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「日月神示」に予言されていたスマトラ島沖大地震、新潟中越地震!宮城県沖地震が30年以内に99パーセントの確立で襲うことが予想されていたにもかかわらず、その地震の規模と津波の予測が大きく間違っていたこと。

 

 

『天変地異の超暗号』

フォトンベルト+日月神示

岡田光興  徳間書店  2005/3/31

 

 

 

地球は「超激変の時代」に突入した!

「天変地異」、この言葉が昨年2004年ほど人々の脳裏に深く刻み込まれた年は過去になかったのではないだろうか。大地震、津波、火山噴火、洪水そして台風と想像しうる限りの自然災害が2004年私たちに襲いかかった。そして2004年の自然災害の中で世界的に私たちに衝撃を与えたのは、何といっても暮れも押し迫った1226日に発生したインドネシアのスマトラ島沖大地震・津波であろう地球の自転速度を狂わすほどのマグニチュード9.0という超巨大地震と最高35メートルにも達した殺人津波の脅威は、まさに天変地異と言う言葉にふさわしい自然災害であった。

 

震度7を計測した新潟中越地震が残した教訓とは?

・一方日本においては昨年2004年の1023日に、1995年の阪神大震災以来の最大震度7の激震が、日本の原風景を残す新潟中越地方を襲った。余震は阪神大震災の時とは比較にならないほど多く、またその揺れも大きかった。

 

首都直下型大地震の経済的損失は国家予算の1.4倍の112兆円!

・東海地震の想定震源域の真上にある中部電力浜岡原発について、「東海地震で大事故が起きれば、首都圏まで放射能が達する」と訴えた。

 

・東海・東南海・南海の3つの巨大地震が同時発生した場合には、午後5時にM8.7の地震が発生した想定で、約28300人の死傷者がでる可能性があるとしている。そして遠州灘、紀伊半島、四国の太平洋岸に510メートル。高知県の一部には10メートル以上の津波が襲来すると予測している。

 

フォトンベルトは人類覚醒の「光の洗礼」だった!

・「銀河の中心」から放出される素粒子と波動的属性を持つフォトン(光子)の広大な流れであるフォトンベルト。地球を含む太陽系は、プレアデスの中心星アルシオネを中心とする楕円軌道を26000年周期でまわりながら、11000年ごとに2000年間だけフォトンベルトの中に入る。そして今地球はフォトンベルトに突入しようとしているのだ。

 

・そしてフォトンベルトは、さらに人類に「光の覚醒」への高次元エネルギーをもたらす。その結果人類は火山噴火などの「火の洗礼」、そして津波や洪水などの「水の洗礼」の次にやって来る、フォトンベルトという「光の洗礼」を体験することになるのだ。それは岡本天明に天授された「日月神示」にも示されており、「日月神示」とはその意味で「フォトンベルト神示」であったのだ!

 

「日月神示」に予言されていたスマトラ島沖大地震、新潟中越地震!

・さらに驚くべきことには、「日月神示」には、ある場所では明確にまたある場所では「暗号」的に、今回発生したスマトラ島沖大地震そして新潟中越地震の発生がその時期や様相として予言されていたのである。このことから考えても昨年2004年は、これから2012年に至る「天変地異の超暗号」が秘められた最重要の年であったことは間違いないと思われるのだ。人類が「光の世」、「光の時代」へ転位(アセンション)するまで、あとわずか7年余りなのである!

 

「日月神示」には、次のようなスマトラ島沖大地震・津波を暗示する神示があります。

「一日に十万人、人死に出したら神の世がいよいよ近づいたのだから、よく世界のこと見て皆に知らしてくれよ」

一日に十万の人死ぬ時来たぞ、世界中のことだから、気を大きく持ちいてくれよ

「世界の片端浜辺からいよいよ始まると知らしてあることを近うなりたぞよ」

 

「龍宮の乙姫殿、岩の神殿、荒の神殿、世界のカタハシ(片端)から愈々(いよいよ)に取り掛りなされているのだから、世界の出来事気付けて、早う改心結構ぞ」

 

「世界の片端、浜辺からいよいよが起こってきたぞ、夜明け近づいたぞ」

 

「神示見て居らぬとびっくりが出てくるぞ。この世始ってないことが出てくるのぢゃ、世界の片はし八(は)まべからぞ。判りたか」

 

海の津波気をつけて呉れ、前に知らしてやるぞ

「地(くに)つちの軸動くぞ」

 

「南の島に埋めてある宝を御用に使う時近づいたぞ。お土の上がり下がりある時近づいたぞ」

 

これらの神示はまさに「スマトラ島沖大地震・大津波」のことを指摘していると思われる。確かにスマトラ島沖大地震・大津波では30万人以上の方が亡くなった。また日本から見ても世界の片端の浜辺で未曾有のM9という巨大地震と大津波が現実に起こった。地球の地軸も先述のようにその自転速度を変えた。

 

「日月神示」の中には、来るべき人類未曾有鵜の危機的状況が示されていると共に、一方で私たち人類の救済すなわち「光の世」の到来について、フォトンベルトとも関連する次のような神示があります。>

「この方に任せておきなされ、一切心配なくこの方の申す様にしておりて見なされ、大舟に乗って居なされ、光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ。何処に居ても助けてやるぞ」

 

新しき神の世となるのだから、神々にも見当取れん光の世となるのだぞ

 

「今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民としてよみがえらす仕組、心得なされよ、神様でさえ、この事判らん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ」

 

「世の元の神の仕組の現はれて三千世界光り輝く、あなさやけ」

 

「神の国光りて目あけて見れんことになるのだぞ、臣民の身体からも光が出るのだぞ」

 

神の国と申すものは光の国、よろこびの世であるぞ

 

「世変りたら生命長くなるぞ」

 

「世建替へて広き光の世と致すのじゃ」

 

日本の東海・東南海・南海地震による津波被害は?

