれます。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが、地球を支配している」といわれます。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。在日宇宙人問題を認識している人はほとんどいないといわれます。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。そうなると人間自身が「変容」、「変性」してしまうそうです。「いざアメリカ大統領に就任すると、この話題には関与せずという概要が出されるのだ。こうした態度は“大統領の黙秘症候群”と呼ばれている」といわれます。大天使が大組織や都市等を統括しているといわれます。政府の中に政府があってアメリカ大統領といえどもコントロールできないと指摘されています。

 

・「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。しかし、昔の人でも、変身した異人は、普通の人間ではないと見抜かれたようです。そして彼ら(爬虫類型宇宙人)とは、古代の爬虫類で、あなた方の祖先であり、親戚なのです。そして「爬虫類的異星人(レプティリアン)は低層4次元にいる」と語られています。どう彼らを追跡しても、あなた方の祖先はレプテリアン(爬虫類)であることを発見するでしょう。

レプテリアン(爬虫類)がさまざまな支配者の黒幕であるという説もあります。「欧米イルミナティは、日本のイルミナティは竜座人階層の下等な種の末裔であると主張している」そうです。

リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であり、これは西洋の親類とは無関係に発展したそうです。

 

・民間伝承の隠れ里や取り換え子(チェンジリング)の伝承を宇宙人の現象と結びつける説は、増えてきているようです。異人や妖精、異類婚姻譚なども宇宙人と結びつけることができるでしょう。国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いとなっている宇宙人情報は、新聞の情報としては扱われていません。昔は異星人や宇宙人の正体が分からず、“妖怪”として民間伝承に残ったようです。鬼も人間タイプもおり、「異人」と同じように宇宙人の種族の伝承が残ったようです。隠れ里の伝承も異次元世界とのイルージョンの伝説なのかもしれません。日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部に広まったといわれます。秋田の「隠れ里」の伝承もシリウス星人のパラレル・ユニバース(並行宇宙)の話なのかもしれません。『遠野物語』の「マヨイガ」の伝承も宇宙人の異次元世界の幻影、「幻の家」なのかもしれません。二度と「マヨイガ」に到達できないという不思議な現象だったようです。

 

・明治時代の柳田国男の『遠野物語』は不思議な話が多い民話集のようです。しかも柳田国男は、農民たちの作り話ではなく「全て事実」だと主張しています。明治時代の遠野地方に現れた異人とは、オリオン星人だといわれます。明治時代の『遠野物語』現われた異人たちの話は、彼らが昔から地上を徘徊してきたことを物語るのでしょうか。当時の警察が「異人」をどの程度、把握していたのかは不明です。「異人」情報は、昔から警察のごく一部が握っていたのかもしれません。

 

・山男は里人にとっては恐怖の対象である異人として語られていました。山男や山女の話も「農民の作り話」ではないと柳田国男は言うのですが、当時は警察でも彼らの正体が分からなかったようです。

 

・「山人」の実在性や正体については、柳田國男も晩年にはあまり強調しなくなったようです。「山人」や「異人」の正体は伝承だけでは分かりませんし、詳細な伝説はないようです。山姥も2メートル40センチとか、当時の人々の背丈と比較して、とても大きく、宇宙人との繋がりが窺えるようです。山人を宇宙人と結びつける説は学界にはないようです。

 

・リラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人エロヒムのコンタクティであるフランスのクロード・ボリロン・ラエルによると遺伝子操作による「不死の惑星」に行ってきたそうです。リラ星人の遺伝子やプレアデス星人、シリウス星人、オリオン星人等の多くの宇宙人の遺伝子などが、人類のDNAに含まれているともいわれています。また「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ともいわれます。「異人」は、世界的にも広く存在したようなのです。「中世のドイツの領主はほとんどが異人か異人の末裔だった」ともいわれています。ドイツの異人はアルデバランの宇宙人の系列だったようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、金髪碧眼のゲルマンの神々だったようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。アルデバラン星人は「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承があるように異人はオリオン星人の系列だったようです。天狗や鬼もオリオン星人の異類異形の宇宙人だったのかもしれません。「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」とイタリアのクラリオン星人のコンタクティ、マオリッツオ・カヴァーロは述べています。河童もグレイの一種で、ゼータ・レチクル星人の系列だったのかもしれません。

 

「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)」が、ダルシー基地やエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。翼のある「烏天狗」は、オリオン座の有翼のドラコ族のバイオロボットなのかもしれません。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。アメリカ空軍は133種類の宇宙人を確認しているそうです。アメリカ空軍の士官学校の教科書には宇宙人の種類が載っているそうです。

 

・グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「世界中の不思議なゲイ(LGBT等)の現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあるそうです。また「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。大規模なスター・ウォーズ、オリオン大戦とはどのようなものだったのでしょうか。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼ら(グレイタイプ)は地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

 

・「異界」の伝承も、農民たちの「作り話」ではなく、異次元の宇宙人の現象のようです。「人間の死後の世界と似た、アストラル界やエーテル界に進化した宇宙人が棲んでいる」ともいわれます。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくはありません。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成しています」とのこと。「人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたる」といわれます。

 

異次元世界は地下世界として認識されたようです。「龍穴」や「人穴」の概念は、異次元にトンネルがあり、乗物が超高速で移動できるという地下世界のアガルタネットワークの話に通じます。「時穴」を通じて宇宙人は異次元移動ができ、人間も紛れ込んだ話もあるようです。爬虫類的異星人(レプティリアン)は最も進化している宇宙人であるともいわれています。爬虫類的異星人(レプティリアン)は昔から、異次元世界を通じて人間世界のこの世に浸透してきたようです。現代では「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」ともいわれます。「爬虫類的異星人(レプティリアン)は低層4次元にいる」ということで、「堕天使」のグループに入るのかもしれません。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」といわれます。 私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。

 

・「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」ということですが。「オハル評議会」の神々がオリオン星座に本拠地を持っているのかもしれません。オリオン星座は、また「暗黒の宇宙連合」の勢力が経由地に使っている星座でもあります。オリオン星人には、善神と悪神がいるようで、混同するようです。

 

・「“透明人”とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人」ということですが、この“透明人”はオリオン星座の神々なのかもしれません。“透明人”も地球人にコンタクトしているともいわれています。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ともいわれますが、オリオン星人が地球に最も関係しているともいわれます。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン星人もネガティブ・グループとポジティブ・グループがあるようです。米国に第2次世界大戦後に登場したメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)もオリオン星人といわれ、「邪悪な宇宙人グループ」としても知られています。キャトルミューテレーション(動物虐殺)やアブダクション(誘拐)をしたのも邪悪なオリオン星人グループともいわれています。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまったといわれます。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府は、コンタクトがあるといわれます。

 

・シリウス星人系列が龍神で、オリオン星人系列が牛神ともいわれ、牛神の方がテクノロジーが圧倒的で、龍神を低層4次元に追いやったともいわれています。牛神系列がヤハウェともいわれています。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれています。宇宙連合の活動もアバブ・トップシークレットのようです。「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という明治時代に作られた『遠野物語』の異人は、邪悪なオリオン星人だったのかもしれません。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。異人の「非条理な話」も多いといわれています。人間の感覚では「異人の不条理」が理解できないそうです。

 

・異類婚姻譚にでてくる蛇や鰐は、爬虫類的異星人(レプティリアン)だったのでしょうか。爬虫類的異星人(レプティリアン)は変身能力があり、イルージョンを起こせ、異類混血などで人間化してきているともいわれています。そして低層4次元に存在しているともいわれています。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「爬虫類的異星人(レプティリアン)は人間化しており、知性的な顔をしている」そうです。古代においては、爬虫類的異星人(レプティリアン)は「神」「龍神」として、人類に文明をもたらしたともいわれているようです。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だそうです。

 

・昔は「金星蛇人と火星霊人との対立・戦争」ともいわれましたが、現代では裏金星から葉巻型宇宙母船が飛来しており、裏金星の異次元に都市があるともいわれています。また金星のマスター(長老)、キリストの転生したサナンダと日本人のコンタクティ・グループがあったともいわれています。昔の多くの異類婚姻譚は爬虫類的異星人(レプティリアン)が関与していたようで、古代の天皇も爬虫類的異星人(レプティリアン)の系列であったという記録もあるようです。神人や異人の末裔が信じられない程度に昔から社会に浸透しているのかもしれません。キリストもアプ星人だったようです。アプ星人は現代において南米に飛来しているともいわれます。アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。

 

・「美人美男の金星人」の起源に爬虫類的異星人(レプティリアン)がいたのかもしれません。昔の「鬼」も異星人だったともいわれ、昔話には「鬼の仲間に美女がいた」という伝説があるようです。「鬼が人間を食う」と言う伝説もありますが、「食人の宇宙人」でもいたのでしょうか。また人間をアブダクション(誘拐)して去ったのでしょうか?モンスター・タイプは異類混血で人間化したり、宇宙の彼方に去ったそうです。異人の子を預かったり、「取換え子」とか、さまざまな方法で人間と異星人の交わりがあったそうです。神が人間の精神体に憑依したりして、人間と宇宙人の区別が誰もできない時代になったのかもしれません。 神々の総数は10億を超え、それぞれ位階に応じて宇宙の各所を支配しているそうです。神々が市井の人となり普通の生活をしているので誰も識別できないという説もあります。人は皆、記憶喪失の異星人だそうです。

 

・「超太古、日本は世界の中心で、天皇が“天の浮船”で世界中を巡行していた」という『竹内文書』は、その内容が多くの人々から注目されたようです。爬虫類的異星人(レプティリアン)はイルミナティの源流ともいわれ、進化の程度が高度だそうです。人類の歴史において「龍神」が大きなウエイトを占めていたようです。爬虫類的異星人(レプティリアン)もシリウス星人が創造したそうです。現代では人間化しており、アヌンナキとも呼ばれていました。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」という説がありますが、誰も宇宙人(神々)が地球を支配しているという認識がないそうです。中国三合会の「柳の都市」というのは、シリウス星人の異次元の都市なのかもしれません。またそこが策源地なのかもしれません。

 

・天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人も、ネガティブなシリウス星人とポジティブなシリウス星人がいて、ネガティブなシリウス星人が「遺伝子操作などで、人間がぞっとするような怪物タイプの生物を創り神に嫌われた」という神話があるそうです。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」といわれます。リゲル人と爬虫類人の交配人種が築いた国が現在の日本と中国であるといわれます。グレイの長身タイプがリゲル人といわれます。リゲル人の都市も超テクノロジーの都市のようです。

 

・神との中間に爬虫類人(レプティリアン)がいて、人類を混乱させているようです。爬虫類人(レプティリアン)(アヌンナキ)はシリウス星人が創造したようなのです。シリウス星人とフリーメーソン、イルミナティなどの秘密結社のつながりを認識する人々も増えてきているようです。

 

17世紀の前半期、ヨーロッパに大旋風を巻き起こした秘密結社の薔薇十字団は、1648年頃、再び忽然とその姿を消してしまいました。「薔薇十字団員は天の周辺に住む神的な一団である。彼らは、分身の術を備えていて、意のままに姿を変えて現れることができる。また彼らは、自分の望む場所に移動することもできる。その他、団員は占星術によって地震を予知したり、都市の疫病の流行を遅らせたり、空中を歩いたり、どんな病気でも治すことができる」ということでした。シリウス星人でも地上に表出してきたのでしょうか!?

 

・最近の本で、宇宙人の関係については、『地球を支配するブルーブラッド爬虫類人DNAの系譜』(スチュワート・A・スワードロー  徳間書店)が詳しいようです。この本によると危機感の強いイスラエルがシリウス星人と通商協定を結んだそうです。これらの点に関して日本政府の動きが非常に遅いのはいつものようです。現代は「シリウス星人と通商協定を結ぶ時代」だそうですが。

 

・グリーン・ドラゴン団は、第2次世界大戦のナチスと関係があった『緑龍会』のことではないでしょうか。この秘密結社も実体が不明で、謎の多い秘密結社でしょう。神人や異人とのチャネラーは、少なくないようですが、これからはコンタクティも増えるのでしょうか。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

 

 

 

 

 


08/17のツイートまとめ
yamadori0250

『2017年08月16日のつぶやき』UFOアガルタのシャンバラ 日本は津…|https://t.co/21wbfa7n56
08-17 01:38


08/16のツイートまとめ
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中選挙区時代、我々は朝の部会で諸先輩の議論を聞いて政策を勉強した。地元で5~10人規模の座談会を1000回以上行い、有権者が何に関心があるかを聞きながら国政報告をした。(3)

 


■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

・「政治とカネ」の話は、政治の核心的な問題だといわれます。政治運動には「カネ」が必要ですし、人は「カネ」で動く面もあるといわれます。ですからいつの時代にも「政治とカネ」がテーマとなるそうです。

過去には、多くの汚職の問題がありました。かつて総理大臣が関係する疑獄事件もありました。「政務活動費の問題も氷山の一角」と指摘されています。その後、さまざまな制度的な改正が行われました。現代では主に、「政治資金」が問題になっています。世襲議員が多いのも、政治資金に原因があるといわれます。「カンバン、かばん、地盤」の中で「数千万円から数億円の政治資金の相続は大きい」と語られています。これが新人の参入障壁になっているそうです。「よい世襲」と「悪い世襲」があるといわれます。

 

・また、現在では総ての議員に評判の悪いのは、「小選挙区」制度だそうです。与野党が何年もかけて、苦労して作った「小選挙区比例代表並立制」に欠陥があるというのです。中選挙区制では金がかかるので「小選挙区制」にしたのですが、なお一層、小選挙区制ではカネがかかるというのです。またまた選挙制度を変えていかなければならないのでしょうか。高齢化がすすみ、人びとの「保守化」は、すすむと指摘されています。「2つの保守政党が切磋琢磨することで日本はよりよい国になるはず」なのかもしれません。政治の費用対効果の向上、行政サービスの効率等、問題は山積みといわれます。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。

 

政権与党が有利になるのは、「内閣官房機密費」を上手に使えば、政権維持に有効だといわれます。私たち一般人は、「内閣官房機密費」については当然詳しくはありません。合法的に使途は秘密のベールで覆われているので、分かりませんが、保守の与党政権の長期化に役立ってきたのではないでしょうか北朝鮮の拉致事件の情報収集に「内閣官房機密費」は上手に使われたのでしょうか?機密費の総額が年間30億円なら、かなり政権の維持、長期化に役立つと指摘されています。政治資金や事業家の事業資金などに使われているともいわれますが、この方面のことは全く分かりません。政権与党のカネ(資金)もポジションも分配できる党執行部のうまみと力に、与党の議員やメディアは従うと語られています。「安倍一強」の論理も私たち一般人は、当然分かりません。官邸の機密費も野党で問題にされたりすることもあるようですが、機密費を法律が認めているのですから、情報は公開されないといわれます。「内閣官房機密費」にも「政治とカネ」の問題はついてまわるそうです。国としても、保守の長期安定政権の方が何かと都合が良いからでしょう。そのように内閣官房機密費は使われているともいわれます。国民がチェックできない血税の内閣官房機密費の使い方は合理的なのでしょう。今の時代、国民の血税のタックス・イーターが増殖しているのかもしれません。

 

・「20154月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。約束した期日はとうに過ぎているのですから、その一点だけを考えても、アベノミクスはうまくいっていないと言わざるを得ません」ということで、アベノミクスの失敗は明らかなようです。アベノミクスといっても特別に新しいことをやっていたわけではなく、金融を大幅に緩める方向にもっていっただけだという説もあるといわれます。つまり、金融を引き締めるのか、緩めるのかの両方向しか選択はないというのです。消費増税の議論ばかりのようですが、所得税、法人税の累進課税を元に戻せば、改善されるという説もあるといわれます。これで、エコノミストや政策決定担当者も、意見を大きく変える必要がでてくるでしょうか。とくにグローバリゼーションで中国の13億人の経済が不調になり、世界の経済がそれに引っ張られることになります。経済問題は、多くの経済研究所があるので、これからの見解が興味深いものです。大きな組織が劣化している時代です。政党や官庁組織も時代の流れにのれずに、制度的疲労が顕著になり「劣化」しているのでしょうか。「あまり知られていないことだが、日本の社会保障というのは、先進国とは言えないくらいお粗末なモノなのである」といわれます。

 

・有名人の麻薬事件がたびたび報道されています。私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。「世界中が大失業時代なので、犯罪や汚職、売春と大麻、麻薬商売がはびこる」といわれます。ヨーロッパでは「売春とスパイが最古の職業」と語られています。そして、堕天使は地球の女を狙って降りてくると語られています。堕天使の性的な能力は、異常に高いと語られています。それで、堕天使が太古から売春とスパイと麻薬に関わっているともいわれています。ちなみに、海外では日本人観光客を狙う犯罪集団だらけともいわれます。

 

・「昔と違って自由闊達な議論のできない「不自由民主党」になってしまった」といわれます。「小選挙区制導入で劣化した議員の質」といわれ、ベテラン議員の辛辣な指摘があります。「小選挙区比例代表並立制は即刻廃止せよ!」と著者(村上誠一郎氏)は主張しています。これからの政策についても多くの議論があるといわれます。政治主導という事で人事的にも、官僚が委縮しているそうです。ところで移民の問題についても、世界中に失業者があふれています。移民を認めなくても、近未来には日本に「職」を求めて外国人労働者が1000万程度棲むだろうという説もあります。米国の1100万人から1400万人の不法移民が大きな問題となっているように、難民や移民、失業者の問題は世界的な大問題といわれます。大規模なイベントで経済効果を狙うことも、費用対効果の効率が悪くなりつつあるといわれます。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの費用対効果、経済効果の試算も、建設費、維持費の増大なので、不確かになりつつあるといわれます。再び万国博覧会等のイベント戦略を狙う向きもいると指摘されています。

 

・アベノミクスについても立場の違いにより評価が分かれます。「アベノミクスにより日本経済は活性化した」という説と「アベノミクスの失敗により、格差が拡大し、個人消費が伸びず消費税の増税延期を余儀なくさせられた」という説です。アベノミクスも官庁エコノミストが主導したと思われます。いわゆるリフレ派の理論を導入したといわれます。しかし、この本の著者はリフレ派の政策を批判しアベノミクスに否定的です。「円安誘導政策は間違っている」と主張しています。しかし、アベノミクスに替わる代案を打つことは難しいようです。典型的な古い経済理論では、変化している日本経済再生は無理なのでしょうか。アベノミクスが機能しなくなっているのは、「新しい経済状況」に「古い考えの政策」で対抗したからかもしれません。異次元の金融緩和と財政投融資、構造改革など打つべき手は打たれていますが、次は官庁エコノミストの知恵の出しどころのようです。「はたしてアベノミクスを継続すべきかどうか。それが問題だ」というところでしょうか。もはやアベノミクスの用語もメディアの世界では使わなくなっているようです。

 

・いわゆるアベノミクスによる金融緩和で円安誘導政策をとりましたが、4年も経過して、世界経済の変調もあり、アベノミクスを否定する識者の論調も多くなったようです。原油価格が半分になり、2%のインフレターゲットを達成できなくなりました。本の題名のように『円高・デフレが日本を救う』ということで、政策を逆にして、「円高誘導政策」に方向を変えていくべきなのでしょうか。アベノミクスも「出口戦略」が不透明で明らかになっていません。今後の政府の経済政策が注目されますが、有識者の間では以前から「日銀の政策の誤り」が指摘されてきました。また失政が、残念ながら増えているそうです。国家経営の実務に精通したテクノクラートのドリームチームの「国家改造計画」が求められています。イギリスのEU離脱問題が懸念されていました。どのような結果になるのか、想定が難しいといわれました。この問題が為替や株式市場にどの程度のインパクトを与えるのかいまだに不明です。英国の金融システムが困難に直面するといわれました。しかし、将来はEUが分裂・解体を始めるという説もでてきます。

 

・社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されてこなかったからでしょうか。社会保障制度も劣化が現れています。先進国としては恥ずかしいという説もあるようです。「財源の裏付けのない政策は実現できない」と言われます。「政治は税金なり」といわれますが。税制の問題点も解決されていないといわれます。

 

・中国経済の減速もエコノミストの周知のこととなり、アベノミクスも当初の勢いはなくなり、為替や株式市場も色あせてきたようです。著者は「期待インフレ率を目的とする致命的誤り」を指摘しています。アベノミクスが当初の目的を達成できないことが明らかになった今、アベノミクスへの批判が高まってくるようです。しかし、財政破綻を警戒する極端な議論は、そろそろでてきているようですが少数説のようです。世界経済が連動する時代ですので、円高誘導政策に転換するのか、経済運営の難しさが、一層鮮烈になっていくようです。「201212月に始まった「アベノミクス景気」が、1990年前後のバブル経済期を抜いて 戦後3番目の長さになった」ともいわれますが、実感は乏しいそうです。

 

