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厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった。

 

 

『タックス・イーター』  ――消えていく税金

志賀櫻    岩波新書   2014/12/20

 

 

 

<タックス・イーターとは何者か>

<族議員>

・タックス・イーターは、のちに述べるように「政官業の鉄のトライアングル」を結成している。このトライアングルの中枢は「政」、言い換えれば「族議員」である。

 

・結局「全部で5つある」という意味ではなく、「数ある族の中でも容易ならざる権勢を誇るものが5つある」という意味であろうということで決着がついた。農林族、建設族(道路族)、厚生族、文教族、郵政族、地方族、商工族、その他のうちの5つが「五族」だというわけである。

 

<農林族(農水族)>

・いまではその凋落ぶりに往時のパワーはさすがに見られないが、かつて族議員といえば「農林族(農水族)」は間違いなくその筆頭であった。政治力にまかせて確保した既得権益と農林予算は、まるで分厚い根雪のようであった。いくら削っても底が見えないカネの山に、その権勢には絶大なるものがあった。

 

<建設族(道路族)>

・農林族と勝るとも劣らない典型的な族議員が建設族/道路族であった。往時は、自民党の道路調査会には1年生議員は入れてもらえなかった。道路予算とはそれほど利権と癒着の機会を提供する甘いアメだったのである。農水省が作った高速道路仕様の農業道路と、建設省が作った高速道路が並行して走っていたことは、予算の無駄遣いの典型として何度も新聞紙上に取り上げられた有名な逸話である。田中角栄総理の地元に行くと、県内には実に立派な道路が縦横に走っているのに、県境を越えるやそれが突然途切れてしまう。国道とは言いながら実は「県道」であり、便利であろうとなかろうと、公共事業によって選挙区の土木業者にカネが落ちればそれでよかったのである。

 

<厚生族>

・厚生族、社労族(2001年の省庁再編以後は厚労族)も腕力があった。3K赤字(コメ、国鉄、建保)の一つが建保であった頃のことである。元総理の甥である会長に率いられた日本医師会が絶大な組織力を誇り、厚生予算の政治家対策はじつに厄介であった。いまでも医療費をめぐる厚労族との折衝は容易なものではない。しかも、その族議員と結託した厚労省の官僚が平気で噓をつくことはすでに見た。

 

・岩盤規制は国民生活の多岐にわたる。そのような規制が「岩盤」と呼ばれるほど固いのは、その規制がなくなれば食べていけなくなる人間が多数いるからである。安倍総理のパフォーマンスもあって一時は官僚主導に見えた政治手法も、復活した族議員によってじわじわと足場を切り崩されているところである。

 

<文教族・郵政族>

・文部省(現・文部科学省)を根城とする文教族も強力なことで有名であった。これは元はといえば日教組対策のために形成された議員集団であった。それがいつしか、文部省関係の予算に強い発言権を持つようになっていった。

 

・郵政族が強力であったのは、全国にくまなく張りめぐらされた特定郵便局のネットワークが強力な集票機構となっていたからである。

 

・しかし、IT社会の進展についていけなくなったあたりから郵政省の存在感は徐々に薄れていき、小泉内閣の郵政民営化によって決定的打撃を受け、ついには総務省に統合されて郵政族も根こそぎ駆逐された。

 

<政と官との間合いの難しさ>

・税制があまりにも複雑になり過ぎている面もあるが、つねに勉強を怠らないことが必要である。

 ただし、毎年の税制改正は不要であろう。知恵者の租税回避スキームをつぶす必要があるのでやむをえない面はあるかもしれないが、せいぜい2年に一度でよい。現在のように毎年膨大な量の改正を行っていると、専門家である税理士でさえ勉強が間に合わない。「特別措置、覚えた頃には廃止され」という川柳もあるくらいである。

 

<官僚>

・経済重視の吉田ドクトリンの結果、戦後の希少な資金を配分する権限が大蔵省に集中し、また内務省が解体されたために、大蔵省が霞が関で突出した官庁となる形になった。

 

<事業官庁>

後知恵だが、社会保障制度の破綻の大きな要因は、高度成長期の税の自然増収が永遠に続くかのような錯覚をもって社会保障予算のデザインをおこなったことである。その結果、主要経費のうち「社会保障関係費」は巨額に上り、いまやトップである。ただし、これは一般会計だけの話である。一般会計に現れる社会保障関係費30兆円の支出は、医療や介護を含めた社会保障全体の3割程度にすぎない。

 社会保障予算に関連してとりわけ問題なのは、第2章で述べたように国民年金の破綻であるが、「消えた年金」もこれに劣らず重大な問題であろう。志の高さのかけらもない厚生官僚の杜撰さによって、誰がどれほどの年金保険料を支払ったのかが分からなくなってしまった。しかしながら、隠れて厚生省の役人が国民の積み立てた保険料を無駄な事業(グリーン・ピアなど)に使っていたことを忘れるべきではない。保険金の支払いが遠い将来であるのをよいことに、社会保険庁は無駄な施設の建設やその他の無用な事業に資金を注ぎ込み、みずからの天下り先を作りつづけていった。年金福祉事業団がその筆頭である。厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった。

 

<財投対象機関等>

・さて、ひとしきり公企業について説明してきたわけだが、行政改革の困難のひとつの現れであろうが、よくぞこれほどまでに膨大な数の法人が公的性格をもつと認められ、国費(税金)が投じられてきたものである。問題の所在は明らかだが、一般会計、特会、税制、財投、国債、地方公共団体、公共目的の各種法人は、非常に入り組んだ複合体を構成しており、資金も複雑に流通しているため、これを解きほぐして実像を明らかにすることは容易ではない。

 

<鉄のトライアングル>

<それぞれのメリット>

・国会議員が当選回数を重ねて、選挙区での得票も安定してくると、勉強する時間ができるようになる。そして、所属の委員会や派閥の都合、支援団体の関係から、何らかの専門分野といえるものを持つようになる。そうして知見が増し、専門家となり、政策能力も高くなっていくと、担当官庁との密接な関係づくりに勤しむようになる。このようにして形成されたのが政官業の「鉄のトライアングル」である。おそらくこれは自然発生的に徐々に形成されていったもので、究極の形に完成したのは田中内閣の頃であった。

 鉄のトライアングルは、三角形の頂点にそれぞれメリット(旨み)がある。

 族議員にとって、業界団体は集票機構となり、かつ集金機構となる。1994年の政治改革4法のうちの政治資金規正法以前は、裏ガネで政治資金を集めるのに便利な仕組みであった。集票機構としての価値はいまだに残っている。

 

・官僚にとって、族議員は法律の国会通過、予算の獲得などについて援助が得られるうえに、関連業界は退官後の天下り先の確保に極めて重宝する。天下りは重要な人生設計の一部である。それだけに、特殊法人改革の際の官僚の抵抗は凄まじかった。

 関連業界にとって、予算では補助金、税制では租税優遇措置を獲得するチャンネルであった。また、自らに有利な法規制を導引させる重要なパイプとなった。とくに「参入規制」が重要で、これによって超過利潤を生み出し、利益誘導のメカニズムを維持できる。

 

ここには国民の利益を図るという考えは微塵もなく、族議員にとっては自らの権勢と私利私欲、そして支持者への利益誘導が、各省の官僚にとっては国益よりも省益、さらに言えば局益と自らのキャリアパスが、関連業界にとっては収益が優先していたのである。

 

<アンシャンレジーム>

「鉄のトライアングル」の形成によって、霞が関の官僚群でも頭一つ抜け出していたはずの大蔵省は財政をコントロールする力を失っていった。トライアングルの中核は族議員であるが、族議員を動かしていたのは、結局のところ、各省の官僚であった。各省の官僚は予算獲得が最大の眼目であるから、大蔵省を抑え込むのに族議員を使ったのである。その見返りに自省の天下り先にも必ず一人は大蔵官僚を受け入れるようにしていた。財投機関は財政・税・財投・民間資金のすべてを大蔵省に依存していたから、この受け入れにはメリットがあった。「鉄のトライアングル」はカネの流れにパラレルの構図で展開され、結局、すべての要素が大蔵省から財政コントロール権を奪うことに注力されていたのである。

 

<政治とカネ>

・族議員を中心とする鉄のトライアングルの問題は、究極的には「政治とカネ」の問題に行き着く。

 

・国会議員の政治活動費の問題は地方議員の政務活動費の問題とともに、日本の政治全体にかかわる重大問題でありつづけている。その根底には、日本の多くの政治家にとっての主要な関心事が、政策の立案や実施ではなんく、支持者への利益誘導であり、地位保全のための選挙であることが挙げられる。政治にカネがかかりすぎ、カネをかけすぎなのである。

 

・そもそも日本に小選挙区制が導入されたのは、英国において政治とカネが断ち切られている状況にならい、従来の金権政治の悪弊を正すためであった。筆者が英国に勤務していた頃、かの地の政治状況をつぶさに観察する機会を得た。英国は日本と同じく議院内閣制であり、官僚機構はキャリア・システムである。したがって、英国と日本とは類似性が高い。ただし、英国が日本と違うのは、党と政府が二分されていないことである。与党議員のうち政策能力が高く、党内での発言力も強い人材はすべて政府に引き上げられる。党内に残った議員は員数あわせのバック・ベンチャーでしかない(英国の本会議場では議員の座るベンチは階段状になっており、陣笠議員は後方のベンチに座らせる習いである)。

 

英国の下院はすべて小選挙区制で600あまりの選挙区がある。そのうちの特定の選挙区は、二大政党のどちらか一方が勝利することが絶対的に保障されている。若手議員でとくに能力の高さを認められた者はそういう選挙区を与えられ、早くから特別扱いを受ける。そうして選挙活動に血道を上げる必要がなくなり、将来の閣僚候補として研鑽を積むことができるのである。このようなことであるから、政治家は官僚機構をうまく使いこなせるようになる。官僚の方でも心得ていて、与党と野党が入れ替わることがあっても、そのときどきの政府の政策方針に素直に従う。政権交代がスムーズに進むのはこのためである。

 

・当然ながら、こうした制度を導入したからといって悪弊が一掃されるわけではない。英国の政治も100年以上前には「腐敗政治」と言われた暗黒の時代があった。それを脱して今日があるのは、有権者の政治的叡智のゆえである。したがって、我々自身の叡智を磨かないかぎり、鉄のトライアングルはいつでも存在しつづけるのである。

 

<時代の変わり目に>

・日本経団連に代表される「財界」はいま、オールド・エコノミーの集まりといわれる。かつて日本の高度成長を支えた重厚長大型の企業群である。こうしたオールド・エコノミーは着実に地盤沈下が進行している。円高恐怖症にとらわれ、政府の財政出動が頼みの対症療法に終始し、潜在成長力の伸びを自ら押さえ込んでしまった結果である。かつて政府の保護行政によって農業で起きたことが、いまは製造業で起こっている。しかも近時は、会員企業や団体に「日本再興に向けた政策を進める政党への政治寄付」を呼びかけるなど、およそ時代と逆行するような動きさえ示している。

 

 

 

『政治家は楽な商売じゃない』

平沢勝栄  集英社    2009/10/10

 

 

 

・「政治家は楽でいいな。政治資金の使い方もいい加減でいいんだから」「結構、儲かるんだろうな」などと思っている人もいるのではないだろうか。

 

・しかし、政治家という仕事は決して楽なものではない。11年前、地盤、看板、カバンもないまま衆院選に挑戦し、幸いにも当選させていただいて以来、私は、公務や選挙区での活動に全力で取り組んできた。1年365日、1日も休みなしの状況で今日まできた。

 

・また政治家は決して楽な仕事ではない、もちろん人によって違うだろうが、徒手空拳で政治家の路を選んだ私だからこそ、よくわかることだ。

 

<勝栄流、ドブ板選挙>

・私の場合、365日、それも毎日24時間を選挙活動に充てていると、いっても過言ではない。これは決してオーバーではない、家族サービスなど全くできないと言っていい。

 

・毎日の活動は漕ぐのを止めたら倒れてしまう自転車に似ている。体力勝負である。政治家と言う仕事はもちろん個人差はあるだろうが、決して楽な商売ではないのだ。 

 

<日々是選挙なり>

・政治家にとっては「日々是選挙」だ。したがって、慢心はもちろん、一瞬の油断でさえ政治家には命取になる。

 

・「選挙に勝つための条件は三つある。一つは36歳以下であること、それから、5年から7年、地域を必死で回ること。最後に地元の2流、3流の高校の出身であること」。最後の条件は、一流高校と違いそうした高校の出身者は卒業後の結びつきが極めて強いから、選挙に有利と言う意味らしい。私は、どの条件にもあてはまらない。

 

<ドブ板選挙は体力が勝負>

・選挙区では1年中、なんらかの会合や催し物が開かれている。1月から3月までの新年会だ。私は毎年計5百か所ぐらい出席する。それが終わると卒業式に入学式のシーズンを迎える。

 

・政治家でも二世や三世なら祖父や父親からの地盤があるから私などと違って楽かもしれない。

 

・政治家は勉強も欠かせない。しかし、1日中、走り回っていると勉強する時間がない。

 

・私が基本にしていることは、徹底して「人に会う」ということだ。それが選挙の第一歩だと考えている。地元にいる限り、私の一日は「人と会う」ことから始まる。

 

<国会議員の本分>

・まずは国会議員の本分としての仕事がある。それを最優先でこなし、余った時間で選挙活動にも励んでいるのだ。

 

<個人の後援会>

・政治家にとって後援会と言うのは、膨大な時間と労力をかけて作り上げるもので、いわば政治家の命綱だ。二世、三世議員は祖父や父親の後援会をそのまま譲り受けることからきわめて楽な選挙となるが、私にはその基盤となる後援会が全くなかった。

 

・現在私の後援会員は約6万人を数える。この後援会が今日の私のドブ板選挙を支える基礎となっている。

 