・この地震と甚大な被害状況は、日本においてはその発生が予想されている東海、東南海、南海地震による津波被害を想像させるものであり、私たちにとって決して対岸の火事として見逃すことのできない被害であると考えられる。

「津波」という言葉さえ知らない人が多かった今回のインド洋大津波の被災国と違い、日本は過去多くの津波による被害を経験してきた。

 1771(明和8)の「八重山地震津波」(M7.4)では、日本で最も大きな津波が発生し、約85メートルの高さに達し、山岳地帯を残し島全体が海中に没し、溺死者が約12000人にのぼったとされている。また、1896年(明治29年)の「治三陸地震津波」(M8.5)では、三陸海岸の陵里で地震後約35分で波高38メートルの津波が押し寄せ、21000人を超える死者を出した。また1933年(昭和8年)の「昭和三陸地震津波」(M8.1)でも、同じ陵里で約29メートルの津波が到来し、死者約3000人の被害となった。

 

1923年(大正12年)の「関東大震災」(M7.9)(死者行方不明者約14万人)でも、津波が太平洋沿岸部に襲来し、熱海では12メートル、三浦半島の三崎で6メートル、相浜で9メートル、洲ノ崎で8メートルに達した。

 

・また1960年(昭和35年)523日の「チリ地震津波」(M9.5)(死者5700人)は、地球の反対側のチリ沖で発生した津波が、16000キロメートルの海路を22時間かかって伝搬し、三陸海岸で56メートルの波高となり、死者行方不明者142名の津波被害となった。東京湾内でも、東京70、川崎73、横浜74、木更津110センチメートルの津波が襲来した。

 ちなみに記録に残る世界最大の津波は、1958年にアラスカで発生した地震により、アラスカのリツヤ湾でフィヨルド地形が崩壊した時に発生したものとされ、その高さは私たちの想像をはるかに超える500メートルの高さであったとされている。

 

・今回のスマトラ島沖大津波によって新たに注目されることになったのが、前回の発生からすでに60年を経過し、今後30年以内にその発生確率がそれぞれ、50%、40%とされる「東南海地震」(1944127/7.9)、「南海地震」(19461221/8.0)である。これらの地震はいずれも太平洋岸に多大な津波被害をもたらした。

 

最近の研究によれば、明治以降過去11回震度7クラスの地震があったとされている。

 

地震計測器で初めて観測された「新潟中越地震」震度7の恐怖!

20041023日。1995年の阪神大震災から10年目の出来事だった。この日は日本全体、特に新潟県の人々には忘れることのできない悲劇の日となった。午後556分、新潟県中越地方をM6.8の内陸直下型地震が襲い、その影響は、東北、北陸そして関東にまで及び、震源に近い北魚沼郡川口町では、計測器では初めての震度7を観測した(阪神大震災は推定震度7

 

震度7は、地震によるある場所での揺れを表す震度10階級の中でも最も強い揺れである。

 

新幹線の安全神話が崩壊した!

・今回の地震では、1964年の開業以来、乗客の無事故が続いていた新幹線で史上初の脱線事故が発生した。

 

ライフライン麻痺と土砂崩れによる住民の避難と孤立

・また山間部に位置し土砂崩れと道路の崩落、ライフラインの寸断で住民の大部分が孤立した旧・山古志村では、村長以下全村民約2200人が2日かけて長岡市に避難することになった。

 

「フォッサマグナ」上で発生した「新潟中越地震」

・「活断層」とは、少なくとも最近数十万年の間に繰り返し動いており、これからも動くと考えられる断層のことを指すが、スマトラ島沖大地震や関東大震災など、海底を震源とする「海溝型」の巨大地震とはその性質を異にしている。発生感覚も、直下型が時には数千年単位なのに比べて、海溝型は100年単位とその間隔が短い。全国には直下型地震を引き起こす活断層が約2000あり、活断層が複数集まった活断層帯は約260存在するという。

海溝型の宮城県沖地震の30年以内の発生確率は99%で、東南海地震は50%であり、それらに比較して、今回の震源の断層ではなかったが、長岡平野縁断層帯の2%はかなり低いように感じられるが、阪神大震災を引き起こした野島断層も、震災直前の30年以内の発生確率は0.48%に過ぎなかった。

 

東京直下型地震の被害想定は112兆円!

2005225日、政府の中央防災会議の専門調査会である「首都直下地震対策専門調査会」は、首都直下で大地震が起きた場合に、最悪のケースで死者13000人、経済的被害は約112兆円になるという被害想定の最終報告をまとめた。

 

・報告によれば、最大で700万人の避難者が予想され、帰宅困難者も650万人(うち都内で390万人)、負傷者は全体で21万人にのぼるという。ライフラインの被害も甚大で、1100万人が断水に見舞われ、下水道機能支障は45万人、停電は160万軒に及ぶとされる。固定電話不通は110万回線、ガス供給停止は120万軒で、高速道路にも中小700ヵ所の被害が生じ、一般道も大被害を生じるという。

 

東京は災害リスク世界ナンバーワン!