・国会の内外とも大騒ぎをして、集団的自衛権の法律も通過しました。が、これで「普通の国」への道が徐々に開かれていくようです。「普通の国」への方向に進みますと、米軍との共同作戦による歩兵の大量出血が強要されることになるでしょうか。海外でのPKO活動でも、自衛隊だけが、死傷者のリスクの多くない他国軍と違った行動規範では、国際的に通用しないともいわれてきました。いわゆる「駆け付け警護」も実際に可能になりました。PKOについても外国軍ではさまざまな問題が起こっているようです。集団的自衛権の議論では、国論が2分されて、今後、違憲訴訟も相次ぐという見方も増えているようです。この国論を2分した争いは終わったとはいえないともいわれています。

 

・「日本が存立を脅かされる」事態は、自衛隊の通常兵器では対応できない事態も議論する必要があるようです。現代では歩兵が戦ったり、機甲師団が激突したり、高価な戦闘機が空中戦をしたりする事態ではなく、最初から核ミサイルの投射が問題となる事態のようです。「いつの時代でも歩兵は必要だ」ともいわれますが将来戦の様相は「歩兵の時代ではない」そうです。「次の戦争では必ず新兵器が使われる」といわれます。北朝鮮がグアム周辺にミサイルを落とす実験をするかもしれないと相変わらず、瀬戸際政策を採っています。

 

・周辺諸国では「貧者の核兵器」といわれている「生物化学兵器」も熱心に開発しているといわれます。「生物化学兵器」への対応も必要です。核シェルターもない国への都市住民への無差別爆撃、核ミサイルによる直接投射の事態も当然、国会で議論されるべきことでしょう。第2次世界大戦でも戦争がはじまると国際法が無視されたことが非常に多かったそうです。もちろん、損害賠償もありません。米国の核ミサイルによる抑止力だけでは、日本は守れないといわれます。周辺諸国が核シェルターと生物化学兵器や核兵器の開発に熱心な事態は、あまり新聞には載らないようです。後進国では「核兵器は使えない兵器」ではないようです。先進国の理性が通じるような後進国の状態ではないといわれます。周辺事態には日本の核装備も議論されるべきことのようです。「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。核兵器を持たなければ歩兵の出血を強要されるといわれます。

 

・また公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうです。「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」といわれます。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。また「税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」といわれます。

 

・爆撃装置と給油装置を外されてライセンス生産された高価な航空自衛隊のF4ファントム戦闘機は、北朝鮮の拉致事件に何らの抑止力にはなりませんでした。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に数十年もかかっているようでは政治家の非力が窺われます。核兵器は1発でも抑止力を持つ兵器だそうです。1発でも自衛隊が核兵器を持っておれば、北朝鮮は拉致事件を起こせなかったともいわれます。高価な抑止力のない通常兵器を少数装備しても、5兆円の限られた防衛予算の費用対効果としては、どうなのでしょうか。巡航ミサイルやバージニア級の攻撃型原子力潜水艦などの高価な抑止力のある通常兵器を少数装備する方向に進むべきだそうです。グローバルスタンダードの核シェルターなどの何か必要な防衛論議がタブー化されているようです。

 

アメリカのマクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。そのときには生物化学兵器も使われるという未来透視だそうです23世紀というそんなに未来のことではなく、数十年以内にいわゆる「第3次世界大戦」が起こるという本や説も増えているようです。米ソの核戦争による第3次世界大戦の本も20世紀にはたくさん出版されましたが、21世紀に入ると書店の店頭から消えていきました。現在では、米中によるサイバー戦争が「すぐそこにある危機だ」そうです。軍事専門家ではないので、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。スター・ウォーズでも核戦争が頻繁にあったといわれます。

 

・北朝鮮も核弾頭が数十発ともいわれますが、数世紀も経てば、北朝鮮が国としてなくならない限り、軍部は核兵器の開発を進め数万発の核弾頭を持つことも夢想ではないといわれます。その時代には、核兵器が世界的に拡散していることが想像されます。世界中で何十万発の核弾頭となるのでしょうか。そこで核兵器や生物化学兵器を投げ合う「最終戦争」は、想定できます。

 

amazonの「本」に「サイバー戦争」といれますと136件の書籍がわかります。そこには『日本サイバー軍創設提案:すでに日本はサイバー戦争に巻き込まれた』(Kindle Single)があります。「サイバー攻撃 ナウ」というところでしょうか。

 

amazonに「アベノミクス」といれますと904件の書籍がわかります。『日本の死に至る病:アベノミクスの罪と罰』(倉重篤郎)『アベノミクス崩壊』(牧野富夫)、『日本経済崖っぷち  妄念の中の虚像、アベノミクス』(浜矩子)等で、ネガティブなものが増えてきているようでした。アベノミクスの評価も立場の違いで、2つのグループに分かれるようです。官庁エコノミストは、痛烈に批判する人は当然ながら、少ないようです。『「新富裕層」が日本を滅ぼす』という本の著者(森永卓郎氏)は、37冊くらいの本を書いているようです。ところで財務省の見解というものは専門家集団ですので、指導力は強いといわれます。「実は日本は社会保障“後進国”」という認識の有識者は多いのでしょうか。

 

・著者によると消費税という税は不合理な政策だということになります。しかし、「無税国債」の発行に賛成する官庁エコノミストは多くないようです。「無税国債の発行」を主張する新しい首相はでてくるのでしょうか、社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。「失われた日本経済の20年」といわれますが、その間の経済政策は効果的ではなかったようです。20年の間に「日本経済の劣化」は相当すすんだようです。世界中で「格差の問題」が議論されています。

 

・「格差」は、税制で作られたともいわれます。「財源の裏付けのない政策は実現できない」ということで、「限られた予算、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字」という状況が続きました。財政・社会保障費の抜本改革が不可欠であることは明らかですが、実施は難しいようです。「もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要」といわれます。税金の無駄遣いもなくせないようです。税制が劣化しているのかもしれません。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」そうです。税制そのものが劣化しているともいわれます。今の時代、国民の血税のタックス・イーターが増殖しているのかもしれません。

 

・「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。スイスではベーシックインカムの実施が国民投票で否定されましたが、大胆な改革の試みが先進諸国で行われているようです。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームによる英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。舛添氏の公私混同がメディアや議会で批判されました。メディアにも大きく取り上げられていました。あまりにも期待された人だったので、反動も大きかったようです。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。『都知事失格』(舛添要一、2017/6/2)という本も出ました。

 

・困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられないといわれます。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。

 

・「政治家が劣化している時代だ」ともいわれています。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。そこで政治の改革がなかなかすすまないといわれます。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、「政治が遅れている。私たち一般人は、政治意識を高めて政治の近代化を急がなければならない」といわれます。はたして今後の選挙結果はどうなるのでしょうか。高齢化で国民が保守化するともいわれます。

 

・「消費税増税のスタンス」が政治の一般論としてあります。日本の「借金」は1000兆円もあり、財政危機の状況であり、消費税を上げて財政危機を回避しなければならないという議論が有力説となり、政府を動かしているといわれます。しかし、消費税を社会保障費に充てる税政策は理論的に問題があるといわれます。1000兆円という数字が独り歩きしており、真面目に「日本破綻」を主張している学者・エコノミストも少なくありません。経済学者やエコノミストが最も基本的な問題に見解が対立しているのは、私たち一般人には不思議な話です。財政の危機を考えると、消費税増税もやむをえないという思考が一般的でしたが、「日本の借金問題は、懸念することはない」という説もあり、驚きます。

 

Amazonに「日本破綻」といれますと908件の書籍を見ることができます。2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)、『1500万人の働き手が消える2040年問題労働力減少と財政破綻で日本は崩壊する』(ダイヤモンド社)等です。その一方で、『何があっても日本経済は破綻しない!本当の理由』(アスコム)という全く反対の見解もあり興味深いものです。とにかく「財政問題」についてはエコノミストの百家争鳴のようです。エコノミストの資質が窺われます。

 

・「築土構木の思想で、土木工事を大規模にして日本を建てなおす」必要があるようです。国土強靭化構想で、水道や下水道等、道路のインフラを再整備する必要があります。老朽化がひどいといわれます。また地震や津波に対する対策や東日本大震災の復興にも大規模な「土木建設」が必要です。首都直下大地震津波や南海トラフ巨大地震津波も発生確率が非常に高いと、大衆レベルでも認識が浸透しています。かつて日本は、田中角栄氏の「日本列島改造論」にあるように「土建国家」ともいわれたものでした。田中角栄元首相の実績には毀誉褒貶があるようです。

 

2016414日の「熊本地震」も、このような大地震がくり返されて、不気味な南海トラフ巨大地震津波へと繋がっていくと、地震学者が述べていました。「天災は忘れた頃にやってくる」といわれました。「財源の裏付けのない政策は実現できない」といわれますが、建設国債や日銀の引受など手法はいろいろとあるようです。「コンクリートから人へ」ともいわれましたが、両方への投資が必要です。金融緩和と同時に大規模な財政投融資の両方が機能しなければならないといわれます。

 

・「政府債務残高約1000兆円」ということで「財政破綻」を喧伝し、大騒ぎをするエコノミストもいましたが、「国の借金問題など存在しない」と主張するエコノミストもいて、奇妙な面白い議論です。政府の紙幣発行権をめぐる考えの相違といいますか、デフレなどの基本的な考えが、それぞれ違っているようです。アベノミクスに対しても、厳しい評価をする経済学者もいるようです。外国の経済学者の評価も明らかになりました。今の状況では消費増税は無理だとされ延期されました。

 

・私たち一般人は、エコノミストではないので、詳しい分析はできませんが、円の国際的な評価が、その実態を反映するそうです。「国債などの政府債務残高は現在、約1000兆円。日本政府の資産を考えると、ネット(差し引き)で500兆円になる。そこに日銀を政府との連結で考えると、日銀が300兆円分の国債を持っているから、政府債務は連結すると200兆円ということになる。GDP比で考えると欧米より少ない」という結論になると主張する学者(高橋洋一氏)もいるようです。ギリシアのような経済の弱い国と比較はできないようです。

 

・「日本の核武装」に言及する知識人が増えてきているそうです。核装備は一種の政治のタブーになっていた感がありましたが、世界情勢が大きく変わってきたためか、有識者から様々な提案がなされているようです。トランプ大統領からも選挙中には『日本と韓国の核武装の可能性』が言及されました。私たち一般人は、核兵器については詳しくは知りませんが、日本の周辺の仮想敵国が核兵器や細菌兵器、化学兵器を熱心に開発している以上、日米安保条約のみに頼ることは十分ではないようです。タブーなき防衛論議が必要のようです。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームの英知を結集した現代の「国家改造計画」が求められているといわれます。防衛政策ははたしてどのような評価をうけているのでしょうか。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。官庁組織がシンクタンク機能を持っていますが、十分活用されていないともいわれます。核シェルターもないのに避難訓練をしているのでは滑稽です。B29に対して市民に竹やりで応戦しろと始動した馬鹿な軍部と同じです。「太平洋戦争において、将官や将校のほとんどが勝てるとは思わず、戦争に負けるという意味を認識していなかった」といわれます。815日は、終戦の日で、戦死者に冥福を祈りましたが、北朝鮮のグアム核ミサイルの騒ぎです。

 

・「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。核兵器は1発でも抑止力を持つ特殊な兵器のようです。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているといわれます。核戦争を想定内にしているからでしょう。核兵器を持たなければ歩兵の大量出血を強要されるといわれます。日本も核戦争を想定したスイスの「民間防衛」を参考にして準備しなければならないと指摘されています。

 

・抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえるのでは、拉致事件にも抑止力がなかったそうです。「抑止力のない高価な通常兵器を少数揃える」よりも、巡航ミサイルやバージニア級の攻撃型原子力潜水艦等の「抑止力のある高価な通常兵器を少数揃える」ほうが、費用対効果があるといわれます。核シェルターもありませんし、この方面に脳天気(ノー天気)ですと、日本も歴史から消えていくことになるでしょうか。5兆円という限られた防衛予算では不十分だともいわれます。

 

・「次の戦争では必ず新兵器が使われる。将軍たちは前の戦争の兵器で軍事演習をしている」そうですので、通常兵器が陳腐化する時代に備えておく必要があるのでしょうか。「核には核で」という常識がゆきわたるのはいつのことでしょうか。もちろん、日本の核装備には言うまでもなく、多くの反対論があります。法律や条約の問題もあります。しかし、憲法改正をしなくても核兵器は持てるといわれます。

 

太平洋戦争も米軍の新兵器と原爆によって、日本軍が圧倒されたように、新兵器の登場によって旧兵器が陳腐化するのだそうです。旧軍は、レーダーなどの新兵器で完敗しました。それも現代では新兵器の開発のスピードが速くなっているそうです。旧軍のほとんどの将官や将校も「戦争に勝てる」とは思わなかったそうです。そして「戦争に負ける」ということは、どのようなことを意味しているかも認識していなかったそうです。ひどい目にあったのは、国民すべてで特に庶民でした。戦争中の話は、筆舌に尽くしがたい話ばかりのようです。

 

・サイバー戦争では米中戦争がすでに始まっているとも言われています。深刻な人口問題と社会問題を持つ中国は、国内が乱れると、さまざまな面で国際間のトラブルを起こし、対外戦争に打って出るという懸念が、国際社会、チャイナ・ウオッチャー間では言われているそうです。大量の餓死者と国内騒乱が起こったときは、ソ連とも戦争(国境紛争)をしたと指摘されています。現在でも、周辺諸国と国境紛争の種を作っている人口大国だともいわれます。Amazonに「サイバー戦争」といれますと152件の書籍が出てきます。『サイバー戦争論』、『サイバー戦争~すべてのコンピューターは攻撃兵器である』、『日本サイバー軍創設提案:すでに日本はサイバー戦争に巻き込まれた』という具合に刺激的です。どうもサイバー戦争はいまも熾烈に継続中だそうです。メディアに人民解放軍の将校の名前が出たりして米中サイバー戦争は奇妙な問題です。メディアもどの程度把握しているのでしょうか。「近未来にはサイバー犯罪も激増する」といわれます。大胆な対策が必要のようです。

 

・中国の社会が不安定化することにより世界中に深刻な影響を与える懸念があるようです。学校にいけない子供たちが増えており、社会問題がいろいろと深刻化しているそうです。「制御不可能な国という中国固有の歴史的条件がある」といわれます。米国の学者も2016年に中国は昏睡状態に陥ると予測していたようです。また「中国人は国を捨てた人でないと信用ができない」という中国社会特有の国内事情があるそうです。

 

・以前は中国の経済学者によると「影の銀行(シャドーバンキング)に対する規制が強化されるなら、中国の不動産価格が最大50%下落する可能性がある」という見方を示していました。不動産市場も株式市場もバブルが崩壊しましたが、再び、投機資金が動いているともいわれます。「チャイナ・リスク」を誰もが認識できる時代になりました。中国の経済の減速、混乱が大減速と大混乱になるのでしょうか。中国では「上に政策あれば、下に対策あり」といわれていますが、限界がきているといわれます。

 

・識者によると、中国共産党の「みっともなさ」が世界中のメディアに露呈されている時代だそうです。世界のメディアへの頻繁な露出こそが中国共産党が最も恐れていることではないのでしょうか。

 

・タックス・イーターの「政官業の鉄のトライアングル」も徐々に変化してきているようです。昔は、汚職が頻発したものでした。政治の近代化も関係者の努力ですすめられているようですが、いわゆる「税金の無駄遣い」も多々あるといわれます。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を、費用対効果を考えて財源にあてるべきだ」そうです。行政サービスも劣化してきているようです。「消えた年金問題」も公務員の信頼を大きく傷つけました。「志の高さのかけらもない厚生官僚の杜撰さによって、誰がどれほどの年金保険料を支払ったのかが分からなくなってしまった」ようです。政治経済制度やシステムが信じられないほど劣化してきており、「消えた年金問題」もとんでもない話だったようです。「財源の裏付けのない政策は実現できない」といわれます。財政・社会保障費の抜本改革が不可欠であることは明らかです。厚生官僚は糾弾されるべきだったそうです。そもそも責任をとった公務員がいたのでしょうか。

 

・「社会保険庁は無駄な施設の建設やその他の無用な事業に資金を注ぎ込み、みずからの天下り先を作りつづけていった。年金福祉事業団がその筆頭である。厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった」ということで噴飯ものの話でした。年金基金GPIFの株式運用でも、国民の年金財源を毀損する可能性が高く、多くの識者が、結果が出ている現在も懸念しているようです。私たち一般人は、厚生官僚の劣化のひどさの理由が分かりません。新たな「行政改革」も政治スケジュールに載っているのでしょうか。政治献金の問題も「政治とカネ」の問題ですが、先進国とはいえないようです。「財界」と「政治」の改革も必要のようです。なんとか「汚職収賄を糾弾する」必要のない社会にしたいものです。議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。

 

・「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。世界的ランクでは、後進国になるといわれます。

 

・平沢勝栄氏はテレビなどでも出演していた自民党代議士なので顔は広く知られていました。警察官僚出身者ですが、北朝鮮の拉致事件は防ぐことができたそうなのです。私たち一般人は、警察官僚や海上保安庁の担当者にしっかりと対応をしてもらいたかったと思います。やはり、戦後の日本の諜報機関がなかったために、拉致事件は起きたようです。国家運営に一番重要な諜報機関が貧弱なために拉致事件と言う悲惨な事件を容易に起させた責任が公安関係者にもあるようです。公安関係者は情報機関の整備を政府に要求すべきだったのでしょう。元公安部長によると「日本は情報機関のない珍しい国だ」そうです。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!内閣官房機密費も北朝鮮の拉致事件の情報取集に使われていたのでしょうか?

 

・ロシアやアメリカの諜報機関は、国家安全保障上のために暗殺も正当化し行ったようです。CIAの職員の亡命事件が話題になっていましたが、テロリストを事前に探すために何でもやったそうです。昔も今もテロリストを探し出してスパイ映画のように暗殺もやったのかもしれません。特にアメリカは自由な国で世界中からの移民が多く、各国のスパイたちも移民に交じって多数、アメリカ国籍を取っているそうです。

 

スパイ映画などでは、激しく銃撃戦が展開されますが、実際の暗殺はロシアの昔のKGBのように、ヨーロッパで毒薬や薬で暗殺を行ったといわれます。ソ連製なのかどうか不明の「自殺企画の発狂薬」については数十年前の新聞に載っていたといわれます。北朝鮮も軍事国家でテロ国家ですので、毒薬や薬をよく使うそうです。明らかに毒殺をすると捜査当局にすぐにわかるので、病殺をするそうです。また事故に見せかけて暗殺したり、その手法はいろいろと残酷な秘密諜報機関で研究されているといわれます。この辺りは怖いスパイ大作戦のようです。多くの国民は北朝鮮のスパイの陰惨なテロ活動に怒っており、警察に不信を強めているようです。訪朝の小泉元総理は水も飲まなかったそうで、その過酷さが窺われます。

 

・戦後一時期、「日本は犯罪が少ない安全な国だ」ともいわれたこともありましたが、近年、そうは言えなくなったようです。実際は犯罪数も増えて検挙率も下がってきているそうです。対策はいくつかなされたかのようですが、世界的に見ると人口数に対する警察官の数が不足しているようです。数万人程度の警察官を増員すればいいのですが、限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、実現が難しいといわれます。また振り込め詐欺(特殊詐欺)にしても被害者が高齢者で被害額も多額ですが、犯人グループを一網打尽にできない警察捜査の劣化が窺えるそうです。

 

政治家の2世、3世は、祖父や父親の地盤を譲り受けると比較的、選挙には苦労はしないようです。「数千万円から数億円の政治資金の相続は大きい」と語られています。著者(平沢勝栄氏)のような1世は、地盤づくり、後援会作りと1365日が「日々是選挙」という状態だそうです。選挙活動ばかりでなく、国会議員としての活動も忙しく、あまり勉強ができないそうです。本来役割の違う官僚と政治家の摩擦がありますが、切磋琢磨することで政治が向上していくようです。また、官僚と政治家の役割を見直し、国家経営の実務に精通した担当者に権限を委ねるようにしないと、国内、国外と難問山積みの時代に対応できないそうです。甘い国際感覚では国益を大きく損なうこともありましょう。現代のような複雑な激動する時代に政治家に過剰な期待をすることは無理なのかもしれません。何等か制度の改革が必要のようです。定員を大きく増やすのか、または大きく減らすのかもとても大きな問題です。「政治主導」ということは、理論的にも無理なことだと指摘されています。

 

・国会議員の選挙にも時代の流れがあるようで、近年では地方議会の議員や市長、県知事などの経験者が選挙に出て来るようになったようです。やはり、選挙が強いということが候補者の要件になるようです。看板、カバン、地盤と言われますが、選挙地盤や後援会組織が重要になるようです。総理大臣も時代の流れに応じて時の人がなるといわれます。せっかく変えた「小選挙区制」の選挙制度が、大変不評のようです。

 

・拉致事件も数十年たち実態さえも不明になっていきそうです。北朝鮮と日本の担当者のコンタクトもあるようですが、うまくいっていないようです。

 

