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件(くだん)の話は江戸時代だけのものではない。第2次世界大戦に件が現れて、「この戦争は負ける」といったという噂があった。(4)

 

 

 『遠野のザシキワラシとオシラサマ』

(佐々木喜善) (宝文館出版) 1988/4

 

 

 

<奥州のザシキワラシの話>

 <子供の時の記憶>

・ 私達は、幼少の時分、よく祖父母から炉辺話に、ザシキワラシの事を聞かせられたものである。そのザシキワラシとはどんなものかと言えば、赤顔垂髪(さげがみ)の、およそ56歳の子供で、土地の豪家や由緒のある旧家の奥座敷などに出るものだということであった。そのものがおるうちは家の富貴繁昌が続き、もしおらなくなると家運の傾く前兆だとも言われていたという。私達は、初めはその話を只の恐怖を持って聞いていたものであるけれども、齢がやや長けてくると、一般にこの種のものに対していだくような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらそのものの本来が私達の一生の運不運と関係があるので、畏敬の念さえ払うようになったのである。世間でもまたこの通りとか、何処の何某の家にそのものがおるといえば、他では羨望に表した、多少の畏服を感じ、また本元でも吉端として、ひそかに保護待遇に意を用い、決して他の妖異におけるがごとく、駆除の祈祷や退散の禁呪などは求めぬのである。

 

 

 

『日本人が知らない本当の道教』

三多道長   講談社インターナショナル  2009/7/27

 

 

 

<依頼心を捨てれば「御陰様」の力が発動される>

・こうした依頼心の強い人達は、残念ながら神様の助けを得ることはできないでしょう。不幸を避けるには、まず自分の力で予防することが大切です。

 

・道教的な生き方の基本は個人にあります。まず自分がどう生き残るか。これが一番大事なことです。次に大事なのが自分がどう幸せになるかです。まずは自分が凶を避け幸せになってこそ、自分の家族や周りの人達を幸せにできるからです。 

 実際に凶を避けて幸せになる。そのプロセスを体得することが何よりも重要なことです。そうすることによって「人縁美麗」という、いい意識で、いい感情で人と接し、相手のいい縁と連鎖反応を起こすことができます。

 

<天運をつかむ吉凶禍福の原理>

<あらゆるものに正邪がある><危険の多い神霊の世界>

・神霊の世界に近づいていくこと自体は、古来の日本を考えればごくごく自然な回帰のように思えます。しかし、一方では神霊の世界は、いいものもいれば悪いものも混在する玉石混交の世界ともいえます。

道士や霊媒師の中にも、陰の神や陰の霊といった邪霊と取引をしたり、供養することで見返りを受けたりする者もいるほどです。

 ですから神霊の世界に近づくことは、「御影様」といった吉の効果を期待するだけではなく、実は大変な危険を伴うものであるということを自覚していかなければならないと思います。

 

<道教のダークサイド>

・陰の神や陰の霊は神としての官職を持たず、無縁霊ですからきちんとした供養も受けられないため、空腹でお金もありません。

 

・神ではない彼らは天界の法律の制限を受けないため、供養すれば喜んでどのような願いにも必ず応じてくれます。

 

<道教の神、日本の神><霊界への贈り物>

・道教の神と日本の神との大きな違いは、道教にはもともと人間だった神様が多いことかもしれません。神も霊も物質でない気体でできた存在であり、その中で官職を与えられた霊が神になります。

 実は道教では鬼は霊の総称で、神の位をもっていない霊はすべて「鬼」です。先祖霊も鬼なのです。日本では鬼は邪を代表するもの、悪い存在とされていますが、道教では鬼は官職のない霊全般を指します。

 

<鬼とつきあう秘術><降霊を使いこなす方術「養鬼」>

・道教の秘術には、役鬼法、養鬼法などと呼ばれる鬼つまり霊を操る技術が存在します。道教の使い魔「式神」を使った危険な邪法です。

 

・「養鬼」とは、霊を自らの支配下に置いて、さまざまな目的達成の助けとすることを言います。

 

・したがって、養鬼法では原則的に子供の霊を使役し「養小鬼」と呼ばれる除霊使役術を使います。私達道士は「養小鬼」では聞こえがよろしくないので善財童子とか招財童子と呼んでいます。

 

<神とつながるために><道士の修行>

・道士の行う霊的修行のひとつに「走霊山」というものがあります。これは神様を自分自身に降ろし、神を体に乗り移らせて印や法を教えていただくなど、神とコンタクトして行う修行法です。

 

<陽の人の特徴>

・陽の人の特徴は、同じように仕事をする際でも、利己的欲望より「素晴らしい仕事をして社会の役に立ちたい」「人に喜んでもらいたい」など、「他」の繁栄、周囲の人や物事がよくなることを考えて取り組みます。

 

<女鬼の棲む家>

・家神は家を護り、繁栄をもたらしてくれる神様として知られています。ある時など、ご機嫌な様子で屋敷内を歩いているところをこの家の娘さんに目撃され、さらに娘さんと目まで合ってしまい、大層ビックリした様子で慌てて物蔭に隠れたそうです。どうやら自分が人間に姿を見られているとは思いもしなかったのでしょう。

 

・道教における家神は、子どものように背が低いとされ、祭祀に用いる机も卓袱台(ちゃぶだい)ほどの高さです。そこに香炉、三杯の酒、骨付きの鶏肉、豚肉(トンカツやトンテキなど)、焼き魚、ご飯、汁物などを供え、お箸もつけて祭祀するのが一般的ですが、同じように小柄であるということから、日本の座敷童子は道教の家神と同じと言えるかもしれません。

 家神は陰の神様に属し、お祀りする時間の陰の時間である午後3時から5時の間に行われます。また引越しの際には必ず家神の祭祀を行います。

 

・一家が家神を目撃するようになったのも、引っ越しの祭祀が終わった後でした。もしかしたら引っ越しのご挨拶に喜んで家人を護るために出てきてくれたのかもしれません。このご家族は除鬼のいる家から、吉をもたらしてくれる吉宅に移りすることができたのです。

 

<あらゆる災いから無縁の人生へ><人は天地の縮図である>

<心身が「静」になり、五感を超えた感覚が目覚める>

・肉体と霊(この場合は自分の霊)は陽と陰、表と裏です。肉体が休めば霊が目覚めます。心と身が「静」の状態になると、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感を超えた感覚が目覚めてきます。

 道教では、この感じる感覚「感」を大変大切にしています。

「感」が目覚めてくれば、いい人、いいこと、いいものと、反対にそうでない人、こと、ものが感じられるようになってきます。

 

・日常においても、心身を少し「静」にしてみると、事の吉凶や、他人の持つ気がよい気か邪気かの違いがわかるようになり、自分にとって小人か貴人かの区別もついてきます。

 

・私達はこの感覚をリセットするために、日々5分であっても打座を欠かしません。静かな場で良質の香を焚き、目をつむって体の機能を鎮めます。

 

 

 

『遠野のザシキワラシとオシラサマ』

(佐々木喜善)(宝文館出版)  1988/4

 

 

 

<奥州のザシキワラシの話><子供の時の記憶>

・私達は、幼少の時分、よく祖父母から炉辺話に、ザシキワラシの事を聞かせられたものである。そのザシキワラシとはどんなものかと言えば、赤顔垂髪(さげがみ)の、およそ56歳の子供で、土地の豪家や由緒のある旧家の奥座敷などに出るものだということであった。そのものがおるうちは家の富貴繁昌が続き、もしおらなくなると家運の傾く前兆だとも言われていたという。

 

・私達は、初めはその話を只の恐怖を持って聞いていたものであるけれども、齢がやや長けてくると、一般にこの種のものに対していだくような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらそのものの本来が私達の一生の運不運と関係があるので、畏敬の念さえ払うようになったのである。世間でもまたこの通りとか、何処の何某の家にそのものがおるといえば、他では羨望に表した、多少の畏服を感じ、また本元でも吉端として、ひそかに保護待遇に意を用い、決して他の妖異におけるがごとく、駆除の祈祷や退散の禁呪などは求めぬのである。

 

・またインターネット情報による『遠野物語』によると、

 

17段(遠野物語)

 旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず。この神は多くは1213ばかりの童児なり。をりをり人に姿を見することあり。土淵村大字飯豊(いひで)の今淵勘十郎といふ人の家にては、近き頃高等女学校にゐる娘の休暇にて帰りてありしが、ある日廊下にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大いに驚きしことあり。これはまさしく男の児なりき。

 同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物をしてをりしに、次の間にて紙のがさがさといふ音あり。この室は家の主人の部屋にて、その時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影もなし。暫時(しばらく)の間坐(すわ)りてをればやがてまたしきりに鼻を鳴らす音あり。

 さては座敷ワラシなりけりと思へり。この家にも座敷ワラシ住めりといふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり。

 

●第18段(遠野物語)

 ザシキワラシまた女の児なることあり。同じ山口なる旧家にて山口孫左衛門といふ家には、童女の神2人いませりといふことを久しく言い伝へたりしが、ある年同じ村の何某といふ男、町より帰るとて留場(とめば)の橋のほとりにて見馴(みな)れざる2人のよき娘に逢へり。

 物思はしき様子にて此方へ来る。お前たちはどこから来たと問へば、おら山口の孫左衛門が処(ところ)からきたと答ふ。これからどこへ行くのかと聞けば、それの村の何某が家にと答ふ。その何某はやや離れたる村にて、今も立派に暮らせる豪農なり。

 さては孫左衛門が世も末だなと思ひしが、それより久しからずして、この家の主従20幾人、茸(きのこ)の毒にあたりて1日のうちに死に絶え、7歳の女の子1人を残せしが、その女もまた年老いて子なく、近き頃病みて失せたり。

 

 

 

『オーブは希望のメッセージを伝える』

 愛と癒しの使命をもつもの

 クラウス・ハイネマン / グンディ・ハイネマン 

   ダイヤモンド社    2011/7/29

 

 

 

 <ハイネマン夫妻はアメリカや南米やヨーロッパなど世界中を旅してオーブ写真を撮ってきた>

・彼らは、オーブとそのヒ―リングの意図について非常に多くの証拠を提供してきました。

 

 <オーブ現象は私達が、スピリチュアルな次元へ移りつつあることを示している>

 <オーブ 謎の超知性体>

・オーブは、スピリットそのものではなく、スピリットからの放射であると思われます。

 

・技術の進歩により、オーブがデジタル写真に現れるには、ごくわずかな物理的なエネルギーしか必要でない。

 

・オーブは写真に現れてほしいという要求に答えます。たとえ、その存在に気づいてもらえないだろうと予想しても、写真に写ることを厭いません。

 

・デジタル写真の中で人に見えるように放射を行うスピリットが知性や意識をもつとするならば、彼らは何の理由もなく写真に現れることはないと考えるのが妥当でしょう。

 

・ここで使う「スピリット」という言葉は、知性と意識をもつ異次元の生命体を簡略化したものです。

 

・本書は、ハイネマン博士夫妻によって「オーブはどのようなメッセージを伝えようとしているのか」をテーマに書かれたオーブの入門書である。

 

 

 

『河童の文化誌』 平成編

和田寛  岩田書院  2012/2

 

 

 

<河童の同類とされている座敷童子(ざしきわらし)>

・ザシキワラシ(座敷童子)については柳田國男の『遠野物語』によって知られていたところである。

 

<アメリカのニューメキシコ州の異星人の死体>

・回収された異星人の姿は人間によく似ているが、明らかに地球人ではない。身長1.4メートル、体重18キロ前後、人間の子供のようだが、頭部が非常に大きい。手足は細長く、全体的に華奢。指は4本で親指がなく、水掻きを持っている。目は大きく、少しつり上がっている。耳はあるが、耳たぶがなく、口と鼻は小さくて、ほとんど目立たない。皮膚の色がグレイ(灰色)であるところから、UFO研究家は、この異星人を「グレイ」と呼ぶ。

 

・異星人グレイと河童を並べてみると、素人目にも、そこには多くの共通点を見出すことができるだろう。

 まず、その身長、どちらも1メートル前後、人間のような格好をしているが、頭部だけがアンバランスなほど大きい。

 大きな目に、耳たぶのない耳、そして、小さな鼻穴と、オリジナルの河童の顔は、そのままグレイの顔である。

 最も注目したいのは、その手である。

先述したようにグレイは河童と同じ鋭い爪、水掻きがある。おまけに指の数が、どちらも4本なのだ!。

 また、グレイの皮膚の色は、一般にグレイだが、ときには緑色をしているという報告もある。

 河童の色は、やはり緑が主体。ただ両生類ゆえに皮膚はアマガエルのように保護色に変化することは十分考えられる。

 

・これらが、意味することは、ひとつ。アメリカ軍は、組織的にUFO事件を演出している。

 捕獲した河童を異星人として演出しているのだ。

 

 

 

『怪談四代記』   人霊のいたずら

小泉凡     講談社   2014/7/24

 

 

 

<異界への想像力――アイルランドの不思議な出会い>

<バンシー>

・スライゴは別名イェイツ・カントリーともいわれ、妖精譚を採集し再話したノーベル文学賞詩人のウィリアム・バトラー・イェイツがとりわけ心の故郷と感じた場所だ。イェイツはこの地でおもにパディ・フリンという老人から採話した妖精譚を『ケルトの薄明』(The Celtic Twilight)として上梓した。その中には、神隠しにあったという人の話や家付きの妖精の話などさまざまな妖精譚が収録されている。たとえばこんな話だ。

 

・大体どこの谷間や山の辺でも、住民の中から誰かがさらわれている。ハート・レークから23マイル離れたところに、若い頃さらわれたことがあるという老婆が住んでいた。彼女はどうしたわけか、7年後にまた家に戻されたのであるが、その時には足の指がなくなっていた。踊り続けて、足の爪先がなくなってしまったのである。

 

       (井村君江訳『ケルトの薄明』ちくま文庫

 

・この話を読むと、多くの読者の方は柳田國男の『遠野物語』第8話を思い出すだろう。

 黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。

 

 松崎村の寒戸というところの民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎおきたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、ある日親類知音の人々その家に集まりてあるし処へ、きわめて老いさらぼいてその女帰り来たれり。いかにして帰って来たかと問えば、人々に逢いたかりしゆえ帰りしなり。さらばまた行かんとて、ふたたび跡を留めず行き失せたり。その日は風の烈しく吹く日なりき。されば、遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、今日はサムトの婆が帰って来そうな日なりという。

 

(柳田国男『新版 遠野物語  付 遠野物語拾遺』角川ソフィア文庫)

 

・「サムトの婆」は、梨の木の下で神隠しに逢った娘が、30年あまりたって束の間戻ってきて、また異界に帰って行くという話だ。さらに『遠野物語拾遺』の135話には青笹村中沢の新蔵という家の先祖に美しい娘があり、神隠しにあって六角牛山の主のところへ嫁に行ったが家が恋しくなって束の間戻ってきたという話もみえる。

 

・ここでアイルランドと日本の神隠し譚に共通するのは、連れ去られるのは女性であるという点と、何年かして一度は戻ってくるという点、さらにこういったふしぎな出来事は、町中ではなく異界に近い村はずれや山麓などで起こりやすいという点だ。時間帯は概して日没や夜明け前の薄明の頃。The Celtic Twilightという書名も当然、妖精出没の時間帯を意識しての命名だったと思われる。また、行方不明者が出た場合に、失踪事件ではなく神隠しとしてとらえ、異界の力の関与を認め、異界への畏怖の念を物語として伝えていくという点も両者に共通する精神性だ。

 

・しかし違いもある。柳田國男は「天狗の話」(『妖怪談義』)の中で「フェアリーの快活で悪戯好でしかも又人懐こいような気風はたしかにセルチック(ケルト的)である。フェアリーは世界のお化け中まさに一異色である。これに比べると天狗はやや憂鬱である。前者が海洋的であれば、これは山地的である」と、日本とアイルランドの神隠しの容疑者のイメージの差異を述懐している。

 