2005111日には、世界最大手の再保険会社(災害時などに保管会社が支払いきれない保険金を引き受ける保険会社)のミュンヘン再保険(ドイツ)が、「メガシティ・メガリスク」という79ページにわたるレポートの中で世界の巨大都市の災害リスクを公表した。

 その中で日本の首都東京・横浜のリスク指数は710で群を抜いて1位となっている。

 以下サンフランシスコ167、ロスアンゼルス100、大阪・神戸・京都92マイアミ45、ニューヨーク42、香港41、マニラ31、ロンドン30、パリ25、シカゴ20、メキシコシティー19、ソウル・仁川15、北京15、上海13、モスクワ11、フランクフルト9.5、シドニー6、ブエノスアイレス4.2ヨハネスブルグ3.9、カイロ1.8、デリー1.5と続く

 

このリスク指数は災害、脆弱性、経済的重要性の3要素から算出されており、この3要素から分析すると首都東京の現在の状況が浮かび上がってくるのである

 つまり政治経済の一極集中都市である東京は、日本のGDPの実に40%を占め、さらに過去のデータからも災害に非常に見舞われやすい都市であり、長期的展望のない首都圏への人口集中がそれらの危険性に拍車をかけている。言わばリスク分散型思考からはかけ離れた、一極集中型思考の現実化した都市なのである。

 この傾向の利点を最大に享受し続けてきた首都東京にも、その評価に急速に変化が見られていると考えられる。

 

ただし、今回の首都直下型地震の被害想定には、その被害想定の甘さを指摘する声も多い。例えば、建物の全壊率、出火率、死者数などは、過去の地震のデータから算出しており、それが江東区や江戸川区、墨田区などの地盤の軟弱な東京にそのまま当てはまるとは限らない。

 

地球は「超激変の時代」に突入した!

・私たちはもはや「天災多発列島日本」に住んでいる限り、「天変地異」から安全な場所は存在しないという現実が、目の前に突きつけられたと言っても過言ではないと思われる。

 

3000人の霊覚者たちよ! 人類覚醒に立ち上がれ!

・「日月神示」という稀有の神書が世に出で60年を過ぎ、地球規模の未曾有の異常現象が多発し、またフォトンベルトという宇宙の彼方からの「光の洗礼」が話題になっている現在、私たちにとって急務は、「光の覚醒」に向けて私たちの意識を、ネガティブな方向からポジティブな光の方向へと、常に向け続けることではないだろうか。

 そのような意識の方向性を持ち続けることで、まさに現在の大激変期に私たちが生きていることも、すべて人類に霊的な覚醒を促す大いなる神のおはからいであると、理解されるのではないだろうか。

「日月神示」には次のような「光の覚醒」についての神示が存在する。

「ものの調和が判れば、正しき霊覚が生まれるぞ。神の姿がうつってくるぞ」

 

・すなわち、安易な「霊がかり」を戒めつつ、「正しき光の霊覚」を持ち「神の姿」を自己の中に映す、「光の霊覚者」の出現を予言しているのだ。そしてそのためには、「ものの調和」すなわち大宇宙の摂理と法則に即した、霊的調和と統一の必要性を説いている。

 

・以上の神示を総合的に解釈すると、この世の大転換期に遭遇している私たち人類に求められていることは、人類が次なる神霊的次元、言い換えれば「光の世」に「転位」するために、「3000人の光の霊覚者の結集」が急務であるということではないかと考えられるのだ。

 すなわち、1人の力ではなく「人類覚醒のためのユニヴァーサルな光の霊覚者のネットワーク」の構築が今、求められているのではないだろうか。

 

「真中の地」の御用とは?

・また、大本でもたびたび強調されている「美濃尾張の仕組み・御用」について、かつて岡本天明と北伊勢至恩郷の神業を行なった武智時三郎は、「神代より流れ尽きせぬ長良川 美濃尾張経て伊勢に入るかも」という神歌を作ったと言われている。さらに大本の出口王仁三郎聖師も「霊界物語」で美濃尾張から真の救世主(変性女子)の出現を予言している。

 

・以上の神示から、「日月神示」における「尾張の仕組み・御用」は、神の御経綸の「奥の奥」とされる神幽現三界の大立替立直しの「真釣りの御用」、すなわち新たなる次元での統合に係わるものであり、それは「光の世」「半霊半物質の世界」への「転位」に関する重大な仕組みであると考えられる。

 

これからの時代現象を読む!

そしてその意味で「日月神示」は、現代社会という写し鏡に映った神意を読み解く重大な手がかりが隠されている神書なのだ。

 ここで、私が現在考えている「これからの時代潮流」について参考となる事項を提示しておきたい。

  1. 時間が加速化しているためなのか、時代の様相が「激変」から「超激変」に変わっている。それは現実的には「カリスマの失墜」であったり、「時代の寵児」の出現、あるいは巨大な社会システムの崩壊などであるだろう。

  2. 共時性現象がますます多発化する。

  3. 価値を含めた物質、精神面の両極化が益々進んでいくものと考える。

  4. 物を食べると指先に形を感じる、人に会うとその人の独特の匂いを感じる、音を聴くと色が見えるなど、いわゆる「共感覚」(シネスシージア)を持つ人が増加する。

  5. 日本の「祖型国家」としての使命が、2012年、2013年までにより高まっていく。

  6. 文字通り「光の子どもたち」が出現し、まず母親がその子供たちの影響を受け始める。

  7. 「激変」から「超激変」の時代の到来の鍵を握るのは、「超際性」ということである。あらゆるものの境界を越えていく力が社会の中に満ちてくると、既存のシステムや組織、既成概念が自然に崩壊していき、新たなシステム等が創造される。

  8. いわゆる「神磁場」「光の磁場」における祈りの重要性が再認識されると考えられる

  9. 新たなる次元での「共同体」の発想に注目が集まると考えられる。

 

100匹目の猿的覚醒」から「オセロ的覚醒」へ!