・著者(平沢勝栄)は元警察官僚で自由民主党の衆議院議員です。北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長にも就任していました。著者によると拉致事件は警察と海上保安庁がしっかりと対応しておれば防げたものと述べています。元警察官僚の言葉ですから、がっかりです。北朝鮮の日本国内スパイのネットワークに対して、世論を気にして厳しい追跡をしなかったのでしょうか。北朝鮮のテロリストが国内に跋扈していたのに警察が無力だったのは痛恨のきわみです。当時は日本海にスパイ戦が出没していたようです。海上保安庁の強化も予算不足だと指摘されています。

 

・元公安長官によると「日本は本格的な情報機関のない珍しい国だ」そうです。米国のCIAや英国のMI6のような情報組織がないために、北朝鮮の拉致事件により多くの被害者がでました。被害者数もかなりの数だという説もあるといわれます。敗戦後、占領軍の命令により日本は本格的な情報組織を持てなくなったようなのです。

 

・英国のMI6の女王陛下の007のような秘密諜報員が日本におれば北朝鮮の拉致事件は防げたのでしょうか。現代では情報戦が日常的に重要視されています。日本の現在の情報組織は規模的にも貧弱だそうです。戦後一時期、なぜなのかは知りませんが「日本の警察は世界一だ」という与太話もあったそうですが、どうだったのでしょうか。

 

・北朝鮮の拉致事件は、いまだ解決されておりませんが、北朝鮮は解決済みであると主張しているようです。このようなことが米国に対して行われれば、直ちに米軍の軍事制裁行動がなされます。しかし、自衛権の行使として自衛隊の出撃は一部では検討されていたようですが、憲法的にもありえないことで、平和的解決と経済制裁による圧力で、拉致被害者を取り返そうとして数十年もたちました。

 

・北朝鮮にとっては何のプラスもないことで、北朝鮮が自ら経済的に崩壊することが国際社会から期待されています。中国の経済援助もあるようですが、限界があるようで、やはり石油不足の問題で困っているようでした。それで石油不足問題で経済崩壊・国家崩壊するのかもしれないともいわれました。昔から潰れる、潰れるといわれながらも潰れないのが北朝鮮のようでした。北朝鮮が潰れて、国内が騒乱状態になると中国が困るからのようです。

 

・飢饉とか災害で農業問題が深刻なようですが、核兵器の開発をなおすすめるでしょう。崩壊する前に北朝鮮が大暴走する可能性もあるといわれます。北朝鮮は拉致をする前から戦争を覚悟していたものと思われます。日本にとり、今後とも危険な国であり続けることでしょう。偉大な指導者の個人崇拝に厭きた北朝鮮軍は、やたらと無謀な対外戦争の緊張や挑発を作り出し、独裁体制を維持しようとしているのでしょうか。

 

・日本としては警察や自衛隊の情報組織の強化を図り、米国の情報機関との提携を強化していく必要がありましょう。国内での北朝鮮スパイの破壊工作に警察は全く無力だったのが残念です。「スパイ1人は陸軍1個師団に相当する」ともいわれ、戦争を仕掛ける破壊工作をするので、どこの国でも「スパイ狩り」には熱心ですが、「スパイ天国の日本」は、無力だったようです。またスパイの取り締まりに関する法律も不備だといわれます。敵性国家のスパイに対して、日本以外に主要国において、スパイに寛容な国はありません。長い戦後の平和ボケの結果でした。拉致被害者たちが可哀そうだといわれます。

 

・中東の紛争で敵側のスパイは、すごく憎まれ残酷に殺されるそうです。昔から「スパイはその場で殺せ」といわれ残酷な方法で拷問をうけ殺されたようです。海外の紛争地帯では日本のマスコミ関係者もスパイと間違われ、殺される危険もあるといわれました。中東で捕虜にされていたジャーナリストがいましたが、「飛んで火に入る夏の虫」のようで、海外旅行には大きなリスクがあります。戦場心理として誰でもスパイに見えるのでしょうか。

 

・拉致被害者も拉致されてからかなりの年月がたち、様々な資料も焼失しているものとおもわれますが、関係者の努力により平和的に早期の救出が望まれています。さすがに反日教育をしている周辺諸国に対して「友好平和絶対主義」「友好至上主義」の幻想を抱く人々は少なくなったようです。

 

・日本の航空自衛隊のF4ファントム戦闘機は1971年に完成機を輸入して1981年の520日に最終140機をノックダウン生産されました。「外国に脅威を与えてはいけない」「外国の基地を攻撃してはいけない」ということで、国会の良識により爆撃装置と空中給油装置は外されました。当時の自衛隊員たちは、悔しがったそうです。

 

・当時の知識人ですら「北朝鮮は凍土の地獄」というよりも「北朝鮮は人民の楽園」という宣伝を信じていた人たちが多かったそうです。このF4ファントムのノックダウン生産期間と北朝鮮の拉致事件が集中した期間とは一致しています。外国の脅威に対する国会の良識の脳天気(ノー天気)ぶりが見透かれて拉致事件が引き起こされたものと思われます。爆撃装置と空中給油装置を外したことは当時の外国の軍事専門家から馬鹿にされ、笑われていたそうです。日本の防衛政策は、外国人から馬鹿にされると指摘されています。

 

・春秋の筆法によれば良識ある国会が拉致事件の原因を作ったと言えるそうですが、外国の軍人から笑われることをしてはいけないようです。今でも外国人に笑われるようなことを何かしているのでしょうか。日本が憲法改正をして「普通の国」になる方向でしょうか。「普通の国」になれば、米軍と共同作戦をして「歩兵の大量出血が強要される」事態にもなりましょうか。人口減少時代ですから、自衛隊員の要員確保に困難が生じると述べられます。

 

・資本主義の国ですから資本主義的に考えて動かないといろいろな点で不利になるようです。ただ、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということで行き過ぎると何事もマイナスになります。米国でも何事も資本主義の合理性で動いているのではなく「社会システムに組み込まれた『知情意』のバランス」があるといわれます。

 

・多くの人々が、行政改革として「道州制」を唱えています。私たち一般人は、詳しくは勉強していませんが、果たして今よりも、効率的な行政になるのだろうか疑問に思います。道州制にはプラス、マイナスがありプラスに目がくらんでいると指摘する有識者もいるようです。かえって行政サービスが低下、混乱するのではないのでしょうか。

 

・道州制の狙いは「中央官僚の支配の排除」だそうですが、国民にとっては、今以上に混乱がひどくなることでしょう。政治家と官僚が対立して、互いに影響力を排除しようとすることはどうでしょうか。近年、官僚と政治家が厳しく対立し、感情的にももつれているといわれます。

 

・「政策も地方行政も中央官僚の絵に誘導される」「地方自治体は自治とはいえ完全な中央官庁の下請け機関に過ぎない」とかの話があるようですが、中央官僚との対決から「道州制」がでてきたのでは、本末転倒の話でしょう。広域化することによって一番不便を被るのは県民や市民ではないのでしょうか。北海道と九州の法律や条例が異なると大きな混乱が生じると思えます。

 

・「複数の都道府県を合わせた区域に道州制を導入する方法をとるか、既存の都道府県の上に道州を設置する方法をとるかで、移行方法に注意せねばならない問題点が挙げられている」そうです。が、地方自治の効率化、近代化を図るということでしたら、市町村の地方自治をなくして、県議会の地方自治に一本化した方がはるかに現実的、効率的に思えます。道州制に変更しても現在の問題点がすべてなくなり、国民へのサービスは向上するのでしょうか。

 

・効率化を目指すのなら、統治構造の観点から、目指す方向は逆に、「より一層の中央集権化」なのではないのでしょうか。コスト面を考慮して、地方自治に費やす税金を少なくするのには、県議会に一本化すればよいと思います。財政赤字が減るのではなく、道州制にすると一層拡大するように素人には思えます。どんな時代、体制においてもテクノクラートの官僚は必要になります。道州制になれば、またまた道州の官僚に牛耳られることでしょう。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。政治家は、世論の反発や票離れを恐れるあまり、日本の将来に必要不可欠な社会保障制度改革や年金改革に着手できずにいるともいわれます。

 

・「道州制」を長い間に議論するよりも、国民の生活に直結した政策を速やかに具体的に実施しなければならない時期と思います。現在でさえうまくいっていないのに、反官僚の「道州制」を導入すれば、混乱と非能率は一層拡大すると思えるのは政策に素人の私たち一般人だけなのでしょうか。道州制も夢のような素晴らしい計画ですが、実施されると市民が地獄を見る懸念もあると指摘されています。

 

・政治理念を掲げることは重要ですが、選挙民は現実的な施策を望んでいるようです。「市場原理主義」「小さな政府」か「大きな政府」とかの理論闘争をしていても、現在の年金問題や社会福祉問題や税金の問題は解決しないと思えます。

 

・「歴史的・文化的に多様である地方自治体を中央集権的にコントロールするものであり、住民主役の真の地方分権改革とは対極にある」として道州制を非難する人も多いようです。自民党も「道州制」を具体的に進めるようで、世論調査の結果や今後の議論の展開が注目されました。道州制を進める本では、夢のような素晴らしい制度で、良いことづくめのようですが、どうなのでしょうか。         

 

・この本(『七人の政治家の七つの大罪』)は民主党が政権をとる前のものです。大きな政党や大きな組織をバックにしていないと落選議員は、再度、選挙に挑戦することは難しいようです。世襲が選挙に強いのは、後援会組織がしっかりしている場合が多いようです。「サルが木から落ちればサルだが、代議士が選挙に落ちるとタダの人」といわれ落選した時のことも考えなければなりません。選挙に必要な「ジバン、カンバン、カバン」といわれますが、資金のない人には落選はつらいものです。「数千万円から数億円の政治資金の相続は大きい」と語られています。

 

・顔を合わせて面談を通じて後援会員を増やしていく努力が小選挙区ですと大事になるそうです。選挙民とのコンタクトに多くの時間と労力が必要です。小選挙区に移行しても、多くの問題点が出てきているそうです。小選挙区の選挙制度を否定する国会議員が増えている、ほとんどだといわれます。

 

現役政治家は、モーレツ・サラリーマンのようにモーレツに働き、動き多くの人と接するそうです。著者も無理がたたって脳梗塞で倒れたそうです。こうした忙しい状況では、政策の勉強の時間があまりないようです。政治家は必死に働いているそうです。

 

・政治家には落選がつきもので、議員の経歴を見ていくと多くの議員が落選の経験があります。落選議員の状況はひどいそうですが、それを乗り越えてはじめて中堅議員に成長していけるのでしょう。やはり松下政経塾の出身者ように若いうちから直接に選挙の世界に飛び込んでいくほうが良いのでしょうか。

 

・若いうちから直接に政界に飛び込むべきか否かということについて賛否両論があり、政治家になる前にほかの職業についておくべきだと言う人もいるようです。落選した時のことも考えなければならないのでしょう。政治献金の相続という面からも世襲が断然有利になるそうです。地方議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。

 

・政治家の仕事内容も時代の変化に応じて変わっていくものとおもわれます。組織的に動かないと仕事は増える一方のようです。日本経済の再生に力がありかって賞賛された経済官僚も近年の経済政策の失政の多くに責任があるといわれます。その原因は政治的な統制力を欠いたことだそうです。反官僚の動きが勢いをましておりますが、「火のない所に煙は立たぬ」ということでしょうか。 

 

・企業はリストラしないと現代の激しい経済環境を乗り切れないといわれます。世界のどの国もリストラをしないと近年のギリシャのようになるのでしょうか。どこの国でも国のリストラや舵取りは難しいようです。日本は大丈夫だという説もありますが、近代化や改革が急がれています。

 

「3S(セックス(性風俗)、スクリーン(映画、大衆娯楽)、スポーツ)で大衆をして政治を忘れさせよ」というユダヤのシオンの議定書という謎の文書があったそうです。が、ネット・ゲームに熱中している若者が政治に熱中するようになるのも何かの契機が必要でしょうか。インターネットの政治利用自由化が契機となるのかもしれません。またインターネットを「投票機械」にすることも検討されています。しかし、インターネットを「投票機械」に使うと、投票率も上がり選挙結果が大きく違ってくるので、抵抗勢力が物凄いともいわれます。

 

・官僚と政治家が対立することによって、そこからエネルギーが生じて、様々な改革の機会が生じるものと思われます。やはり進歩するためには、対立する二派の存在が必要のようです。切磋琢磨するために保守政党も2つ必要だと述べられます。官僚組織に対抗するには、政党もシンクタンクが必要のようです。政府の「政治研究所」がないのは大きな問題であるといわれます。「政治主導」は、理論的にも無理なことが多いともいわれます。

 

・「日本の失われた20年」と言われますが、ここ20年間の経済の停滞、社会の停滞が指摘されております。「日本は先進国だ」と言われていましたが現在では、さまざまな世界的ランクを見ても「日本は先進国なのだろうか」という疑問符が多くの人々から投げかけられています。なぜ決められない政治なのでしょうか。なぜ改革が外国と比較して、大きく遅れるのでしょうか。国民への行政サービスが大きく低下しています。身を切る改革もできないといわれます。

 

・予想以上に近代化や改革の遅れがあるそうで、頭の古い制度、世の中の不条理が依然として変更されていないそうです。確かにいろいろな面で日本の勢いが衰えてきているようです。国が劣化してきているようです。よく国会議員の定数削減を主張する政党も増えておりますが、大きく減らした方が政治の効率は改善されるのでしょうか。行政改革にも様々な議論があり、工夫がなされているようです。

 

・ここ20年間で、国会議員がしっかりと、よく仕事をして、良い国になったのなら、定数は増やしても足らないでしょうが、国政の停滞・無駄の責任をとらせ大きく減らそうという意見が有識者に多いといわれます。政治家の勤務評定は悪いともいわれます。処遇の問題も伴います。「政務活動費の問題も氷山の一角」と指摘されています。

 

・国会での政治家の答弁では「しっかりと」という言葉が頻繁に使われていたそうです。民間企業では社員や役員がしっかりと仕事をせず、結果をだせなければ倒産してしまいます。そういった厳しさは、選挙についてもいえますが、結果の出せない国会議員集団は、削減せざるをえないといわれます。政治家のリストラも「しっかりと」しなければならないような厳しい経済状況のようです。政治家のスキャンダルも派手になってきています。

 

・神話の中では、厳しすぎる神様がいて、他の神様の集団に嫌われて、厳しすぎる神様が幽閉されてしまったというのがあります。このような厳しい時代だからこそ、何事でも「厳しい」基準が適用されていくようです。スポーツでも厳しく結果が求められています。あらゆることに厳しい結果査定がなされます。「結果至上万能主義」でしょうか。「厳しい、厳しい」話ばかりのようで「人が生きていくのには難しい時代」になったそうです。その生きることの難しさが無意識のように忘れられている時代のようです。多くの努力にもかかわらず自殺者数も激減したとはいえません。この面からも国家危機が続いているようです。

 

皆で頼んで小選挙区制度に変えたのですが、いざ小選挙区制の選挙をやってみると弊害が目につき愚痴をこぼす政治家がとても多くなったようです。やはりまた中選挙区制に変えなければならないのでしょうか。お金がかからない選挙を目指したのですが、実際は小選挙区制のほうが、カネがかかるというのです。

 

・いきおいアメリカ型の資本主義、市場原理主義を導入することは、日本の経済政治風土には合わないようです。私たち一般人は、米国の政治経済の風土は詳しくは知りません。しかし、「ハブズとハブノットの格差」が極端に開き、WASP支配階層の強固な統治が貫徹されているようです。つまり「パイ(分割できる利益・費用の総体)の分配」「わけまえの分配」が大きく固定化されており、戦争で丸焼けになった日本の政治経済風土とは大きな違いがあるそうです。

 

・「闇の権力は人類家畜化計画のために次のような目標を掲げています。

1、 各国の王制、政府の廃止

2、 固有財産、遺産相続の廃止

3、 愛国心、ナショナリズムの廃止

4、 家族、夫婦制度の廃止(子供の教育は地域社会が担当)

5、 すべての宗教の禁止

この内容を見ると闇の権力は共産主義かと見まがいますが、共産主義も闇の権力が王侯貴族から財産を合法的に奪うために編み出したものです」ということが有識者から指摘されています。つまり、「闇の権力」というのは宇宙人の集団で、「各国の王政、政府の廃止」というのは、「世界統一政府」「世界連邦主義」を目指している異星人の思考形態、思想だといわれます。宇宙人の思考や影響力は、巧妙で、私たち一般人には、荒唐無稽で理解不能なことが多いようです。

 

・「闇の権力は「新世界秩序」の掲げる目標を達成するために具体的には次のような理念、政策を各国政府や国際機関を通じて浸透させています。

 

■自由貿易(の名目で行われる主権国家の経済・金融支配)

■中央銀行(国際金融財閥もしくはその使用人による主権国家の支配)

■功利主義(だまされるのは頭を使わない正直者の方が悪いから)

■優生学的発想(おろかな債務者は家畜・奴隷となり、永遠に利子を払い続ける)

■金融万能主義(徹底した唯物論、金がすべて、という価値観を人類に植え付ける。精神的な価値観を徹底的に破壊する)

■地政学(マスコミを使って他国民を洗脳、錯乱させたうえで、分割支配)

・昨今の日本の経済・社会の状況をみると、日本も第2次大戦以降、これらの政策が着々と進められてきた、そう実感がわきませんか?つまるところ彼らの掲げる新世界秩序の終着駅は、一部のエリートが「家畜」を所有する「人間牧場」というわけです。

<『世界はなぜ破滅へ向かうのか』 中丸薫 文芸社  2003/9/15

「国際情勢の闇」  早わかり30のポイント>から引用。

 

・「自由貿易」「金融万能主義」も宇宙人の発想で、それを着々と進めていきますと多国籍企業が国家に優越する、「世界統一政府」への道になるといわれます。そして「ワンワールドにならないと宇宙連合に参画できない」ともいわれます。資本主義もマルクスの共産主義も、もともとは宇宙人の思想だともいわれます。世界は、ナショナリズムよりもグローバリズムに向かっているといわれます。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」という説があるそうです。しかし、この説も私たち一般人は、分かりませんし、荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で疑念がわきます。

 

・どんな世界でも「分け前の分配」を争っている世界だそうです。分け前を大きく取れる人々は、より一層分け前を求めるのは自然のことのようで、そのように経済システムを変えたいのでしょう。ところが商売で儲けるのも難しい、赤字企業の非常に多い厳しい世相だそうです。しかし、米国型の資本主義に近づけようとする力が大きく働いているそうです。そして、米国型の資本主義をまねるためには、官僚派政治家より党人派政治家のほうが効果的だそうです。政治力の強い方々とは、どのような連中なのでしょうか!?