・アイルランドには家付き妖精の話も多い。イェイツは「家につく幽霊は、普通は無害で人に好意的なものである。人はその幽霊に、出来るだけ長くとどまってもらおうとする。こうした幽霊は、自分の居る家の人々に、幸運をもたらす」と言っている。また柳田國男やハーンが親しんだトマス・カイトリー『フェアリー神話学』(The Fairy Mythology,1850にもアイルランド南部コーク州の紳士の家に住みついたクリルコーンという家付きの妖精の話が載っている。クリルコーンは家事を手伝うが時に待遇が下がると仕返しをした。煩わしくなった家族は引っ越しを決意するが、自分も連れて行けと妖精に駄々を捏ねられ、引っ越しを断念し、妖精は主人の死後もその家に住み続けたという話だ。

 

・柳田國男はイェイツの『ケルトの薄明』などを読んで、アイルランドのこんな家付き妖精の存在を知り、柳田に原「遠野物語」を語った話者佐々木喜善に興奮して「愛蘭(アイルランド)のフェアリーズにはザシキワラシに似たるものもあり」と手紙を認めたほどだった。ケルト世界では家に住んで仕事を手伝う妖精は一般にブラウニーという名で知られている。アイルランドではプーカと呼ばれる。見られるのを嫌がるので夜の間に仕事を手伝い、少しの食物を与えたりすると、それを自慢しに妖精の国に帰ってしまうと言われている。

 ケルトと日本の超自然的存在には共通する神性がある。ハーンも柳田もそれに気づいていた。

 

・余りの寒さで、海岸の近くにあった小さな店に飛び込んだ。日用品のほかにポストカードなど観光客向けのお土産も扱っている小さなよろず屋だった。店の奥に手作りのセント・ブリッジド・クロスが置いてあったので思わず手にとって眺めてしまった。

 

・これは、インボルグと呼ばれるケルト民族の節分行事の際に、悪霊退散、無病息災を念じて麦わらやイグサでつくる魔除けだ。日本の各地でも節分のころにヒイラギの枝に鰯の頭を刺して門口に飾る習慣があるが、それと心意は同じものだ。地域によって形状が違うが、スライゴのものは4枚の麦わらでつくった羽根を組み合わせて十字形に仕上げている。お土産用として小奇麗に加工されたものはダブリンでも見たことがあったが、こんな素朴な手作りのものははじめて見たのでやや興奮気味だった。インボルグは21日に行われ、現在でもアイルランドの小学校では子どもたちがこの魔除けの作り方を習っているという。カトリックの国でありながらこんな根強く民衆の間に浸透した民間信仰があるのが、アイルランドの文化を奥行き深く多彩にしている。

 

・地元のお客と会話を楽しんでいた店員の老婆が、3人の中で私をめがけて近づいてきた。セント・ブリッジ・クロスに興奮していたのできっと説明してくれるのだと思って微笑みながら挨拶を交わした。ところが、こう切り出された。

 

「あなた、妖精好きでしょう?」

何で、3人の中で自分を選んでそんなことを訊くのだろうか。

「はい、興味があります」と正直に答える。

「聞いて欲しい話があるのよ。私は48歳の時に夫に先立たれたの。夫が亡くなる前の晩、バンシーが枕元にやってきて目を赤くはらして泣いたのよ」

 

・バンシーとは、アイルランドの裕福で家格のある旧家に住み着くといわれる妖精だ。「シー」はアイルランド語で「妖精」、「バン」は「女性」をあらわすので、まさに「女の妖精」。裕福な家に住みつくという点では座敷わらしとも似ているが、家族の死を予兆する妖精として知られ、その不気味さは座敷わらしのイメージとは異なっている。老婆はその姿を詳しく語ってはくれなかった。

 

・しかし一般にバンシーとは天寿をまっとうできず亡くなったその家の女の霊で、青白い顔で流れるような長い髪をもち、常に泣いている目は火のように赤い。緑の服の上に灰色のマントを着ているといわれる。バンシーの話を人にすることはある意味では自分の家筋への誇りを語ることになるのかもしれない。

「私はその場面を今もはっきり思い出すことができるの。その後まもなく私の夫は死んでしまったの。バンシーが告げた通りになったわ。だから私はバンシーの存在を信じているの」

 

<ハッピー・ゴースト>

・「娘のキアラは今、中学生になったけど、この子は小さい頃いつも暖炉のまわりで家族以外のものと会話を楽しんでいたんだ」

 

「家族以外の?」

「そう、もちろんそれはゴーストだよ。一人っ子のキアラはいつも暖炉のそばで老婆と遊んでいたんだ。老婆といっても上品なきちっとした身なりをしていたらしいよ。キアラが学校に行くときは彼女が門まで見送りに来て、キアラも彼女に手を振るんだ。きっとこの城の住人だったんだろう。でも、安心して!祟りをするようなゴーストはこの家にはいないよ。むしろハッピー・ゴーストだよ。ガーディアン・エンジェル(守護天使)といってもいいかもしれないな」

 

・その数日後、日本へ帰国し、撮影した写真のデータを妻がパソコンに取り込んだ。もちろん、ショーンの家でもずいぶん写真を撮っていた。一枚ずつ、クリックしてみると、何枚かにどうも気になる共通点が感じられた。それは、ショーンの家の暖炉の前で撮った写真だけにみられたのだ。白っぽいぼやっとした球状のものが写っている。まあ、光線の加減でこんなオーブが写ることも珍しくないことと自分で納得するしかなかった。

 数日後、パソコンを開いて、少しだけドキドキしながらその写真を開いてみる。するとどうだろう。玉が移動している。直感的に思った。でもそんな馬鹿なことはあり得ない。記憶が曖昧なだけだ。自分にそう言い聞かせた。

 

・そして1週間後、今度はかなりドキドキしながら例の写真を開いてみる。するとどうしたことか、明らかに玉が場所を変え、サイズも大きくなっている。おまけに増殖し光度を増しているではないか。もう我慢できない。

 ショーンが来日した時、妻が実際の写真を見せながらショーンに「オーブが動くよ!」と説明した。

「そんなことはよくあるさ。ハッピー・ゴーストだよ。からかって遊んでるだけさ!心配しなくていい。俺が連れて帰るからもう動かなくなるよ」

 

・アイルランドの田舎に暮らしていると、異界と現世は今も日ごろから交渉を続けているようだ。そんな豊かな心が羨ましいと思った。ハーンもダブリンの家で過ごした少年時代、「夜となく昼となくそれを見たという理由で、その当時、私は幽霊とお化けを信じていた」と自叙伝「私の守護天使」に回想していたことを思い出す。

 ショーンの言葉通り、その後、オーブは決して動かなくなった。

 

<ゴーストツアー>

・人気のあるツアーのようだ。翌朝、9時前に再訪し、無事、チケットを手に入れた。そして夜8時にゴーストバスに乗り込んだ。魔女のようないでたちのガイドがさっそくダブリンの怪談を語り始める。ほとんど俳優の域に達している。「ダブリンの取り憑かれた聖堂の謎解き」をテーマに掲げているこのツアーは、クライスト・チャーチという12世紀にできた石造りの有名な大聖堂をまず訪ねる。

 

10時ちょうどに、オコンネル通りのダブリン市交通局本社前に戻ってきた。これは、実に魅力的だ。参加者の遊び心と恐怖心と知的好奇心をバランスよく刺激するツアーである。そのバランス感覚が絶妙。こんな気持ちにさせるのはひとえにガイドの力量によるものであろう。そしてノーベル文学賞作家をここ100年以内に3人も輩出した文学の都ダブリンの特長を現代的感覚で巧みに生かしているようにも感じた。

 

・帰国後、ただちに2006(平成18)年から松江市内の観光文化施設の管理運営をはじめたNPO法人松江ツーリズム研究会と相談し、同年夏に試験的に松江市交通局からレトロ調のバスを借り上げ、自分がガイドをつとめるゴーストツアーを実施した。参加者から好評を得て、その後、恒常的な観光プランとして実施しようという意欲をかきたてられた。

 

 

 

『天使の声を聞く方法』

あなたのエンジェル・ガイダンスに気づきましょう

 ドリーン・バーチュー   ダイヤモンド社  2011/9/29

 

 

 

<オーブは写真に写った天使>

・天使が私たちに姿を見せる最も新しい方法の一つに、光のオーブとして写真に写ることがあります。

 