・さらにそれらの「光の覚醒者」たちがさらなる「裏が表になるオセロゲーム的覚醒システム」によって、全人類を「光の世」へと導いてくれるのだと考えられるのである。この人類覚醒に必要とされる「光の霊覚者」の人数は「3000人」あるいは「5000人」であると、「日月神示」には示されている。

 

「裏が表になる時代」

2001年以降、時代が世紀末を超え新たなる「超激変の時代」を迎え、「日月神示」に予言されていたことが、次々に「裏が表になる時代」の到来により社会現象化してきた。

 

・実際、6月以来日本列島を10個の台風が続けざまに日本列島を襲い、昨年前著『フォトンベルトと日月神示』の出版日831日の翌日91日に浅間山が噴火し、6日後の95日には紀伊半島沖地震が発生した。そして本文でも述べたように、新潟中越地震をめぐる「日月神示」の予言とその天授者岡本天明との驚愕の共時性、そして世界史を揺るがしたスマトラ島沖大地震・津波に対する「日月神示」の予言、これらはすべて「超激変の時代」の先のヴィジョンを私たちに提示しているのである。

 

・今回は「日月神示」とフォトンベルトを分析することで、私たちにさまざまな警鐘とメッセージを投げかける、「天変地異」の多次元的解釈を中心として執筆した。しかし紙面と時間の都合で、「日月神示」に示され、フォトンベルト情報とも共通する「光の覚醒」の実相、そして「人類の神化」という、今後の人類における重大なテーマについては残念ながら簡略にしか触れることができなった。いずれ機会を改めて詳述するつもりである。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から引用。

(日月神示)

日月神示(ひつきしんじ、ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊よる神示を自動書記によって記述したとされる文書である。

 

原文はほとんどが漢数字、独特の記号、そして、若干のかな文字の混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられていると主張する「巻」が13巻有り、天明は、この未発表のものについて「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります。」と昭和36年に語っている。

 

日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初はほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や自身を霊能者する者の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年(大正6年)119 - 2009年(平成21年)623日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたといわれている。 しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的である。そのために、仮訳という副題を添えての発表もあった。

 

 

 

2011年からの正しい生き方』

 天災、人災などの大激変が予想される今後数年間の対処法が分かった

船井幸雄    ヒカルランド  2011/1/10

 

 

 

1115日の私の発信文「日本の社会、経済はこうなりそうだ」

・長年、経営コンサルタントと経営者を業としてきましたので私は、未来予測はもとより、もっとも難しいはずの近未来予測も上手なほうだと思います。それらは、400冊を超える拙著を調べますと90数%以上の確率で当たっていることからでも分かります。

 

 景気はよくならず資本主義は崩れざるをえないだろう

私は、経営の専門家です。大きな社会予測、経済予測を含めて過去40年以上も90数%は未来予測を当ててきました。というより、ほとんど外しませんでした。

 

・それは400冊余の私の著書を調べてもらいますとよくお分りいただけると思います。なぜなら、近未来が正しく分からないと経営コンサルタントの仕事などできないからです。

 

 「東京壊滅説」が波紋を呼んでしまった。本音が伝わる「ミロクの世」へ

・さて、2010年の7月と8月に私は、自分のホームページ上で、いささかショッキングな記事「東京壊滅説」を書きました。複数の情報源から入ってきたので、これは伝えておかなければいけないな、と思って書いたのですが、波紋を呼んでしまったようです。

 

・実際には恐れたようなことが起きなかったのは幸いです。しかし、聖書の暗号や日月神示に照らし合わせても近未来予測としては東京に災難が起きる可能性を否定することはできません。

 

・「東京壊滅説」をあえて書いた根拠としては船瀬俊介さんの「東京の超高層ビルに巨大地震が起こったら」と題するレポートがありました。船瀬さんは、巨大地震のさいに予想される液状化現象が首都圏のビルを襲うとどうなるのかをシミュレーションしています。

 

・日月神示で思いだすのは、「江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ

 江戸は人民すめん様な時が一度は来るぞ」「江戸と申すのは東京ばかりでないぞ。今のような都会みなエド(穢土)であるぞ。江戸はどうしても火の海ぞ」という警告があることです。

 

・コルマンインデックスの研究家である高島安司さんは、最初は東京がぺしゃんこのようなところまで落ちて、それから立ち上がるだろう、との予測をしていたようです。

 

・彼によりますと資本主義システムのように壊れるものは壊れるが、新たな自律的自給自足経済圏のようなものがあちこちに立ち上がることで、上手に破壊と再生が入れ替わるという結論に至ったと言っています。

 

 

 

『魂でもいいから、そばにいて』

311後の霊体験を聞く

奥野修司   新潮社    2017/2/28

 

 

 

<旅立ちの準備>

死者・行方不明者18千人余を出した東日本大震災。その被災地で、不思議な体験が語られていると聞いたのはいつのことだったのだろう。多くの人の胸に秘められながら、口から口へと伝えられてきたそれは、大切な「亡き人との再会」ともいえる体験だった。同時にそれは、亡き人から生者へのメッセージともいえた。

 津波で流されたはずの祖母が、あの朝、出かけたときの服装のままで縁側に座って微笑んでいた。夢の中であの人にハグされると体温まで伝わってきてうれしい。亡くなったあの人の形態に電話をしたら、あの人の声が聞こえてきた。悲しんでいたら、津波で逝ったあの子のおもちゃが音をたてて動いた……。

 

事実であるかもしれないし、事実でないかもしれないが、確実なのは、不思議な体験をした当事者にとって、それは「事実」であるということである。

 東日本大震災の2年後から、僕は毎月のように被災地に通いつづけた。なにやらそうしないといけないような気がして、まるで仕事にでも出かけるかのように通った。ボランティアではない。もちろん物見遊山ではない。それは霊体験ともいえる。きわめて不思議な体験をした人から話を聞くことだった。