 

・「勝ち組」「負け組」という分け方がありますが、米国の資本主義システムでは「負け組」にも再起のチャンスは与えられているそうです。しかし、日本の経済システムの場合では「負け組」が再起するチャンスは、法律的にも少ないそうです。税制も消費税増税よりも所得税と法人税の累進課税の強化が効果的という説もあるといわれます。

 

・日本の経済社会、政治社会の活性化においては、様々な政党の意見があるようですが、これからは各政治家の見解がインターネットなどで詳しく分かるようになるものと思われます。米国型の「小さな政府」を志向することは、資本蓄積が十分でない日本では時期尚早だそうです。「大きい政府」と「小さな政府」の綱引きです。

 

・著者(塩川正十郎)は、選挙では中選挙区時代に連続10回の当選を果たしています。愛称は「塩爺」(しおじい)。最重要職の財務大臣に80歳で就任しました。20159月に鬼籍に入りました。政治資金パーティーを開いたことがないということで後援会の資金に恵まれていたようです。政治家になるのに必要な「看板、カバン、地盤」に恵まれており、選挙に強い、政治資金に苦労しない人が政界で伸びたようです。

 

・「失われた日本の20年の経済」「日本がおかしくなっている」といわれますが、その原因は本当に優れた政治家や官吏が登用されてこなかったからではないのでしょうか。自殺者数が長期に多くなって社会不安なのも政治の世襲化が大きな原因だったとすれば由々しき問題です。

 

・松下幸之助のいうように「国家で最も重要な仕事をしている政治家と官吏は寄与貢献に応じて優遇すべき」でしょうか。この国難、非常時、国家危機の時にドリームチームを作り、東日本大震災の津波で冠水した地域を松下幸之助のいう「国土創生論」で創りなおす必要がありましょうか。

 

・野田元首相は、「政治家の世襲こそが"民主の敵"。政治家の世襲をなくせば、平成維新が達成される」と言いたかったのでしょうか。現実認識の欠ける傾向がでてくる政治家の世襲は、実務家としての"即戦力"として、大きな国政への弊害があるといわれます。自殺者が多数でている、こんな非常時の時、国会議員は、"国家経営の実務に精通した者"で占めるべきでしょうか。「日本は先進国だ」そうですが、現在では予想以上に多くの"遅れた点"が指摘されています。世界ランクでは後進国に入る部門もあります。改革はどの党も急がなければならないようです。

 

・この本(『なぜいま安倍晋三なのか』)は第1次安倍内閣の成立前の総裁選挙の際の応援のために書かれたものです。まだ民主党との政権交代前なので、その要素は入っていません。党の総裁選挙は人のつながりが大きい要素を持っているようです。内閣官房機密費も政治資金に使われると述べられます。

 

・政治家が官僚に使われることが、正常な状態であるということだそうです。やはり、官僚組織に対しては、自民党の組織では、政策立案と言う点で、対応が出来ないからのようです。自民党は成熟した政党ですから、無理に「政治主導」を主張しないようです。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。「政治家が劣化している時代だ」ともいわれています。

 

実際に、「政治主導」を主張する民主党は、一時は国民から期待されましたが、その政策立案の脆弱さや、政権担当の経験がなかったために、その危うさの懸念から、国民が不安になり短期間に終わったといわれます。再び政権を取ることがないという悲観的な見方が多いそうです。

 

・「外交政策決定のプロセスは実質的に外務官僚が独占してきました」ということですが、外交問題は各国に関する専門知識、過去の経緯の情報が必須であり、国会議員が、外務省と言う組織に使われるというほうが自然ではないのでしょうか。欧米先進国では情報機関や国家組織が政治を引っ張るのが普通だそうです。また、そうでなければ、この複雑な世界情勢に対応できないでしょう。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるといわれます。しかし、日本の外交官は昔から評判が悪いといわれます。

 

・「官僚に評判のいい政治家」でないと、スムーズな仕事の流れができないのではないでしょうか。それについては様々な見解があるようです。しかし、外務省も失政が多く、昔から評判が悪いそうです。現在でも反日教育をしている敵性国家に対する対応も不適切です。国民にとって信頼できる国家組織は少なくなったようです。無理に「政治主導」を強調されると、組織で動くことに慣れている国民が不安になるのではないでしょうか。偉大な指導者が出る素地は、議会制の国ではないといわれます。

 

・「官僚をコントロールする力量」というのも、言うはやすくで、国会議員がそれを持つには、相当経験と年季がいるようです。しかし、官僚と政治家は本来の役割が違いますが、対立することで改革のエネルギーが出てくるのではないのでしょうか。官僚も政治家も競争する必要があるのでしょう。また『外務省犯罪黒書』(佐藤優、2015/12/4という奇妙な本もあります。                                                                                                                                                           

 

・過去50年に渡って続いてきた官僚主導の政策決定プロセスは、政権交代をしても容易に変更できないようです。1人の国会議員が法律を作るとすると20人くらいのスタッフが必要になると言われています。また、政治家はあまり勉強する時間もないし、選挙民との対応に忙殺されているそうです。自民党は経験のある政党ですので、どのように改革を進めていくのでしょうか。国会は立法府の機能を実質的に維持できていないと指摘されています。高齢化で保守党が有利な時代だといわれます。

 

・参議院はマイナーリーグだそうですが、現在、衆議院や参議院の定数が議論されているようです。自民党も野党になってから、様々な党内の改革が議論され、実行されていたようですが、やはり若手が改革に熱心のようでした。「選挙資金の問題」も古い政治文化から新しい政治文化へと争いは続いているようです。選挙資金の相続が大きなポイントのようです。法人の選挙献金も重大です。

 

・多難な時代ですが、地方選挙や国会選挙と、どのように政治状況は展開していくのでしょうか。「大衆の政治意識に相応した政治しか持てない」といわれます。私たち一般人も政治意識を高めていかなければならないでしょう。国難の時代には新しい政治文化でないと、のりきれません。国民は古い政治文化に飽き飽きしているようです。「新しい酒は、新しい革袋に盛らなければならない」ということでしょうか。「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」といわれますが、議員のさまざまな問題、スキャンダルもマスコミをにぎわせます。

 

・「日本の右翼・ヤクザと闇の権力の関係をむすびつける」という荒唐無稽のような奇説もあり、私たち一般人には、訳のわからない話だそうです。『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』において記されているように「石井紘基は知りすぎたので殺された」という三文小説のようなストーリーは奇怪な話です。昔、評価の高かった日本の警察も昨今では評判が悪く、検挙率も下がり、「人員不足だけが原因だ」ということではないようです。

 

・戦後72年たっても、ますます「太平洋戦争がなかったら」という声が圧倒的に多いようです。今、まさに『平成維新』のとき、日本戦法を駆使する「平成の策士」の登場が求められているようです。「岡目八目」という言葉がありますが、著者(ニルス・プラネル)のフランス人のものの見方は興味深いものがあります。

 

・「株主総会が年間二百日開かれるのと同じ」ということで、迅速な企業運営と、国会や行政の効率は別の次元の話のようです。さまざまな政策提言が有識者からなされていますが、実際の政策を策定した経験がないために空論に終わるといわれます。政治や行政の効率改革の認識もないといわれます。

 

・官僚は「法律を武器に使う」法治国家ですから、その専門性と相まって、普通の政治家は対抗できないそうです。「法律」は、公務員にとっても把握が難しいものだといわれます。また政治家は、選挙民との対応に追われるので忙しく、勉強する時間がないそうです。政治家が政策を策定しようとすると10人~20人くらいの政策スタッフが必要だとも言われています。政治家と官僚は役割と選抜方法が全く違いますので、それぞれの機能を強化する方向にいくことでしょうか。

 

・また戦後できた政治システムにおいても、さまざまな制度疲労もいたるところに出てきているという話もあるようです。古くて新しい問題である「行政改革」、「政治とお金の問題」も絶え間ない改革が必要のようです。政治にお金がかかるので、新人の新規参入がむつかしく、世襲の同じ顔ぶれが続いているそうです。実際の選挙コストや政治コストを下げていく工夫が必要かもしれません。「政治家を専門職というよりはスウェーデンのようにボランティア的な仕事にしよう」とする流れがあるといわれます。地方議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。「絶対権力は絶対的に腐敗する」といわれますが、流動性を高める必要があるのかもしれません。政府の「失政」も増えているそうで驚きます。失政を厳しく追及する国民の関心が欠けているのかもしれません。「失政」を詳しく調べていくと恐るべきことが分かるのかもしれません。

 

・米国の政治家の選抜方法や役割は、日本と大きく違うようで、あまり参考にならないようです。国会議員の出身職業の国際比較を見ると、日本では地方議会議員や政治家秘書が多いようです。米国は、法律専門職(弁護士)やビジネス・金融界、公務や政治関係者が多いようです。米国は議員立法が多いので、政治家も弁護士をスタッフとして雇用するケースが多く、弁護士の活動範囲が広いそうです。日本の弁護士数が約3万人、米国が約120万人(企業内弁護士も含む)ですから、社会における弁護士の位置づけも大きく異なるそうです。

 

・私たち一般人は、政治の世界や官僚の世界に詳しくはありませんが、日本人の従来の常識をいわゆる「壊す」ことは、大変難しいようです。「天下り規制」でここ数十年間は政界、官界行政は動いてきましたが、「自由な移動」「適材適所」ということで、「規制緩和」を主張する識者もでてきているようです。

 

・東日本大震災からの国家危機は6年経った今も続いていると認識され、難問山積みの日本の世直しが早急に必要です。原発事故の処理もうまくいっていないといわれます。「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人も政治意識を高めて、世の中の動きを見ていく必要があるようです。

 

・大学出の経営コンサルタントでも会社経営に失敗することもあるのですから、「松下電器」の創業者としての松下幸之助の実績には驚かされます。「経営の神様」は、ほとんど学校の教育を受けていないということですから、創業者神話が少なくないようです。「学歴は必要ないが、学力は必要だ」ということですが、「耳学門」だけではなさそうです。Amazonに「松下幸之助」と打ち込むと1380件の書籍が分かりますが、松下幸之助の研究者も少なくないようです。私たち一般人は、松下幸之助を詳しく知りませんが、松下幸之助の本人の実力努力だけはなさそうです。「群盲像を評す」といいますが、政治の神様でもある松下幸之助の全貌は分かりません。

 

・町工場から大企業に一代で成功したという人物は松下幸之助のほかにも存在しますが、「思想家」として知られる人物はいないそうです。松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」ことだったそうですが、多くの有識者から知識を得たそうです。松下幸之助の晩年の仕事として松下政経塾の設立がありますが、当初は多くの人が「松下政経塾は失敗するだろう」と批判的な見方をしていたそうです。ところが、多くの国会議員を輩出しだしますと世間の評価は一変したといわれます。

 

・松下政経塾の出身者の躍進の陰には多くの国民の「政治を何とか変えたい」という気持ちがあったのかもしれません。「どんな分野でも後継者の育成が最も重要だ」そうですが、松下政経塾の設立により、松下幸之助は自分の意志を受け継ぐ後継者作りに成功したようです。連綿と続く松下政経塾の卒塾者の活動が、日本の政治を大きく変えていくことでしょうか。政治を志す若者は多いそうですが、他の職業を経験することなく、直接に政治・政界に向かうことが、是非の議論もありますが、選挙の面で有利になり、それが特色のようです。

 

・選挙で洗礼を受けて、選挙で苦労する人が多いようです。官僚と国会議員の役割と選抜方法は全く違いますが、日本のシステムでは、選挙に資金も含めてものすごいエネルギーが必要なようです。よくいわれるように「地盤、看板、カバン」が選挙には必要であるそうです。公職が特定の人々に固定しないようにするには、「負けた場合の本人や家族が背負うリスクが大きすぎるので、選挙に出る顔ぶれがいつも同じになってしまうという問題点もある」というところを変えていく必要があるといわれます。

 

・政治の世襲の問題も各政党でいろいろと規制ができておりますが、選挙は世襲でも大変だそうです。選挙に落ちて捲土重来を期している人も多いことでしょう。選挙コストを大幅に下げていく必要があるようです。国民の目も厳しくなっており、説明責任が求められるようです。

 

・政治の改革には、公募制とか選挙資金の問題とかさまざまな改正がなされているようです。インターネットを選挙の投票機械にする案は、まだアメリカでも実現されていません。やはり直接民主制の道を開くという事で、技術的な問題もあり、大きな抵抗勢力があるようです。ですが、インターネットというメディアは米国並みに利用されるようになることでしょう。まだインターネット利用の規制が多くありますので、規制緩和に進むものと思われます。

 

・私たち一般人は、「選挙のプロ」でもないので、選挙のどこの部分を変えていくことが「政治の近代化」に繋がるのか分かりません。「政治が遅れている」ともいわれます。議員定数の問題でも改革が遅れておりますが、政治の近代化をすすめてもらいたいものです。より合理的な選挙システムが望まれているようです。政治の古い悪いイメージを直していきたいものです。それにしても「外国の選挙プロに学ぶことは、まだまだ無尽蔵にある」といわれます。

 

・「選挙は地盤、看板、カバン」といわれるように地盤を固める必要のある新人議員は大変な労力を必要としているようです。とくに小選挙区に変わったので、地元民との対面による懇談は地盤を固めるのには必須なのでしょう。

 

・インターネットの選挙運動が選挙には認められるようなので、各議員は、インターネットを充分に活用することと思われます。議員の世襲が多いのですが、「地盤」を固めて後援者が多いので、後援者の側から、世襲を要請されることが多いそうです。また選挙に強い世襲議員も多いようです。

 

・岡田氏のような大物議員でも選挙民との座談会で地盤を固める必要があるので大変です。議員は選挙民との関係を築くのに時間をとられ、なかなか勉強ができないそうです。選挙民との「直接対話」が必要なので、若い時から出馬するのが有利です。また、党の公認を取り、組織だった選挙をすることも重要なようです。いわゆる「選挙マシーン」がうまく機能する必要があります。インターネットと選挙マシーンの効率さを各党も追及していくことでしょうか。

 

・インターネット選挙には二つの意味があり、「選挙の広報の道具に使うこと」と「選挙の投票の機械に使うこと」の二つがあります。インターネットの投票に使う場合は、直接民主制の選挙に道を開くことになり、また選挙の結果が大きく違ってくるためか、拒絶反応があり、あまり議論されていないようです。投票率が上がると思えますが、代議員制度を壊す可能性があり、大きな抵抗勢力があるようです。

 

・「サルは木から落ちてもサルだが議員は選挙に落ちるとただの人」といわれます。が、選挙で落選した人々の戦いは、落ちた時から始まっているようです。

 

・米国の共和党のように「セルフヘルプ(自助)」を強調する党ですと、経済格差の大きい米国では健康保険にも入れない人が多くなり、米国に失望した人々も増えたそうです。米国ですら公的な医療保険の面では世界一ではないようです。米国の共和党の政策は補助金をどんどんカットする政策だと非難されるそうです。

 

・米国の共和党と民主党の関係が日本の自民党と民進党の関係にあるとはいえませんが、国民が右傾化しているなかで民進党はどのように党勢を回復しようとしているのでしょうか。比例の票では、以前と大きくは違いがなかったそうですが。このような格差の大きい時代では、「公助」を増やすようにしなければならないでしょう。

 

・私たち一般人には、馴染みのない実在、右翼、左翼、暴力団、風俗関係者、ホームレスなど存在はするのですが、実態はよく知らない人々が多いようです。これらの人々の世界は、本や映画などで、目にしたりしますが、フイクションとナンフイクションが混じっていて、どこまでが実像で虚像なのか訳が分かりません。

 

・「宇宙人もの」や「UFOもの」の話も荒唐無稽な話が多くて、私たち一般人の多くは、訳が分からない話ばかりのようです。実在するようですが、はっきり分からない事。「後藤田正晴は真夜中に二度、眼をさます」ということで、真夜中に右翼の電話が必ずあったようです。「情報の鬼」としては、あらゆる組織・集団(右翼や左翼、暴力団など)の情報に通じていないと、いわゆる「物事の兆し」を見逃すことになるのでしょう。あらゆる反社会的な組織・集団も情報で動いているので、その種の情報を大規模に集める必要があるようです。水商売なども盛衰が激しく、流行に敏感のようです。

 

・「従軍慰安婦」の問題でマスコミが熱くなっているといわれます。様々なタブーがあり、いろいろな見解があり、私たち一般人は、何が正しいのか正確に調べている暇も気持ちもありません。軍隊と性問題と言う歴史が始まって以来の性のタブー。専門家や有識者たちの見解も多様で、誰のものを信じればよいのか分かりません。特に社会にある様々なタブーについては、よくわからないので、触れたくないというのが多くの人々の行動形態のようです。ヨーロッパでは「売春とスパイが最古の職業」と語られています。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。

 

・後藤田氏の経歴から、活躍を期待した人は多かったようです。特に官僚の中に信奉者が多かったといわれます。後藤田氏も晩年には「やりたいことが沢山あるのに、時間がない」とよくこぼしていたそうです。何をしたかったのでしょうか。後藤田氏は「十年政界に出てくるのが遅かった」ので、総理大臣になれなかったともいわれていました。

 

・「政治とカネ」の問題も、昔は総理も絡むロッキード事件などの大型の汚職事件が多くて、国民の政治不信が高まりました。政治資金は政治家の集金能力による差が大きいのも、その原因があるのかもしれません。カネをもらった人には誰でも頭が上がらないようです。「政治家はいつも塀の上を歩いている」ということは、この国の政治は危ういものではないのでしょうか。その後、様々な政治改革がなされましたが。

 

・選挙対策に忙しい政治家と官僚の役割は昔から違うものなのですが、国家統治機構の設計者たちが考えていたものと違ったものになってきたようです。現代のような複雑な社会では、官僚の持つ専門性に容易に政治家は対応ができなくなったといわれます。選挙も近くなり、政治の季節になっていくようです。選挙戦には、様々な人間模様がでてくるようです。

 

・森元首相は、新国立競技場の問題でも脚光を浴びました。森元首相の政治的な背景は早稲田大学の雄弁会に強く根ざしているといわれます。雄弁会の人脈のネットワークをフルに生かしたようです。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると、「早稲田大学雄弁会は、早稲田大学の弁論クラブである。内閣総理大臣を務めた海部俊樹、小渕恵三ら数多くの政治家が輩出。なお、政治家志望の学生の親睦団体ではないため、早稲田大学卒業の政治家の中で同会非出身者も多くいる」とのこと。

 

・実績としては過去に5人の総理大臣を輩出している伝統の弁論クラブのようです。戦前・戦後に活動した政治家、元国会議員としては、60名、現役衆議院議員としては、17名、現役参議院議員としては、3名、地方議会議員・首長としては4名が挙げられるようです。雄弁会は、今でも政治を志す学生が狙う弁論クラブなのでしょうか。一大学のサークルがこれほど政界と深くかかわった例はないようです。雄弁会の活動を通じて森元首相は政界サバイバルのための色々なノウハウを先輩から教わったようです。しかし、今日、雄弁会も往時の勢いは失いつつあるのでしょうか。森元首相は昔の政党政治を知る数少ない人のようです。世襲の方が「看板、カバン、地盤」の点で、有利になるようです。政治家は、若いときから出馬する、長く続けるということがポイントになるといわれます。

 

・政界では「合区」の参院選挙制度改革が大きな争点となっていました。「一票の格差」をどのように是正するかという選挙制度改革で、各党の見解がさまざまなようです。「一票の格差」が大きいと選挙の正当性が疑われ、そもそも政権の正統性も疑われることになります。「一票の格差」に関わる「違憲訴訟」もでており、いつまでも司法当局の意向を無視するわけにはいかないようです。選挙制度は、政権の盛衰に直結するために、昔から「選挙制度」の改革には、大きなエネルギーと時間が費やされたようです。インターネット選挙も過度期ですが、米国でも「投票機械」にしようとする動きはありません。

 

・「政治の近代化」もここ数十年でかなり進んだようです。昔は政治家や公務員の汚職がよくあったようです。「政治が遅れている」ことでは、国民の直面する問題に適切に対応できないでしょう。

 

・公安調査庁の元部長が「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」と書いていますが、私たち一般人は、「日本に諜報機関」がない理由がよくわかりません。「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」そうです。真面目な政治家も官僚も戦後70年もたつのに、諜報機関の設立にはあまり熱心ではないようです。中曽根氏のような大物政治家にも無理だったようです。敗戦後、占領軍に禁止されてから、本格的な諜報機関が作れないようです。北朝鮮の拉致事件についても「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」といわれるように大きく国益を損ねています。「諜報機関のない国は始めから負けている」ともいわれます。

 

・私たち一般人は、北朝鮮の拉致事件について詳しくはありません。しかし、拉致事件の被害者はかなり多いという説もあるといわれます。この程度の問題に数十年もかかっているのは不思議です。よく家族連絡会の運動が報道されています。拉致事件は、多くの一般国民の関心の高い事件のようです。ちなみに、拉致被害者の家族連絡会の増元さんも「次世代の党公認候補」として衆議院宮城二区から出馬しましたが、結果がでなかったようです。

 

・航空自衛隊のF4ファントム戦闘機は、国会によって「爆撃装置」と「給油装置」が外されてライセンス生産されました。高価な最新鋭戦闘機も北朝鮮の拉致事件には抑止力にはなりませんでした。「爆撃装置」と「給油装置」を外さなければ、拉致事件も大きく拡大しなかったかもしれないという説もあるといわれます。当時は北朝鮮スパイの逮捕事件や日本海などでのスパイ船事件があり、かなり海上保安庁も警察も緊張していたようです。諜報機関がなかったことが、事件の発覚を遅らせたようです。北朝鮮の核弾頭は、現在は数十発といわれていますが、国が潰れず、将来これが数百発以上になれば、米国の核抑止力は小さなものになってしまいます。現実に日本に対しても核の恫喝をしています。

 

・「高価な抑止力のない通常兵器を少数そろえても核兵器を熱心に開発している周辺諸国には抑止力にはならない」といわれます。米軍の核抑止力も北朝鮮には通じませんでした。挑発を繰り返してきたからのようです。通常兵器のレベルを一段と上げていく必要があるそうです。自衛隊に巡航ミサイルや原子力潜水艦の装備をすすめ通常兵器の抑止力を高めるべきだという説もあるといわれます。限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、限られた5兆円の防衛予算を効率的に使用しなければいけないそうです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。

 

・中曽根康弘氏は、総理大臣を務めた大物政治家ですし、後藤田正晴氏は元警察庁長官で副総理を務めた大物政治家でした。しかし、両者とも本格的な情報機関の必要性を強調していましたが、政策や法律としては実現しませんでした。

また後藤田氏は「戦後の日本は、国の安全は全部、米国任せ、米国依存でやってきて今のような『属国』になってしまったので、政府全体の情報機関も育たなかった」とも述べていますが、彼らにも米国依存の体質を脱却することができなかったのは、残念なことです。

 

・日本がCIAのような本格的な情報機関を持てないのは、敗戦後、占領軍によって禁止されたからだそうですが、戦後70年も経っても、国家政策が米国の指示により大きく影響を受けているともいわれ、米国寄りの政策になるのは、安全保障条約の関係上、やむをえないといわれます。今でも占領軍の影の命令が効いているそうですので、中曽根氏や後藤田氏のような大物政治家でも本格的な情報機関が作れなかったのですから、今も無理なのでしょう。