・彼らのイメージは写真を現像すると、白い光の球体として現れます。屋外で撮った写真には妖精もよく現れますが、そのイメージは野原や森を飛び跳ねている虹色のオーブのように見えます。これらのオーブを写真に写す一番いい方法は、生まれたばかりの赤ん坊やスピリチュアルな生き方をしている人をスナップ写真に撮ることです。

 

・デジタルカメラを使えば特に天使の姿をとらえやすくなります。

 

<養子となった人にはたくさんの天使がついています>

・養子となった人のスピリット・ガイドがついてはよく尋ねられますが、彼らは、他の人よりも多くの天使や亡くなった愛する人がそばについているとわかりました。

 

・養子となった人には常に血縁家族からのスピリット・ガイドがついています。この例外を見たことはありません。それは、亡くなった両親、兄弟姉妹、祖父母、叔父、叔母などです。

 

・養子となった人には、さらに友人や養子となった家族側のガイドもついているのです。彼らのそばには普通の人よりもたくさんの天使がいると私は、信じています。それは養子縁組に伴うさまざまな人生の変化に対処できるように守り助けてくれるためにだといえるでしょう。

 

 

 

『奇蹟に出会える世界の聖地』

稲田美織    小学館  2014/7/2

 

 

 

<ネイティブアメリカンの「聖なる地」へ>

7世代先のことを考えて生きる>

・ネイティブアメリカンの人々は、人類学によれば、紀元前23000年から紀元前12000年頃、アジア・アラスカ間のベーリング海峡にかかる陸の橋を渡り、東アジアに住むモンゴロイドの一部が、アメリカ大陸に出現したのだと伝えられている。ホピ族の伝説ではもっと古代からアメリカに出現したのだと伝えられている。

 

・自然に畏敬の念を持ち、祈りと生活が密着するネイティブアメリカンの人々は、日常すべてが聖なるものに直結しているので、彼らの言語には宗教という言葉すらなかった。そして“すべての終わりは始まりに戻る”というサイクルが永遠に続くという思想を持ち、彼らは、7世代先のことを考えて生きているのだという。土地も神様からの借り物で、空気同様所有するという概念はない。

 

<宇宙の中心「フォー・コーナーズ」>

・アメリカで唯一、4つの州が接する場所がある。アリゾナ・ユタ・コロラド・ニューメキシコ州が交わるその場所をフォー・コーナーズといい、ここはネイティブアメリカンの中でも伝統をそのまま引き継ぎ、未だに現代文明に飲みこまれることもなく、部族本来の生活を守り続けているホピ族の聖地である。ホピという名前は“平和の民”という意味だ。

 そして、このフォー・コーナーズの辺りが宇宙の中心と呼ばれていて、その地点から西海岸と東海岸に、またカナダから南米へと大きな十字がホピ族の移動の軌跡を表している。マヤ文明もホピと繋がっているという伝承がある。

 

・コロラド州にはメサ・ヴェルデというアナサジ族の遺跡がある。(中略)西暦1300年頃、アナサジの人々は、このメサ・ヴェルデから忽然と姿を消した。考古学者による様々な説が上げられたが、ネイティブアメリカンの人々は、この移動を宗教儀式的な移動“マイグレーション”であると信じている。それは、一か所に安住すると精神が堕落するので、精神・物質的な浄化を行う儀式として、ある周期で大移動することなのだという。

 

<自然を所有することはできない>

・ホピ居留区から南に数時間車で走った所にセドナという赤い岩で囲まれた癒しの地がある。アメリカ人が住みたい町として常に上位にあがる、美しい町。観光案内で配られている町の地図を見ると、ボルテックス・スポットと数か所に記してあった。地球のエネルギー(気)がそこから吹き出ているのだという。

 

<原子爆弾とホピ族の予言>

・実は彼らが神から与えられ、清く守ってきたその土地はウラン鉱石が眠る場所だったのだ。その発見以来、西洋人は自分たちで決めた法律で土地を奪い、ここから採掘されたウランによって原爆は作られ、ネイティブアメリカンの大切な聖地であったホワイトサンズで実験が行われ、その数週間後に日本に落されたのであるという。

 

・彼らの伝説によれば、創造主が作った第一の世界は、初めは動物とも話ができるほど調和の世界であったが、人々はいつしか傲慢になり、その結果、火(火山)によって滅ぼされた。第二の世界は、人々が神から遠ざかったことで、地球を回していた双子の聖霊が両極から離れてしまい、極が移動し、氷に閉じ込められて滅びた。

 

・第三の世界も、文化や文明が栄えたが、人々はまたしても利己主義になり神を忘れ、水(洪水)によって滅ぼされた。一部の敬けんな人々だけが葦の舟で救われて、地下の世界で生き延び、今私たちが生きている第四の世界に繋がった。しかし、今回も人間は物質主義にとらわれたので、創造主はまた浄化を行うのだという。

 

2012年に区切りをつけたマヤの暦>

・マヤカレンダーによると、今回の時代の始まりが、紀元前3114811日だったので、その終焉の日は20121223日と言われていた。その翌年の2013年にはご存知の通り、伊勢神宮で式年遷宮が行われた。私は、マヤカレンダーは人類滅亡を予告したのではなくて、2012年はひとつの区切りで、それにより2013年にかけて人々の意識が大きく変わったのではないかと思っている。

 

<大天使ガブリエルとムハンマド>

・こうして旧約聖書は始まり、天と地とそのすべての万象が完成された。ユダヤ、キリスト、イスラム教は、この旧約聖書を根にしている。エルサレムに3つの聖地が集まっている理由は、それらが元はひとつだったからなのだと納得した。アブラハムは、ユダヤ、キリスト、イスラム教徒の先祖で、彼らは本来、大きな家族なのである。

 

・私たち日本人にとってイスラム教は馴染みが薄い。私自身、イスラム教の聖地を訪れた時に初めて、ムハンマドが大天使ガブリエルを通じて神から啓示を受け、それがコーランとなったと知った。キリスト教において、人類を導く霊的存在なのだと思っていた大天使がイスラム教にも関係していたことに大変驚いた記憶がある。しかもムハンマドが布教の際受けた迫害の最中、再び大天使ガブリエルに導かれ天界を巡礼し、第一天でアダムに、第二天でイエスとヨハネ、第三天でヨセフ、第四天でエノク、第五天でアロン、第六天でモーセ、第七天でアブラハムと出会い、有徳の兄弟として迎えられた。

 

・天界巡礼にて、聖書の重要人物が全員登場したことからも、天界ではユダヤ教、キリスト教、イスラム教がひとつの大きなものであるということがよくわかる。それが地上に降りてくると、なぜ複雑になってしまうのだろうか。

 

 

 

『宇宙人飛来の謎』 宇宙考古学の解く人類の誕生

(アラン&サリー、ランス・バーグ) (二見書房)  1976

 

 

 

<太古神“ヴィラコチャ”>

・伝説の語るところによれば、肌の白い髭をはやした男たちがチチカカ湖の岸辺から現れ、原住民を支配して、彼らに文明の祝福を与えたという。

 

この話は、アズテック族の間に伝わる“善なる神ケツアルコアトル”についての伝承を想起させる。この神も、恵み深い恩寵を原住民に施そうと、東方から大高原に登ってきたという。

 

<白い神ケツアルコアトル>

・伝説の霧の中に隠れた、このヴィラコチャとケツアルコアトルとククルカンとは、三つの異なる文化と祖先たちのおぼろげな記憶の彼方では、同一人物とみなすことができるだろうか?