<政治家とカネ>

・国会議員は普通に活動するとどうしてもカネがかかる。仕事をやればやるほどカネがかかるともいえる。

 

・普通に議員活動をしておれば、月にどうしても56百万円はかかる。先に述べた議員年収などでは、とてもまともな活動はできないのが現状だ。歳費と期末手当だけではとても政治活動費は賄えないし、政党からの助成金でもまったく足りない。支援者からの支援がなければ、政治家として十分な活動ができない現実がある。だから、パーティーは多くの議員にとって不可欠とも言える。

 

・夏はもちろん、盆踊りや花火大会などのシーズンである。このうち盆踊りや夏祭りは町会、自治会単位で開催され、約3百ヶ所に顔を出す。

 

・もちろん、こうした行事のほかにも冠婚葬祭や祝賀会、記念式典などが一年中、目白押しだ。

 

<拉致は防げた>

・拉致は防ぐことができた。私は、今でもそう思っているし、警察にいた者の一人として、この点については返す返すも残念でならない。実は私が警察に在職していたときから、北朝鮮による拉致事件が起こっているのではないか、と関係者は疑いを抱いていた。

 

・実際に実力行使で不審船をストップさせたのは200112月の奄美大島沖事件が初めてであった。

 

<拉致問題は時間との戦い>

・私の師でもある後藤田正晴さんは生前、政府の対北朝鮮外交の進め方に介入する関係者の言動に強い不快感を示しておられた。私は、リスクを覚悟しながら行動する政治家は、リスクを取らずして非難だけする人など何も恐れる必要はないと考えている。この言葉を後藤田さんが存命中に常に言っておられたことである。

 

10人帰って来ると、あと10人はいるのではないか。その10人が帰国すれば、あと30人はいるのではないかとなるのは当然であり、自明の理だ。

 

・日本の警察に届けられている行方不明者や家出人の数は8万人から9万人に達する。この中に「もしかすれば、うちの子供も拉致されたのでは」と思う人が大勢出て来るだろうし、相手がいままで平気で嘘をついてきた北朝鮮だけに、先方の説明をそのまま信じることはできない。要するにこの話は今の金正日体制の下ではエンドレスに続く可能性がある。

 

・すると北朝鮮側は、「拉致事件は、日本と北朝鮮が戦争状態の時に起きたことだ。戦争時に末端の兵士が行った行為を罰するわけにはいかない」と答えた。だとすると拉致事件の最高責任者は誰かと言えば、間違いなく金正日だ。北朝鮮は、ならず者であれ何であれ、曲がりなりにも国家である。そのトップを引き渡すということは、武力行使か金体制の崩壊しかあり得ないのではないか。

 

<日朝交渉の行詰まり>

・小泉さんが訪朝時、食事どころか水にも手を付けなかったからだそうだ。アメリカのオルブライト国務長官は2000年の訪朝時に、北朝鮮の水などを口にしたそうだが、小泉さんは二度の訪朝のいずれもでも水さえ口にしなかった。

 

・私は、小泉さんは立派だと思う。北朝鮮の水に何が入っているかわからないし、そもそも水といえども飲む気にはなれなかったのだろう。しかし、北朝鮮にいわせると「自分の国に来て水一滴も飲まないで帰るとは失礼だ」ということになるようだ。だから私は、小泉さんの三度目の訪朝はないと思う。

 

 

 

『拉致問題』   対北朝鮮外交のあり方を問う

平沢 勝栄  PHP   2004/10/6

 

 

 

<拉致問題は防ぐことができた>

・日本と言う国がまともな普通の国家であれば、拉致問題は間違いなく防ぐことができた。被害者を救出することもできた。

 

・衆院の予算委員会で「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と、当時の梶山静六国家公安委員長が答弁したのが、1988年だ。しかし、その後も救出のために何ら動くこともなく、今日まで被害者を苦しめてきた。そして今もなお苦しめている。

 

繰り返すが、拉致は防ぐことができた。救出することもできた。にもかかわらず、日本は国家として何もしていなかったのである。

 

そして、北朝鮮の工作船を日本は見つけている。北朝鮮の不審な船が日本海を徘徊しているのを日本の当局は、何回となく見つけているのだ。一番初めに北朝鮮の不審船を見つけたのは海上保安庁の記録では1963年となっている。

 

・それまで海上保安庁が発表しているだけでも、1963年からあの銃撃戦までの間、日本海で21回も北朝鮮の不審船を見つけている。そして、2001年の銃撃戦まではいずれも「追跡するも逃走」とある。拉致の中で日本国内で拉致された事件は1972年から1983年の間に集中している。横田めぐみさんが拉致されたのも1977年である。つまり、横田めぐみさんが拉致されるはるか前の1963年に日本海で北朝鮮の不審船を見つけ、以来何度となく、追跡しているのだ。

 

・逃げる相手を拱手傍観して取り逃がすバカな国が世界のどこにあるのか。これを日本は戦後ずっと続けてきたのである。21件と言うのは、あくまで海上保安庁が確認した数字であって実際にはこの数倍、出没していたことは間違いない。

 

・もし日本が2001年の12月の銃撃戦までの40年近くの間、ただ手をこまねいているだけでなく、厳しい実力行使の対応をとっていれば、拉致事件と言うのは起こらなかったのかもしれない。

 

・北朝鮮の工作員からすれば、日本は出入り自由でどんなにドジな工作員でも捕まることはないが、逆に韓国に出入りするのは命懸けだということだろう。

 

・日本はそこまで見くびられていたのだ。日本は戦後、本当の意味で国家と言えたのだろうか。

 

・中東にレバノンという人口3百万人の国がある。あの国も北朝鮮に自国民4人を拉致された。

 

・レバノンで若い女性4人が北朝鮮工作員によって拉致されたのは1978年8月、横田めぐみさんが拉致された翌年のことだ。

 

・レバノンは、ただちに関係者に救出を働きかけた結果、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の副議長が金日成に直談判した。

 

197911月に残りの2人の救出に成功した。

 

・こうしてみると中東の人口3百万人のレバノンの方が、国家としては日本よりもよっぽどまともと言えるのではないかと思う。

 

・日本の政治家やマスコミ人、そして、日教組などのなかに北朝鮮を礼賛している人たちがたくさんいたし、日本社会の中で北朝鮮批判はタブーになっていたんです。そして、北朝鮮を盲目的に礼賛していた政治家の責任は大きいですね。

 

 

 

『日本よい国構想』 豊かで、楽しく、力強い日本を!

山田宏  WAC   2010/4/28

 

 

 

<「公正な市場」こそが自由の礎>

・「自由な社会」であるためには「選べる自由(競争)」も重要です。複雑化した現代社会では、社会の善し悪しの判断は公正な市場が行うしかありません。「選べる自由」があるからこそ、それに応えるべく「よいものをつくろう」という競争が生まれ、その結果、商品やサービスの質が上がり、社会全体が豊かになり、イノベーションも活発になり、それぞれに私有財産が蓄積されていきます。

 

・お客が「選べる」こと、まずそのことが大切なのです。料理の味の善し悪しを決めるのは「客」であって、「シェフ」や「賞」ではありません。

 

・この逆のあり方は、計画経済だった、かっての社会主義国でしょう。簡単に言えば、物やサービスの善し悪しを「役人」が決める社会です。

 

・物やサービスの善し悪しを「役人」が決めるのは、社会主義国だけの話ではありません。私たちの社会でも「市場原理主義が格差社会を生む」などという論理で、「役人」による規制が強められることは、往々にして見られることです。これは十分に注意が必要です。

 

・「市場原理主義」などのレッテル貼りで「市場」のもつ重要な価値を全否定してはなりません。

 

・批判の矛先は「儲ければ全て善」だとうそぶいて社会への尊敬と感謝を忘れた拝金主義者たちに対して厳しく向けられるべきであって、「市場」そのものを否定するのは間違いです。

 

・「公正な市場」こそが、お金持ちも貧しい人も、全ての人々を平等に扱う唯一の仕組みであり、なおかつ社会の腐敗を抑止する浄化装置でもあることを忘れてはなりません。私たちの知恵と努力は「いかに規制するか」ではなく、「いかに『公正な市場』をつくりだすか」「そして、それを私たち自身の力で密かに維持していくとか」ということに向けられるべきです。

 

・さらにいうならば、国が高い税金を課して国民の知恵と汗で得た財産を集めることも、決して是としてはいけません。なぜなら、「自分のお金は大事にして使い、人のお金は無駄に使われる」のが、残念ながら人の世の常であり、そして、「人のお金」の最もたるものが、税金だからです。

 

・税金をなるべく安くし、財産をなるべく稼いだ人の手元に多く残すようにして、その人の自由は選択によって使われるようにしたほうが、じつは同じお金が社会により有効に使われるのです。減税こそ、社会にとって善であり、減税こそ最大の規制緩和でもあります。

 

<「道州制」で新しい国のかたちをー「創意と責任」住みやすい国に>

・これまで中央政府で決めて実行してきた仕事をできるかぎり地方に委ねることが大切になります。そして、中央政府には国として一体的に進めなければならない仕事、たとえば、外交、防衛、司法、国家としての教育政策、通貨政策などを指し、その他たとえば、農林水産、国土交通、経済産業といった省庁の仕事は、基本的にすべて地方の仕事とするのです。

 

・その受け皿となる地方の単位は、やはりいまの都道府県では狭く、都道府県をブロック単位でまとめて「道州制」にすべきでしょう。このような道州制は、外交権などはありませんが、いわば「一国のように」経営されていく必要があります。最も重要な権限の移譲は、国の徴税権の移譲です。自らの責任で税を定めていけることこそが、道州制の独立経営の最大の基礎です。

 

<ホームページから、ビジョン「山田宏が目指す日本」>

<小さな政府をつくる>

・貧しい時代は少ない富を集めて地方に分配する中央集権的な国家運営が有効な場合が多い。ところが国が豊かになると、中央政府をできるだけ小さくして地方分権を進めた道州制による統治機構が力を発揮する。

 

 

 

『七人の政治家の七つの大罪』  

平沼赳夫  講談社  2009/4/10

 

 

 

<七人の政治家の七つの大罪とは>

第一の大罪 小泉純一郎の「郵政民営化」

 

第二の大罪 竹中平蔵の「市場原理主義」

 

第三の大罪 安倍晋三の「お友達内閣」

 

第四の大罪 福田康夫の「無気力」

 

第五の大罪 小沢一郎の「変節」

 

第六の大罪 麻生太郎の「パフォーマンス」

 

第七の大罪 平沼赳夫の「無力」

 

・連続9回の当選は、私の信念と生き方に共鳴していただいた有権者の皆様のおかげとしか言いようがない。

 

1、人間性を重んじ、調和のある人間社会の実現をはかる

 

1、自由を守り、平和で豊かな社会環境の実現をはかる

 

1、我が国の伝統文化を守り、自主憲法の制定を期す

 

1、政治屋でない、真の政治家として邁進します

 

<落選議員の苦しみ>

・私が落選した議員の復党を第一に話したのは、彼らの苦しみが手に取るように分かるからだ。というのも私は、初当選までに二度の落選を味わっている。

 

・供託金没収という惨めな敗北である。お金も地盤もなく、生活は苦しかった。家内は岡山市内に借りたアパートの電気料金を気にして、部屋の電気をこまめに消すために部屋を歩きまわるなどして節約に励んでいたものだ。選挙運動にはお金が必要だが、選挙運動をやっていては稼ぐことができない。その悪循環だった。電話が止められたこともある。

 

・今は亡き中川一郎先生にも大いに助けてもらった。

 

・そして筆頭秘書だった鈴木宗男氏を呼び、「今日から平沼君を秘書扱いにする」と言って、私の政治団体の口座に毎月20万円を振り込んでくれることになったのだ。当選するまで一度も欠けることなく、振り込まれたこのお金が当時の私にとっては大事な収入であり、正直なことを言えば、毎月20日の振り込み日が待ち遠しかった。それほど、生活が困窮していたのだ。

 

・そういった経験があるから、復党問題に際して私が第一に考えたのが、落選議員たちの扱いだった。

 

<食料自給率アップで雇用問題解決>

・平成ニューディール政策では、二つの形で農業を推進させていく。一つは、品質の高い、ワン&オンリーの農産品を作ることである。

 

・もう一つの農業推進策は減反政策や農家の高齢化で使われなくなった田畑で大規模かつ生産効率のいい農業を行うことである。いうまでもなく、日本は技術の国だ。今や「野菜工場」が現実のものとなり、ビルの中で2毛作どころか「24毛作」まで可能になっているという。

 

・ワン&オンリーの高級農産物と生産効率のいい大規模農業、この2本立てで日本の食料自給率は必ず上がる。同時に農業に従事する人が増えれば、雇用の 問題も解決に近づくことになるのだ。

 

<有償ボランティア、パート公務員の拡充>

・日本に夢と希望を抱かせ、低力を引き出すーそれが政治家の最大の使命だ。

 

 

 

『ある凡人の告白』   軌跡と証言

塩川正十郎   藤原書店  2009/6/30

 

 

 

21世紀に移行して政治家は、20世紀の力の政治、物質支配の政治から目覚めて、人類の共通の目標は何かを確認し自責を負担すべきときにきた>

・私は、1967年衆議院に初当選した。当時の衆議院選挙は中選挙区制で、日本人の政治訓練によくマッチした制度であったので、いわゆる政治家が多かった。したがって、議員は政治の実績を積み上げることで自己のプレゼンスとし、政治実績に満足する人が多かった。

 

・最近、小選挙区制に変更されてからは、政治家は、極端にポピュリズム(大衆迎合主義)化し、国家民族の公共性を中心した政治活動よりも当選を先行するサラリーマン化し政治屋になってきた。能臣も姦雄も存在しなくなった。

 

<福田派に入り政治家修業>

・寛大な雰囲気があった岸先生とはだいぶ違う。でも福田先生は、非常に面倒見のよい人でしたね。こんなことがありました。「君はカネどなんしよるんだ。そういう政治家もおるからね」と、後で思うと田中角栄のこと言っているんですよ。それで、「岩清水のように湧きでてくる水を使え。後援会を作ってカネ出してもらって、それを政治資金に使え」と教えてくれたんです。