 

・元海軍士官の大物政治家、中曽根康弘氏でも、なぜ、本格的な情報組織が作れなかったのでしょうか。後藤田氏が自国を「属国」と言い切るのも、私たち一般人には納得いきません。元警察庁長官の言葉ですから重みがあるようです。戦後の警察を率いてきた人ですので、警察行政の生き字引のような人でしょう。二人の実績などは詳しく知りませんが、国家として一番、大事なことを改正できないのでは、事の深刻さがわかるというものです。

 

・本格的な情報機関をもっておれば、拉致事件などの様々な国難が起こらなったともいわれています。英国のMI6やMI5の存在は戦後の冷戦時代のロシアのスパイ組織に対抗して規模が拡大されたようです。『女王陛下の007』のように小説や映画になるような秘密諜報員が活躍しておれば、北朝鮮も拉致事件を起こさなかったものと思えます。拉致事件の解決に多くの関係者が多大な時間とエネルギーを費やしていることを考えれば、なぜ本格的な情報機関が作れないのかわかりません。北朝鮮も昔からソ連の情報組織の指導をうけていたといわれます。

 

・私たち一般人は、政治や政策について詳しく勉強をしていませんが、最高責任者の当事者が「属国だ」とか「独立国家ではない」というのですから不思議なことです。

 

・米国の諜報機関に異星人情報が隠されているといわれます。国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上位の情報『厳秘(アバブ・トップ・シークレット)』ということで、全く宇宙人情報が公表されません。異星人と諜報機関は昔から馴染みがあるそうです。担当者にでもなれば、様々な情報がわかりますが、厳重な守秘義務があるので、情報は封印されています。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。「いざ大統領に就任すると、この話題には関与せずという概要が出されるのだ。こうした態度は“大統領の黙秘症候群”と呼ばれている」そうです。政府の中に政府があってアメリカ大統領といえどもコントロールできないといわれます。

 

・異星人情報は書籍でたまにリークされたりするようですが、政府機関の情報にはかなわないようです。日本でもプレアデス星人とのコンタクト話があるようですが、メディアには載りません。そのほかにもコンタクト話があるそうですが、外部には漏れてきません。

 

・プレアデス星人とのコンタクトで有名なスイスのビリー・マイヤーによると、日本民族の原郷になる惑星があり、そこから日本に関係する異星人(神々か)が来ていたといわれます。異人情報は、警察関係者のごく一部が知っているのでしょうか。

 

・元警察庁長官の後藤田氏が「属国だ」ということですので、国の情報機関も経済政策も大きく米国に影響をうけることはやむをえないそうです。「戦後、日本神界のトップがアメリカの神様になった」という与太話があるそうですが、戦後70年も経つと影響力がなくなるのではなく、ますます強まるそうです。そういった状況ですので、いろいろな面でアメリカナイズされることは当然だそうです。

 

2016年の都知事選挙が戦われた時、メディアには多くの記事が報道されました。「鳥越氏弁護団、週刊文春の告訴状を提出」とかの話には「想定外」でびっくりしました。希望的観測ですが、都知事選を契機に「政治の近代化」を実践してもらいたものでした。都政を何十年も経験、研究している人と、素人的なアイデアの融合が必要のようです。今の時代は、政治の玄人的なものと素人的なものの両方の要素が重要のようです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、何とか投票率が上がればと思います。

 

・「日本の国会議員は、いわゆる世襲議員の占める割合が、国際的に見て非常に高いのはよく知られた事実である。また政治資金団体の相続は、基本的に無課税である」という流れは今後どのように変化するのでしょうか。この面でも「改革」が必要といわれます。公立の「政治研究所」がないことも近代化がすすまない要因でしょうか。政治資金の実質的な相続が、非常に有利だといわれます。「数千万円から数億円の政治資金の相続は大きい」と語られています。

 

・「政治は税金なり」といわれます。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要といわれます。税金の無駄遣いをやめて、財政・社会保障費の抜本改革が不可欠であることは明らかです。「財源の裏付けのない政策は実現できない」といわれます。財源確保のために消費税の引き上げが問題になりますが、所得税や法人税の税制の改正も必要といわれます。つまり所得税や法人税の累進性が大きく変わっているというのです。グローバル―スタンダードで世界基準を見てみますと、日本の特殊性が失われるようです。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームの英知を結集した「国家改造計画」が求められているといわれます。

 

・「政治が遅れている。私たち一般人は、政治意識を高めて政治の近代化を急がなければならない」そうです。「政治家が劣化している時代だ」ともいわれています。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。つまり政策立案のスタッフが少なすぎて、議員本来の仕事(立法)が出来ないといわれます。

 

・「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強をする時間が持てないそうです。そして政治家は激務だそうです。絶えざる改革が政権維持を可能にすると指摘されています。「失政」を追究する大新聞社も往時の勢いがなくなっているように思われます。昔は「新聞社」が力を持っていたという幻想がありましたが、新聞社もいろいろと「想定外」の劣化に見舞われて弱くなっているといわれます。ネット時代で「新聞離れ」の読者も増えているようです。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「女性の登用も先進国とはいえない、むしろ後進国だ」ともいわれます。

 

・政治資金の相続の面で世襲は有利だそうです。「政治とカネ」の問題は古くて新しい問題です。世襲の必要性やよさもありますが、社会一般では「世襲」が少なくなっていくようです。無理なく「世襲」を継続することに抵抗勢力が増えてきているからでしょうか。中小企業経営においても、高齢化による「事業承継」という大きな問題があるようです。「世襲の継続」というものは自然的なもので、一概にいえないようです。フリーメイソン組織の様にアメリカでも「世襲」というのは社会の中の要素として機能しているのでしょうか。世襲の世界にもグローバル―スタンダードが適用されるのでしょうか。旧態依然の政界では進歩がありません。「良い世襲」と「悪い世襲」があるといわれます。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

 

 

 


中選挙区時代、我々は朝の部会で諸先輩の議論を聞いて政策を勉強した。地元で5~10人規模の座談会を1000回以上行い、有権者が何に関心があるかを聞きながら国政報告をした。(2)

 

 

『政治家は楽な商売じゃない』

平沢勝栄  集英社    2009/10/10

 

 

 

・「政治家は楽でいいな。政治資金の使い方もいい加減でいいんだから」「結構、儲かるんだろうな」などと思っている人もいるのではないだろうか。

 

・しかし、政治家という仕事は決して楽なものではない。11年前、地盤、看板、カバンもないまま衆院選に挑戦し、幸いにも当選させていただいて以来、私は、公務や選挙区での活動に全力で取り組んできた。1年365日、1日も休みなしの状況で今日まできた。

 

・また政治家は決して楽な仕事ではない、もちろん人によって違うだろうが、徒手空拳で政治家の路を選んだ私だからこそ、よくわかることだ。

 

<勝栄流、ドブ板選挙>

・私の場合、365日、それも毎日24時間を選挙活動に充てていると、いっても過言ではない。これは決してオーバーではない、家族サービスなど全くできないと言っていい。

 

・毎日の活動は漕ぐのを止めたら倒れてしまう自転車に似ている。体力勝負である。政治家と言う仕事はもちろん個人差はあるだろうが、決して楽な商売ではないのだ。 

 

<日々是選挙なり>

・政治家にとっては「日々是選挙」だ。したがって、慢心はもちろん、一瞬の油断でさえ政治家には命取になる。

 

・「選挙に勝つための条件は三つある。一つは36歳以下であること、それから、5年から7年、地域を必死で回ること。最後に地元の2流、3流の高校の出身であること」。最後の条件は、一流高校と違いそうした高校の出身者は卒業後の結びつきが極めて強いから、選挙に有利と言う意味らしい。私は、どの条件にもあてはまらない。

 

<ドブ板選挙は体力が勝負>

・選挙区では1年中、なんらかの会合や催し物が開かれている。1月から3月までの新年会だ。私は毎年計5百か所ぐらい出席する。それが終わると卒業式に入学式のシーズンを迎える。

 

・政治家でも二世や三世なら祖父や父親からの地盤があるから私などと違って楽かもしれない。

 

・政治家は勉強も欠かせない。しかし、1日中、走り回っていると勉強する時間がない。

 

・私が基本にしていることは、徹底して「人に会う」ということだ。それが選挙の第一歩だと考えている。地元にいる限り、私の一日は「人と会う」ことから始まる。

 

<国会議員の本分>

・まずは国会議員の本分としての仕事がある。それを最優先でこなし、余った時間で選挙活動にも励んでいるのだ。

 

<個人の後援会>

・政治家にとって後援会と言うのは、膨大な時間と労力をかけて作り上げるもので、いわば政治家の命綱だ。二世、三世議員は祖父や父親の後援会をそのまま譲り受けることからきわめて楽な選挙となるが、私にはその基盤となる後援会が全くなかった。

 

・現在私の後援会員は約6万人を数える。この後援会が今日の私のドブ板選挙を支える基礎となっている。

 

<政治家とカネ>

・国会議員は普通に活動するとどうしてもカネがかかる。仕事をやればやるほどカネがかかるともいえる。

 

・普通に議員活動をしておれば、月にどうしても56百万円はかかる。先に述べた議員年収などでは、とてもまともな活動はできないのが現状だ。歳費と期末手当だけではとても政治活動費は賄えないし、政党からの助成金でもまったく足りない。支援者からの支援がなければ、政治家として十分な活動ができない現実がある。だから、パーティーは多くの議員にとって不可欠とも言える。

 

・夏はもちろん、盆踊りや花火大会などのシーズンである。このうち盆踊りや夏祭りは町会、自治会単位で開催され、約3百ヶ所に顔を出す。

 

・もちろん、こうした行事のほかにも冠婚葬祭や祝賀会、記念式典などが一年中、目白押しだ。

 

<拉致は防げた>

・拉致は防ぐことができた。私は、今でもそう思っているし、警察にいた者の一人として、この点については返す返すも残念でならない。実は私が警察に在職していたときから、北朝鮮による拉致事件が起こっているのではないか、と関係者は疑いを抱いていた。

 

・実際に実力行使で不審船をストップさせたのは200112月の奄美大島沖事件が初めてであった。

 

<拉致問題は時間との戦い>

・私の師でもある後藤田正晴さんは生前、政府の対北朝鮮外交の進め方に介入する関係者の言動に強い不快感を示しておられた。私は、リスクを覚悟しながら行動する政治家は、リスクを取らずして非難だけする人など何も恐れる必要はないと考えている。この言葉を後藤田さんが存命中に常に言っておられたことである。

 

10人帰って来ると、あと10人はいるのではないか。その10人が帰国すれば、あと30人はいるのではないかとなるのは当然であり、自明の理だ。

 

・日本の警察に届けられている行方不明者や家出人の数は8万人から9万人に達する。この中に「もしかすれば、うちの子供も拉致されたのでは」と思う人が大勢出て来るだろうし、相手がいままで平気で嘘をついてきた北朝鮮だけに、先方の説明をそのまま信じることはできない。要するにこの話は今の金正日体制の下ではエンドレスに続く可能性がある。

 

・すると北朝鮮側は、「拉致事件は、日本と北朝鮮が戦争状態の時に起きたことだ。戦争時に末端の兵士が行った行為を罰するわけにはいかない」と答えた。だとすると拉致事件の最高責任者は誰かと言えば、間違いなく金正日だ。北朝鮮は、ならず者であれ何であれ、曲がりなりにも国家である。そのトップを引き渡すということは、武力行使か金体制の崩壊しかあり得ないのではないか。

 

<日朝交渉の行詰まり>

・小泉さんが訪朝時、食事どころか水にも手を付けなかったからだそうだ。アメリカのオルブライト国務長官は2000年の訪朝時に、北朝鮮の水などを口にしたそうだが、小泉さんは二度の訪朝のいずれもでも水さえ口にしなかった。

 

・私は、小泉さんは立派だと思う。北朝鮮の水に何が入っているかわからないし、そもそも水といえども飲む気にはなれなかったのだろう。しかし、北朝鮮にいわせると「自分の国に来て水一滴も飲まないで帰るとは失礼だ」ということになるようだ。だから私は、小泉さんの三度目の訪朝はないと思う。

 

 

 

『拉致問題』   対北朝鮮外交のあり方を問う

平沢 勝栄  PHP   2004/10/6

 

 

 

<拉致問題は防ぐことができた>

・日本と言う国がまともな普通の国家であれば、拉致問題は間違いなく防ぐことができた。被害者を救出することもできた。

 

・衆院の予算委員会で「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と、当時の梶山静六国家公安委員長が答弁したのが、1988年だ。しかし、その後も救出のために何ら動くこともなく、今日まで被害者を苦しめてきた。そして今もなお苦しめている。

 

・繰り返すが、拉致は防ぐことができた。救出することもできた。にもかかわらず、日本は国家として何もしていなかったのである。

 

・そして、北朝鮮の工作船を日本は見つけている。北朝鮮の不審な船が日本海を徘徊しているのを日本の当局は、何回となく見つけているのだ。一番初めに北朝鮮の不審船を見つけたのは海上保安庁の記録では1963年となっている。

 

・それまで海上保安庁が発表しているだけでも、1963年からあの銃撃戦までの間、日本海で21回も北朝鮮の不審船を見つけている。そして、2001年の銃撃戦まではいずれも「追跡するも逃走」とある。拉致の中で日本国内で拉致された事件は1972年から1983年の間に集中している。横田めぐみさんが拉致されたのも1977年である。つまり、横田めぐみさんが拉致されるはるか前の1963年に日本海で北朝鮮の不審船を見つけ、以来何度となく、追跡しているのだ。

 

・逃げる相手を拱手傍観して取り逃がすバカな国が世界のどこにあるのか。これを日本は戦後ずっと続けてきたのである。21件と言うのは、あくまで海上保安庁が確認した数字であって実際にはこの数倍、出没していたことは間違いない。

 

・もし日本が2001年の12月の銃撃戦までの40年近くの間、ただ手をこまねいているだけでなく、厳しい実力行使の対応をとっていれば、拉致事件と言うのは起こらなかったのかもしれない。

 

・北朝鮮の工作員からすれば、日本は出入り自由でどんなにドジな工作員でも捕まることはないが、逆に韓国に出入りするのは命懸けだということだろう。

 

・日本はそこまで見くびられていたのだ。日本は戦後、本当の意味で国家と言えたのだろうか。

 

・中東にレバノンという人口3百万人の国がある。あの国も北朝鮮に自国民4人を拉致された。

 

・レバノンで若い女性4人が北朝鮮工作員によって拉致されたのは1978年8月、横田めぐみさんが拉致された翌年のことだ。

 

・レバノンは、ただちに関係者に救出を働きかけた結果、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の副議長が金日成に直談判した。

 

197911月に残りの2人の救出に成功した。

 

・こうしてみると中東の人口3百万人のレバノンの方が、国家としては日本よりもよっぽどまともと言えるのではないかと思う。

 

・日本の政治家やマスコミ人、そして、日教組などのなかに北朝鮮を礼賛している人たちがたくさんいたし、日本社会の中で北朝鮮批判はタブーになっていたんです。そして、北朝鮮を盲目的に礼賛していた政治家の責任は大きいですね。

 

 

 

『日本よい国構想』 豊かで、楽しく、力強い日本を!

山田宏  WAC   2010/4/28

 

 

 

<「公正な市場」こそが自由の礎>

・「自由な社会」であるためには「選べる自由(競争)」も重要です。複雑化した現代社会では、社会の善し悪しの判断は公正な市場が行うしかありません。「選べる自由」があるからこそ、それに応えるべく「よいものをつくろう」という競争が生まれ、その結果、商品やサービスの質が上がり、社会全体が豊かになり、イノベーションも活発になり、それぞれに私有財産が蓄積されていきます。

 

・お客が「選べる」こと、まずそのことが大切なのです。料理の味の善し悪しを決めるのは「客」であって、「シェフ」や「賞」ではありません。

 

・この逆のあり方は、計画経済だった、かっての社会主義国でしょう。簡単に言えば、物やサービスの善し悪しを「役人」が決める社会です。

 

・物やサービスの善し悪しを「役人」が決めるのは、社会主義国だけの話ではありません。私たちの社会でも「市場原理主義が格差社会を生む」などという論理で、「役人」による規制が強められることは、往々にして見られることです。これは十分に注意が必要です。

 

・「市場原理主義」などのレッテル貼りで「市場」のもつ重要な価値を全否定してはなりません。

 

・批判の矛先は「儲ければ全て善」だとうそぶいて社会への尊敬と感謝を忘れた拝金主義者たちに対して厳しく向けられるべきであって、「市場」そのものを否定するのは間違いです。

 

・「公正な市場」こそが、お金持ちも貧しい人も、全ての人々を平等に扱う唯一の仕組みであり、なおかつ社会の腐敗を抑止する浄化装置でもあることを忘れてはなりません。私たちの知恵と努力は「いかに規制するか」ではなく、「いかに『公正な市場』をつくりだすか」「そして、それを私たち自身の力で密かに維持していくとか」ということに向けられるべきです。

 

・さらにいうならば、国が高い税金を課して国民の知恵と汗で得た財産を集めることも、決して是としてはいけません。なぜなら、「自分のお金は大事にして使い、人のお金は無駄に使われる」のが、残念ながら人の世の常であり、そして、「人のお金」の最もたるものが、税金だからです。

 

・税金をなるべく安くし、財産をなるべく稼いだ人の手元に多く残すようにして、その人の自由は選択によって使われるようにしたほうが、じつは同じお金が社会により有効に使われるのです。減税こそ、社会にとって善であり、減税こそ最大の規制緩和でもあります。

 

<「道州制」で新しい国のかたちをー「創意と責任」住みやすい国に>

・これまで中央政府で決めて実行してきた仕事をできるかぎり地方に委ねることが大切になります。そして、中央政府には国として一体的に進めなければならない仕事、たとえば、外交、防衛、司法、国家としての教育政策、通貨政策などを指し、その他たとえば、農林水産、国土交通、経済産業といった省庁の仕事は、基本的にすべて地方の仕事とするのです。

 

・その受け皿となる地方の単位は、やはりいまの都道府県では狭く、都道府県をブロック単位でまとめて「道州制」にすべきでしょう。このような道州制は、外交権などはありませんが、いわば「一国のように」経営されていく必要があります。最も重要な権限の移譲は、国の徴税権の移譲です。自らの責任で税を定めていけることこそが、道州制の独立経営の最大の基礎です。

 

<ホームページから、ビジョン「山田宏が目指す日本」>

<小さな政府をつくる>

・貧しい時代は少ない富を集めて地方に分配する中央集権的な国家運営が有効な場合が多い。ところが国が豊かになると、中央政府をできるだけ小さくして地方分権を進めた道州制による統治機構が力を発揮する。

 

 

 

『七人の政治家の七つの大罪』  

平沼赳夫  講談社  2009/4/10

 

 

 

<七人の政治家の七つの大罪とは>

第一の大罪 小泉純一郎の「郵政民営化」

 

第二の大罪 竹中平蔵の「市場原理主義」

 

第三の大罪 安倍晋三の「お友達内閣」

 

第四の大罪 福田康夫の「無気力」

 

第五の大罪 小沢一郎の「変節」

 

第六の大罪 麻生太郎の「パフォーマンス」

 

第七の大罪 平沼赳夫の「無力」

 

・連続9回の当選は、私の信念と生き方に共鳴していただいた有権者の皆様のおかげとしか言いようがない。

 

1、人間性を重んじ、調和のある人間社会の実現をはかる

 

1、自由を守り、平和で豊かな社会環境の実現をはかる

 

1、我が国の伝統文化を守り、自主憲法の制定を期す

 

1、政治屋でない、真の政治家として邁進します

 

<落選議員の苦しみ>

・私が落選した議員の復党を第一に話したのは、彼らの苦しみが手に取るように分かるからだ。というのも私は、初当選までに二度の落選を味わっている。

 

・供託金没収という惨めな敗北である。お金も地盤もなく、生活は苦しかった。家内は岡山市内に借りたアパートの電気料金を気にして、部屋の電気をこまめに消すために部屋を歩きまわるなどして節約に励んでいたものだ。選挙運動にはお金が必要だが、選挙運動をやっていては稼ぐことができない。その悪循環だった。電話が止められたこともある。

 

・今は亡き中川一郎先生にも大いに助けてもらった。

 

・そして筆頭秘書だった鈴木宗男氏を呼び、「今日から平沼君を秘書扱いにする」と言って、私の政治団体の口座に毎月20万円を振り込んでくれることになったのだ。当選するまで一度も欠けることなく、振り込まれたこのお金が当時の私にとっては大事な収入であり、正直なことを言えば、毎月20日の振り込み日が待ち遠しかった。それほど、生活が困窮していたのだ。

 

・そういった経験があるから、復党問題に際して私が第一に考えたのが、落選議員たちの扱いだった。

 