 

 

 

『あなたの前に宇宙人が現れます!』  ついに来たその時

大出現!UFO&地球外知的生命体の『超』機密解除

田村珠芳、グレゴリー・サリバン(ワンダラー) 

 ヒカルランド 2011/7/30

 

 

 

<運命の糸に導かれてUFOの基地アダムズ山へ>

・アメリカ西北部、シアトルから約250キロ離れたアダムズ山に毎晩、UFOが見える別荘があります。

 

・そうした中で、ECETIを知りました。「エンライテンド・コンタクト・ウィズ・エクストラ・テレストリアル・インテリジェンス/地球外知的生命体との覚醒的コンタクト」の略称です。

 

・このECETIが所有する別荘が、アメリカのワシントン州にあり、毎晩UFOが見えるというのです。

 

・ECETIは素晴らしく感動的な所でした。アダムズ山の景観や周りの自然もとても美しく、スタッフに東京で育ったという人もいて、日本在住の私との不思議な縁を感じさせられました。

 

<アダムズ山の地下に、UFOの入口がある!>

・アダムズ山には地底都市の入口があります。UFOはこの付近から出入りします。別荘は山から約20キロの所にあります。

 

・これまで、UFOを目撃したという数多くの証言があります。飛行機や流れ星ではないと確信を持って宣言できる人が増えれば、世界は変わってきます。

 

1940年代後半に「空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)」という言葉が生まれました。1947年、アメリカ人のケネス・アーノルドが自家用飛行機で飛行中に、上空を飛行する奇妙な物体を目撃し、「円盤状の物体が水面上をスキップするように猛スピードで移動していた」と報告しました。アーノルド氏が飛行していたのも、アダムズ山が連なるワシントン州のカスケード山脈だ。

 

・アダムズ山は火山で、ネイティブ・アメリカンのヤキマ族の聖地です。ヤキマ族の神話では宇宙人とのつながりが強いエリアとして描かれています。許可を得ていない一般人は登山できず、車で近づくこともできません。ヤキマ族の神話には宇宙人が登場します。目が真っ青で金髪の宇宙人です。アダムズ山付近はヒーリング・スポットであり、多くのボルティックスがあります。

 

・骨折や病気をしたら山へ行き、三日ほどこもると、すっかり治っていることもあるそうです。ヤキマ族と宇宙人とは友好的な交流が続けられてきたからでしょう。 ECETIの別荘が建っているエリアは、妖精、小人、オーブ、ビッグフット、自然霊など、まさに八百万(やおろず)の神が集まっている場所です。

 

地球に来る小さな宇宙船と地球に近づかない大型のアシュター・コマンド(母船)

・グレッグ;宇宙連合のアシュター・コマンド(母船)は地球から遠い所にあり、我々がコンタクトしているのは、小さい宇宙船です。母船は、あまり地球に近づかないのです。

 

 

 

『この地球を支配する闇権力のパラダイム』

  騙されるな!光の叡智Ato

(中丸 薫) (徳間書店)   2006/9

 

 

 

<マゴッチの深宇宙の情報・宇宙連盟>

・アリゾナ州のセドナの町一帯は、特殊なエネルギーの充満するパワー・スポットとして有名です。UFOの往来が多くて、全町民が至近距離で見ているので、これを疑う人は一人もいないと言うことです。

 

・その赤い土壌の下には、クリスタルからなるレムーリアの都市、星とつながる古代の出入り口があると信じられているそうですが、なんといってもその中心は、ベルロックでしょう。それは、巨大な「空飛ぶ円盤」の形をした丘状の岩石層で、このベルの形をした岩石の内部になにか仕掛けがあるらしく、マゴッチさんは、1987年の2月、この丘のメディスン・ホイールに近づくと突然足の下が抜け落ち、内部に引っ張り込まれました、そこには、宇宙人クェンティンさんが待っていて、ここで本を著すための集中講義をうけます。

 

・各部門はあらゆる点で完全な自立管理体制をとっているが、連邦の首都ザンシウスに代表を送っている。連邦諸世界は精神面で統一されており、遥か遠く離れたガーディアン評議会と言う上部機関に導かれている。これらの諸世界は、連邦宇宙艦隊によって結び付けられている。

 

・マゴッチさんの1985年2月24日のコンタクト場所は、メキシコシティから68キロ離れたテオティワカンの古代ピラミッドがあるところでした。メキシコの様々な歴史的出来事を描いたナショナル・パレスの大壁画の最初に描かれているのは、大昔のトルテック族時代のある光景で、先住民に囲まれて王座に座っている金髪の青い目をした白人が、伝統的な神座統治者ケツァルコアトル(この時代、クェンティンさんはこの人物として地球にいました)です。この地でマゴッチ(「深宇宙探訪記」(加速学園出版部))さんは、通りすがりのメキシコ人のほとんどが、クェンティンさんを眺めていくのに気がつきます。

 

<聖地にはパワーがある>

・アメリカ合衆国、アリゾナ州フェニックスは灼熱の砂漠にありながら、大都会に成長して、膨大なエネルギーと水資源を浪費している。この大都市とホピ族居住地の中間点にセドナという小さな町がある。風光明媚な観光地区であり、多くの芸術家たちが、住むこの町の特長は、なんといっても周辺にあるヴォルテックスと呼ばれるエネルギーの渦であろう。5ヶ所ほどから発せられ、それぞれが異なる種類のエネルギーは、地中から上空に向かって発散され、あたかも大竜巻のような形をしている。これは赤外線の航空写真からも見ることができるが、人間の健康に非常に良く、霊的な成長も促すという。

 

・また、ベルロックと呼ばれる鐘の形をした丘(一種の巨大なピラミッド)の上空では、エネルギーを充填するために現れるUFOが頻繁に目撃されている。ベルロックに限らず、このようなパワー・スポットでは、UFOが目撃されることが多いのである。

 

 

 

『セドナ・スピリチュアル・ガイド』

レバナ・シェル・ブドラ   クリアサイト・ジャパン   2011/11/1

 

 

 

<セドナのヴォルテックス>

・人々がセドナで経験したことや、ヴォルテックスの性質や場所、特別なパワーが感じられる場所、宇宙への出入り口、時間の扉、崖に建つクリスタル寺院や地中のクリスタル都市、セドナで目撃されたUFOのことなどについてさまざまな話を聞くこともできるでしょう。

 

<精霊の土地>

・現在、セドナには、およそ18000人が住み、毎年400万人の観光客が訪れます。1995年に北アリゾナ大学が行った調査によるとセドナにやってくる旅行者の64パーセントがスピリチュアルな体験を求めているということです。

 

・ポジティブなパワー・スポットは、ハワイのカウアイ島とセドナで、どちらも赤い岩に覆われた土地となっています。強力なエネルギーが渦巻き、創造主が虹を生み出す場所になっているのだということです。

 

<セドナは狭い地域の中に驚くほどたくさんのヴォルテックスが密集している点で特別な場所>

・セドナでは多くの人が人生を変えるような経験をしています。

 

<ヴォルテックスはエネルギーの渦です>

・エアポートメサは、オリオン座と強い結びつきを持っています。このヴォルテックスは、また光のエネルギーが流れる天上のレイラインを通してエジプトのルクソール神殿とカルナック神殿につながっています。

 

・月と冥王星からやって来るエネルギーはベルロックを通して地表を通るレイラインに入り地球全体に送られます。

 

・この15年の間にヴォルテックスを訪れたサイキックや霊媒や占星術家の多くは、実にさまざまなビジョンを目にし、ヴォルテックスのもつさまざまな面を感じ取っています。異星人を見た人もいれば、さまざまな自然の神々や大地を守るカチーナの精霊を見たという人もいます。

 

<セドナ郵便局>

・セドナ郵便局の一帯は、エネルギーの状態が常に思わぬ変化を続けているため、「時空のゆがむ場所」と呼ばれます。

 

・郵便局の正面玄関の外にあるベンチに座ると、はっきりとエネルギーを感じ取ることができます。このヴォルテックスは、目の前の幹線道路を横切って延びており、人によっては陰のエネルギーを感じさせ、郵便局の前を通り過ぎる時に、奇妙な経験をしたと言う人もいます。

 

<コートハウスロックではアストラル界の寺院のエネルギーが、強く感じられる>

<セドナとレムリア文明>

セドナに行った人の多くが、瞑想中に、地下に埋もれたクリスタルの都市やクリスタルの寺院を共通のビジョンとして見ています。

  そうした地下のビジョンを見た人のなかには何の予備知識もないままセドナにやってきた旅行者も多く含まれています。このことからセドナはレムリアが海底から隆起した土地で、地下にはレムリア人の建設した巨大なクリスタルの都市が埋もれているのだと考える霊能師やエネルギーワーカーもいます。確かにセドナには海のエネルギーを感じます。地質学的に言っても、その一帯は、かって海の底でした。