  

お迎え率

・「お迎え率って知らねえだろ。うちの患者さんの42%がお迎えを経験してるんだ。お迎えを知らねえ医者は医者じゃねえよ

 

・今から千年以上も前に、天台宗の僧・源信を中心とした結社が比叡山にあった。彼らは亡くなっていく仲間の耳元で、今何が見えるかと囁き、末期の言葉を書き留めたという。死ぬ直前に極楽か地獄を見ているはずだから、最初に何を見たか、死に逝く人は看取る人に言い残すことを約束したのである。このとき何かを見たとすれば「お迎え」に違いない。千年も前からお迎えがあったなら、お迎えは特殊な現象ではなく、人が死んでいく過程で起こる自然現象と考えたほうがいいのではないか。そんな思いを、このとき僕は岡部さんとはじめて共有できたのだ。

 

お迎えの話に導かれるように耳に入ってきたのが被災地に「幽霊譚」だった。

 実際、僕が聞いた話にこんなものがある。たとえばタクシーの運転手だ。

古川駅(宮城県)から陸前高田(岩手県)の病院まで客を乗せたんだが、着いたところには土台しか残っていなかった。お客さん!と振り返ったら誰も乗っていなかったんだよ

 仙台のある内装業者は、一緒に食事をしたときにふっとこんな話を漏らした。

震災の年の夏だったが、仮設住宅で夜遅くまで工事をしていたら、いきなり窓から知らない人がいっぱい覗いていた。そのとき頭の中に若い女性の声で「わたし、死んだのかしら」なんて聞こえた。驚いてあらためて窓を見たが、年寄りの幽霊ばっかりだった」。

 

・またある女子大生の話。

閖上大橋のあたりに行くと、高校時代にいつもそこで待ち合わせていた親友が立っているんです。でも、その子はお母さんと一緒に津波で流されたはずなんです

 ある婦人のこんな話もある。

ある日、ピンポンと鳴ったのでドアを開けると、ずぶ濡れの女の人が立っていました。おかしいなと思ったんですが、着替えを貸してくださいというので、着替えを渡してドアを閉めたら、またピンポンと鳴った。玄関を開けると、今度は大勢の人が口々に、“着替えを!”と叫んでいた」

 石巻では、車を運転中に人にぶつかった気がするという通報が多すぎて、通行止めになった道路もあると聞いた。まるで都市伝説のような恐怖体験だが、当時はこんな話は掃いて捨てるほどあったのである。

「これはお迎えと同じだよ。きちんと聞き取りをしたほうがいいんだが」と、岡部さんはさりげなく僕の目を見て言う。

 お迎えは、僕の中で実体験としてあるが、霊体験となるとそうはいかない。当時の僕にすればUFOを調べろと言われているようなものだった。

 

「柳田國男が書いた『遠野物語』も、考えてみればお化けの物語だよ。ところが、第99話で柳田は、男が明治三陸地震の津波で死んだ妻と出会う話を書いているよな。妻が結婚する前に親しかった男と、あの世で一緒になっていたという話だ。なんでわざわざ男と一緒に亭主の前に出てくるのかわからんが、死んだ女房に逢ったのに、怖いとはどこにも書いていない。恐怖は関係ないんだ。つまり家族の霊に出合ったときは、知らない人の霊に出合うときの感情とはまったく違うということじゃないか?

 沖縄戦のさなかに、北部のあるヤンバルという山中で逃げまどっているとき、先に戦死した兄の案内で九死に一生を得たといった霊的体験を沖縄で何度か聞いたことがある。それを語ってくれた老人は、一度も怖いと言わなかったことを僕は思い出した。

 

この人たちにとって此岸と彼岸にはたいして差がないのだ

・「石巻のあるばあさんが、近所の人から『あんたとこのおじいちゃんの霊が大街道(国道398号線)の十字路で出たそうよ』と聞いたそうだ。なんで私の前に出てくれないんだと思っただろうな、でもそんなことはおくびにも出さず、私もおじいちゃんに逢いたいって、毎晩その十字路に立っているんだそうだ」

 

<『待っている』『そこにも行かないよ』>

津波はリアス式の三陸に来るもの

・「今年(2016年)の正月明けでした。これからどう生きていけばいいのか悩んでいたときです。このとき娘はいなかったのですが、これまでと違ってはっきりとした像でした。夢の中で妻はこう言ったんです。

「いまは何もしてあげられないよ」

 そう言われたとき、あの世からそんな簡単に手助けはできないんだろうなと、私は夢の中で思っていました。

 

・「ええ、父も私もしゃべっています。父が出てくる夢は毎回同じでした。バス停とか船着き場とか電車のホームで、いつも乗り物を待っている夢なんです。父が待っているので私も一緒に待っていると、『まだ来ねえからいいんだ。おれはここで待ってる。おめえは先に行ってろ』と父は言うんです」

 

・「今でも忘れない不思議な出来事が起こったのはその頃です。東京に行く用事があったので、震災の年の73日に気仙沼のブティックで洋服を買っていました。4人ぐらいお客さんがいて、1人ずつ帰っていき、私も洋服を手にしてレジに向かったら、最後まで残っていた女性のお客さんから『どなたか亡くなりましたか』と声をかけられたんです。びっくりして振り向くと、『お父さんとお母さんでしょ? あなたに言いたいことがあるそうだから、ここで言ってもいい?』