<食料自給率アップで雇用問題解決>

・平成ニューディール政策では、二つの形で農業を推進させていく。一つは、品質の高い、ワン&オンリーの農産品を作ることである。

 

・もう一つの農業推進策は減反政策や農家の高齢化で使われなくなった田畑で大規模かつ生産効率のいい農業を行うことである。いうまでもなく、日本は技術の国だ。今や「野菜工場」が現実のものとなり、ビルの中で2毛作どころか「24毛作」まで可能になっているという。

 

・ワン&オンリーの高級農産物と生産効率のいい大規模農業、この2本立てで日本の食料自給率は必ず上がる。同時に農業に従事する人が増えれば、雇用の 問題も解決に近づくことになるのだ。

 

<有償ボランティア、パート公務員の拡充>

・日本に夢と希望を抱かせ、低力を引き出すーそれが政治家の最大の使命だ。

 

 

 

『ある凡人の告白』   軌跡と証言

塩川正十郎   藤原書店  2009/6/30

 

 

 

21世紀に移行して政治家は、20世紀の力の政治、物質支配の政治から目覚めて、人類の共通の目標は何かを確認し自責を負担すべきときにきた

・私は、1967年衆議院に初当選した。当時の衆議院選挙は中選挙区制で、日本人の政治訓練によくマッチした制度であったので、いわゆる政治家が多かった。したがって、議員は政治の実績を積み上げることで自己のプレゼンスとし、政治実績に満足する人が多かった。

 

・最近、小選挙区制に変更されてからは、政治家は、極端にポピュリズム(大衆迎合主義)化し、国家民族の公共性を中心した政治活動よりも当選を先行するサラリーマン化し政治屋になってきた。能臣も姦雄も存在しなくなった。

 

<福田派に入り政治家修業>

・寛大な雰囲気があった岸先生とはだいぶ違う。でも福田先生は、非常に面倒見のよい人でしたね。こんなことがありました。「君はカネどなんしよるんだ。そういう政治家もおるからね」と、後で思うと田中角栄のこと言っているんですよ。それで、「岩清水のように湧きでてくる水を使え。後援会を作ってカネ出してもらって、それを政治資金に使え」と教えてくれたんです。

 

岸先生、福田先生の尽力もあって、大阪の経済界を中心に政治資金を集める後援会ができあがったおかげで、カネがらみのスキャンダルはなかったし、政治資金パーティーを開いたことがないんです。

 

<野党で知った官僚の本質>

・勉強になったこともあったね。官僚の本質が見えたこと。官僚の持つ冷酷さ、秘密主義、省益第一主義とかが分かった。政権復帰後、橋本行革や小泉改革に取り組んだのも野党時代の経験があったからですよ。

 

・何より大きかったのは、みんなが「これは絶対に与党に戻らなきゃダメだ」と思ったことじゃないかな。

 

・実は、家内は政治家になるのに反対だった。30年前の衆院選初出馬を決める際には、離婚騒動にまでなったんです。

 

・僕は重複立候補せず、小選挙区単位で立候補したんです。ところが、皆、「塩川は大丈夫やろう」と手を抜きよった。総務会長の僕は全国遊説で選挙区に帰ってなかった。そこにすき間ができたんですね。まさかの落選です。その当時75歳。もう年とっているし、これで政治やめようかと思ったんです。

 

<民主政治は形だけのものか>

・国民の意識には依然として「官に従順すれば得である」とか、「官に反抗し、あるいは非難をすれば、仕返しが来て損をする。したがって、お役人に任せればよい」と観念しているところがある。いわゆる官尊民卑の政治風土が根付いているんですね。それが実体となって官僚国家が形成され民主主義の先進国と比べて、高度な官僚主義国家になってしまっているのです。

 

<政策も地方行政も中央官僚の絵に誘導される>

・優秀な官僚が行政を処理することは望ましいことであり、私もこれに賛意を表しているのだが、現実には政治の動機が官僚的発想だから法律的、合理的判断が先行する規則国家になってしまっている。

 

・したがって、地方自治体は自治とはいえ完全な中央省庁の下受け機関に過ぎません。独創性を発揮することも不可能だし地方の個性を実現した業務を行うことも困難になっています。

 

<官尊民卑の悪弊で改革しなければならないこと>

・我が国の現況はいわゆる先進民主主義国の中では珍しいほどの官僚主義国家であります。官僚中心の政治では世間の空気が閉塞状態になる。経済や社会から活気が喪失されてしまいます。

 

<国家経営担当官と事務官を分離する>

・民間資金やPFI方式の活用など「民」主導の対策で不況脱却を

 

労働分配率の見直しを

 

 

 

『民主の敵』 政権交代に大義あり

野田佳彦  新潮社   2009/7/20

 

 

 

<世襲はやはりおかしい>

・国会議員の世襲を禁止するという話が出ると、憲法で保障された職業選択の自由に反するという反論が必ず出ます。確かに建前としてはそうかもしれません。しかし、現実にはアンフェア、圧倒的な機会の不平等をもっているのです。

 

・実際問題、地盤と看板さえあれば、一番作るのが、簡単なのが、カバンです。自分を支えてくれる支援者の強固な組織、選挙区の誰もが、顔と名前がわかるほどの知名度、この二つは一朝一夕には作れません。

 

・現在、衆議院議員480人のうち、世襲は約3割。自民党だけに限れば4割以上です。

 

・しかも、二世どころか、三世、四世の時代になっています。小泉さんの息子さんは四世です。これはもう家業です。歌舞伎役者ではないのです。

 

・ごくまれに父親以上にすごい息子が生まれることはあるでしょうから、二世ぐらいはしかたがないかな、とは思います。しかし、三世、四世ともなると私は、弊害のほうが大きいと思います。

 

・最終的に決めるのは一票を投じる有権者の志向によって決まるわけですが、有為の人材が世襲という壁に阻まれることなく国政に参画できる状態を整えておくことこそ、日本の将来を考える政治家のするべき仕事です。

 

・人材の供給ルートが固定化するというのは、長期的に見たら弊害のほうが大きいはずです。

 

<新日本創成論>

<師・幸之助さんの願い>

・私の師である松下幸之助さんは、1976年に「新国土創成論」を唱えました。日本の一番のボトルネック、諸悪の根源は、狭い国土だということで、山を削って、その土砂を海に埋めて、国土を広げていくというものです。環境に配慮しながら、基本計画を25年かけて制定し、そのあと200年くらいかけて、実現するという大構想でした。私は、そのバージョンアップをやりたいと思っています。「新日本創成論」です。

 

・幸之助さんはそういう問題を気にされていました。1976年からずいぶん時間が経ってしまいましたが、私は、新しいフロンティアを探すつもりです。

 

・狭い国土はある程度仕方がないとして、宇宙と海とハブ化で立体的な発展の方向を考えると日本はもっと魅力ある国になるはずです。

 

・繰り返しますが、社会主義的な統制経済が失敗だったことは、20世紀に証明されました。21世紀初頭を席巻したマーケット原理主義も、やはり駄目だということがわかってきました。だからこそ、重要なのはその中間、中庸です。政府はなんでも民間まかせにするのではなく、公が求められる部分はきちんと責任を持ってやらなければなりません、

 

 

 

『なぜいま安倍晋三なのか』

山本一太  リヨン社  2006/8/10

 

 

 

<官僚に評判のいい政治家なんて>

・「新しい政治文化」というのは何も政治とカネの関係に限ったことではありません。これまでの政治と官僚の関係を見直す、すなわち、旧来の政官の文化を変えるという視点も重要です。

 

・その政策判断がもたらした結果については、当然、政治家が最終責任を負います。

 ところが、日本ではこれまで政治家と官僚の間に貫かれているはずの原理原則が、実際には「絵に描いた餅」になっていました。官僚を縦横無尽に駆使するはずの政治家が中央省庁の応援団にされ、逆に官僚に使われるという「主客転倒」の姿になっていったのです。

 

・たとえば、私が、力を注いできた外交、安全保障の分野をとってみても、外交政策決定のプロセスは実質的に外務官僚が独占してきました。これは官僚が悪いというより、政治家の罪だと思います。官僚をコントロールするだけの力量が政治家のサイドになかったということに他ならないからです。

 

・私は、「官僚に評判のいい政治家」をあまり信用しないようにしています。特に外務省に好かれている政治家は要注意です、それは外務省の世界観や常識の枠にとどまっていることを意味するからです。

 

いままでの政治政策決定プロセスはぶっ壊せ

・官僚主導の政策決定プロセスは、この国で過去50年間にわたって続いてきました。このシステムを変えるというのは、決して容易な作業ではありません。政治を官僚の手から取り返す試みは、党と政府の内部で同時並行的に進められています。党においては個々の政治家が族議員として特定の省庁の省益のために行動する「持ちつ持たれつの構造」を打破すること。

 

<官僚の「天下り文化」が崩壊しつつある>

・「政治家というものは選挙があるから、短期的なことしか考えられない。長期的なビジョンでものを考えられるのは官僚しかない」

 

・私は、官僚主導の政策決定と言う構図は変えなければならないと感じていますが、「何でもかんでも官僚叩きをすればよい」という最近の風潮には違和感を感じます。官僚組織のモラルを一気に低下させることは、国益上、得策ではないと考えているからです。

 

・日本が議員内閣制をとっている限り、大統領制をとる米国のように「議員立法」が法案の主流になることは考えにくい気がします。英国と同様、政府提案の「閣法」が今後とも法案の中心を為すとすれば、立法の過程における官僚の役割は引き続き重要となります。実際に成立した法律が機能するかどうかは、法律学者には判断できないからだ。

 さらに付け加えるなら、現段階で官僚組織を代替するようなシンクタンクは育っていません。

 

安倍さんが党改革本部長として号令をかけた自民党のシンクタンク構想は極めて重要である。

 

・私は、マイナーリーグ(参議院)の、大した肩書も持たない「ちび議員」です。が、政治家として自分がやったことに責任を取る覚悟だけは持っています。いつ議員バッジを外してもいいという気持ちで政治活動をやってきました。

 

<新しい政治文化と古い政治文化の衝突>

・政界でのキャリアが長ければ長いほど、「古い政治活動の慣習」に染まってしまうのはある意味当然かもしれません。その証拠に「政治とカネの問題にメスを入れるべきだ」と主張するベテラン議員には、ただの1人も会ったことがありません。

 

理由はいたって簡単です。現在の法律をそのまま厳格に適用すれば、「私の政治活動にグレーゾーンはない。政治資金や選挙活動に関する全てのルールを100%守っている」などと言える国会議員は、ほとんど存在しないからです。少なくとも私が、知る限り、そういう政治家に会ったことはありません。

 

・私は、父親(故山本富雄参議院議員)の地盤を継いで当選した、いわゆる「世襲議員」です。地盤や看板と言う点では、亡父から貴重な「無形の財産」を受け継ぎました。このことには感謝しています。

 しかし、同時に「古い政治文化の尻尾」という負の遺産も引き受けることになったのです。この10年間は、亡父の残した、無形の財産を生かそうと努力しつつ、古い政治文化の尻尾を切り取るための戦いでした。

 

「おかしい」と思っていることが、なかなか変えられず、「自分には国会議員の資格があるのだろうか」「このまま政治家を続けていいのだろうか」と真剣に悩んだことも、一度や二度ではありません。

 

・他の政治家を比較しても何の意味もありませんが、自民党の国会議員の中では「クリーン度」というジャンルで上位5%に入っていると自負しています。

 

 

 

『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』

ニルス・プラネル     草思社   2007/12/20

 

 

 

<一進一退>

<命に値する秘密―20021025日>

<石井紘基 暗殺事件>

・その日、石井紘基は、いつものように注意しながら迎えの車に向かった。そこへ男が一人現われ、石井さんのほうに走ってくるなり、胸に包丁を突き立てた。男はすぐに逃げた。石井さんは窓から見送っていたロシア人の奥さんの目の前で、崩れ落ちた。奥さんは、悲鳴をあげ、警察と救急に通報した。だがもう遅かった。翌日、右翼の伊藤白水と名乗る男が警察に自首した。こうして石井さんは秘密を抱えたまま61歳で逝ってしまった。恐ろしい秘密とともに葬られたのだ。

 

・政治家の暗殺は日本では久しく見られなかったことだ。石井紘基はただの人ではない。民主党の衆議院議員で『利権列島』、『官僚天国・日本破産』などの著書があり、不正追及の急先鋒として知られ、政界・官界・財界の癒着関係について独自の調査をすすめていた。

 

・犯人の伊藤白水というのも実は情報屋の一人だった。つまり石井さんは、建設王国と化し、あきれかえるような公共事業政策で国を破産させようとしている日本の国家体制そのものに正面から挑んでいたのだ。当然のことながら政界にも多くの敵をつくっていた。

 

・事件の少し前から石井さんは大ネタをつかんだと言っていたそうだ。日本の建設業界は暴力団ともつながっている。となればヤクザが、そしてその裏で政治家が何らかの秘密暴露を心配したということも考えられなくはない。少なくとも、その方向で捜査を進めるのが当然だろう。ところが、警察は単独犯行だという伊藤の自白で満足してしまう。その逆を示す細かい事実があったにもかかわらず、それ以上の追及をしなかった。警察は誠意を見せず、そればかりか奇妙なことが起こる。石井さんのカバンが、家族のもとに戻されてきたら、日記や書類がなくなっていたのだ。また国会内の事務所からも一部の書類が消えていた。

 

・一人の議員が殺されたことにたいして、国会は、石井さんが所属していた民主党も含め、一様に困惑の沈黙をもって答えただけだった。

 

・石井さんは何を知っていたのだろう?知りすぎてしまったのだろうか。日本では政治上の秘密は、人の命よりも重いらしい。

だが、少なくとも一人、涙に暮れた作家がいたことをぼくは知っている。

 

<開国時の見事な外交力はどこへ?>

・この鼎談でも、猪瀬さんは持論にもとづき、外務省も改革が必要だと訴えている。実際、この年から翌年にかけて外交官の贅沢な暮らしぶりや機密費乱用などのスキャンダルが次々と明るみに出て、外務省の威信は地に墜ちていく、スキャンダル自体は日本では日常茶飯事なので、驚くにはあたらないが、これによって外務省が相当な痛手をうけたことは否めない。

 

・鼎談の帰り道、猪瀬さんが日本には対外政策がないという話をしてくれた。そのなかで、1983年に発表した太平洋戦争に関する著書『昭和16年夏の敗戦』の内容もざっとおさらいしてくれた。昭和16年というのは1941年のことで、この年日本の若き逸材が集められ、ある研究チームが発足した。このチームは皇国が総力戦に打って出た場合いったいどうなるかというシュミュレーションを行うことになる。

 

・彼らが1941年8月に出した結論は、物量において劣勢な日本に勝機はない、総力戦に打って出るのは、愚の骨頂であるという明確なものだった。

つまり、戦争には勝てないとわかっていたのだ。ところが、この結論が日の目を見ることはなく、東條英樹陸相(この直後首相に就任し、やがて参謀総長ともなる)はこの研究していたメンバーに口外を禁じ、公にはこれを無視し、1941年12月の開戦に踏み切る。そして、国粋的で粗暴で人種偏見に満ちた軍部の思想が日本を支配し、血に飢えた暴走が始まる。

 

・猪瀬さんはこの本の取材を通じて、政府が事実を国民に隠すようになったら、どんな暴挙も可能になると云う事実を改めて思い知り、それを心に刻んだ。だからこそ、情報公開を求めて一歩も引かない戦いを続けている。

 

・この日、猪瀬さんは日本外交が長い間、苦しんできた非力について嘆いた。このままではいられない。日本は新たに強い外交を望んでいるのだ、と。

 

 

 

『日本経済 今度こそオオカミはやってくる』

負けないビジネスモデルを打ちたてよ

竹中平蔵  冨山和彦  PHP研究所  2011/9/13

 

 

 

<批判することではなく、結果を出すこと>

・共通して経験したのは、経済と経営の基本原則に則って正しいことをやろうとすると、必ず既得権を持つグループが執拗に反対運動を展開することです。それを、無知で無責任なメディアがサポートします。その結果、日本の経済と産業は疲弊し、そこに大災害が重なって「今度こそオオカミはやってくる」という状況に至ったのです。

 

<日本とシリコンバレーでは、社会背景も文化土壌もまったく異なる>

・学生の時とビジネスマンになる間のちょうどブリッジの部分を鍛える仕組みが必要です。社会人になった新人を数年かけて鍛え上げ、仕事をこなせるようにもっていくような人材育成のやり方を、社会全体の力で改める必要があるのです。

 

<政策の経験がない民間人には政策立案はできない>

・現在、国家レベルの政策作りができる人材を育てられるのは、霞が関の中央官庁だけです。ところが、官僚が霞が関に長くいると、所属する各省庁の利害関係にがんじがらめになります。

 

・たしかに日本にもシンクタンクがあります。特に金融系のシンクタンクや経済団体がさまざまな提言をだしていますが、それを実現させるにはどうしても無理がある。なぜなら、彼らは政策をつくったことがないからです。経営をやったことがない人が、外から評論するのと同じです。

 

・一度でも政策立案にかかわった人ならわかりますが、政策立案は、非常に細かな法律的手続きの積み重ねによってなされるものです。もっともな題目だけ並べるだけでは、実現可能性はゼロなのです。霞が関の官僚たちは、外部からの政策提言なんて、気にもとめていないと思います。

 

・ビジネスパーソンに、「役人や政治家を連れてきて、会社の経営ができると思いますか?」と聞けば、たいていの人は「無理」と答えるはずです。同じように、民間の人を霞が関に連れてきても、いきなり政策をつくれるわけがありません。

 

<役所は民間と違う複雑なゲームを展開している>

・官僚の世界は官僚の世界で、経済人とはまったく違うタイプの複雑なゲームをやっているわけです。そもそも種目が違うから、民間の発想をそのまま官僚の世界に取り込むことはできません。

 

<株主総会が年間二百日開かれるのと同じ>

・民間と行政ではルールがまったく違うわけです。

 

・政府にとって、株主総会に当たるものは何かというと、国会です。国会は年間二百日程度開かれています。「株主総会が200回開かれている会社だと思え」と私はよく言っています。簡単に改革ができるわけがないのです。

 

<法律と予算を変えることの大変さ>

・企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほどたいへんか、わかっていない人が多すぎます。

 

・すると、「そんな面倒くさいことをやっているからダメなんだ。仕組みを変えればいいじゃないか」と反論する人がいるかもしれませんが、日本は民主主義の国だから、そこはそう簡単には変えられない。良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

・政府といっても法律事項、予算事項は授権されないので、毎回国会の承認をもらわなければいけません。企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほど大変か、わかっていない人が多すぎます。

 

・良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

<法案作成から成立までの手続きが複雑>

・このように、政策立案は大変だからこそ、そのノウハウをずっと持ち続けてきた官僚が結局強いわけです。民間が何を言おうと、官僚組織に歯が立たない。こういう状況を打ち破るために何が必要かというと、人が交流することです。それがいちばん早い。

 

<独自の隠語を駆使して政策プロセスを牛耳る>

・霞が関の官僚が外部の人間を簡単に寄せつけないのは、政策プロセスの複雑さもさることながら、彼らにしかわからないジャーゴン、専門用語を多用することにも原因があります。

 

・ジャーゴンがあるということは、日本の政策プロセスはごく一部の人間に牛耳られているということです。政治家と官僚だけ。民間人は入っていく余地が少ないということです。

 

<私益、公益、組織益の三つの円の重なりを大きくする>

・役人たちは、天下りまで含めた終身雇用制度の中に完全に組み込まれています。今の時代、彼らが、国民の利益の最大化ではなく、組織の利害の最大化という潜在的な欲求を持ってしまうのは、そのせいでもあります。

 

<天下り制限撤廃とキャリア制度廃止で人材を流動化>

・むしろ、天下りというか、民間企業に行くことに対する制限を撤廃すべきです。いつでもやめられるという状況になれば、いつでも入っていける。官から民へ、民から官へ。人の移動が活発になれば、政治家と役人だけが政策プロセスを牛耳ることができなくなります。

 

・さらに、論功行賞にして、キャリア制度を廃止しなければいけません。

 

<日本のベスト&ブライテストを集結する>

・政策立案というのは知的な仕事であることは間違いありません。もっと自由にひとが出入りするようなオープンなコミュニティを築き、そこに日本のベスト&ブライテストを集めて、その人たちが政策立案する状況をつくらなければならないのです。

 

・民間には民間の厳しさ、難しさがあります。政府には政府の難しさがある。その両方を真剣勝負で経験し、二つの世界の違いと共通点、それぞれの長所、短所を体感的に理解している人材を、急がば回れでつくっていく努力をすべきなのです。

 

<それを実現するには憲法改正が必要です>

・政策立案を専門的に行っているのは官僚ですが、先に述べたように彼らはけっして高学歴集団ではありません。一方、民間のシンクタンクにいる「政策評論家」は、実際に政策をつくったことがない人が大半です。国会審議のことも何もわかっていない人の話をいくら聞いても無駄なのです。