 

<私自身も赤い岩山の上でクリスタルの寺院のビジョンを見たことがあります>

 

 

 

『国際化時代と『遠野物語』』

石井正己     三弥井書店     2014/9

 

 

 

<『ケルト文化と『遠野物語』』 小泉凡>

・実は柳田国男もそういった共通性を『遠野物語』を著す時点ですでに気づいていた。それは『石神問答』に収められた佐々木喜善宛て書簡中の「愛蘭のフェアリイズにはザシキワラシに似たる者ありしかと存じ居候」という一文から明らかだ。柳田はとくにアイルランドに特徴的な妖精信仰と遠野の小さな神々への信仰という共通性に気づいていたのだ。

 

・短絡的にケルトと日本を結びつけることは慎まなければならないが、遠野の河童淵に伝わる河童駒引き譚が石田栄一郎によってユーロアジア共通の口承文芸として位置づけられたことと同様の視野をもってケルト文化と『遠野物語』を考えることは重要だ。

 

・本稿では、主として柳田国男がザシキワラシとケルトの妖精の共通性を示唆されたイェイツの『ケルトの薄明』の中から、『遠野物語』につながる伝承を見出し、比較しつつ共通点や相違点を探ることを主としたい。

 

<ケルト文化とは>

・ケルト人の定義は曖昧だが、基本的には「ケルト語を話しているか、かつて話していた人たち」、つまり語族の名としてとらえるのが、一番誤解が少ない。

 

・ケルト人の民俗宗教はドルイド教と呼ばれる太陽信仰で、紀元前1世紀から3世紀頃に最盛期を迎えた。

 

<『ケルトの薄明』と柳田国男>

・『ケルトの薄明』は、イェイツが幼い頃に親しんだアイルランド西北部のスライゴー地方に伝承される超自然的世界の物語を自らの体験や感想をまじえて記したもので、話の大半はパディ・フリンという老人からイェイツ自身が聞き書きしたものだ。

 

<家につく精霊>

・ただ、家の霊としてイェイツは次のような話を紹介している。

 家につく幽霊は、普通は無害で人に好意的なものである。人はその幽霊に、出来るだけ長く家にとどまってもらおうとする。こうした幽霊は、自分の居る家の人々に幸運をもたらす。

 

・家に住む超自然的な存在としての共通性は認められるが、細部においてはザシキワラシにみられない、おどけた闊達なキャラクターを持ち合わせていることがわかる。こういった家つきの幽霊伝承は、現在でもアイルランドの概して古い家に存在する。私の知人ショーン・ライアンは、ティペラリー州とオファリー州の境にあるレップ城という小さな古城を買い取って暮らしているミュージシャンだが、彼の家にもそういった霊がいて、彼の娘さんが子どもの頃、いつも暖炉の近くで幽霊と対話をしていたという。その後、愉快な幽霊は、来客にもいたずらをしに出てくることがあるが、「ハッピー・ゴーストなので安心だ」と言っている。現に私自身も、5年前に彼の家で撮影した写真に不思議な現象が現れた経験があり、今も実際あったこととして受け止めている。

 

・さて、『ケルトの薄明』には次のような一文が紹介されている。

 暫く前のこと、とその農夫が言うには、妖精とわかる「小さな生きもの」、一人は若者で、もう一人は若い女性であったが、二人は農家にやって来ると、一晩じゅう暖炉を掃除したり、家のなかをきれいに片付けていった。

 

・また、柳田国男が親しんだトマス・カイトリー『妖精神話学』にもアイルランド南部コーク州の紳士の家に住みついたクルリコーンという家付き妖精の話が載っている。クルリコーンは家事を手伝うが、特に待遇が下がると仕返しをした。煩わしくなった家族は引っ越しを決意するが、自分も連れて行けと妖精にだだを捏ねられ、引っ越しを断念し、妖精は主人の死後もその家に住み続けたという話だ。

 

・『遠野物語』十五話には、オクナイサマの化身と思われる小僧が代掻きや田植えの手伝いに来てくれたという話が、「拾遺」の九○話には蔵ボッコが糸車をまわした話があるが、小さな精霊が仕事を手伝うという話からは、ケルトと日本の超自然的存在に共通する神性が見えて来る。ケルト世界では家に住んで仕事を手伝う妖精は一般にブラウニーという名で知られている。アイルランドではプーカと呼ばれる。見られるのを嫌がるので夜の間に仕事を手伝い、少しの食物を与えていれば喜んで働くが、お礼に立派な衣服を与えたりすると、それを自慢しに妖精の国に帰ってしまうといわれている。

 

・ケルト世界には他にバンシーと呼ばれる家つきの精霊がひろく知られている。「バン」はゲール語で「女」、「シー」は「妖精」を意味する。「シー」には同時に「塚」という意味もあるので、おのずから妖精は塚の下に住む小さな住人というケルト人の妖精観もこの語彙からわかる。バンシーはケルト世界の死の預言者で、自分の家族に死者がでる前ぶれとして枕もとに現れ、眼を真っ赤にはらして泣き叫ぶという不吉な妖精ではあるが、アイルランドではバンシーがいる家は裕福な旧家とされ、ある種のステイタスにもなっている。この点はザシキワラシの伝承とも共通する。

 

・私にもこんな体験がある。2002年の晩夏、スライゴーの近くのストランド・ヒルという大西洋に面した小さな村の店に入ったところ、店番をしていた老婆が体験談を語ってくれた。「今から何十年も前、私は夫に先立たれたの。それは彼が48歳の時だったわ。その時に、枕もとにバンシーがやってきて、目を真っ赤にして泣き叫んだの!生涯このことは忘れられないわ」と、初対面の外国人である私に深い思いをぶつけてきた。このあたりでは、21世紀の今日でも時折、現実の世界で異界の話が過去の事実として語られることがある。

 

<神隠しをめぐって>

・神隠しはケルト妖精譚の中でももっとも普遍的なテーマのひとつといえるだろう。『ケルトの薄明』にも「ときどき連れさられた人が幾年もたってからー普通は7年―友人などにたった一度限りだが、ひと目会うのを許されることがある」と記した上で、いくつかの神隠し譚が記録されている。

 

・大体どこの谷間や山の辺でも、住民の中から誰かがさらわれている。ハート・レークから23マイル離れたところに、若い頃さらわれたことがあるという老婆が住んでいた。彼女はどうしたわけか、7年後にまた家に戻されたのであるが、その時には足の指がなくなっていた。踊り続けて、足の爪先がなくなってしまったのである。

 

・そしてイェイツ自身も黄昏時にハート・レークからゴブリンたちが、急いで駆けて行くのが見えると書き添えている。

 

・『遠野物語』八話のサムトの姿は、梨の木の下で神隠しにあった娘が、30年あまりたって束の間戻ってきて、また異界に帰って行くという余りにも有名な話だ。さらに『拾遺』の一三五話には青笹村中沢の新蔵という家の先祖に美しい娘があり、神隠しにあって六角牛山の主のところへ行ったが、家が恋しくなって束の間戻ってきたという話が見える。

 

・ここでケルトと遠野に共通するのは、さらわれるのは女性であるという点と、必ず一度は戻ってくるということ、さらにこういったふしぎな出来事は、町中ではなく異界に近い村はずれや山麓などで起こりやすく、時間帯は概して日没や夜明け前の薄明の頃という認識が存在することだろう。Celtic Twilightという書名も当然、妖精出没の時間帯を意識しての命名だったと考えられる。また、行方不明者が出た場合に、失踪事件ではなく神隠しとしてとらえ、異界への畏怖の念を伝えていくという点も両者に共通する精神性だ。妖精たちはしばしば、妖精の子と人間の子を取り替えることもある(チェンジリング)。これは異類との婚姻によって一族の勢力を増大させるためと考えられているが、柳田は赤ん坊と超自然的世界の関わりという点から大いに関心を抱いたようだ。また、ケルト文化では妖精の世界と死者の世界のつながりは密接で神隠しの実行犯も多くの場合、妖精の仕業だと考えられている。

 