 店の人が言うには、気仙沼で占いを職業にしている方で、女性雑誌にも出ているそうです。私はほとんど反射的に『はい』と返事をしていました。私は、その頃、左の腕が重いというか、肩こりでもない、筋肉痛でもない、なにか違和感があってので、原因がわかるかもしれないという気持ちがあって承諾したのだと思います。

あなたは胃が弱いから胃の病気に気を付けろとお父さんが言ってます。お母さんは、ありがとうと言ってますよ」そこで号泣してしまいました。

 

・「父は港町でかまぼこ屋をしながら、船をかけたりしていました。ああ、船をかけるというのは船主になることです50年もかまぼこ屋をしながら、船主になりたくて、全財産を失ってしまいました。6航海のうち、黒字になったのは1回だけ。赤字で帰ってきても、船主は人件費や燃料費を支払わないといけないから、バクチのようなものです。それでもやってみたかったんでしょうね。市会議員も2期やって、今思えば好きなことをやってきた人でした。借金を抱えて全財産を失ったあと、実家はうちの叔母が肩代わりをして買い取り、下を駐車場にして、2階に管理人として住んでいました」

 

兄から届いたメール≪ありがとう≫

・被災地の不思議な体験で圧倒的に多いのが、亡くなった家族や恋人が夢にあらわれることである。それもリアルでカラーの夢が多い。中には4Kのように鮮明で、夢かうつつかわからないことがあると証言した方もいる。面白いのは、電波と霊体験に親和性があるのか、携帯電話にまつわる話が多いことだ。

 たとえば、のちに詳しく紹介するが、余震で家の中がめちゃくちゃになって暗闇の中で途方に暮れていたら、津波で亡くなった夫の携帯電話がいきなり煌々と光りだしたという証言。また、津波で逝った“兄”の声を聞きたいと思って電話をしたら、死んだはずの“兄”が電話に出たという話。

 

・「朝8時半でした。役場で死亡届を書いているときにメールを知らせる音が鳴ったんです。従妹が『電話だよ』と言ったので、『これはメールだから大丈夫』と言って、死亡届を書き終えて提出しました。そのあと受付のカウンターでメールを開いたら、亡くなった兄からだったんです。

≪ありがとう≫ひと言だけそう書かれていました。

 

・余談がある。震災の年の夏、陸前高田にボランティアでオガミサマがやってきたという。オガミサマというのは、沖縄のユタや恐山のイタコに似て、「口寄せ」や「仏降ろし」をする霊媒師のことである。沖縄では「ユタ買い」という言葉があるほど、日常生活に密着しているが、かつて東北にもオガミサマは生活の一部としてあった。たとえば誰かが亡くなったとすると、仏教式の葬儀を執り行なう前にオガミサマを呼び、亡くなった人の魂を降ろしてきて、口寄せで死者とコミュニケーションをとったそうである。オガミサマは東北地方の「陰の文化」としてあったのだ。

 

・常子さんがこのオガミサマに兄のことをたずねると、口寄せでこう言ったそうだ。

「おれ、死んだんだな。でもよかった。これでよかったんだ。みんなに、自分が動けなくなって寝たきりになる姿を見せたくなかったし、これでよかったんだ」

 オガミサマを信じない人にはたわごとでしかないが、信じる人にはあの世に繋げるかけがえのない言葉である死者とコミュニケーションをとれることは、遺された人にとって最高のグリーフケア(身近な人の死別を経験して悲嘆に暮れる人を支援すること)なのだと思う

 

「ママ、笑って」―—おもちゃを動かす3歳児

東日本大震災における宮城県内の死者・行方不明者は1万2千人弱を数えるが、このうち3977人と最大の人的被害を出した町が石巻市である。

 

・大切な人との別れは、それがどんな死であっても突然死である。とりわけ津波で亡くなるような場合、死を覚悟する時間がなかっただけに強い悲しみが残る。その悲しみは、幾年を経ても消えることがない。もういちど逢いたい、もういちどあの人の笑顔が見たい、ずっと一緒にいたい、そんな強い思いに引かれて、亡くなったあの人があらわれる。生きていたときの姿のままで、あるいは音になって、あるいは夢の中で、そのあらわれ方はさまざまだが、その刹那、大切なあの人は遺された人の心の中でよみがえり、死者と生きていることを実感するのだろう。

 後日、由理さんから電話があり、夜中に康ちゃんがボール遊びをしているのか、黄色いボールが動くんですと笑った。

 

神社が好きだったわが子の跫音(あしおと)

今回の旅のきっかけは、『遠野物語』だったと思う。あの中に地震の後の霊体験はたった一話しかなかったが、もしも明治三陸地震の直後だったら、柳田國男はもっとたくさんの体験談を聞いていたのではないだろうかと思ったのだ。

 

・恵子さんと先に登場した由理さんには共通する点がたくさんある。いや、二人に共通するのではなく、大切な人を喪ったすべての遺族に共通するのかもしれない。たとえば由理さんが、あの子がそばにいると思うと頑張れると言ったが、恵子さんもそうだった。

迎えにも行ってあげられなかったし、助けてもあげられなかったのに、天井を走ったりして、私たちのそばにいてくれたんだと思うと、頑張らなきゃと思う

 

霊になっても『抱いてほしかった』

・秀子さんが不思議な体験をしたのは夫の遺体が見つかる前日だった。

「今日は駄目だったけども、明日はきっと見つけてやっからね、と思って2階に上がったときでした。なんだか気になったから、ひょいと下を見たら、ニコッと笑ったひょいひょいと2回あらわれたのが見えたんです。それも鉛筆で描いたような顔でね。そこは支えるものがいから、人が立てるようなところじゃないの。でも、すぐお父さんだとわかったわ。どうしてわかったのかって?私のお父さんだから、雰囲気でわかるわ。だから『あっ、来たのね』って声に出したの。義姉も一緒に住んでいたので、念のために『義姉さん、お父さんの顔見た?』って訊いたけど、もちろん知らないって言ったわ。