 

<政治の混乱は国民の混乱の反映にすぎない>

・日本は民主主義国家です。主権は国民にあります。政治家の悪口をいろいろ言うけれども、選んだ自分たちの責任でもあるのです。要するに、自分たちの悪口を言っていることにもなるわけです。

 

・現在の混乱を生み出したのも、厳しい見方をすれば、自分たち国民がそういう選び方をしたからです。政治が混乱しているとすれば、それはわれわれ自身が混乱していることの反映にすぎません。選ぶ側にキズがあれば、選ばれた政治家にはもっとはっきりとしたキズが表れます。

 

  

 

『生涯現役の知的生活術』

 渡辺昇一      育鵬社   2012/10/11

 

 

 

<松下幸之助の知的生活術―人に尋ねて、成長を続ける  江口克彦>

<「わしはなぁ、百六歳まで生きるつもりや」>

・私は、松下幸之助のもとで23年間仕事をしたが、その間の15年間ほどは、ほとんど休みはなかった。土日はもちろんのこと夏休みも年末休みもなかった。

 

<前を向き、明日を考え続ける>

・人間、7080歳になると、もう、あと何年ぐらいということを考えるようになる。あと数年、あと23年ぐらいかという考えに陥るのが、普通であろう。そうなると、勢い、日々を過ごす過ごし方も、あるいは暮らし方も、いや、それだけではない、考え方も取り組み方も、どうしても消極的になってしまう。

 

・実際、松下は85歳で政治家を養成するための松下政経塾を開塾し、84歳、85歳に中国に、86歳にはアメリカに出かけている。まさに次から次へとやりたいことに取り組んだ。いつも明日を見ていた。いつも後ろを見ることはなかった。明日何をやろう。明後日は何に取り組もうかと考える。それが松下幸之助を最後まで、そう、94歳と5ヵ月の人生を最期まで呆けることなく、息を引き取るその一瞬まで「自分」を堅持し続けさせた。

 

知的生活の極意、「人の話を素直に聞く」

・ところで、人に話をするより人の話をよく聞け、といわれる。それが証拠に、口はひとつだけれど、耳は二つある、などという言葉はたびたび聞かされる。

 

・どうしても自分の話をし、時には相手に押し付けるなどということもある。しかし、松下幸之助という人は、それがなかった。つねに人の話に熱心に耳を傾けた。それどころか、積極的にものを尋ね、好んで人の話を聞く人であった。

 

<まず人に聞く、人に尋ねる。それが松下幸之助であった>

・興味深いことは、どんな答えをしても否定されることはなかった。松下への批判も、「なるほど」と聞くほどであった。だから、誰もが競うように松下に話を持ってきた。

 

・松下は、ほとんど学校教育を受けていない。小学校4年中退、しかも話によると、2年生のとき、体調がすぐれず、ほとんど学校に行っていないと言っていたから、実質2年半しか学校で勉強していないことになる。だから、ほとんど知識らしい知識は得ていない。

 にも拘らず、十万人を超える社員の中で、もっとも多くの情報を得て、もっとも適確な判断ができたのは、こうした「人の話を聞く」「人にものを尋ねる」「話すより聞く」というその姿にあるのではないかと思う。

 

・松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」こと、それだけではなく、「身を乗り出して聞く」「人の話を素直に聞く」、そういうことによって、知識のない松下が、誰にも劣らない知識の豊富さ、そして知的に充実度を高めていったと言えよう。

 

<部下に尋ね、部下を育てる>

・松下の知的生活術を思い起こしてみると、なにも書籍を読み、講演を聴き、研修に出掛けることだけではないことが分かる。「わざわざ」ではなく、日ごろの、普通の日常のなかで、身近な人に「尋ねる」ことによって、知的な生活を送ることができるし、「わざわざ」以上の知的向上を図ることもできるということになる。

 

・およそ松下電器は、始めから「大企業」ではなかった。大正71918)年、まさに町工場からの出発である。その後、多少は大きくなったとはいえ、財閥企業とは異なる。そういう会社に優秀な人材が雲霞の如く集まってくることはなかっただろう。それどころか戦前・戦後の松下電器には、一流の人材は集まってこなかった。まあ、三流四流の人材であったろう。しかし、それにも拘らず、松下電器は世界的大企業に成長していく。

 

<「あんた、どない思うねん」>

・どうするかというと、その自分で出した結論をもとに、周囲に問い掛ける。「あんたは、この問題をどう思うか」「これはどう解決したらいいと思うか」「あんたの意見を聞かせてくれ」「あんたは、どない思うねん」と尋ね続ける。少なくとも五人、六人、多い時には数十人に及ぶ、私の記憶では、百人近い人に意見を求めるということがあった。

 

・そういうことだから、松下幸之助の行動、計画、経営は、必ずと言っていいほど成功した。松下電器が、松下幸之助の経営の下、70年間で7兆円の企業に、言い換えれば、単純計算して1年で1千億円の会社を70年間作り続けたことになるが、その要因のひとつは、こうした松下の思考プロセスによることが大きいと思う。

 

・「まず自分で結論を出す」「多くの人の意見を聞く」「自分の結論と多くの人の意見との比較検討をする」「最終結論を出す」「決断する」「指示する」「実行する」「継続する」。この思考プロセスで重要なのが、「素直」ということだろう。

 

 

 

『選挙の裏側ってこんなに面白いんだ!スぺシャル』

三浦博史 前田和男     ビジネス社   2007/6

 

 

 

<大手広告代理店が選挙を仕切る?><去勢された日本の大手広告代理店>

・ちょっと選挙をかじったことがある人は「実は、選挙は大手広告代理店の電通が仕切っている」と訳知り顔にいう。しかし、「選挙の常識」からすると、実情はいささか違う。

 

<アメリカの選挙PRノウハウ>

・そのとき、アメリカの選挙と日本の選挙のもっとも大きな違いは、戦後日本が失ったPRのノウハウにあることを知ったのである。

 

・アメリカには多くのPRコンサルタントがターゲットを決めて、その関心事を引き出し、それに対して選挙CMをつくる。そのうえで、そのCMを打つのにもっとも効果的な媒体(メディア)はなにかという戦術のもとで、テレビやCMや雑誌、新聞のスペースなどの枠をとる。そして、その効果の検証を行い、次の製作にフィードバックする。

 

・少なくとも広告代理店は政党に常駐させ、PRのノウハウをもったスタッフをきちんと揃えてのぞむべきなのである。

 

<政党CMよもやま話>

<崩れつつある大手代理店の寡占状態>

・ところが今は、そうした大手代理店の寡占状態が崩れつつある。自民党も今ではコンペで、これなら選挙に勝てると思ったところを採用する。ダメだと思ったら、たとえ電通でも使わないようになった。自民党も、電通一社に頼るのではなく、PR会社を採用した。それがブラップジャパンという独立系の代理店である。

 

<選挙の日米格差>

<大統領選の雌雄を決した伝説のCM

・秀逸な候補者には、黙っていても人は集まるし、金も集まる。人も、金も、票も集まらない人は、自然とコースから外れていく。アメリカでは、そうした選挙が当たり前で、スポーツ選手にしろ、ジャーナリストにしろ、大物スターにしろ、そうした例がいくらでもある。ネット上の呼びかけだけで、何十万人のサポーター、何十億ドルという資金が集まる。そうした能力を備えている人が政治家になり得る風土があると考えていい。個人の献金額は十ドル、二十ドルほどだ。

 

・日本では選挙で借金を背負うケースもある。自分の退職金なり、貯金なり、資産を使い、政党の公認料ももらって、さらに寄付を集め、借金をする。アメリカにくらべるとクリーンな選挙である。

 

 負けた場合の本人や家族が背負うリスクが大きすぎるので、選挙に出る顔ぶれがいつも同じになってしまうという問題点もある。

 

・日米で何が一番違うかといえば、米国はメディア、とくに映像の影響力が大きい。アメリカでは選挙の結果を左右するのはテレビコマーシャルとテレビ討論。

 

<国政選挙と外資系PR会社>

・それではアメリカの選挙のプロが日本に来て、そのまま通用するのかどうか?アメリカのプロは、なんといっても「キャッチコピー」づくりがすばらしい。有権者の心をグサッとつかむ。これがプロとアマの分かれ目、成功と失敗の別れ道となる。

 

<民主党は説明不足?>

・民主党を引き合いに出すが、岡田党首のときにアメリカのPRカンパニー「フライシュマン・ヒラード」を使ったが、あれは失敗だったろう。フライシュマン・ヒラードは、PRカンパニーとしては米国でも著名な会社だが、ワシントンDCでは民主党も共和党も「フライシュマン・ヒラード」など使わない。米国の選挙コンサルタントは、「なんで?」と不思議な顔をしていた。

 

・事実、自民党は「ブラップジャパン」というエージェントを使ったが、世耕弘成広報委員長は、なぜこの会社を使うのか、社長の見識やキャリア、手法、実績などを議員が納得するように説明していた。選挙資金をカンパしてくれた支持者、政党助成金として税金を拠出した国民に対しても、これからは政党も説明責任が問われることだろう。

 

・それと、国政選挙や、国政そのものの広報に外資系を呼び入れることは、私は賛成できない。「広報」とは有り体に言うと、裸の姿をすべて見せることである。外資系の会社に国家の裸を見せていいわけがない、と私は思う。

 

・話がそれたが、外国の選挙プロに学ぶことは、まだまだ無尽蔵にある。しかし、だからといって、彼らが日本の選挙を担当して、すぐに勝てるほど日本の選挙は甘くない。

 

野田聖子に学ぶ選挙に強い政治家

6万軒歩いて、かかとを疲労骨折

・彼女の言によると、「そのころは志もないし、政策もなければ抱負もない。ただ選挙好きのおじさんたちの言うなりに運動をはじめました」ということになる。

 でもそのとき、彼女がなにをやったかというと、1日百軒、選挙までに1万人と会うというすさまじい「ドブ板」。集まった名簿を地図に落して、女の子の案内で11軒回って歩く。

 

・目からウロコが落ちる思いだった。次の選挙では原点にもどって、また歩き作戦。6万軒ぐらい歩いたころ足のかかとを疲労骨折。が、1ヶ月で治し、また歩き始めた。結局彼女自身が7万軒、両親が1万軒ずつ歩いてくれた。結果は、両親と娘が歩いた総軒数とほぼ同じ得票数、95734の得票。衆議院初当選だった。

 

 

 

『「政権交代」 この国を変える』

岡田克也   講談社  2008/6/18

 

 

 

<「座談会」と呼ぶ、私が最も大切にしている集いがある>

・週末ごとに地元・三重県で20人、30人規模で開催する対話集会のことだ。私は、この座談会を20年間にわたって繰り返してきた。2005年秋に民主党代表を辞任したのちも、1万人を超える方々と膝を突き合わせて対話してきた。

 

・政権交代ある政治、これこそ私が、いままでの政治生活の中で一貫して主張してきたことだ。

 

<政権交代とはどういうことなのか>

・同じ民主主義、市場経済を基本とする体制の中で、どちらの党の政策がよりよいか、具体的な政策を国民一人ひとりが選ぶこと。

 

・選挙運動を始めてから地盤が概ね固まる当選2回までの間に、通算すると5万軒、いや7万軒は訪ね歩いたのではないだろうか。すべての活動の基本は有権者との直接対話だという、私の考えは今も変わらない。

 

・代表辞任後のこの2年9ヶ月間、私は、地元で350回、延べ1万人を超える有権者との対話の場をもってきた。週末はよほどのことがない限り地元に帰って、公民館とか神社の社殿とか、ときには個人宅をお借りして、平均30人ぐらいの集会を開く。私は、これを「座談会」と呼んでいる。

 

<自由で公正な社会を実現する>

・市場にも限界がある。競争政策、市場メカニズムを活用すれば、そこからこぼれ落ちる人が必ず生じる。それは政治が救わなければならない。

 

<公正な社会を実現する>

・社会的公正とは何か。私は、中間所得者層の厚み、実質的な機会の平等、セーフネット、世代間の公平―以上の4点を挙げたいと思う。

 

 

 

『私の後藤田正晴』

(「私の後藤田正晴」編纂委員会「編」)

中曽根康弘/村山富市/岡本行夫/保坂正康/他

講談社     2007/9

 

 

 

<本音の力「政治家はいつも塀の上を歩いている」>

・「自分を含め、政治家はいつも(刑務所の)塀の上を歩いている。常に十分に注意しないと内側に落ちる」といわれました。この言葉には私もいささか驚きましたが、先生はいつも本音で真実を後輩に話かけておられたのです。自分だけ一人、清廉潔白のようにいう政治家もおりますが。

 

・「一人ひとりの住民は、いろいろな人がおり、またいろんなことを言ってくるが「マス」としての国民の判断には間違いがない、信頼できるものだ」という先生の言葉があります。民主主義を政治の基本としている国の政治家としてこれほどはっきりと言い切れることは見事です。

 

・後藤田先生のご経歴は、元警察庁長官、田中元総理の懐刀、カミソリ後藤田、副総理、天下のご意見番等、多岐に亘っています。

 

<後藤田正晴は真夜中に二度、眼をさます>

・先生は夜中に二度起きるという。その理由が、一回はトイレに、もう一回は深夜に必ず右翼からかかってくる電話の音だとおっしゃるので、私が、電話番号を変更することを勧めると「バカ、そんなことをしたら誰が彼らの話を聞いてやるんだ」と叱られた。これも先生の懐の深さを表す話ではないか。

 

<同士として支えあった生涯(鈴木俊一)(元東京都知事)>

・4選を果たした平成3年の都知事選挙の時も、後藤田君は自分自身で表にでることはありませんでしたが、かげで私を支援してくれました。

 

・この選挙は自民、公明、民社の三党推薦で戦った過去3回の選挙と違い、最大の支持基盤の自民党が、本部と都連で別の候補者を担ぐ分裂選挙になりました。党本部がNHK特別主幹の磯村尚徳氏を擁立したのに対し粕谷茂、鯨岡兵輔さん以下東京選出の国会議員や都議は私を推してくれました。

 

・「高齢の鈴木では勝てない」と決め付ける自民党本部の引退勧告を拒否し、家族の反対を押し切った上での立候補でしたが、資金もなければ、はっきりした勝算もありません。これまでで一番苦しい選挙でした。

 都連を別にすれば、自民党関係者なら誰でも、鈴木を応援することには二の足を踏むところです。ところが公示日の朝、選挙事務所の出陣式に後藤田君の侑子夫人が駆けつけてくれました。

 

 

 

『日本政治のウラのウラ』   証言・政界50

森喜朗  田原総一朗    講談社   2013/12/10

 

 

 

<ラグビー部退部>

・ラグビー部を退部する以上、大学も辞めなければいけないと思って、大西鉄之祐監督のところに行きました。「ラグビー部を辞めますから、大学も辞めます」と言ったら、「バカヤローッ」と言われて、ぶん殴られそうになってさあ(笑)。その時、大西先生はぼくにこう言ったんだよ。

オマエなあ。何を考えているんだ。ラグビーを何だと思っているんだ。ラグビーはなあ、人生の目的じゃないぞ。手段にすぎない。だから、ラグビーがダメだと思うなら、大学で他のことをしっかり学べ。そして、何か大きなことを成し遂げてラグビー部の連中を見返してやれ。大学を辞める必要なんてないから、そうやってラグビーに恩返ししろ。それだけ、きみに言っておく

 

<早大雄弁会>

・「あのなあ、早稲田の雄弁会は永井柳太郎先生が作った会なんだよ」

 

――石川県が生んだ大政治家の永井柳太郎ね。

 

森 早稲田大学の創立者である大隈重信も仲間で、永井先生が雄弁会を作ったんですね。横山さんに「だから、石川県人は雄弁会に入る義務がある」(笑)と言われて。ぼくも納得したわけです。雄弁会には、石川県人が結構多いんですよ。それで、「雄弁会の役員に知り合いがいる。紹介してやるから明日会ってみな」と言われて、その人に会って話を聞きました。「どうしようかなあ」とまだ迷っていたんだけど、幹事長が面接するというんで第一学生会館の部室に行ったんですよ。「偉い人が出てくるのかな」と思ったら、青白い顔をした小柄な男が出てきました。それが、後に文部大臣や参議院議長を歴任する西岡武夫さんですよ。

 

――西岡さんは森さんより年上ですか。

 

森 ふたつ上です。喘息持ちでね。「森さんって、あなた? ゴホンゴホン。まあ、しっかりやんなさい。ゴホンゴホン」(笑)と言うので、「こんな方がキャプテン(幹事長)をできるなら(笑)、オレもやれるだろう」と思って雄弁会に入ったんですよ。

 

・――森さんは雄弁会に入って政治志向になるのに、代議士秘書にならずに産経新聞の記者になった。これはどうしてですか。

 

森 いや。新聞記者になりたかったんだ。

 

――政治家じゃない?

 

森 政治家になることがいかに大変かを雄弁会の先輩たちから教わったからね。

 

――どう大変なんですか。

 

森 「森くん、地元の政治家の秘書になったら絶対にいかん。もしなったら、つかえている代議士と戦わなければならないからダメだ」とOBの藤波孝生さんが教えてくれたんだね。彼も自分の地元の三重県津市に近い伊勢の代議士の秘書をやっていました。

 

・森 よく世襲が批判されるけれど、詰まるところ、足の引っ張り合いの結果なんだね。自分が出る勇気はないが、あいつをならせたくもないということになると、代議士の息子が出るしかないんです。息子が出れば「まあ、しょうがないか」ということで収まる。だから、よっぽどのことがないかぎり、秘書まで順番が回って来ないわけです。

 

 藤波さんの場合は、秘書をやった後、県議会議員をしていましたが、親分の代議士が立派な人で藤波さんに禅譲したんです。これは、珍しいケースですね。

 

・森 うちのおやじは田舎町の町長で絶対的な地盤があるわけではなく、金もなかったから政治家になるには秘書になるしかなかったけれども、そういう先輩たちを見ていて、地元の代議士の秘書になるのはまずいと思ってね。そうすると、政治に携わっていて、政治家になれる可能性があるのは新聞記者ですよ。それで、記者になろうと思った。

 

――本当は政治家の秘書になりたかったけれど、先輩たちを見ているかぎり、秘書になっても代議士になれる可能性は少ないと。それなら、政治とも関係のある新聞記者になろうということね。

 

・――こう言っちゃ悪いけど、森さんは産経も早稲田も試験を受けずに入ったわけね。

 

森 早稲田の試験は受けてますよ。運動部の推薦があったんですよ。

 

――試験を一応、受けている?