・そして妖精たちは踊り好きで明るい性格だという、ケルト自身の民族性を反映したようなイメージで伝承されている。ケルト人と日本人の神隠しの実行者の性格の違いは柳田国男も認識していて、「フェアリーの快活で悪戯好でしかも又人懐こいような気風はたしかにセルチックである。フェアリーは世界のお化け中まさに一異色である。これに比べると天狗はやや幽鬱である。前者が海洋的であればこれは山地的である」と『妖怪談義』で述べている。

 

 

 

『あなたもバシャールと交信できる』

  坂本政道   ハート出版      2010/12/10

 

 

 

 <バシャールとは、どういう存在?>

 <惑星エササニの生命体>

 ・バシャールはエササニという星に住んでいる地球外生命体です。エササニとは、Place of living light (生きている光の池)という意味です。彼らの世界は、喜びと無条件の愛に満ち溢れる世界とのことです。

そこには彼らは、数億(人)位いて、その総称をバシャールと呼んでいます。ちょうど我々を地球人と呼ぶようなものです。住んでいるのは、恒星ではなく惑星です。

 

・方向としては地球から見てオリオン座の方向です。もちろん、太陽系外の惑星です。地球から500光年ほどのところにあるShar(シャー)という星の周りを回る第3惑星のことです。

 

・残念ながら地球からは見えないと言われています。暗すぎて見えないというよりも、我々とは、微妙に次元、あるいは、「密度」が違うためのようです。

 

・地球は、そして人類は「第3密度」であるのに対して、バシャールとエササニ星の宇宙人は「第4密度」です。

 

・その惑星から数百人?が宇宙船にのって地球にやってきています。現在、彼らは地球の上空にいて、アメリカ人のダリル・アンカという人を通して、チャネリングをしています。

 

 <グレイの子孫>

 ・バシャール自体はどういう生命体なのかというと、実はグレイと呼ばれる宇宙人と地球人の間に生まれた混血だということです。では、グレイとはどういう存在なのでしょうか。ご存じの方も多いと思いますが、グレイはアーモンド型の黒い目をしたちっちゃい宇宙人で、悪いイメージがあります。ネガティブなタイプだといわれています。

 

 ・ちなみに宇宙人はポジティブなタイプとネガティブなタイプ、それにニュートラルなタイプがいるとのことです。ポジティブなタイプの霊は、プレアデスに住む生命体(プレアデス星人とかプレアデス人)です。アークトゥルスやシリウスの生命体、こと座の生命体の一部もポジティブです。ネガティブなタイプには、こと座やオリオン、シリウスの生命体の一部がいます。

 

バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです。

 

 ・そして、時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました。それがバシャールだということです。

 

 ・ですので、バシャールの先祖というのは、グレイと我々人類ということになります。

 

 <地球のまわりに集まる地球外生命体たち>

 ・バシャールたちは、今アメリカのセドナという場所の上空にいます。ただし、何度も言いますが、宇宙船自体も第4密度ですので、セドナに行って上空を見上げても通常は見えません。

 

 ・このように、いろんな宇宙船がいろんなところにいるわけですが、ほとんどがポジティブ側の宇宙人たちです。ネガティブ側もいますが、比率としては101くらいだそうです。

 

 ・ポジティブ側は連合を組んでいるようで、ル-ルがあるようです。そのルールというのは、2012年までは地球人類に直接的には干渉しないというものです。

 

<●●インターネット情報から●●>

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると

 

「座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。柳田國男の『遠野物語』や『石神問答』などでも知られ、『遠野物語』の17話・18話および『遠野物語拾遺』87話に「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」の表記で話が掲載されており、17話には「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」「ザシキワラシは座敷童衆なり」と記述がある。近年では、座敷わらしに会える宿として岩手県の「緑風荘」「菅原別館」「わらべ」などがテレビ番組や雑誌に取り上げられることでも知られている」とのこと。

 

<●●インターネット情報から●●>

 

<「読売オンライン」より>

今も座敷わらしは?…全焼の宿6年ぶり営業再開 (2016/5/16

「座敷わらしの宿」として知られ、2009年10月に火災で全焼した岩手県二戸市・金田一温泉の旅館「緑風荘」が再建され、6年7か月ぶりに営業を再開した。

 

 住み着く家は富み栄え、去ると没落するといわれる子供姿の精霊「座敷わらし」。主人の五日市洋しょうさん(49)は「『火災で居なくなったのでは』とよく聞かれるが、今も見守ってくれている」と話している。

 緑風荘の座敷わらしの名前は「亀麿かめまろ」。約670年前の南北朝時代、後醍醐天皇に仕えた公卿が敵に追われ、この地に落ち延びる道中、病に倒れた6歳の息子・亀麿が「末代まで家を守り続ける」と言い残して亡くなり、公卿の子孫である五日市家の屋敷に座敷わらしとして現れるようになったと伝えられている。

 緑風荘は元々、地元の大地主だった五日市家の屋敷。築300年以上の建物を使い、1950年に創業した。開業前も含め、大正時代の首相・原敬や言語学者・金田一京助、作家の遠藤周作、漫画家の水木しげるらが宿泊。座敷わらしが現れるとされる「槐えんじゅの間」は、3年先まで予約が埋まる人気だったが、2009年の火災で跡形もなく焼け落ちた。

 

 

 

『〔宇宙人と地球人〕の超真相!』  地球に危機が迫っている!

 (深野一幸) (徳間書店) 1997/10

 

 

 

 <地球人と関係の深い宇宙人の情報>

 <1、琴座(リラ)星人>

  琴座は、地球が存在する銀河系宇宙における人間型生命体の発祥地という。琴座(リラ)星人は、人間型の肉体を持つ最初の所属で、地球人と関係のあるシリウス星人、オリオン星人、プレアデス星人、ベガ星人、ゼータ・レチクル星人などは、みな琴座星人の子孫という。

 

 <2、ベガ星人>―琴座星人と対極的な種族が生まれて発達した。これが、ベガ星人で、琴座星人を陽性文明とするとベガ星人は、陰性文明という。両者の間に争いが絶えなかった。

 

 <3、シリウス人>

・琴座のシリウス人には、もともと肉体を持たないシリウス人(第5密度以上)がいた。超能力の意識により物質領域や非物質領域など波動密度の異なる複数の領域を作り、シリウス人の長老たちと呼ばれた。

 琴座星人とベガ星人が争っていた時代、双方を代表するものたちが統合を目指してシリウスに入植した。そのうち、ベガ星人は、物質レベルの星に移住し、霊性を否定し、支配欲の強いネガティブなシリウス人となった。

 

ネガティブなシリウス人の文明が発展していたとき、琴座からポジティブなシリウス人との間に紛争が起こった。そのためにシリウス人の長老たちが介入し、紛争の移転先を推した。その移転先がオリオンである。

シリウスには、シリウスの長老、ポジティブなシリウス人、ネガティブなシリウス人と多様な意識形態が存在している。

 

 <地球文明に大きな影響を与えているシリウス>

・ 地球から8.7光年の距離の大犬座にある星で、地球から二番目に近い恒星。

ポジティブなシリウス人は、通常、地球人の目には見えないが、地球人の前に任意に物質化して姿を現すことができる。現れたり消えたりする存在であるため、古代人はシリウス人を神のように崇めた。

 古代エジプト王朝において、目に見えないシリウス人の意識が第三波動レベルの地球に、古代エジプトの神々(イシス、オシリス、アヌビスなど)に化身して出現した。

 

・シリウス人は、地球人に科学文明や文化を教え、卓越した人物に転生してきた。歴史上の傑出した人物の中にシリウス人の転生者がかなりいる。転生者は、シリウス人の魂を持って生まれてきた地球人として、ピタゴラス、ソクラテス、ヒポクラテス、オウラトンなどのギリシャの哲学者がシリウス人だという。また、古代マヤ人に対しても高度な技術を与えたのは、シリウス人だった。

 