 

・岸先生、福田先生の尽力もあって、大阪の経済界を中心に政治資金を集める後援会ができあがったおかげで、カネがらみのスキャンダルはなかったし、政治資金パーティーを開いたことがないんです。

 

<野党で知った官僚の本質>

・勉強になったこともあったね。官僚の本質が見えたこと。官僚の持つ冷酷さ、秘密主義、省益第一主義とかが分かった。政権復帰後、橋本行革や小泉改革に取り組んだのも野党時代の経験があったからですよ。

 

・何より大きかったのは、みんなが「これは絶対に与党に戻らなきゃダメだ」と思ったことじゃないかな。

 

・実は、家内は政治家になるのに反対だった。30年前の衆院選初出馬を決める際には、離婚騒動にまでなったんです。

 

・僕は重複立候補せず、小選挙区単位で立候補したんです。ところが、皆、「塩川は大丈夫やろう」と手を抜きよった。総務会長の僕は全国遊説で選挙区に帰ってなかった。そこにすき間ができたんですね。まさかの落選です。その当時75歳。もう年とっているし、これで政治やめようかと思ったんです。

 

<民主政治は形だけのものか>

・国民の意識には依然として「官に従順すれば得である」とか、「官に反抗し、あるいは非難をすれば、仕返しが来て損をする。したがって、お役人に任せればよい」と観念しているところがある。いわゆる官尊民卑の政治風土が根付いているんですね。それが実体となって官僚国家が形成され民主主義の先進国と比べて、高度な官僚主義国家になってしまっているのです。

 

<政策も地方行政も中央官僚の絵に誘導される>

・優秀な官僚が行政を処理することは望ましいことであり、私もこれに賛意を表しているのだが、現実には政治の動機が官僚的発想だから法律的、合理的判断が先行する規則国家になってしまっている。

 

・したがって、地方自治体は自治とはいえ完全な中央省庁の下受け機関に過ぎ

 

ません。独創性を発揮することも不可能だし地方の個性を実現した業務を行うことも困難になっています。

 

<官尊民卑の悪弊で改革しなければならないこと>

・我が国の現況はいわゆる先進民主主義国の中では珍しいほどの官僚主義国家であります。官僚中心の政治では世間の空気が閉塞状態になる。経済や社会から活気が喪失されてしまいます。

 

<国家経営担当官と事務官を分離する>

・民間資金やPFI方式の活用など「民」主導の対策で不況脱却を

 

・労働分配率の見直しを

 

 

 

『民主の敵』 政権交代に大義あり

野田佳彦  新潮社   2009/7/20

 

 

 

<世襲はやはりおかしい>

・国会議員の世襲を禁止するという話が出ると、憲法で保障された職業選択の自由に反するという反論が必ず出ます。確かに建前としてはそうかもしれません。しかし、現実にはアンフェア、圧倒的な機会の不平等をもっているのです。

 

・実際問題、地盤と看板さえあれば、一番作るのが、簡単なのが、カバンです。自分を支えてくれる支援者の強固な組織、選挙区の誰もが、顔と名前がわかるほどの知名度、この二つは一朝一夕には作れません。

 

・現在、衆議院議員480人のうち、世襲は約3割。自民党だけに限れば4割以上です。

 

・しかも、二世どころか、三世、四世の時代になっています。小泉さんの息子さんは四世です。これはもう家業です。歌舞伎役者ではないのです。

 

・ごくまれに父親以上にすごい息子が生まれることはあるでしょうから、二世ぐらいはしかたがないかな、とは思います。しかし、三世、四世ともなると私は、弊害のほうが大きいと思います。

 

・最終的に決めるのは一票を投じる有権者の志向によって決まるわけですが、有為の人材が世襲という壁に阻まれることなく国政に参画できる状態を整えておくことこそ、日本の将来を考える政治家のするべき仕事です。

 

・人材の供給ルートが固定化するというのは、長期的に見たら弊害のほうが大きいはずです。

 

 <新日本創成論>

 <師・幸之助さんの願い>

・私の師である松下幸之助さんは、1976年に「新国土創成論」を唱えました。日本の一番のボトルネック、諸悪の根源は、狭い国土だということで、山を削って、その土砂を海に埋めて、国土を広げていくというものです。環境に配慮しながら、基本計画を25年かけて制定し、そのあと200年くらいかけて、実現するという大構想でした。私は、そのバージョンアップをやりたいと思っています。「新日本創成論」です。

 

・幸之助さんはそういう問題を気にされていました。1976年からずいぶん時間が経ってしまいましたが、私は、新しいフロンティアを探すつもりです。

 

・狭い国土はある程度仕方がないとして、宇宙と海とハブ化で立体的な発展の方向を考えると日本はもっと魅力ある国になるはずです。

 

・繰り返しますが、社会主義的な統制経済が失敗だったことは、20世紀に証明されました。21世紀初頭を席巻したマーケット原理主義も、やはり駄目だということがわかってきました。だからこそ、重要なのはその中間、中庸です。政府はなんでも民間まかせにするのではなく、公が求められる部分はきちんと責任を持ってやらなければなりません、

 

 

 

『なぜいま安倍晋三なのか』

山本一太  リヨン社  2006/8/10

 

 

 

<官僚に評判のいい政治家なんて>

・「新しい政治文化」というのは何も政治とカネの関係に限ったことではありません。これまでの政治と官僚の関係を見直す、すなわち、旧来の政官の文化を変えるという視点も重要です。

 

・その政策判断がもたらした結果については、当然、政治家が最終責任を負います。

 ところが、日本ではこれまで政治家と官僚の間に貫かれているはずの原理原則が、実際には「絵に描いた餅」になっていました。官僚を縦横無尽に駆使するはずの政治家が中央省庁の応援団にされ、逆に官僚に使われるという「主客転倒」の姿になっていったのです。

 

・たとえば、私が、力を注いできた外交、安全保障の分野をとってみても、外交政策決定のプロセスは実質的に外務官僚が独占してきました。これは官僚が悪いというより、政治家の罪だと思います。官僚をコントロールするだけの力量が政治家のサイドになかったということに他ならないからです。

 

・私は、「官僚に評判のいい政治家」をあまり信用しないようにしています。特に外務省に好かれている政治家は要注意です、それは外務省の世界観や常識の枠にとどまっていることを意味するからです。

 

<いままでの政治政策決定プロセスはぶっ壊せ>

・官僚主導の政策決定プロセスは、この国で過去50年間にわたって続いてきました。このシステムを変えるというのは、決して容易な作業ではありません。政治を官僚の手から取り返す試みは、党と政府の内部で同時並行的に進められています。党においては個々の政治家が族議員として特定の省庁の省益のために行動する「持ちつ持たれつの構造」を打破すること。

 

<官僚の「天下り文化」が崩壊しつつある>

・「政治家というものは選挙があるから、短期的なことしか考えられない。長期的なビジョンでものを考えられるのは官僚しかない」

 

・私は、官僚主導の政策決定と言う構図は変えなければならないと感じていますが、「何でもかんでも官僚叩きをすればよい」という最近の風潮には違和感を感じます。官僚組織のモラルを一気に低下させることは、国益上、得策ではないと考えているからです。

 

・日本が議員内閣制をとっている限り、大統領制をとる米国のように「議員立法」が法案の主流になることは考えにくい気がします。英国と同様、政府提案の「閣法」が今後とも法案の中心を為すとすれば、立法の過程における官僚の役割は引き続き重要となります。実際に成立した法律が機能するかどうかは、法律学者には判断できないからだ。

 さらに付け加えるなら、現段階で官僚組織を代替するようなシンクタンクは育っていません。

 

・安倍さんが党改革本部長として号令をかけた自民党のシンクタンク構想は極めて重要である。

 

私は、マイナーリーグ(参議院)の、大した肩書も持たない「ちび議員」です。が、政治家として自分がやったことに責任を取る覚悟だけは持っています。いつ議員バッジを外してもいいという気持ちで政治活動をやってきました。

 

<新しい政治文化と古い政治文化の衝突>

政界でのキャリアが長ければ長いほど、「古い政治活動の慣習」に染まってしまうのはある意味当然かもしれません。その証拠に「政治とカネの問題にメスを入れるべきだ」と主張するベテラン議員には、ただの1人も会ったことがありません。

 

理由はいたって簡単です。現在の法律をそのまま厳格に適用すれば、「私の政治活動にグレーゾーンはない。政治資金や選挙活動に関する全てのルールを100%守っている」などと言える国会議員は、ほとんど存在しないからです。少なくとも私が、知る限り、そういう政治家に会ったことはありません。

 

・私は、父親(故山本富雄参議院議員)の地盤を継いで当選した、いわゆる「世襲議員」です。地盤や看板と言う点では、亡父から貴重な「無形の財産」を受け継ぎました。このことには感謝しています。

 

 しかし、同時に「古い政治文化の尻尾」という負の遺産も引き受けることになったのです。この10年間は、亡父の残した、無形の財産を生かそうと努力しつつ、古い政治文化の尻尾を切り取るための戦いでした。

 

・「おかしい」と思っていることが、なかなか変えられず、「自分には国会議員の資格があるのだろうか」「このまま政治家を続けていいのだろうか」と真剣に悩んだことも、一度や二度ではありません。

 

・他の政治家を比較しても何の意味もありませんが、自民党の国会議員の中では「クリーン度」というジャンルで上位5%に入っていると自負しています。

 

 

 

「僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換」

ニルス・プラネル     草思社

 

 

 

 <一進一退>

 <命に値する秘密―2002年10月25日>

 <石井紘基 暗殺事件>

・その日、石井紘基は、いつものように注意しながら迎えの車に向かった。そこへ男が一人現われ、石井さんのほうに走ってくるなり、胸に包丁を突き立てた。男はすぐに逃げた。石井さんは窓から見送っていたロシア人の奥さんの目の前で、崩れ落ちた。奥さんは、悲鳴をあげ、警察と救急に通報した。だがもう遅かった。翌日、右翼の伊藤白水と名乗る男が警察に自首した。こうして石井さんは秘密を抱えたまま61歳で逝ってしまった。恐ろしい秘密とともに葬られたのだ。

 

・政治家の暗殺は日本では久しく見られなかったことだ。石井紘基はただの人ではない。民主党の衆議院議員で『利権列島』、『官僚天国・日本破産』などの著書があり、不正追及の急先鋒として知られ、政界・官界・財界の癒着関係について独自の調査をすすめていた。

 

・犯人の伊藤白水というのも実は情報屋の一人だった。つまり石井さんは、建設王国と化し、あきれかえるような公共事業政策で国を破産させようとしている日本の国家体制そのものに正面から挑んでいたのだ。当然のことながら政界にも多くの敵をつくっていた。

 

・事件の少し前から石井さんは大ネタをつかんだと言っていたそうだ。日本の建設業界は暴力団ともつながっている。となればヤクザが、そしてその裏で政治家が何らかの秘密暴露を心配したということも考えられなくはない。少なくとも、その方向で捜査を進めるのが当然だろう。ところが、警察は単独犯行だという伊藤の自白で満足してしまう。その逆を示す細かい事実があったにもかかわらず、それ以上の追及をしなかった。警察は誠意を見せず、そればかりか奇妙なことが起こる。石井さんのカバンが、家族のもとに戻されてきたら、日記や書類がなくなっていたのだ。また国会内の事務所からも一部の書類が消えていた。

 

・一人の議員が殺されたことにたいして、国会は、石井さんが所属していた民主党も含め、一様に困惑の沈黙をもって答えただけだった。

 

・石井さんは何を知っていたのだろう?知りすぎてしまったのだろうか。日本では政治上の秘密は、人の命よりも重いらしい。

だが、少なくとも一人、涙に暮れた作家がいたことをぼくは知っている。

 

 <開国時の見事な外交力はどこへ?>

・この鼎談でも、猪瀬さんは持論にもとづき、外務省も改革が必要だと訴えている。実際、この年から翌年にかけて外交官の贅沢な暮らしぶりや機密費乱用などのスキャンダルが次々と明るみに出て、外務省の威信は地に墜ちていく、スキャンダル自体は日本では日常茶飯事なので、驚くにはあたらないが、これによって外務省が相当な痛手をうけたことは否めない。

 

・鼎談の帰り道、猪瀬さんが日本には対外政策がないという話をしてくれた。そのなかで、1983年に発表した太平洋戦争に関する著書『昭和16年夏の敗戦』の内容もざっとおさらいしてくれた。昭和16年というのは1941年のことで、この年日本の若き逸材が集められ、ある研究チームが発足した。このチームは皇国が総力戦に打って出た場合いったいどうなるかというシュミュレーションを行うことになる。

 

彼らが1941年8月に出した結論は、物量において劣勢な日本に勝機はない、総力戦に打って出るのは、愚の骨頂であるという明確なものだった。

つまり、戦争には勝てないとわかっていたのだ。ところが、この結論が日の目を見ることはなく、東條英樹陸相(この直後首相に就任し、やがて参謀総長ともなる)はこの研究していたメンバーに口外を禁じ、公にはこれを無視し、1941年12月の開戦に踏み切る。そして、国粋的で粗暴で人種偏見に満ちた軍部の思想が日本を支配し、血に飢えた暴走が始まる。

 

・猪瀬さんはこの本の取材を通じて、政府が事実を国民に隠すようになったら、どんな暴挙も可能になると云う事実を改めて思い知り、それを心に刻んだ。だからこそ、情報公開を求めて一歩も引かない戦いを続けている。

 

・この日、猪瀬さんは日本外交が長い間、苦しんできた非力について嘆いた。このままではいられない。日本は新たに強い外交を望んでいるのだ、と。

 

 

 

『日本経済 今度こそオオカミはやってくる』

負けないビジネスモデルを打ちたてよ

竹中平蔵  冨山和彦  PHP研究所  2011/9/13

 