 2回目は夕方でした。洗濯物を取り入れていたんだけど、ふと見たら白いドアの前に黒い人型の影がぽわっと立っているんです。ゆらゆら動く影を見て、ものすごい鳥肌が立ちました。『お父さん、そばまで来ているんだね。それとも誰かに見つけてもらったかな』って声をかけました」

 

枕元に立った夫からの言葉

・「お父さんは大船渡の出で、あの日はよく行く大船渡のお寺でお祓いをしてもらって帰ったんだけど、寒くてストーブを焚いた記憶があるからお盆ではないよね。あれは夢だったのか、それともお父さんの霊だったのか、いまだによくわからないんだね。私が布団に入っていたから、夜だったことは間違いないけど……、ああ、時計は一時だったね。目が醒めると、白い衣装を頭からかぶったようなお父さんがふわっとやってきて、

『心配したから来たんだぁ』と私に言ったんです。顔は暗くてよくわからなかったのですが、格好はお父さんだし、声も間違いなくお父さんなんです。それだけ言うと、誰だかわからない、同じ衣装を着た別の人が、お父さんを抱きかかえるようにしてドアからすーっと消えていきました。お父さんといえば、ふわふわと風船のように浮かんでいて、まるで風に流されるように離れていくんだね。あれは突然やってきて、突然いなくなった感じでした。お父さんはよく夢に出てきたけど、あれは夢とはちょっと違ったね

 

・あれは遺体が見つかってから2ヵ月経った520日……、ああ、発見された日と同じだねぇ……。あの頃の私たちはまだ親戚の家の納屋に避難していましたが、仕事も始まってようやく気持ちも落ち着いてきました。その日は平日でしたね。世話になったおじちゃんだから、なんとなく電話したくなったの。一人でぼんやりしていると、ああ、おじちゃん、どうしているかな、逢いたいなあと思って、軽い気持ちで携帯で電話したんです。

 ブルルルルって鳴ったかと思ったら、突然電話に出たんですよ。

「はい、はい、はい」そう言って3回、返事をしました。「エエエッ!」

 声は克夫おじちゃんとそっくりです。いやいや、克夫おじちゃんに間違いないです。本当に嘘じゃないんですよ。自分で電話して驚くのもおかしいですが、あのときはもうびっくりするやら、信じられないやらで、怖くなってすぐ携帯を切ったんです。

誰? なんでおじちゃんが出るの

 ちょっとパニック状態でした。そしてしばらくしたら、というより数秒後でしたが、克夫おじちゃんの携帯から折り返しの電話があったんです。私の携帯に(番号登録した)『伊東克夫』って出たものだから、もう背筋が寒くなって、さすがに出られません。ベルが鳴り終わると、すぐにおじちゃんの番号を削除しましたよ。

 

・「霊体験なんてこれまで信じたことがなかったのに、自分がその体験者になって、頭がおかしくなったんじゃないかと思っている人もいます。同じような体験をした人が他にもたくさんいるとわかったら、自分はヘンだと思わないですよね。そういうことが普通にしゃべれる社会になってほしいんです」

 とはいえ、困ったのは、これが“ノンフィクション”として成り立つのかどうかということだった。なにしろ、語ってもらっても、その話が事実かどうか検証できない。再現性もないし、客観的な検証もできない。どうやってそれを事実であると伝えるのか。

 

 

 

『創』   201656月号

『ドキュメント 雨宮革命  (雨宮処凛)』

 

 

 

「幽霊」と「風俗」。311から5年が経って見えてくるもの

・一方、最近出版されている311をテーマとした書籍の中には、「5年」という時間が経ったからこそ、世に出すことができるようになったのだな、と感慨深い書籍もある。その中の一冊が『呼び覚まされる霊性の震災学 311生と死のはざまで』(新曜社)だ。

 東北学院大のゼミ生たちがフィールドワークを重ねて書いた卒論をまとめた一冊なのだが、その中には、震災後、宮城のタクシー運転手たちが経験した「幽霊現象」の話を追ったものがある。

 

 季節外れのコートに身を包んだ若い女性が告げた行き先に運転手が「あそこはほとんど更地ですが構いませんか」と尋ねると、「私は死んだんですか」と震える声で答え、振り向くと誰もいなかったという話や、やはり夏なのに厚手のコートを着た若い男性を載せたものの、到着した頃にはその姿が消えていたなどの話だ。

 

このような「タクシーに乗る幽霊」に対しても、自らも身内を亡くした運転手たちは不思議と寛容だ。

 

「ちょっとした噂では聞いていたし、その時は“まあ、あってもおかしなことではない”と、“震災があったしなぁ”と思っていたけど、実際に自分が身をもってこの体験をするとは思っていなかったよ。さすがに驚いた。それでも、これからも手を挙げてタクシーを待っている人がいたら乗せるし、たとえまた同じようなことがあっても、途中で降ろしたりなんてことはしないよ」

 そう語るのは、津波で母を亡くしたドライバーだ。

「夢じゃない?」と思う人もいるだろうが、実際にメーターは切られ、記録は残る。不思議な現象は、事実上「無賃乗車」という扱いになっていることもある。

 

・さて、もう一冊、「5年経てばこういうことも出てくるだろうな」と妙に納得した本がある。それは『震災風俗嬢』(小野一光 太田出版)。帯にはこんな言葉が躍る。「東日本大震災からわずか1週間後に営業を再開させた風俗店があった。被災地の風俗嬢を5年にわたり取材した渾身のノンフィクション」