 

森 そら、ちゃんと試験を受けていますよ。多少は下駄を履かせてくれたと思うけどね。日経新聞の「私の履歴書」でも、ぼくが勉強もしないで入学したということになっていて、大学が大騒ぎした(爆笑)。投書や問い合わせがたくさん来て「森さんはスポーツで入ったんだろう。それなら、うちの孫もぜひ、そうしてもらえんか」(笑)と。

 

<代議士秘書>

・――それで、日本工業新聞の記者から、あんなに嫌がっていた代議士秘書になりますね。

 

森 井関農機の創業者である井関邦三郎社長が、愛媛県三区選出の今松治郎代議士と小学校の同級生でね。今松さんは東京大学を卒業して内務省の官僚になり、政治家に転身した人ですが、たまたま秘書が辞めることになった。それで、井関専務から「森くん、今松先生の手伝いをやってくれないか」と誘われたんです。「秘書にだけは絶対にならないようにしよう」と思って行ったんだけど、結局、秘書になることになった。

 

・森 そりゃ、そうですよ。前から「そういうことをやっちゃいかん」と言われていたわけだからね。それで、秘書になってしばらくしたら、今松さんが亡くなったんです。そうしたら、地元の支持者たちが大挙して上京してきて、みんなが私に「選挙に出ろ」と言う分け。だけど、ぼくはこんなところでは選挙は絶対にできないと思った。

 

――それは、どうしてですか。

 

 森 とにかく金がかかる。金が平然と飛び交うんだね。

 

――どういうことに金がかかるんですか。

 

森 直接、有権者に渡しちゃうのよ。

 

・森 辺境にある田舎町にはそういうところが多かったんですね。愛媛三区というのはね、金に問題のある人ばっかりだった。田原さん、ご存知かなあ。バナナ事業を起こした大和の毛利松平、日大の理事などをやっていた高橋英吉。この人は事務所に「日大受験の方はご相談に応じます」(爆笑)と書いてあったからね。「オレは、50人から入れる枠を持っている」と豪語していましたけど、50人の相手から御礼をもらったら結構な額になるでしょう。そういう時代ですよ。それから、早大雄弁会の先輩の阿部喜元。

 

 とにかく、金を使う人ばかりでね。今松さんが落選するのも無理ないんですよ。金はない。演説は下手。見栄えもしない(笑)それでも内務省警保局長という肩書で代議士になったわけですな。そんな選挙区で出馬しても、金がないのだから勝ち目がないじゃないですか。だから、こ

こで出るのなら、地元の石川県で出てやろうと思ったんです。

 

<出馬した理由>

・森 自分たちの自己満足のために出馬する政治家を選んでいましたからね。だから、元知事とか元市長とか、元県幹部とか、そんなのばっかり出してね。政治家に対する尊敬もなく、長老の県議会議員どもが勝手なことをしていたのが、ぼくには我慢ならなかった。

 

・森 ぼくが幸運だったのは、やっぱり小さな田舎町といえども、親父が町長として有名だったことです。何しろ、9期にわたって無投票当選なんです。当選回数なら10回以上の首長がいるけれど、9回の選挙が全部、無投票だった町長はちょっといないでしょう。

 

<いきなり出馬宣言>

<岸信介元総理来る!>

――それで、新幹線と北陸本線を乗り継いで石川県にやって来たわけだ。

 

森 新聞記者に「いいんですか。元総理が非公認候補の応援に来て」と質問された時、岸さんは「いや、私は、事情はわからない。しかし、森くんは東京では大変必要な人物だ。こういう人に国会に来てもらわないと、自民党の将来も、明日の日本もない」なんてことをおっしゃってね。4~5ヵ所で応援演説をしてくれました。

 

――そんなに演説をしたんですか。

 

森 夕方の列車で小松駅から米原に向かったのだけど、ぼくは親父とふたりで小松駅のホームで見送りました。「最後まで、ありがとうございました」と言ってね。岸先生が乗った列車に向かって、赤いテールランプが見えなくなるまで、何度も何度も頭を下げて見送ったんです。

 

<代議士誕生>

・森 公示2日前のことです。地域を回って夜遅く零時すぎに自宅に帰って来ると、親父から家族、親戚一党がみんな揃っているんですよ。シーンと静まり返ってね。「おっ、どうしたのかな」と思ったら「座れ」と言われて「もう降りろ。親戚中、迷惑している」と言うんだな。

 

――親戚がみんな「降りろ」と言ってきたわけだ。

 

森 親父がね、「今までのことはしょうがない、息子がやったことだから親が責任を持つ。しかし、もう金がないだろう。もう精一杯やったから、ここで止めろ」と言うわけ。珍しく頑として譲らない。周りにいるおばさんや親戚がオイオイ泣いて「喜朗ちゃん、止めて~」(笑)。

 もはや命運もこれまでかと思ったのが夜中の2時ぐらいかな。そうしたら突然、バリバリバリという音がするんですよ。窓の外を見ると、赤々とした炎が上がっている。火事ですよ。

 

――えっ!火事!

 

森 火の手がゴーッと上がっているので、ぼくはサッと飛び出した。そうしたら、50メートルほど先の風呂屋が燃えているんだ。選挙で疲れ果てていた連中を「火事だ、火事だ」と叫んで叩き起こし、風呂屋に駆けつけた。風呂屋の女将は腰が抜けて、その場にへたり込んでいた。ぼく

は咄嗟に、火中にあった何か黒い物に水をぶっかけて引っ張り出した。そうしたら、それが仏壇だったんですね。

 

 これが後で評価されるんです。ぼくが行った時にはもう、他に引っ張り出す物が何もなかったんだけれども、新聞記者はそんなことは知らないからね。「森は大した人間だ。仏壇をとにかく引っ張り出した」ということになって、評価が高まった(笑)それどころか、町長の家の近所が

燃えたというだけで、町民がみんなお見舞いに酒を持ってくる。見る見るうちに、一升瓶が山積みになって。「おお、これを酒屋に引き取らせれば、ゼニができる」(爆笑)

 家族会議もそのまま有耶無耶になり、2日後に無事、公示日を迎えました。

 

 

 

『日本を磨く』   輝く「強い国」をつくる  

日本経済新聞社      日本経済新聞出版社  2007/2

 

 

 

<『日本のあるべき外交とは』 (中曽根康弘)>  

・冷戦後、米同時テロが起きるなど、国際環境は激しく変化している。このような状況の中で、わが国はどのような原理・原則を持って他国と付き合えばよいだろうか。

 まず何よりも重要なことは、「独自性を持った国家」として、日本は世界に対峙していくべきであろう。その際国策として推進するのは、平和や福祉、環境などという分野が望ましい。

 

・国民が日本の自主性、主体性を確立しようという動きになっていること自体は、喜ぶべき現象である。

 

・日本は非核三原則を佐藤内閣以来、堅持している。我々の回りには北朝鮮や中国などの核保有国がある。そういう点から、核による防衛は米軍に依存するということで日米安保条約ができた。非核三原則を持っている限りは安保条約、日米同盟は維持されていかなければならない。安保条約の本質的な要素は日本が核兵器を持たず、米国によって防衛されるという点にある。このように日本は戦後、米陣営と軌を一にして行動することが国益にかなうと考えてきた。

 

・日米同盟を維持しつつも、やはり冒頭に挙げたように「独自性を持った国家」でありつづけること、つまり、主権国家としてふさわしい態度を取るということが、国益を守ることにおいてなにより重要だろう。その意味で、東シナ海や日本海の主権、北方四島の返還は実現せねばならない。

 

・私は、外交についてはいつも四原則を言うことにしている。

 

第一に、国力以上のことをやってはいけない。

第二はギャンブルでやってはならない。

第三は内政と外交を混合させてはならない。

 

そして第四は世界の潮流に乗っていること。

これが、大東亜戦争を反省した上での日本の外交四原則である。

 

・多国間の課題に対処していく上で、現在の政治や官僚の統治機構を見直す必要ももちろんあるだろう。

 まず基本的な問題として提言しなければならないのは、日本の情報戦略体制は全く欠落しているということである。種々の情報は、みんな米国からもらっているようなもの。したがって日本外交は米国への順応外交だと言われている。特に、小泉前首相の場合はそれがあまりにも顕著だった。日本は安保条約は持っているが、世界戦略においては米国とは別の側面がいくつもある。官房長官の元に、日本独自の情報戦略体制を至急整えなければいけない。今、内閣情報官が置かれ色々とやっているが、これはまったく弱い。各省庁の情報をかき集めるだけの仕事にすぎない。

 

・たとえば英国やイスラエルのように、自ら情報を持って戦略や国策を打ち立てていくという体制が、日本には非常に欠落している。米国に順応していけば済むような印象だ。

 内閣の下に情報戦略局のような独立した局機構として確立し、そこにベテランを入れ、永続的のその仕事ができるようにする。彼らにはある程度の権限を与え、官房長官が上に立って各国の日本大使館やジェトロとの連携をとらせるようにするべきだ。

 

・このような議論をすると、「対米順応外交からの脱却と日米同盟の強化は両立するのか」という声がすぐにあがる。しかし、私はまったく矛盾しないと考えている。主権国家として主体性を持って外交にあたるということは、むしろ当然のことだろう。日本の政治にそういう主体性の自覚が、ほんとうに足りないのだ。米国順応というのが外交の8090%であるかのように錯誤している。

 

・外務省、防衛省、警察庁、内閣府にそれぞれ情報部門はあるものの、横の連携が不十分との指摘もあるが、国をあげた情報戦略機関はどうしても上からつくっていかなければ駄目なのだ。下の情報をかき集めるという今までのやり方では、立ち行かない。その代わり、局長になる人材は相当長い間務めさせて、局員も相当な待遇を与えて継続して任務を遂行できるようにしないといけない、いずれは、米国の中央情報局(CIA)のような組織をつくらざるを得ないだろう。現状では内閣情報調査室があるが、もっと本格的な組織を用意していかないと駄目だ。

 

・中国との外交をやっていくには、情報を持たないとどうしようもない。これからの外交の勝負は対中外交にある。米中間で日本がどういう立場をとるかという問題である。日本は米国とは安保条約を持っているが、それだけでなく、アジア全体、欧州を含めた色々な情報を持たないといけない。

 

・日本がさらに国力を高め、「光る国」になるには何を磨くべきか。具体的にあげれば、以下のようなイメージが良い。

 

 日本という国は、発展途上国の面倒をよくみる国。

 環境問題について、強い主張を持っている国。

 そして、東アジアの共存協力関係について深い洞察と強い見識を持っている国――。

日本とはこのような国である、という印象を国際社会に与え、さらにそれらの施策を確実に実行していくということがとても大事である。

今の政治家や官僚たちには、日本をどう印象づけようかという意志がない。そこに私は非常に危機意識を持っている。

 

 

 

『中曽根康弘』語録   哲人政治家の素顔

衆議院議員  柳本卓治     産経新聞出版   2007/4/25

 

 

 

<~なぜ「中曽根康弘」なのか>

・中曽根は、追悼演説の中で、「早稲田出身の政治家は、なべて悲劇の政治家である。それは、それほど大衆と密接した政治をしていたからにほかならない・・・・」と語りました。

 

・私は、早稲田大学雄弁会の幹事長でしたが、やがて大学院を卒えた私は、後見人の小西甚右衛門氏の紹介で、あらためて中曽根のもとを訪れました。中曽根は、一青年の私の抱負を静かに聞いてくれ、やがて、「私のところで、政治を勉強したまえ」と言ってくれたのでした。以来約40年の長きにわたって、私は、中曽根の薫陶を受け続けて来たのです。

 

<情報の戦略性を国の中枢に回復せよ>

<総理大臣のもとに一大情報機関の構築>

・中曽根は、情報戦略性の重要性というものを強調して、「私が、考えている(中略)もうひとつ大事な点は、情報戦略性を国家の中枢に回復せよ、ということです」と語っています。この情報戦略性ということでは、主要国のなかで日本が一番薄弱だ、とも指摘しています。

 

・「このような平和な国是を持ち、周りに強国を持っている国に、一番大事なものは、情報であります。防衛力の基礎をなすのは情報です。その情報は、アメリカにのみ頼っていて、非常に微弱です。独立国家として、このような体形は直していかなければいけません。これが一番の欠陥です。

 

・CIAのような組織を世界的にも日本は特に、情報をとって、アメリカに対して、ある意味においては対抗するぐらいの情報力を持たなければ、本当の独立国家とはいえません。

 

・そういうポイントは、お金をかけてもよいから、直すべきものであり、防衛費の何割かは、情報にまとめてもよいほどの性格を持っている、とすら考えている。

 

・中曽根が提唱する「情報戦略性を国の中枢に回復せよ」とは、要するに国の中枢すなわち内閣に智慧を集結せよ、ということなのです。

 

・(後藤田正晴)「政府全体の情報組織は絶対必要だ。(現在の)内閣情報調査室は、200人しかいないから、これではどうにもならない。いま日本に欠けているのは、国全体としての情報収集、分析、それに対応する機関、この必要性が、皆まだ分かっていない。どんな商売でも情報がなければ、仕事にならない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     ましてや、国の運営となったら情報は不可欠です。

 

・後藤田氏はまた、戦後の日本は、国の安全は全部、米国任せ、米国依存でやってきて今のような属国になってしまったので、政府全体の情報機関も育たなかったのだ、とも語っています。

 

<「権力の魔性」を自戒せよ>

<政治の究極の目的は文化に奉仕するにあり>

(中曽根康弘)は、政権誕生の1カ月を前に朝の静けさの中で、新政権の政策構想をしたためました。そのもとになったのは、30年来、折に触れて書き綴ってきた30数冊ものノートと、著書でした。その最初に記した政治姿勢の項目のひとつに「権力の魔性」という言葉があります。

 

・「権力は、至上ではなく、とくに政治権力というのは、文化に奉仕するもの、文化を発展させたり、新しい文化を想像したりするためのサーバント(奉仕者)なのだ、という発想があるんです。「魔性」というのは、一番偉くなるものだとか、そういう麻酔的効果が権力にはあるが、それを警戒しなくてはならない、そういう戒めの言葉です」

 

 

 

『世襲格差社会』 機会は不平等なのか

橋本俊詔 参鍋篤司   中公新書  2016/5/18

 

 

 

<二極化する世襲は、日本に何をもたらすのか!?

・医師、農家、政治家などの職業はいかに継承されているのか。世襲を通して、日本の不平等を考える。

 

<医師の世界における世襲>

・日本において世襲の数が多いのは、前章で見た農家と商家であろう。だが、世襲の意味を際立たせているのは医師である、と言ってよい。

 

 

 

日本の医師の数は2008年度で286699人(男性234702人、女性51997人)である。ついでながら人口10万人あたりの医師の数は200人強であり、先進国の中では非常に低い数となっている。この日本の医師の子どもは、どれほどが医師になっているのだろうか。

 

・医師のうち約25%以上が医師の父親をもっていた。そして、その中でも父親と同じ診療科なのは全体の約15%である。つまり、60%前後が同じ診療科を引き継いでいるのである。ついでながら90%が息子であり、そして60%が長子であるために、大半は男性医師の長男が世襲していることがわかる。医師のうち開業医は25%ほどなので、それほど多い数字ではないかという解釈も可能である。

 

・ところで、医師には病院で医師の仕事をする勤務医の形態がある。日本の医師のうち約60%が勤務医である。

 

<医学生の過半数は医師の子ども>

・国立大学医学部に在籍する学生の親の職業が医師である比率は、大学によって差があるので30%から60%、私立大学医学部に在籍する学生にあっては、それは50%から90%の範囲にある。

 

<女性医師の増加>

・医師は現時点で男性23万人、女性5万人の性比である。およそ18%が女医だが、その数はこれから急増が予想されている。なぜなら大学の医学部で学ぶ女子学生の比率は約3分の1に達しており、今後の医師の世界では女医の目立つ時代になることは確実である。

 

<司法の世界>

・親子ともに法曹人である比率を示す数字はない。ただ、かなり信頼性のある資料からそれを類推できる。日本弁護士連合会が発行している『自由と正義』という文献(2011年発行)では、弁護士である人の父母が同じく弁護士である比率は6.4%、おじ・おばが2.9%、おい・めいが1.9%と報告されている。親族の比率は1011%だ。医師と比較するとかなり低い世襲率であることがわかる。

 本来ならば裁判官や検事の世襲率をも視野に入れねばならないが、法曹人では弁護士が圧倒的に多いので、この世襲率で司法の世界を代表させてよいと思われる。

 

<日本の国会議員と世襲>

・日本の国会議員は、いわゆる世襲議員の占める割合が、国際的に見て非常に高いのはよく知られた事実である。

 世襲議員が多いことのデメリットはよく指摘されている。政治を志すさまざまな人間が議員となる機会を奪い、参入障壁を高くする点や、議員にふさわしい能力と意欲を持たないにもかかわらず、世襲によって議員となってしまう点などが議論されている。

 

・しかし、その一方で世襲議員は、ジバン(後援会組織など)・カンバン(知名度など)・カバン(資金管理団体など)のいわゆる「三バン」に恵まれているので、選挙区における冠婚葬祭、地元の行事への出席などに時間を奪われることがなく、本来は国会議員が集中して行うべき、国会における政策論議に集中することができ、政策に詳しくなることができる、という議論もある。

 

・そもそも、政治家のパフォーマンスは、営業利益率などで計測できる類のものではない。また、政治家のパフォーマンスは、その政治家の信念などが一致する評価者から見れば高く、一致しない評価者から見れば低くなるのは当然である。

 

・この定義のもとで、世襲議員が非世襲議員と比べて、どの程度選挙に当選しやすいか、という分析を行うと、世襲1から世襲4(世襲13世代にわたる世襲、世襲22世代にわたる世襲、世襲3=祖父からの世襲(親は議員ではない)、世襲4=おじからの世襲(親は議員ではない))までが、選挙に有利であることを示した結果となっている。世襲5(親が地方議員・首長)と世襲6(配偶者の親が国会議員)は、非世襲議員と比べてとくに選挙に強いわけではなかった。したがって、本書では、世襲1から世襲4までを世襲議員と定義する。

 そして、この定義による世襲議員は、非世襲議員と比べ、第46回衆議院議員総選挙(2012年)において、小選挙区で当選する確率は37%も高かったのである。

 

<所属政党については、世襲議員は圧倒的に自民党に多いことがわかる>

<国会での活動と世襲議員>

・結果は、中央官僚、地方議員、地方公務員・NPO経験者が活発に活動していた。官僚、地方公務員は、現役官僚に負担の大きい主意書を活動手段としてそれほど用いていない一方で、地方議員経験者は大いに活用している。また、次回選挙において、比例で出馬する人は、質問時間・回数が多くなっていることがわかった。

しかし、世襲と非世襲議員の活動量の違いはここでもなかった。結果として、世襲議員は、その再選確率は高く、国会活動に割ける時間が相対的に多いと考えられるにもかかわらず、そうした傾向は観察されなかったと言えよう。

 

・ただ、ひとくくりに世襲議員と言っても、その中には活発に活動をしている者もおり、そうでない者も存在する。当然、世襲議員で活動量が多いのはどのような議員なのか、検討が必要となるだろう。

 その結果、世襲の女性議員のパフォーマンスが高くないこと、そして世襲の官僚出身議員のパフォーマンスが高いことを示していた。また、逆にサンプルを非世襲議員に限定して同様の分析を行った時、女性議員のマイナスは消え、官僚出身者のプラスの効果も消える一方、民間企業経営者出身者の効果はマイナスになる傾向が観察されている。

 

<活動量の多い議員に投票すべきか>

・世襲議員の支配的な現状が維持されることとなれば、「男性中心・官僚中心」といった政治体制が維持されていく可能性がある。そうした政治が今後の日本にとってはたして望ましいものかどうかという観点から、国会議員の世襲についての議論は必要となる。

 

<政治家と世襲>

・政治家となった初代の人の苦労は、大変なものがあるに違いない。それは多くの政治家の証言としても残っている。

 

 子どもにはそういう地を這いずり回るような経験をさせたくないので、強固な地元の後援会組織を作り上げ、子どもはその神輿に乗るだけ、という状況が大なり小なり出来上がることになる。

 

・また、政治資金団体の相続は、基本的に無課税である。世襲議員は、そうした地元の集票組織が問題のある行いをしていても、それに気づかず(あるいは気づいても素知らぬ顔をして)、東京で教育を受け育ち、学校を卒業したのちも富裕な人々に囲まれ、そして地盤を引き継ぎ、優雅に暮らすことになる。そうした暮らしを続けていくうちに、世の経済格差、地方と東京の格差などについて、鈍感になっていく。

 

・さらに世襲議員の存在は、一般の国民が議員となるのを妨げている側面もある。非世襲議員は、一度落選してしまうと、その後の生活が成り立ちにくい。日本の大企業ではとくに、まだまだ雇用の流動性が低く、選挙に出場するのはかなり大きなリスクをともなう。ましてや、世襲議員が存在する選挙区に参入することのコストはかなり大きく、そのコストは完全に腐敗してしまい、回収することも難しいだろう。

 

・「普通」の人が、国民の代表たる議員になることは、非常に困難な状況であると言ってよいだろう。世襲議員の存在感が増すことは、その結果、世襲議員自体の質が問題となるだけでなく、「非」世襲議員の質を低めてしまうことにつながり、こうした弊害の方がむしろ大きいと言わざるを得ない。

 

・世襲の制限を謳った民主党政権の誕生は、こうした状況を変える契機であった。にもかかわらず、その政権運用のまずさや、経済政策や安全保障政策に対する無理解から、国民の信頼を完全に失ってしまった。そのために、世襲の制限といった話題は、国民の一般的な関心から外れてしまっている。

 その結果として、政治への参入障壁の高さは依然として変わらない、あるいはより高くなってしまい、リベラルな意見が反映される機会も大幅に減少することとなった。それが日本へ及ぼす負の影響は、計り知れないものがあると言わざるをえないだろう。

 

 

 

『よい世襲、悪い世襲』

荒 和雄    朝日新聞出版       2009/3/30

 

 

 

<政界の世襲>

<首相は世襲議員でなければなれないの?>

・プロローグでも悪い例として挙げたが、世襲制の中で最近世間に特に注目されている業界が政界である。日本の政治は、世襲政治家、世襲政治一家によって支配されているといっても過言ではない。

 

・麻生太郎首相の祖父は、吉田茂元首相、その前の福田康夫元首相の父は、福田赳夫元首相、そして三代前の安倍晋三元首相の祖父は、岸信介元首相である。このようにみると日本国の首相になるには、これら三人の首相のように祖父あるいは父が首相になった家系に生まれなければ首相になれないという理屈になる。

 

・国の行政の最高責任者の首相が、元首相の家系、さらには内閣を構成する大臣の半数が世襲議員である現状をみれば、現代日本の政治は、表面は近代民主国家ではあるけれども、中身は世襲議員による世襲議員や世襲一族のための世襲政治といわれてもいたしかたない。

これでは、口では「国民の目線で政治を変える」といくら唱えても世間一般の常識から大きくかけ離れ、政治は世襲政治一家の論理や常識がまかり通ってしまうことになる。その上、政治家として出世するには「世襲一家出身であること」が大きなキーポイントになっている。

 

<世襲議員の実態>