 

 

<批判することではなく、結果を出すこと>

・共通して経験したのは、経済と経営の基本原則に則って正しいことをやろうとすると、必ず既得権を持つグループが執拗に反対運動を展開することです。それを、無知で無責任なメディアがサポートします。その結果、日本の経済と産業は疲弊し、そこに大災害が重なって「今度こそオオカミはやってくる」という状況に至ったのです。

 

<日本とシリコンバレーでは、社会背景も文化土壌もまったく異なる>

・学生の時とビジネスマンになる間のちょうどブリッジの部分を鍛える仕組みが必要です。社会人になった新人を数年かけて鍛え上げ、仕事をこなせるようにもっていくような人材育成のやり方を、社会全体の力で改める必要があるのです。

 

<政策の経験がない民間人には政策立案はできない>

・現在、国家レベルの政策作りができる人材を育てられるのは、霞が関の中央官庁だけです。ところが、官僚が霞が関に長くいると、所属する各省庁の利害関係にがんじがらめになります。

 

・たしかに日本にもシンクタンクがあります。特に金融系のシンクタンクや経済団体がさまざまな提言をだしていますが、それを実現させるにはどうしても無理がある。なぜなら、彼らは政策をつくったことがないからです。経営をやったことがない人が、外から評論するのと同じです。

 

・一度でも政策立案にかかわった人ならわかりますが、政策立案は、非常に細かな法律的手続きの積み重ねによってなされるものです。もっともな題目だけ並べるだけでは、実現可能性はゼロなのです。霞が関の官僚たちは、外部からの政策提言なんて、気にもとめていないと思います。

 

・ビジネスパーソンに、「役人や政治家を連れてきて、会社の経営ができると思いますか?」と聞けば、たいていの人は「無理」と答えるはずです。同じように、民間の人を霞が関に連れてきても、いきなり政策をつくれるわけがありません。

 

<役所は民間と違う複雑なゲームを展開している>

・官僚の世界は官僚の世界で、経済人とはまったく違うタイプの複雑なゲームをやっているわけです。そもそも種目が違うから、民間の発想をそのまま官僚の世界に取り込むことはできません。

 

<株主総会が年間二百日開かれるのと同じ>

・民間と行政ではルールがまったく違うわけです。

 

・政府にとって、株主総会に当たるものは何かというと、国会です。国会は年間二百日程度開かれています。「株主総会が200回開かれている会社だと思え」と私はよく言っています。簡単に改革ができるわけがないのです。

 

<法律と予算を変えることの大変さ>

・企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほどたいへんか、わかっていない人が多すぎます。

 

・すると、「そんな面倒くさいことをやっているからダメなんだ。仕組みを変えればいいじゃないか」と反論する人がいるかもしれませんが、日本は民主主義の国だから、そこはそう簡単には変えられない。良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

・政府といっても法律事項、予算事項は授権されないので、毎回国会の承認をもらわなければいけません。企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほど大変か、わかっていない人が多すぎます。

 

・良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

 

<法案作成から成立までの手続きが複雑>

・このように、政策立案は大変だからこそ、そのノウハウをずっと持ち続けてきた官僚が結局強いわけです。民間が何を言おうと、官僚組織に歯が立たない。こういう状況を打ち破るために何が必要かというと、人が交流することです。それがいちばん早い。

 

<独自の隠語を駆使して政策プロセスを牛耳る>

・霞が関の官僚が外部の人間を簡単に寄せつけないのは、政策プロセスの複雑さもさることながら、彼らにしかわからないジャーゴン、専門用語を多用することにも原因があります。

 

・ジャーゴンがあるということは、日本の政策プロセスはごく一部の人間に牛耳られているということです。政治家と官僚だけ。民間人は入っていく余地が少ないということです。

 

<私益、公益、組織益の三つの円の重なりを大きくする>

・役人たちは、天下りまで含めた終身雇用制度の中に完全に組み込まれています。今の時代、彼らが、国民の利益の最大化ではなく、組織の利害の最大化という潜在的な欲求を持ってしまうのは、そのせいでもあります。

 

<天下り制限撤廃とキャリア制度廃止で人材を流動化>

・むしろ、天下りというか、民間企業に行くことに対する制限を撤廃すべきです。いつでもやめられるという状況になれば、いつでも入っていける。官から民へ、民から官へ。人の移動が活発になれば、政治家と役人だけが政策プロセスを牛耳ることができなくなります。

 

・さらに、論功行賞にして、キャリア制度を廃止しなければいけません。

 

<日本のベスト&ブライテストを集結する>

・政策立案というのは知的な仕事であることは間違いありません。もっと自由にひとが出入りするようなオープンなコミュニティを築き、そこに日本のベスト&ブライテストを集めて、その人たちが政策立案する状況をつくらなければならないのです。

 

・民間には民間の厳しさ、難しさがあります。政府には政府の難しさがある。その両方を真剣勝負で経験し、二つの世界の違いと共通点、それぞれの長所、短所を体感的に理解している人材を、急がば回れでつくっていく努力をすべきなのです。

 

<それを実現するには憲法改正が必要です>

・政策立案を専門的に行っているのは官僚ですが、先に述べたように彼らはけっして高学歴集団ではありません。一方、民間のシンクタンクにいる「政策評論家」は、実際に政策をつくったことがない人が大半です。国会審議のことも何もわかっていない人の話をいくら聞いても無駄なのです。

 

<政治の混乱は国民の混乱の反映にすぎない>

・日本は民主主義国家です。主権は国民にあります。政治家の悪口をいろいろ言うけれども、選んだ自分たちの責任でもあるのです。要するに、自分たちの悪口を言っていることにもなるわけです。

 

・現在の混乱を生み出したのも、厳しい見方をすれば、自分たち国民がそういう選び方をしたからです。政治が混乱しているとすれば、それはわれわれ自身が混乱していることの反映にすぎません。選ぶ側にキズがあれば、選ばれた政治家にはもっとはっきりとしたキズが表れます。

 

 

 

『生涯現役の知的生活術』

  渡辺昇一      育鵬社   2012/10/11

 

 

 

<松下幸之助の知的生活術―人に尋ねて、成長を続ける   江口克彦>

 <「わしはなぁ、百六歳まで生きるつもりや」>

・私は、松下幸之助のもとで23年間仕事をしたが、その間の15年間ほどは、ほとんど休みはなかった。土日はもちろんのこと夏休みも年末休みもなかった。

 

 <前を向き、明日を考え続ける>

・人間、7080歳になると、もう、あと何年ぐらいということを考えるようになる。あと数年、あと23年ぐらいかという考えに陥るのが、普通であろう。そうなると、勢い、日々を過ごす過ごし方も、あるいは暮らし方も、いや、それだけではない、考え方も取り組み方も、どうしても消極的になってしまう。

 

・実際、松下は85歳で政治家を養成するための松下政経塾を開塾し、84歳、85歳に中国に、86歳にはアメリカに出かけている。まさに次から次へとやりたいことに取り組んだ。いつも明日を見ていた。いつも後ろを見ることはなかった。明日何をやろう。明後日は何に取り組もうかと考える。それが松下幸之助を最後まで、そう、94歳と5ヵ月の人生を最期まで呆けることなく、息を引き取るその一瞬まで「自分」を堅持し続けさせた。

 

 <知的生活の極意、「人の話を素直に聞く」>

・ところで、人に話をするより人の話をよく聞け、といわれる。それが証拠に、口はひとつだけれど、耳は二つある、などという言葉はたびたび聞かされる。

 

・どうしても自分の話をし、時には相手に押し付けるなどということもある。しかし、松下幸之助という人は、それがなかった。つねに人の話に熱心に耳を傾けた。それどころか、積極的にものを尋ね、好んで人の話を聞く人であった。

 

<まず人に聞く、人に尋ねる。それが松下幸之助であった>

・興味深いことは、どんな答えをしても否定されることはなかった。松下への批判も、「なるほど」と聞くほどであった。だから、誰もが競うように松下に話を持ってきた。

 

松下は、ほとんど学校教育を受けていない。小学校4年中退、しかも話によると、2年生のとき、体調がすぐれず、ほとんど学校に行っていないと言っていたから、実質2年半しか学校で勉強していないことになる。だから、ほとんど知識らしい知識は得ていない。

  にも拘らず、十万人を超える社員の中で、もっとも多くの情報を得て、もっとも適確な判断ができたのは、こうした「人の話を聞く」「人にものを尋ねる」「話すより聞く」というその姿にあるのではないかと思う。

 

・松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」こと、それだけではなく、「身を乗り出して聞く」「人の話を素直に聞く」、そういうことによって、知識のない松下が、誰にも劣らない知識の豊富さ、そして知的に充実度を高めていったと言えよう。

 

 <部下に尋ね、部下を育てる>

・松下の知的生活術を思い起こしてみると、なにも書籍を読み、講演を聴き、研修に出掛けることだけではないことが分かる。「わざわざ」ではなく、日ごろの、普通の日常のなかで、身近な人に「尋ねる」ことによって、知的な生活を送ることができるし、「わざわざ」以上の知的向上を図ることもできるということになる。

 

・およそ松下電器は、始めから「大企業」ではなかった。大正71918)年、まさに町工場からの出発である。その後、多少は大きくなったとはいえ、財閥企業とは異なる。そういう会社に優秀な人材が雲霞の如く集まってくることはなかっただろう。それどころか戦前・戦後の松下電器には、一流の人材は集まってこなかった。まあ、三流四流の人材であったろう。しかし、それにも拘らず、松下電器は世界的大企業に成長していく。

 

 <「あんた、どない思うねん」>

・どうするかというと、その自分で出した結論をもとに、周囲に問い掛ける。「あんたは、この問題をどう思うか」「これはどう解決したらいいと思うか」「あんたの意見を聞かせてくれ」「あんたは、どない思うねん」と尋ね続ける。少なくとも五人、六人、多い時には数十人に及ぶ、私の記憶では、百人近い人に意見を求めるということがあった。

 

・そういうことだから、松下幸之助の行動、計画、経営は、必ずと言っていいほど成功した。松下電器が、松下幸之助の経営の下、70年間で7兆円の企業に、言い換えれば、単純計算して1年で1千億円の会社を70年間作り続けたことになるが、その要因のひとつは、こうした松下の思考プロセスによることが大きいと思う。

 

・「まず自分で結論を出す」「多くの人の意見を聞く」「自分の結論と多くの人の意見との比較検討をする」「最終結論を出す」「決断する」「指示する」「実行する」「継続する」。この思考プロセスで重要なのが、「素直」ということだろう。

 

 

 

『選挙の裏側ってこんなに面白いんだ!スぺシャル』

三浦博史 前田和男     ビジネス社   2007/6

 

 

 

<大手広告代理店が選挙を仕切る?><去勢された日本の大手広告代理店>

・ちょっと選挙をかじったことがある人は「実は、選挙は大手広告代理店の電通が仕切っている」と訳知り顔にいう。しかし、「選挙の常識」からすると、実情はいささか違う。

 

<アメリカの選挙PRノウハウ>

・そのとき、アメリカの選挙と日本の選挙のもっとも大きな違いは、戦後日本が失ったPRのノウハウにあることを知ったのである。

 

・アメリカには多くのPRコンサルタントがターゲットを決めて、その関心事を引き出し、それに対して選挙CMをつくる。そのうえで、そのCMを打つのにもっとも効果的な媒体(メディア)はなにかという戦術のもとで、テレビやCMや雑誌、新聞のスペースなどの枠をとる。そして、その効果の検証を行い、次の製作にフィードバックする。

 

・少なくとも広告代理店は政党に常駐させ、PRのノウハウをもったスタッフをきちんと揃えてのぞむべきなのである。

 

<政党CMよもやま話>

<崩れつつある大手代理店の寡占状態>

・ところが今は、そうした大手代理店の寡占状態が崩れつつある。自民党も今ではコンペで、これなら選挙に勝てると思ったところを採用する。ダメだと思ったら、たとえ電通でも使わないようになった。自民党も、電通一社に頼るのではなく、PR会社を採用した。それがブラップジャパンという独立系の代理店である。

 

<選挙の日米格差>

大統領選の雌雄を決した伝説のCM

・秀逸な候補者には、黙っていても人は集まるし、金も集まる。人も、金も、票も集まらない人は、自然とコースから外れていく。アメリカでは、そうした選挙が当たり前で、スポーツ選手にしろ、ジャーナリストにしろ、大物スターにしろ、そうした例がいくらでもある。ネット上の呼びかけだけで、何十万人のサポーター、何十億ドルという資金が集まる。そうした能力を備えている人が政治家になり得る風土があると考えていい。個人の献金額は十ドル、二十ドルほどだ。

 

・日本では選挙で借金を背負うケースもある。自分の退職金なり、貯金なり、資産を使い、政党の公認料ももらって、さらに寄付を集め、借金をする。アメリカにくらべるとクリーンな選挙である。

 負けた場合の本人や家族が背負うリスクが大きすぎるので、選挙に出る顔ぶれがいつも同じになってしまうという問題点もある。

 

・日米で何が一番違うかといえば、米国はメディア、とくに映像の影響力が大きい。アメリカでは選挙の結果を左右するのはテレビコマーシャルとテレビ討論。

 

<国政選挙と外資系PR会社>

・それではアメリカの選挙のプロが日本に来て、そのまま通用するのかどうか?アメリカのプロは、なんといっても「キャッチコピー」づくりがすばらしい。有権者の心をグサッとつかむ。これがプロとアマの分かれ目、成功と失敗の別れ道となる。

 

<民主党は説明不足?>

・民主党を引き合いに出すが、岡田党首のときにアメリカのPRカンパニー「フライシュマン・ヒラード」を使ったが、あれは失敗だったろう。フライシュマン・ヒラードは、PRカンパニーとしては米国でも著名な会社だが、ワシントンDCでは民主党も共和党も「フライシュマン・ヒラード」など使わない。米国の選挙コンサルタントは、「なんで?」と不思議な顔をしていた。