 <4、オリオン人>

・シリウス人の長老の介入でネガティブ、ポジティブのシリウス人がオリオンへ移動して、それぞれに新しい文明を築いた。

ネガティブなオリオン人は、地球に来ている地球外生命体の中で、最も発達レベルの低い存在で、地球に暗黒をもたらそうとしている。

 黒服の男MIB(メン・イン・ブラック)として物質化して活動する。宇宙人やUFOの存在を暴こうとしている地球人を妨害することが多い。

ネガティブなオリオン人が、地球人の肉体に宿って、ネガティブな活動を行なう。「影の世界政府」、巨大財閥の主要人物には、ネガティブなオリオン人の魂が転生している可能性が高い。オリオン人には、ネガティブとポジティブの両方が存在する。

 

 <5、ゼータ・レチクル星人>

・ゼータ・レチクル星人とグレイは同じような姿をした人間型生命体であるが、発祥はやはり琴座であるという。起源は、琴座のアペックスという星だという。

ゼータ・レチクル星人は、個人主義がはびこり、核戦争を引き起こし、地下に避難を余儀なくされた。地底生活を送るうちに、自然分娩による出産が困難になり、クローン技術が開発された。クローン技術は、生殖によらずに同一の遺伝形質を持つ個体、すなわちコピーを作る技術である。

 

 <新人種への変革>

・ 脳の構造を変え、感情表現を抑制し、自我意識を排し、集合意識を大事にする人種。

 

・ 地下生活のため、体を小さく作る。集光面積を広げるために目を大きくする。栄養を食物からではなく、特定の光波を吸収して、エネルギー源になるようにする。その結果、生殖器官と、消化器官がなく、頭が大きく、大きな目をして、皮膚から光のエネルギーを栄養として、摂取する、いわゆるグレイタイプのクローン人間の宇宙人が生まれた。

 

・なお、ゼータ・レチクル星人の平均身長は、107センチメートルである。核戦争の爆発によりこの星は、3次元から4次元へ次元移動を起こしたという。移動した新しい場所は、レチクル座のゼータ1とゼータ2の付近であった。そのため、新アペックス人をゼータ・レチクル星人という。

  現在、ゼータ・レチクル星人は、第4密度の人間型生命体であるが、クローン化により進化が止まり、種族の存亡の危機に陥っている。

 

そして、これを打開するには、遺伝子操作により、感情を取り戻すことであり、それには地球人の遺伝子が参考になると、高次の生命体に教えられた。

そこでゼータ・レチクル星人は、現在地球に来て、一部の地球人を誘拐し、遺伝子実験を行なっている。誘拐された人間の多くは、恐怖を体験するが、一般的にゼータ・レチクル星人に悪意はないといえる。

 

 <6、グレイ>

・ゼータ・レチクル星人のうち一部のネガティブな存在は、肌の色からグレイと呼ぶ、したがって、グレイは、見かけはゼータ・レチクル星人と変わらず、クローンで作られた宇宙人である。

グレイは、UFO技術は持っているが、精神性の低い邪悪な宇宙人である。グレイは地球人の遺伝子が欲しいために、UFO技術の提供などを条件にアメリカ政府と密約を結んだ。そして、アメリカ政府に地下の秘密基地を作ってもらい、地球人を誘拐して殺し(!?)遺伝子実験を行なっているという。

 

 <7、プレアデス星人>

・プレアデス人は、琴座から地球に来て地球の霊長類の遺伝子を組み込み地球に住みやすい体に改造した後、プレアデスに定住した。プレアデス人は、第4密度の肉体を持った宇宙人で、地球人と一番良く似た宇宙人だという。精神性が高く、高度な宇宙文明を発達させている。地球人と類似の遺伝子を持つため、プレアデスに移住後も地球人を見守り続けている。プレアデス人というと、セムヤーゼというプレアデス人とコンタクトしているスイスのビリー・マイヤーが知られている。

 

 

 

『宇宙連合の飛来』 

(喜多要光) (大陸書房)1975

 

 

 

<天国に住む土星人>

・ 地球人として生まれ変っている土星人でアメリカに住んでいる者もいる。土星の建築様式は、我々の想像を絶したものである。遠くから見れば、都市は白く見えますけれども、その中を歩いたり、乗ったりして、通過しますと、各建物やその他一切は、白色を呈しています。それは息の詰まるような体験でした。建物の幾何学的な構造があまりに美しいからです。それは、我々がこれまでに教えらてきた「天国」そのものであると言えるでしょう。人々は、一大家族として、住んでいますが、この地球上の兄弟姉妹よりももっと優れた生き方をしています。

 (空飛ぶ円盤とアダムスキー)

 

<宇宙の彼方>

・ 太陽系には、12個の惑星があるが、この太陽系の周りにも12個の太陽系がある。(空飛ぶ円盤同乗記)

 

・ このように宇宙人は、宇宙連合に加入して、地球を救助するためにやって来ている。彼らは、わが太陽系の12個の星々のみでなく、いろいろな太陽系からもやって来ているのだ。たとえば、サガファリス太陽系、トレソトン太陽系、第22太陽系、サファニアン太陽系などである。

 

・ このサファニアン太陽系の人々を筆頭にして、各々の太陽系の人たちは、多数の円盤と、人員を投入しているのである。

 

・ 「サファニアン太陽系から200機、トレソトン太陽系から500機の円盤編隊が来ています。第二の月“フォウサー”の近くには、1万4000機もいます」(宇宙交信機は語る)

 

・ こうして宇宙の同胞は、この地球が1日も早く宇宙連合の仲間入りをするように働きかけてくださっているのである。

 

人間は、シリウス太陽系から集中された念波により、修養のため、苦しむ囚人として地球に送られてきた。人間の精神は、神によって創られた聖なるものである。けれども、その肉体の重さという物理的な制約を受ける。だが、彼はその肉体を少しずつ、変化発達させて、制約を軽減してきた。人間には、思念を通じて物を創造する力が、授けられているのである。そのようなわけで、人類は、天使と獣、双方の性質を備えている。肉体を通じ、教訓を学ばなければならない。そして、より、高い段階にまで、追求向上する資格を得るためには、まだまだ苦痛、苦悩、悲惨等をよくよく知る必要がある。

 

・ このように我々は地球大学に入学して、勉強している最中であり、生徒だけでは、どうにもならない、時代に来ていて、多くの教師等が地球に到来し、我々を導いてくれているのである。

 

 

<地球文明と宇宙人>

<シリウス星人の地球入学><ジョージ・ハント・ウイリアムスン博士>

 <ダーウィンの進化論ではどうしても猿~人間のへの進化過程が解らないのである。>

地球独特の生物の進化が進んでいる頃、神の子と呼ばれる霊魂の大群が、地球に移住してきて、ある形の肉体に宿ったものが人類である。人間が他の哺乳動物と根本的に違うのは、そのためである。類人猿の一種が大気圏外からやって来た霊に利用されて、人間の原形となったことは、間違いない。この原形が、しだいに進化、繁殖して、ついに今見るようなさまざまな民族にまで分化していった。人間は、肉体の段階での経験を積み重ねるためであった。

 

<地球文明と宇宙人>

<シリウス星人の地球入学>

・地球独特の生物の進化がすすんでいる頃、神の子と呼ばれる霊魂の大群が地球に移住して来て、ある形の肉体に宿った物が人類である。人間が他の哺乳動物と根本的に違うのは、そのためである。類人達の一種が大気圏外からやって来た霊に利用されて、人間の原形となったことは、間違いない。

 

・神の子達は、類人猿を妻としたのだ。そして、その子孫が洪水前の人類、すなわち先史原始人である。だからこそ、その肉体的な特徴は類人猿的、精神的な特徴はシリウス太陽系内の遊星から来た移住人達と同様なものとなったのだ。

 

そして、シリウス星人は、思念を通じて物を創造する力を持っていたので、肉体を自分たちの思う通りに少しずつ変化させていき、長い年月の間に獣的な面が多くなって数々の怪物を作りだした。

 

・ギリシア神話に出てくる蛇の髪を持つゴルゴン、半獣(ライオン)半鳥(ワシ)のグリフィン、半人半鳥のケンタウルス、蝶の羽根を持つ人間といってもほとんど獣と異なるところがなくなってしまった。この忌まわしいものを一掃するため、地球上に大変災を送る計画がたてられ、ついに大洪水が彼らに襲いかかり、純粋な肉体を持つものだけが、残されたのであった。

 


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