 

・事実、自民党は「ブラップジャパン」というエージェントを使ったが、世耕弘成広報委員長は、なぜこの会社を使うのか、社長の見識やキャリア、手法、実績などを議員が納得するように説明していた。選挙資金をカンパしてくれた支持者、政党助成金として税金を拠出した国民に対しても、これからは政党も説明責任が問われることだろう。

 

・それと、国政選挙や、国政そのものの広報に外資系を呼び入れることは、私は賛成できない。「広報」とは有り体に言うと、裸の姿をすべて見せることである。外資系の会社に国家の裸を見せていいわけがない、と私は思う。

 

・話がそれたが、外国の選挙プロに学ぶことは、まだまだ無尽蔵にある。しかし、だからといって、彼らが日本の選挙を担当して、すぐに勝てるほど日本の選挙は甘くない。

 

<野田聖子に学ぶ選挙に強い政治家><6万軒歩いて、かかとを疲労骨折>

・彼女の言によると、「そのころは志もないし、政策もなければ抱負もない。ただ選挙好きのおじさんたちの言うなりに運動をはじめました」ということになる。

 でもそのとき、彼女がなにをやったかというと、1日百軒、選挙までに1万人と会うというすさまじい「ドブ板」。集まった名簿を地図に落して、女の子の案内で11軒回って歩く。

 

・目からウロコが落ちる思いだった。次の選挙では原点にもどって、また歩き作戦。6万軒ぐらい歩いたころ足のかかとを疲労骨折。が、1ヶ月で治し、また歩き始めた。結局彼女自身が7万軒、両親が1万軒ずつ歩いてくれた。結果は、両親と娘が歩いた総軒数とほぼ同じ得票数、95734の得票。衆議院初当選だった。

 

 

 

『「政権交代」 この国を変える』

岡田克也   講談社  2008/6/18

 

 

 

<「座談会」と呼ぶ、私が最も大切にしている集いがある>

・週末ごとに地元・三重県で20人、30人規模で開催する対話集会のことだ。私は、この座談会を20年間にわたって繰り返してきた。2005年秋に民主党代表を辞任したのちも、1万人を超える方々と膝を突き合わせて対話してきた。

 

・政権交代ある政治、これこそ私が、いままでの政治生活の中で一貫して主張してきたことだ。

 

<政権交代とはどういうことなのか>

・同じ民主主義、市場経済を基本とする体制の中で、どちらの党の政策がよりよいか、具体的な政策を国民一人ひとりが選ぶこと。

 

・選挙運動を始めてから地盤が概ね固まる当選2回までの間に、通算すると5万軒、いや7万軒は訪ね歩いたのではないだろうか。すべての活動の基本は有権者との直接対話だという、私の考えは今も変わらない。

 

代表辞任後のこの2年9ヶ月間、私は、地元で350回、延べ1万人を超える有権者との対話の場をもってきた。週末はよほどのことがない限り地元に帰って、公民館とか神社の社殿とか、ときには個人宅をお借りして、平均30人ぐらいの集会を開く。私は、これを「座談会」と呼んでいる。

 

<自由で公正な社会を実現する>

・市場にも限界がある。競争政策、市場メカニズムを活用すれば、そこからこぼれ落ちる人が必ず生じる。それは政治が救わなければならない。

 

<公正な社会を実現する>

・社会的公正とは何か。私は、中間所得者層の厚み、実質的な機会の平等、セーフネット、世代間の公平―以上の4点を挙げたいと思う。

 

 

 

 

『私の後藤田正晴』

(「私の後藤田正晴」編纂委員会「編」)

中曽根康弘/村山富市/岡本行夫/保坂正康/他

講談社     2007/9

 

 

 

<本音の力「政治家はいつも塀の上を歩いている」>

・「自分を含め、政治家はいつも(刑務所の)塀の上を歩いている。常に十分に注意しないと内側に落ちる」といわれました。この言葉には私もいささか驚きましたが、先生はいつも本音で真実を後輩に話かけておられたのです。自分だけ一人、清廉潔白のようにいう政治家もおりますが。

 

・「一人ひとりの住民は、いろいろな人がおり、またいろんなことを言ってくるが「マス」としての国民の判断には間違いがない、信頼できるものだ」という先生の言葉があります。民主主義を政治の基本としている国の政治家としてこれほどはっきりと言い切れることは見事です。

 

・後藤田先生のご経歴は、元警察庁長官、田中元総理の懐刀、カミソリ後藤田、副総理、天下のご意見番等、多岐に亘っています。

 

<後藤田正晴は真夜中に二度、眼をさます>

・先生は夜中に二度起きるという。その理由が、一回はトイレに、もう一回は深夜に必ず右翼からかかってくる電話の音だとおっしゃるので、私が、電話番号を変更することを勧めると「バカ、そんなことをしたら誰が彼らの話を聞いてやるんだ」と叱られた。これも先生の懐の深さを表す話ではないか。

 

<同士として支えあった生涯(鈴木俊一)(元東京都知事)>

・4選を果たした平成3年の都知事選挙の時も、後藤田君は自分自身で表にでることはありませんでしたが、かげで私を支援してくれました。

 

・この選挙は自民、公明、民社の三党推薦で戦った過去3回の選挙と違い、最大の支持基盤の自民党が、本部と都連で別の候補者を担ぐ分裂選挙になりました。党本部がNHK特別主幹の磯村尚徳氏を擁立したのに対し粕谷茂、鯨岡兵輔さん以下東京選出の国会議員や都議は私を推してくれました。

 

・「高齢の鈴木では勝てない」と決め付ける自民党本部の引退勧告を拒否し、家族の反対を押し切った上での立候補でしたが、資金もなければ、はっきりした勝算もありません。これまでで一番苦しい選挙でした。

 都連を別にすれば、自民党関係者なら誰でも、鈴木を応援することには二の足を踏むところです。ところが公示日の朝、選挙事務所の出陣式に後藤田君の侑子夫人が駆けつけてくれました。

 

 

 

『日本政治のウラのウラ』   証言・政界50

 森喜朗  田原総一朗    講談社   2013/12/10

 

 

<ラグビー部退部>

・ラグビー部を退部する以上、大学も辞めなければいけないと思って、大西鉄之祐監督のところに行きました。「ラグビー部を辞めますから、大学も辞めます」と言ったら、「バカヤローッ」と言われて、ぶん殴られそうになってさあ(笑)。その時、大西先生はぼくにこう言ったんだよ。

 「オマエなあ。何を考えているんだ。ラグビーを何だと思っているんだ。ラグビーはなあ、人生の目的じゃないぞ。手段にすぎない。だから、ラグビーがダメだと思うなら、大学で他のことをしっかり学べ。そして、何か大きなことを成し遂げてラグビー部の連中を見返してやれ。大学を辞める必要なんてないから、そうやってラグビーに恩返ししろ。それだけ、きみに言っておく」

 

 <早大雄弁会>

・「あのなあ、早稲田の雄弁会は永井柳太郎先生が作った会なんだよ」

――石川県が生んだ大政治家の永井柳太郎ね。

 森 早稲田大学の創立者である大隈重信も仲間で、永井先生が雄弁会を作ったんですね。横山さんに「だから、石川県人は雄弁会に入る義務がある」(笑)と言われて。ぼくも納得したわけです。雄弁会には、石川県人が結構多いんですよ。それで、「雄弁会の役員に知り合いがいる。紹介してやるから明日会ってみな」と言われて、その人に会って話を聞きました。「どうしようかなあ」とまだ迷っていたんだけど、幹事長が面接するというんで第一学生会館の部室に行ったんですよ。「偉い人が出てくるのかな」と思ったら、青白い顔をした小柄な男が出てきました。それが、後に文部大臣や参議院議長を歴任する西岡武夫さんですよ。

――西岡さんは森さんより年上ですか。

 森 ふたつ上です。喘息持ちでね。「森さんって、あなた? ゴホンゴホン。まあ、しっかりやんなさい。ゴホンゴホン」(笑)と言うので、「こんな方がキャプテン(幹事長)をできるなら(笑)、オレもやれるだろう」と思って雄弁会に入ったんですよ。

 

・――森さんは雄弁会に入って政治志向になるのに、代議士秘書にならずに産経新聞の記者になった。これはどうしてですか。

 森 いや。新聞記者になりたかったんだ。

――政治家じゃない?

 森 政治家になることがいかに大変かを雄弁会の先輩たちから教わったからね。

――どう大変なんですか。

 森 「森くん、地元の政治家の秘書になったら絶対にいかん。もしなったら、つかえている代議士と戦わなければならないからダメだ」とOBの藤波孝生さんが教えてくれたんだね。彼も自分の地元の三重県津市に近い伊勢の代議士の秘書をやっていました。

 

・森 よく世襲が批判されるけれど、詰まるところ、足の引っ張り合いの結果なんだね。自分が出る勇気はないが、あいつをならせたくもないということになると、代議士の息子が出るしかないんです。息子が出れば「まあ、しょうがないか」ということで収まる。だから、よっぽどのことがないかぎり、秘書まで順番が回って来ないわけです。

  藤波さんの場合は、秘書をやった後、県議会議員をしていましたが、親分の代議士が立派な人で藤波さんに禅譲したんです。これは、珍しいケースですね。

 

・森 うちのおやじは田舎町の町長で絶対的な地盤があるわけではなく、金もなかったから政治家になるには秘書になるしかなかったけれども、そういう先輩たちを見ていて、地元の代議士の秘書になるのはまずいと思ってね。そうすると、政治に携わっていて、政治家になれる可能性があるのは新聞記者ですよ。それで、記者になろうと思った。

――本当は政治家の秘書になりたかったけれど、先輩たちを見ているかぎり、秘書になっても代議士になれる可能性は少ないと。それなら、政治とも関係のある新聞記者になろうということね。

 

・――こう言っちゃ悪いけど、森さんは産経も早稲田も試験を受けずに入ったわけね。

 森 早稲田の試験は受けてますよ。運動部の推薦があったんですよ。

――試験を一応、受けている?

 森 そら、ちゃんと試験を受けていますよ。多少は下駄を履かせてくれたと思うけどね。日経新聞の「私の履歴書」でも、ぼくが勉強もしないで入学したということになっていて、大学が大騒ぎした(爆笑)。投書や問い合わせがたくさん来て「森さんはスポーツで入ったんだろう。それなら、うちの孫もぜひ、そうしてもらえんか」(笑)と。

 

 <代議士秘書>

・――それで、日本工業新聞の記者から、あんなに嫌がっていた代議士秘書になりますね。

 森 井関農機の創業者である井関邦三郎社長が、愛媛県三区選出の今松治郎代議士と小学校の同級生でね。今松さんは東京大学を卒業して内務省の官僚になり、政治家に転身した人ですが、たまたま秘書が辞めることになった。それで、井関専務から「森くん、今松先生の手伝いをやってくれないか」と誘われたんです。「秘書にだけは絶対にならないようにしよう」と思って行ったんだけど、結局、秘書になることになった。

 

・森 そりゃ、そうですよ。前から「そういうことをやっちゃいかん」と言われていたわけだからね。それで、秘書になってしばらくしたら、今松さんが亡くなったんです。そうしたら、地元の支持者たちが大挙して上京してきて、みんなが私に「選挙に出ろ」と言う分け。だけど、ぼくはこんなところでは選挙は絶対にできないと思った。

――それは、どうしてですか。

 森 とにかく金がかかる。金が平然と飛び交うんだね。

――どういうことに金がかかるんですか。

 森 直接、有権者に渡しちゃうのよ。

 

・森 辺境にある田舎町にはそういうところが多かったんですね。愛媛三区というのはね、金に問題のある人ばっかりだった。田原さん、ご存知かなあ。バナナ事業を起こした大和の毛利松平、日大の理事などをやっていた高橋英吉。この人は事務所に「日大受験の方はご相談に応じます」(爆笑)と書いてあったからね。「オレは、50人から入れる枠を持っている」と豪語していましたけど、50人の相手から御礼をもらったら結構な額になるでしょう。そういう時代ですよ。それから、早大雄弁会の先輩の阿部喜元。

  とにかく、金を使う人ばかりでね。今松さんが落選するのも無理ないんですよ。金はない。演説は下手。見栄えもしない(笑)それでも内務省警保局長という肩書で代議士になったわけですな。そんな選挙区で出馬しても、金がないのだから勝ち目がないじゃないですか。だから、こ

 こで出るのなら、地元の石川県で出てやろうと思ったんです。

 

 <出馬した理由>

・森 自分たちの自己満足のために出馬する政治家を選んでいましたからね。だから、元知事とか元市長とか、元県幹部とか、そんなのばっかり出してね。政治家に対する尊敬もなく、長老の県議会議員どもが勝手なことをしていたのが、ぼくには我慢ならなかった。

 

・森 ぼくが幸運だったのは、やっぱり小さな田舎町といえども、親父が町長として有名だったことです。何しろ、9期にわたって無投票当選なんです。当選回数なら10回以上の首長がいるけれど、9回の選挙が全部、無投票だった町長はちょっといないでしょう。

 

 <いきなり出馬宣言>

 <岸信介元総理来る!>

――それで、新幹線と北陸本線を乗り継いで石川県にやって来たわけだ。

 森 新聞記者に「いいんですか。元総理が非公認候補の応援に来て」と質問された時、岸さんは「いや、私は、事情はわからない。しかし、森くんは東京では大変必要な人物だ。こういう人に国会に来てもらわないと、自民党の将来も、明日の日本もない」なんてことをおっしゃってね。4~5ヵ所で応援演説をしてくれました。

――そんなに演説をしたんですか。

 森 夕方の列車で小松駅から米原に向かったのだけど、ぼくは親父とふたりで小松駅のホームで見送りました。「最後まで、ありがとうございました」と言ってね。岸先生が乗った列車に向かって、赤いテールランプが見えなくなるまで、何度も何度も頭を下げて見送ったんです。

 

 <代議士誕生>

・森 公示2日前のことです。地域を回って夜遅く零時すぎに自宅に帰って来ると、親父から家族、親戚一党がみんな揃っているんですよ。シーンと静まり返ってね。「おっ、どうしたのかな」と思ったら「座れ」と言われて「もう降りろ。親戚中、迷惑している」と言うんだな。

――親戚がみんな「降りろ」と言ってきたわけだ。

 森 親父がね、「今までのことはしょうがない、息子がやったことだから親が責任を持つ。しかし、もう金がないだろう。もう精一杯やったから、ここで止めろ」と言うわけ。珍しく頑として譲らない。周りにいるおばさんや親戚がオイオイ泣いて「喜朗ちゃん、止めて~」(笑)。

  もはや命運もこれまでかと思ったのが夜中の2時ぐらいかな。そうしたら突然、バリバリバリという音がするんですよ。窓の外を見ると、赤々とした炎が上がっている。火事ですよ。

――えっ!火事!

 森 火の手がゴーッと上がっているので、ぼくはサッと飛び出した。そうしたら、50メートルほど先の風呂屋が燃えているんだ。選挙で疲れ果てていた連中を「火事だ、火事だ」と叫んで叩き起こし、風呂屋に駆けつけた。風呂屋の女将は腰が抜けて、その場にへたり込んでいた。ぼく

 は咄嗟に、火中にあった何か黒い物に水をぶっかけて引っ張り出した。そうしたら、それが仏壇だったんですね。

  これが後で評価されるんです。ぼくが行った時にはもう、他に引っ張り出す物が何もなかったんだけれども、新聞記者はそんなことは知らないからね。「森は大した人間だ。仏壇をとにかく引っ張り出した」ということになって、評価が高まった(笑)それどころか、町長の家の近所が

燃えたというだけで、町民がみんなお見舞いに酒を持ってくる。見る見るうちに、一升瓶が山積みになって。「おお、これを酒屋に引き取らせれば、ゼニができる」(爆笑)

  家族会議もそのまま有耶無耶になり、2日後に無事、公示日を迎えました。

 

 

 


■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

 

・タックス・イーターの「政官業の鉄のトライアングル」も徐々に変化してきているようです。昔は、汚職が頻発したものでした。政治の近代化も関係者の努力ですすめられているようですが、いわゆる「税金の無駄遣い」も多々あるそうです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて財源にあてるべきだ」そうです。行政サービスも劣化してきているようです。「消えた年金問題」も公務員の信頼を大きく傷つけました。「志の高さのかけらもない厚生官僚の杜撰さによって、誰がどれほどの年金保険料を支払ったのかが分からなくなってしまった」ようです。政治経済制度やシステムが信じられないほど劣化してきており、「消えた年金問題」もとんでもない話だったようです。「財源の裏付けのない政策は実現できない」といわれます。財政・社会保障費の抜本改革が不可欠であることは明らかです。厚生官僚は糾弾されるべきだったそうです。そもそも責任をとった公務員がいたのでしょうか。

 

・「社会保険庁は無駄な施設の建設やその他の無用な事業に資金を注ぎ込み、みずからの天下り先を作りつづけていった。年金福祉事業団がその筆頭である。厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった」ということで噴飯ものの話です。年金基金GPIFの株式運用でも、国民の年金財源を毀損する可能性が高く、多くの識者が懸念しているようです。私たち一般人は、厚生官僚の劣化のひどさの理由が分かりません。「行政改革」も政治スケジュールに載っているのでしょうか。政治献金の問題も「政治とカネ」の問題ですが、先進国とはいえないようです。「財界」と「政治」の改革も必要のようです。なんとか「汚職収賄を糾弾する」必要のない社会にしたいものです。

 

・「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。

 

平沢勝栄氏はテレビなどでも出演している自民党代議士なので顔は広く知られています。警察官僚出身者ですが、北朝鮮の拉致事件は防ぐことができたそうなのです。私たち一般人は、警察官僚や海上保安庁の担当者にしっかりと対応をしてもらいたかったと思います。やはり、戦後の日本の諜報機関がなかったために、拉致事件は起きたようです。国家運営に一番重要な諜報機関が貧弱なために拉致事件と言う悲惨な事件を容易に起させた責任が公安関係者にもあるようです。公安関係者は情報機関の整備を政府に要求すべきだったのでしょう。元公安部長によると「日本は情報機関のない珍しい国だ」そうです。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!

 

・ロシアやアメリカの諜報機関は、国家安全保障上のために暗殺も行ったようです。現在CIAの職員の亡命事件が話題になっていますが、テロリストを事前に探すために何でもやったそうです。昔はテロリストを探し出してスパイ映画のように暗殺もやったのかもしれません。特にアメリカは自由な国で世界中からの移民が多く、各国のスパイたちも移民に交じって多数、アメリカ国籍を取っているそうです。

 

・スパイ映画などでは、激しく銃撃戦が展開されますが、実際の暗殺はロシアの昔のKGBのように、ヨーロッパで毒薬や薬で暗殺を行ったようです。北朝鮮も軍事国家でテロ国家ですので、毒薬や薬をよく使うそうです。明らかに毒殺をすると捜査当局にすぐにわかるので、病殺をするそうです。また事故に見せかけて暗殺したり、その手法はいろいろと秘密諜報機関で研究されているそうです。この辺りは怖い怖いスパイ大作戦のようです。多くの国民は北朝鮮のスパイの陰惨なテロ活動に怒っており、警察に不信を強めているようです。訪朝の小泉元総理は水も飲まなかったそうで、その過酷さが窺われます。

 

・戦後一時期、「日本は犯罪が少ない安全な国だ」ともいわれたこともありましたが、近年、そうは言えなくなったようです。実際は犯罪数も増えて検挙率も下がってきているそうです。対策はいくつかなされたかのようですが、世界的に見ると人口数に対する警察官の数が不足しているようです。数万人程度の警察官を増員すればいいのですが、限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、実現が難しいそうです。また振り込め詐欺にしても被害者が高齢者で被害額も多額ですが、犯人グループを一網打尽にできない警察捜査の劣化が窺えるそうです。

 

・政治家の2世、3世は、祖父や父親の地盤を譲り受けると比較的、選挙には苦労はしないようです。著者(平沢勝栄氏)のような1世は、地盤づくり、後援会作りと1365日が「日々是選挙」という状態だそうです。選挙活動ばかりでなく、国会議員としての活動も忙しく、あまり勉強ができないそうです。本来役割の違う官僚と政治家の摩擦がありますが、切磋琢磨することで政治が向上していくようです。また、官僚と政治家の役割を見直し、国家経営の実務に精通した担当者に権限を委ねるようにしないと、国内、国外と難問山積みの時代に対応できないそうです。甘い国際感覚では国益を大きく損なうこともありましょう。現代のような複雑な激動する時代に政治家に過剰な期待をすることは無理なのかもしれません。何等か制度の改革が必要のようです。定員を増やすのか減らすのかも大きな問題です。

 

・国会議員の選挙にも時代の流れがあるようで、近年では地方議会の議員や市長、県知事などの経験者が選挙に出て来るようになったようです。やはり、選挙が強いということが候補者の要件になるようです。看板、カバン、地盤と言われますが、選挙地盤や後援会組織が重要になるようです。総理大臣も時代の流れに応じて時の人がなるようです。

 

・拉致事件も数十年たち実態さえも不明になっていきそうです。北朝鮮と日本の担当者のコンタクトもあるようですが、うまくいっていないようです。

 

・著者(平沢勝栄)は元警察官僚で自由民主党の衆議院議員です。北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長にも就任していました。著者によると拉致事件は警察と海上保安庁がしっかりと対応しておれば防げたものと述べています。元警察官僚の言葉ですから、がっかりです。北朝鮮の日本国内スパイのネットワークに対して、世論を気にして厳しい追跡をしなかったのでしょうか。北朝鮮のテロリストが国内に跋扈していたのに警察が無力だったのは痛恨のきわみです。当時は日本海にスパイ戦が出没していたようです。

 

・元公安長官によると「日本は本格的な情報機関のない珍しい国だ」そうです。米国のCIAや英国のMI6のような情報組織がないために、北朝鮮の拉致事件により多くの被害者がでました。被害者数もかなりの数だという説もあるそうです。敗戦後、占領軍により日本は本格的な情報組織を持てなくなったようなのです。

 

・英国のMI6の女王陛下の007のような秘密諜報員が日本におれば北朝鮮の拉致事件は防げたのでしょうか。現代では情報戦が日常的に重要視されています。日本の現在の情報組織は規模的にも貧弱だそうです。戦後一時期なぜなのかは知りませんが「日本の警察は世界一だ」という与太話もあったそうですが、どうだったのでしょうか。

 

・北朝鮮の拉致事件は、いまだ解決されておりませんが、北朝鮮は解決済みであると主張しているようです。このようなことが米国に対して行われれば、直ちに米軍の軍事行動がなされます。しかし、自衛権の行使として自衛隊の出撃は一部では検討されているようですが、憲法的にもありえないことで、平和的解決と経済制裁による圧力で、拉致被害者を取り返そうとして数十年もたちました。

 

・北朝鮮にとっては何のプラスもないことで、北朝鮮が自ら経済的に崩壊することが国際社会から期待されています。中国の経済援助もあるようですが、限界があるようで、やはり石油不足の問題で困っているようです。それで石油不足問題で経済崩壊・国家崩壊するのかもしれません。昔から潰れる、潰れるといわれながらも潰れないのが北朝鮮のようです。北朝鮮が潰れて、国内が騒乱状態になると中国が困るからのようです。

 

・飢饉とか災害で農業問題が深刻なようですが、核兵器の開発をなおすすめるようです。崩壊する前に北朝鮮が大暴走する可能性もあるようです。北朝鮮は拉致をする前から戦争を覚悟していたものと思われます。日本にとり、今後とも危険な国であり続けることでしょう。偉大な指導者の個人崇拝に厭きた北朝鮮軍は、やたらと無謀な対外戦争の緊張や挑発を作り出し、独裁体制を維持しようとしているのでしょうか。

 

・日本としては警察や自衛隊の情報組織の強化を図り、米国の情報機関との提携を強化していく必要がありましょう。国内での北朝鮮スパイの破壊工作に警察は全く無力だったのが残念です。「スパイ1人は陸軍1個師団に相当する」ともいわれ、戦争を仕掛ける破壊工作をするので、どこの国でも「スパイ狩り」には熱心ですが、「スパイ天国の日本」は、無力だったようです。またスパイの取り締まりに関する法律も不備だそうです。敵性国家のスパイに対して、日本以外に主要国において、スパイに寛容な国はありません。長い戦後の平和ボケの結果でした。拉致被害者たちが可哀そうです。.

 

・中東の紛争で敵側のスパイは、すごく憎まれ残酷に殺されるそうです。昔から「スパイはその場で殺せ」といわれ残酷な方法で拷問をうけ殺されたようです。海外の紛争地帯では日本のマスコミ関係者もスパイと間違われ、殺される危険もあるそうです。今も、中東で捕虜にされているジャーナリストが居るようですが、「飛んで火に入る夏の虫」のようで、海外旅行には大きなリスクがあります。戦場心理として誰でもスパイに見えるのでしょうか。

 

・拉致被害者も拉致されてからかなりの年月がたち、様々な資料も焼失しているものとおもわれますが、関係者の努力により平和的に早期の救出が望まれています。さすがに反日教育をしている周辺諸国に対して「友好平和絶対主義」「友好至上主義」の幻想を抱く人々は少なくなったようです。

 

・日本の航空自衛隊のF4ファントム戦闘機は1971年に完成機を輸入して1981年の520日に最終140機をノックダウン生産されました。「外国に脅威を与えてはいけない」「外国の基地を攻撃してはいけない」ということで、国会により爆撃装置と空中給油装置は外されました。当時の自衛隊員たちは、悔しがったそうです。

 

・当時の知識人ですら「北朝鮮は凍土の地獄」というよりも「北朝鮮は人民の楽園」という宣伝を信じていた人たちが多かったそうです。このF4ファントムのノックダウン生産期間と北朝鮮の拉致事件が集中した期間とは一致しています。外国の脅威に対する国会の良識の脳天気(ノー天気)ぶりが見透かれて拉致事件が引き起こされたものと思われます。爆撃装置と空中給油装置を外したことは当時の外国の軍事専門家から笑われていたそうです。

 

・春秋の筆法によれば良識ある国会が拉致事件の原因を作ったと言えるそうですが、外国の軍人から笑われることをしてはいけないようです。今でも外国人に笑われるようなことを何かしているのでしょうか。日本が憲法改正をして「普通の国」になる方向でしょうか。「普通の国」になれば、米軍と共同作戦をして「歩兵の大量出血が強要される」事態にもなりましょうか。

 

・資本主義の国ですから資本主義的に考えて動かないといろいろな点で不利になるようです。ただ、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということで行き過ぎると何事もマイナスになります。米国でも何事も資本主義の合理性で動いているのではなく「社会システムに組み込まれた『知情意』のバランス」があるそうです。

 

・多くの人々が、行政改革として「道州制」を唱えています。私たち一般人は、詳しくは勉強していませんが、果たして今よりも、効率的な行政になるのだろうか疑問に思います。道州制にはプラス、マイナスがありプラスに目がくらんでいると指摘する有識者もいるようです。かえって行政サービスが低下、混乱するのではないのでしょうか。

 

・道州制の狙いは「中央官僚の支配の排除」だそうですが、国民にとっては、今以上に混乱がひどくなることでしょう。政治家と官僚が対立して、互いに影響力を排除しようとすることはどうでしょうか。近年、官僚と政治家が厳しく対立し、感情的にももつれているそうです。

 

・「政策も地方行政も中央官僚の絵に誘導される」「地方自治体は自治とはいえ完全な中央官庁の下請け機関に過ぎない」とかの話があるようですが、中央官僚との対決から「道州制」がでてきたのでは、本末転倒の話でしょう。広域化することによって一番不便を被るのは県民や市民ではないのでしょうか。北海道と九州の法律や条例が異なると大きな混乱が生じると思えます。

 

・「複数の都道府県を合わせた区域に道州制を導入する方法をとるか、既存の都道府県の上に道州を設置する方法をとるかで、移行方法に注意せねばならない問題点が挙げられている」そうです。が、地方自治の効率化、近代化を図るということでしたら、市町村の地方自治をなくして、県議会の地方自治に一本化した方がはるかに現実的、効率的に思えます。道州制に変更しても現在の問題点がすべてなくなり、国民へのサービスは向上するのでしょうか。

 

・効率化を目指すのなら、統治構造の観点から、目指す方向は逆に、「より一層の中央集権化」なのではないのでしょうか。コスト面を考慮して、地方自治に費やす税金を少なくするのには、県議会に一本化すればよいと思います。財政赤字が減るのではなく、道州制にすると一層拡大するように素人には思えます。どんな時代、体制においてもテクノクラートの官僚は必要になります。道州制になれば、またまた道州の官僚に牛耳られることでしょう。

 

・「道州制」を長い間に議論するよりも、国民の生活に直結した政策を速やかに具体的に実施しなければならない時期と思います。現在でさえうまくいっていないのに、反官僚の「道州制」を導入すれば、混乱と非能率は一層拡大すると思えるのは政策に素人の私たち一般人だけなのでしょうか。

 

・政治理念を掲げることは重要ですが、選挙民は現実的な施策を望んでいるようです。「市場原理主義」「小さな政府」か「大きな政府」とかの理論闘争をしていても、現在の年金問題や社会福祉問題や税金の問題は解決しないと思えます。

 

・「歴史的・文化的に多様である地方自治体を中央集権的にコントロールするものであり、住民主役の真の地方分権改革とは対極にある」として道州制を非難する人も多いようです。自民党も「道州制」を具体的に進めるようで、世論調査の結果や今後の議論の展開が注目されます。道州制を進める本では、良いことづくめのようですが、どうなのでしょうか。         

 

・この本(『七人の政治家の七つの大罪』)は民主党が政権をとる前のものです。大きな政党や大きな組織をバックにしていないと落選議員は、再度、選挙に挑戦することは難しいようです。世襲が選挙に強いのは、後援会組織がしっかりしている場合が多いようです。「サルが木から落ちればサルだが、代議士が選挙に落ちるとタダの人」といわれ落選した時のことも考えなければなりません。選挙に必要な「ジバン、カンバン、カバン」といわれますが、資金のない人には落選はつらいものです。

 

・顔を合わせて面談を通じて後援会員を増やしていく努力が小選挙区ですと大事になるそうです。選挙民とのコンタクトに多くの時間と労力が必要です。小選挙区に移行しても、多くの問題点が出てきているそうです。

 

・現役政治家は、モーレツ・サラリーマンのようにモーレツに働き、動き多くの人と接するそうです。著者も無理がたたって脳梗塞で倒れたそうです。こうした忙しい状況では、政策の勉強の時間があまりないようです。政治家は必死に働いているそうです。

 

・政治家には落選がつきもので、議員の経歴を見ていくと多くの議員が落選の経験があります。落選議員の状況はひどいそうですが、それを乗り越えてはじめて中堅議員に成長していけるのでしょう。やはり松下政経塾のように若いうちから直接に選挙の世界に飛び込んでいくほうが良いのでしょうか。

 

・若いうちから直接に政界に飛び込むべきか否かということについて賛否両論があり、政治家になる前にほかの職業についておくべきだと言う人もいるようです。落選した時のことも考えなければならないのでしょう。政治献金の相続という面からも世襲が断然有利になるそうです。

 

・政治家の仕事内容も時代の変化に応じて変わっていくものとおもわれます。組織的に動かないと仕事は増える一方のようです。日本経済の再生に力がありかって賞賛された経済官僚も近年の経済政策の失政の多くに責任があるそうです。その原因は政治的な統制力を欠いたことだそうです。反官僚の動きが勢いをましておりますが、「火のない所に煙は立たぬ」ということでしょうか。 

 

・企業はリストラしないと現代の激しい経済環境を乗り切れないといわれます。世界のどの国もリストラをしないと近年のギリシャのようになるのでしょうか。どこの国でも国のリストラや舵取りは難しいようです。日本は大丈夫だそうですが、近代化や改革が急がれています。

 

・「3S(セックス(性風俗)、スクリーン(映画、大衆娯楽)、スポーツ)で大衆をして政治を忘れさせよ」というユダヤのシオンの議定書という謎の文書があったそうですが、ネット・ゲームに熱中している若者が政治に熱中するようになるのも何かの契機が必要でしょうか。インターネットの政治利用自由化が契機となるのかもしれません。

 

・官僚と政治家が対立することによって、そこからエネルギーが生じて、様々な改革の機会が生じるものと思われます。やはり進歩するためには、対立する二派の存在が必要のようです。官僚組織に対抗するには、政党もシンクタンクが必要のようです。政府の「政治研究所」がないのは大きな問題であるといわれます。

 

・「日本の失われた20年」と言われますが、ここ20年間の経済の停滞、社会の停滞が指摘されております。「日本は先進国だ」と言われていましたが現在では「日本は先進国なのだろうか」という疑問符が多くの人々から投げかけられています。なぜ決められない政治なのでしょうか。なぜ改革が外国と比較して、大きく遅れるのでしょうか。国民への行政サービスが大きく低下しています。

 

・予想以上に近代化や改革の遅れがあるそうで、頭の古い制度、不条理が依然として変更されていないそうです。確かにいろいろな面で日本の勢いが衰えてきているようです。国が劣化してきているようです。よく国会議員の定数削減を主張する政党も増えておりますが、大きく減らした方が政治の効率は改善されるのでしょうか。行政改革にも様々な議論があり、工夫がなされているようです。

 

・ここ20年間で、国会議員がしっかりと、よく仕事をして、良い国になったのなら、定数は増やしても足らないでしょうが、国政の停滞・無駄の責任をとらせ大きく減らそうという意見が有識者に多いそうです。

 

・国会での政治家の答弁では「しっかりと」という言葉が頻繁に使われているそうです。民間企業では社員や役員がしっかりと仕事をせず、結果をだせなければ倒産してしまいます。そういった厳しさは、選挙についてもいえますが、結果の出せない国会議員集団は、削減せざるをえないそうです。政治家のリストラも「しっかりと」しなければならない厳しい経済状況のようです。

 

・神話では、厳しすぎる神様がいて、他の神様の集団に嫌われて、厳しすぎる神様が幽閉されてしまったというのがあります。このような厳しい時代だからこそ、何事でも「厳しい」基準が適用されていくようです。スポーツでも厳しく結果が求められています。あらゆることに厳しい結果査定がなされます。「結果至上万能主義」でしょうか。「厳しい、厳しい」話ばかりのようで「人が生きていくのには難しい時代」になったそうです。その難しさが無意識のように忘れられている時代のようです。多くの努力にもかかわらず自殺者数も激減したとはいえません。この面からも国家危機が続いているようです。

 

・皆で頼んで小選挙区制度に変えたのですが、いざ小選挙区制の選挙をやってみると弊害が目につき愚痴をこぼす政治家が多いようです。やはりまた中選挙区制に変えなければならないのでしょうか。お金がかからない選挙を目指したのですが、実際は小選挙区制のほうが、カネがかかるというのです。

 

・いきおいアメリカ型の資本主義、市場原理主義を導入することは、日本の経済政治風土には合わないようです。私たち一般人は、米国の政治経済の風土は詳しくは知りません。しかし、「ハブズとハブノットの格差」が極端に開き、WASP支配階層の強固な統治が貫徹されているようです。つまり「パイ(分割できる利益・費用の総体)の分配」「わけまえの分配」が大きく固定化されており、戦争で丸焼けになった日本の政治経済風土とは大きな違いがあるそうです。

 

・どんな世界でも「分け前の分配」を争っている世界だそうです。分け前を大きく取れる人々は、より一層分け前を求めるのは自然のことのようで、そのように経済システムを変えたいのでしょう。ところが商売で儲けるのも難しい、赤字企業の非常に多い厳しい世相だそうです。しかし、米国型の資本主義に近づけようとする力が大きく働いているそうです。そして、米国型の資本主義をまねるためには、官僚派政治家より党人派政治家のほうが効果的だそうです。政治力の強い方々とは!?

 

・「勝ち組」「負け組」という分け方がありますが、米国の資本主義システムでは「負け組」にも再起のチャンスは与えられているそうです。しかし、日本の経済システムの場合では「負け組」が再起するチャンスは、法律的にも少ないそうです。

 

・日本の経済社会、政治社会の活性化においては、様々な政党の意見があるようですが、これからは各政治家の意見がインターネットなどで詳しく分かるようになるものと思われます。米国型の「小さな政府」を志向することは、資本蓄積が十分でない日本では時期尚早だそうです。「大きい政府」と「小さな政府」の綱引きです。

 

・著者(塩川正十郎)は、選挙では中選挙区時代に連続10回の当選を果たしています。愛称は「塩爺」(しおじい)。最重要職の財務大臣に80歳で就任しました。20159月に鬼籍に入りました。政治資金パーティーを開いたことがないということで後援会の資金に恵まれていたようです。政治家になるのに必要な「看板、カバン、地盤」に恵まれており、選挙に強い、政治資金に苦労しない人が政界で伸びたようです。

 

・「失われた日本の20年の経済」「日本がおかしくなっている」といわれますが、その原因は本当に優れた政治家や官吏が登用されてこなかったからではないのでしょうか。自殺者数が長期に多くなって社会不安なのも政治の世襲化が大きな原因だったとすれば由々しき問題です。

 

・松下幸之助のいうように「国家で最も重要な仕事をしている政治家と官吏は寄与貢献に応じて優遇すべき」でしょうか。この国難、非常時、国家危機の時にドリームチームを作り、東日本大震災の津波で冠水した地域を松下幸之助のいう「国土創生論」で創りなおす必要がありましょうか。

 

・野田元首相は、「政治家の世襲こそが"民主の敵"。政治家の世襲をなくせば、平成維新が達成される」と言いたかったのでしょうか。現実認識の欠ける傾向がでてくる政治家の世襲は、実務家としての"即戦力"として、大きな国政への弊害があるようです。自殺者が多数でている、こんな非常時の時、国会議員は、"国家経営の実務に精通した者"で占めるべきでしょうか。「日本は先進国だ」そうですが、現在では予想以上に多くの"遅れた点"が指摘されています。改革はどの党も急がなければならないようです。

 

・この本(『なぜいま安倍晋三なのか』)は第1次安倍内閣の成立前の総裁選挙の際の応援のために書かれたものです。まだ民主党との政権交代前なので、その要素は入っていません。党の総裁選挙は人のつながりが大きい要素を持っているようです。

 

・政治家が官僚に使われることが、正常な状態であるということだそうです。やはり、官僚組織に対しては、自民党の組織では、政策立案と言う点で、対応が出来ないからのようです。自民党は成熟した政党ですから、無理に「政治主導」を主張しないようです。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。

 

・実際に、「政治主導」を主張する民主党は、一時は国民から期待されましたが、その政策立案の脆弱さや、政権担当の経験がなかったために、その危うさの懸念から、国民が不安になり短期間に終わったそうです。

 

・「外交政策決定のプロセスは実質的に外務官僚が独占してきました」ということですが、外交問題は各国に関する専門知識、過去の経緯の情報が必須であり、国会議員が、外務省と言う組織に使われるというほうが自然ではないのでしょうか。欧米先進国では情報機関や国家組織が政治を引っ張るのが普通だそうです。また、そうでなければ、この複雑な世界情勢に対応できないでしょう。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。

 

・「官僚に評判のいい政治家」でないと、スムーズな仕事の流れができないのではないでしょうか。それについては様々な見解があるようです。しかし、外務省も失政が多く、昔から評判が悪いそうです。現在でも反日教育をしている敵性国家に対する対応も不適切です。国民にとって信頼できる国家組織は少なくなったようです。無理に「政治主導」を強調されると、組織で動くことに慣れている国民が不安になるのではないでしょうか。

 

・「官僚をコントロールする力量」というのも、言うはやすくで、国会議員がそれを持つには、相当経験と年季がいるようです。しかし、官僚と政治家は本来の役割が違いますが、対立することで改革のエネルギーが出てくるのではないのでしょうか。官僚も政治家も競争する必要があるのでしょう。                                                                                                                                                           

 

・過去50年に渡って続いてきた官僚主導の政策決定プロセスは、政権交代をしても容易に変更できないようです。1人の国会議員が法律を作るとすると20人くらいのスタッフが必要になると言われていますし、あまり勉強する時間もないし、選挙民との対応に忙殺されているそうです。自民党は経験のある政党ですので、どのように改革を進めていくのでしょうか。国会は立法府の機能を実質的に維持できていないそうです。

 

・参議院はマイナーリーグだそうですが、現在、衆議院や参議院の定数が議論されているようです。自民党も野党になってから、様々な党内の改革が議論され、実行されているようですが、やはり若手が改革に熱心のようです。「選挙資金の問題」も古い政治文化から新しい政治文化へと争いは続いているようです。選挙資金の相続が大きなポイントのようです。

 

・多難な時代ですが、地方選挙や参院選と、どのように政治状況は展開していくのでしょうか。「大衆の政治意識に相応した政治しか持てない」といわれます。私たち一般人も政治意識を高めていかなければならないでしょう。国難の時代には新しい政治文化でないと、のりきれません。国民は古い政治文化に飽き飽きしているようです。「新しい酒は、新しい革袋に盛らなければならない」ということでしょうか。「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」といわれますが、議員の問題もマスコミをにぎわせます。

 

・「日本の右翼・ヤクザと闇の権力の関係をむすびつける」という荒唐無稽のような奇説もあり、私たち一般人には、訳のわからない話だそうです。『僕が猪瀬事務所で見たニッポン大転換』において記されているように「石井紘基は知りすぎたので殺された」という三文小説のようなストーリーは奇怪な話です。昔、評価の高かった日本の警察も昨今では評判が悪く、検挙率も下がり、「人員不足だけが原因だ」ということではないようです。

 

・戦後70年たっても、ますます「太平洋戦争がなかったら」という声が圧倒的に多いようです。今、まさに『平成維新』のとき、日本戦法を駆使する「平成の策士」の登場が求められているようです。「岡目八目」という言葉がありますが、著者(ニルス・プラネル)のフランス人のものの見方は興味深いものがあります。

 

・「株主総会が年間二百日開かれるのと同じ」ということで、迅速な企業運営と、国会や行政の効率は別の次元の話のようです。さまざまな政策提言が有識者からなされていますが、実際の政策を策定した経験がないために空論に終わるそうです。

 

・官僚は「法律を武器に使う」法治国家ですから、その専門性と相まって、普通の政治家は対抗できないそうです。また政治家は、選挙民との対応に追われるので忙しく、勉強する時間がないそうです。政治家が政策を策定しようとすると10人~20人くらいの政策スタッフが必要だとも言われています。政治家と官僚は役割と選抜方法が全く違いますので、それぞれの機能を強化する方向にいくことでしょうか。

 

・また戦後できた政治システムにおいても、さまざまな制度疲労もいたるところに出てきているという話もあるようです。古くて新しい問題である「行政改革」、「政治とお金の問題」も絶え間ない改革が必要のようです。政治にお金がかかるので、新人の新規参入がむつかしく、世襲の同じ顔ぶれが続いているそうです。実際の選挙コストや政治コストを下げていく工夫が必要かもしれません。「政治家を専門職というよりはスウェーデンのようにボランティア的な仕事にしよう」とする流れがあるそうです。「絶対権力は絶対的に腐敗する」といわれますが、流動性を高める必要があるのかもしれません。政府の「失政」も増えているそうで驚きます。失政を厳しく追及する国民の関心が欠けているのかもしれません。「失政」を詳しく調べていくと恐るべきことが分かるのかもしれません。

 

・米国の政治家の選抜方法や役割は、日本と大きく違うようで、あまり参考にならないようです。国会議員の出身職業の国際比較を見ると、日本では地方議会議員や政治家秘書が多いようです。米国は、法律専門職(弁護士)やビジネス・金融界、公務や政治関係者が多いようです。米国は議員立法が多いので、政治家も弁護士をスタッフとして雇用するケースが多く、弁護士の活動範囲が広いそうです。日本の弁護士数が約3万人、米国が約120万人(企業内弁護士も含む)ですから、社会における弁護士の位置づけも大きくことなるそうです。

 

・私たち一般人は、政治の世界や官僚の世界に詳しくはありませんが、日本人の従来の常識をいわゆる「壊す」ことは、大変難しいようです。「天下り規制」でここ数十年間は政界、官界行政は動いてきましたが、「自由な移動」「適材適所」ということで、「規制緩和」を主張する識者もでてきているようです。

 

・東日本大震災からの国家危機は5年経った今も続いていると認識され、難問山積みの日本の世直しが早急に必要です。「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人も政治意識を高めて、世の中の動きを見ていく必要があるようです。

 

・大学出の経営コンサルタントでも会社の経営に失敗することもあるのですから、「松下電器」の創業者としての松下幸之助の実績には驚かされます。「経営の神様」は、ほとんど学校の教育を受けていないということですから、創業者神話が少なくないようです。「学歴は必要ないが、学力は必要だ」ということですが、「耳学門」だけではなさそうです。Amazonに「松下幸之助」と打ち込むと1380件の書籍が分かりますが、松下幸之助の研究者も少なくないようです。私たち一般人は、松下幸之助を詳しく知りませんが、松下幸之助の本人の実力努力だけはなさそうです。「群盲像を評す」といいますが、松下幸之助の全貌は分かりません。

 

・町工場から大企業に一代で成功したという人物は松下幸之助のほかにも存在しますが、「思想家」として知られる人物はいないそうです。松下幸之助の知的生活術は、この「人の話を聞く」ことだったそうですが、多くの有識者から知識を得たそうです。松下幸之助の晩年の仕事として松下政経塾の設立がありますが、当初は多くの人が「松下政経塾は失敗するだろう」と批判的な見方をしていたそうです。ところが、多くの国会議員を輩出しだしますと世間の評価は一変したそうです。

 

・松下政経塾の出身者の躍進の陰には多くの国民の「政治を何とか変えたい」という気持ちがあったのかもしれません。「どんな分野でも後継者の育成が最も重要だ」そうですが、松下政経塾の設立により、松下幸之助は自分の意志を受け継ぐ後継者作りに成功したようです。連綿と続く松下政経塾の卒塾者の活動が、日本の政治を大きく変えていくことでしょうか。政治を志す若者は多いそうですが、他の職業を経験することなく、直接に政治・政界に向かうことが、是非の議論もありますが、選挙の面で有利になり、それが特色のようです。

 

・選挙で洗礼を受けて、選挙で苦労する人が多いようです。官僚と国会議員の役割と選抜方法は全く違いますが、日本のシステムでは、選挙に資金も含めてものすごいエネルギーが必要なようです。よくいわれるように「地盤、看板、カバン」が選挙には必要であるそうです。公職が特定の人々に固定しないようにするには、「負けた場合の本人や家族が背負うリスクが大きすぎるので、選挙に出る顔ぶれがいつも同じになってしまうという問題点もある」というところを変えていく必要があるそうです。

 

・政治の世襲の問題も各政党でいろいろと規制ができておりますが、選挙は世襲でも大変だそうです。選挙に落ちて捲土重来を期している人も多いことでしょう。選挙コストを大幅に下げていく必要があるようです。国民の目も厳しくなっており、説明責任が求められるようです。

 

・政治の改革には、公募制とか選挙資金の問題とかさまざまな改正がなされているようです。インターネットを選挙の投票機械にする案は、まだアメリカでも実現されていません。やはり直接民主制の道を開くという事で、技術的な問題もあり、大きな抵抗勢力があるようです。ですが、インターネットというメディアは米国並みに利用されるようになることでしょう。まだインターネット利用の規制が多くありますので、規制緩和に進むものと思われます。

 

・私たち一般人は、「選挙のプロ」でもないので、選挙のどこの部分を変えていくことが「政治の近代化」に繋がるのか分かりません。「政治が遅れている」ともいわれます。議員定数の問題でも改革が遅れておりますが、政治の近代化をすすめてもらいたいものです。より合理的な選挙システムが望まれているようです。政治の古い悪いイメージを直していきたいものです。それにしても「外国の選挙プロに学ぶことは、まだまだ無尽蔵にある」そうです。

 

・「選挙は地盤、看板、カバン」といわれるように地盤を固める必要のある新人議員は大変な労力を必要としているようです。とくに小選挙区に変わったので、地元民との対面による懇談は地盤を固めるのには必須なのでしょう。

 

・インターネットの選挙運動が今年の参議院選挙には認められるようなので、各議員は、インターネットを充分に活用することと思われます。議員の世襲が多いのですが、「地盤」を固めて後援者が多いので、後援者の側から、世襲を要請されることが多いそうです。また選挙に強い世襲議員も多いようです。

 

・岡田氏のような大物議員でも選挙民との座談会で地盤を固める必要があるので大変です。議員は選挙民との関係を築くのに時間をとられ、なかなか勉強ができないそうです。選挙民との「直接対話」が必要なので、若い時から出馬するのが有利です。また、党の公認を取り、組織だった選挙をすることも重要なようです。いわゆる「選挙マシーン」がうまく機能する必要があります。インターネットと選挙マシーンの効率さを各党も追及していくことでしょうか。

 

・インターネット選挙には二つの意味があり、「選挙の広報の道具に使うこと」と「選挙の投票の機械に使うこと」の二つがあります。インターネットの投票に使う場合は、直接民主制の選挙に道を開くことになり、また選挙の結果が大きく違ってくるためか、拒絶反応があり、あまり議論されていないようです。投票率が上がると思えますが、代議員制度を壊す可能性があり、大きな抵抗勢力があるようです。

 

・「サルは木から落ちてもサルだが議員は選挙に落ちるとただの人」といわれますが、昨年の衆院選挙で落選した人々の戦いは、落ちた時から始まっているようです。

 

・米国の共和党のように「セルフヘルプ(自助)」を強調する党ですと、経済格差の大きい米国では健康保険にも入れない人が多くなり、米国に失望した人々も増えたそうです。米国ですら公的な医療保険の面では世界一ではないようです。

 

・米国の共和党と民主党の関係が日本の自民党と民主党の関係にあるとはいえませんが、国民が右傾化しているなかで民主党はどのように党勢を回復しようとしているのでしょうか。比例の票では、以前と大きくは違いがなかったそうですが。このような大不況の時代では、「公助」を増やすようにしなければならないでしょう。

 

・私たち一般人には、馴染みのない実在、右翼、左翼、暴力団、風俗関係者、ホームレスなど存在はするのですが、実態はよく知らない人々が多いようです。これらの人々の世界は、本や映画などで、目にしたりしますが、フイクションとナンフイクションが混じっていて、どこまでが実像で虚像なのか訳が分かりません。

 

・「宇宙人もの」や「UFOもの」の話も荒唐無稽な話が多くて、私たち一般人の多くは、訳が分からない話ばかりのようです。実在するようですが、はっきり分からない事。「後藤田正晴は真夜中に二度、眼をさます」ということで、真夜中に右翼の電話が必ずあったようです。「情報の鬼」としては、あらゆる組織・集団(右翼や左翼、暴力団など)の情報に通じていないと、いわゆる「物事の兆し」を見逃すことになるのでしょう。あらゆる反社会的な組織・集団も情報で動いているので、その種の情報を大規模に集める必要があるようです。水商売なども盛衰が激しく、流行に敏感のようです。

 

・「従軍慰安婦」の問題でマスコミが熱くなっているそうです。様々なタブーがあり、いろいろな見解があり、私たち一般人は、何が正しいのか正確に調べている暇も気持ちもありません。軍隊と性問題と言う歴史が始まって以来の性のタブー。専門家や有識者たちの見解も多様で、誰のものを信じればよいのか分かりません。特に社会にある様々なタブーについては、よくわからないので、触れたくないというのが多くの人々の行動形態のようです。

 

・後藤田氏の経歴から、活躍を期待した人は多かったようです。特に官僚の中に信奉者が多かったようです。後藤田氏も晩年には「やりたいことが沢山あるのに、時間がない」とよくこぼしていたそうです。何をしたかったのでしょうか。後藤田氏は「十年政界に出てくるのが遅かった」ので、総理大臣になれなかったともいわれているそうです。

 

・「政治とカネ」の問題も、昔は総理も絡むロッキード事件などの大型の汚職事件が多くて、国民の政治不信が高まりました。政治資金は政治家の集金能力による事が大きいのも、その原因があるのかもしれません。カネをもらった人には誰でも頭が上がらないようです。「政治家はいつも塀の上を歩いている」ということは、この国の政治は危ういものではないのでしょうか。その後、様々な政治改革がなされましたが。

 

・選挙対策に忙しい政治家と官僚の役割は昔から違うものなのですが、国家統治機構の設計者たちが考えていたものと違ったものになってきたようです。現代のような複雑な社会では、官僚の持つ専門性に容易に政治家は対応ができなくなったそうです。参議院選挙も近くなり、政治の季節になったようです。選挙戦には、様々な人間模様がでてくるようです。

 

・森元首相は、今の新国立競技場の問題でも脚光を浴びています。森元首相の政治的な背景は早稲田大学の雄弁会に強く根ざしているそうです。雄弁会の人脈のネットワークをフルに生かしたようです。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると、「早稲田大学雄弁会は、早稲田大学の弁論クラブである。内閣総理大臣を務めた海部俊樹、小渕恵三ら数多くの政治家が輩出。なお、政治家志望の学生の親睦団体ではないため、早稲田大学卒業の政治家の中で同会非出身者も多くいる」とのこと。

 

実績としては過去に5人の総理大臣を輩出している伝統の弁論クラブのようです。戦前・戦後に活動した政治家、元国会議員としては、60名、現役衆議院議員としては、17名、現役参議院議員としては、3名、地方議会議員・首長としては4名が挙げられるようです。雄弁会は、今でも政治を志す学生が狙う弁論クラブなのでしょうか。一大学のサークルがこれほど政界と深くかかわった例はないようです。雄弁会の活動を通じて森元首相は政界サバイバルのための色々なノウハウを先輩から教わったようです。しかし、今日、雄弁会も往時の勢いは失いつつあるのでしょうか。森元首相は昔の政党政治を知る数少ない人のようです。世襲の方が「看板、カバン、地盤」の点で、有利になるようです。政治家は、若いときから出馬する、長く続けるということがポイントになるようです。

 

・現在、政界では「合区」の参院選挙制度改革が大きな争点となっています。「一票の格差」をどのように是正するかという選挙制度改革で、各党の見解がさまざまなようです。ようやく「1010減」案でまとまりそうです。「一票の格差」が大きいと選挙の正当性が疑われ、そもそも政権の正統性も疑われることになります。「一票の格差」に関わる「違憲訴訟」もでており、いつまでも司法当局の意向を無視するわけにはいかないようです。選挙制度は、政権の盛衰に直結するために、昔から「選挙制度」の改革には、大きなエネルギーと時間が費やされたようです。インターネット選挙も過度期ですが、米国でも「投票機械」にしようとする動きはありません。

 

・「政治の近代化」もここ数十年でかなり進んだようです。昔は政治家や公務員の汚職がよくあったようです。「政治が遅れている」ことでは、国民の直面する問題に適切に対応できないでしょう。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があります。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろ

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

 

 

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