 本書を読み進めて驚かされるのは、311後、震災と津波と原発事故でメチャクチャな地で、風俗店はいつもより大忙しだったという事実だ。店によってはいつもの倍近い客が押し寄せたのだという。

 

・そう話した30代後半の男性は、子どもと妻と両親が津波に流されたのだという。妻は土に埋もれ、歯形の鑑定でやっと本人だとわかったということだった。

 一方で、風俗嬢たちも被災している。住んでいた街が津波に襲われるのを目撃した女の子もいれば、両親を亡くした女の子もいる。

 

・時間が経つにつれ、「311」を巡って、私たちの知らない側面が顔を覗かせるだろう。

 とにかく、あれから5年という月日が経った。あの時の、「言葉を失う」感覚を、一生忘れないでいようと思う。

 

 

 

『被災後を生きる――吉里吉里 大槌・釜石 奮闘記』 

竹沢尚一郎 中央公論新社   2013/1/10

 

 

 

被災後の行動から理解されること、改善されるべきこと

被災者の語りは何を示しているのか

・被災の直後に大槌町の人びとがどのように行動したかの生々しい証言を追ってきた。そのうちいくつかの話は、本当に彼らが危機一髪のところで助かっていたことを示しており、聞いているうちに私たちも手に汗を握ったり、感動のあまり思わず涙ぐんでしまったりするなど、他ではとても聞けそうにない深い内容をもっていた。そのような話を率直にかつ長時間にわたって話してくれたことに対して、深く感謝したい。

 

・とはいっても、彼らの体験を再現するだけでは、これまでに書かれた多くの書物と変わりがない。彼らの話を整理していくことによって、被災直後の人びとの行動の特徴として何が明らかになったのか、また彼らがそのように行動した理由は何であったのかを、明確にしていく作業が求められているはずだ。さらに、彼らがそのように行動したのは、個人的な理由からなのか、それともそこには制度的な問題が背後にあったのか。後者であるとすれば、それは今後どのように改善ないし修正していくべきなのか。そこまで議論を深めていかないかぎり、今後もおなじことがくり返されるであろうことは目に見えている。それであっては、今回の地震と津波の教訓を今後に活かしていくこともできなければ、津波で亡くなった方々に対する冥福にもならないだろう。

 

そうした人びとの冷静さを可能にしたのは、三陸沿岸が過去から大きな津波をくり返して経験しており、そうした経験が年配者から語りつがれるなどして、非常時にどのように行動すべきかの情報があらかじめ刻印されていたためであろう。それに加えて、宮城県沖を震源とする巨大地震がくり返されていたことも忘れるべきではない。その意味で、情報が正確に提示され、広く共有されていたことが、今回の多くの人びとの沈着な行動の背景にあったと考えられるのだ。

 

にもかかわらず、以上の話が明らかにしているのは、多くの人びとが地震後ただちに避難行動をとったわけではないという事実だつね日頃から用心を重ねていた徳田さんでさえ、車で自宅から避難し、安全な場所に達するのに20分を要している。一方、他の多くの人の場合には、家のなかを整理したり重要書類を取り出したりするなどして、避難開始が遅れている。

 

地域的・地理的に見ると、吉里吉里の住民の多くが地震後すぐに避難を開始したのに対し、大槌町や安渡の人びとは避難が遅れる傾向にあった。

 

また、大槌の町方では津波直後に出火し、プロパンガスが爆発するなどして大火災が生じたために、救助活動がほとんどできずに多くの人命が失われている。そのことは、町方の死者343名、行方不明者325名と、行方不明者の割合が多いことに反映されている。

 

・これは大槌町にかぎられるものではないが、情報に大きな混乱が生じていたことも今回の被災の特徴であった。地震直後の午後249分に気象庁は大津波警報を出したが、マグニチュード9.0というわが国では前例のない巨大地震であったために、地震計が振り切れるなどして正確な測定ができず、岩手県沿岸部の予測値を3メートルとして発表した。その後、午後314分には岩手県沿岸部の予測値を6メートルにあげたが、大槌町では停電でテレビが消え防災放送も機能しなくなったために、最初の数字だけを覚えている人がほとんどだ。また、津波が襲って沿岸部の市街地や集落がほぼ全壊状態になっていたことを、おなじ市町村でも内陸部に住む人は知っていなかったし、となりの市町村ではなおさらであった。そうした情報の混乱や欠如が、人びとの避難行動を遅らせ、救助活動を阻害させたであろうことは否定できまい。

 

・さらに、勤務中あるいは職務中であったために逃げ遅れて、津波に巻き込まれた人が多いのも今回の被災の特徴であった。海岸から300メートルほどしか離れていない海抜ゼロメートル地帯に建てられていた大槌町役場では、役場前の広場で対策本部会議を開こうとしていた町長や幹部職員が津波に巻き込まれて亡くなったことは、新聞報道等でよく知られている。しかしそれだけでなく、その時役場のなかでは他の職員が勤務しており、その多くが津波に巻き込まれて亡くなったり、あわやというところで助かったりしたことは、赤崎さんの話からも明らかだ。さらに、停電で操作できなくなった水門を手動で閉めようとして亡くなった消防団員や、避難者や避難の車両を誘導したり、歩くのが困難な方を救助しようとして水にさらわれた消防団員や自主防災組織の役員が多いことも、先の話のなかで多くの人が指摘していた。

 

・他にも今回の地震後の避難行動や被災の特徴といえるものがあるだろうが、私としては以上の点に注目して、これからの議論を進めていきたい。まず、それを一点一点整理しておく。

 

――過去に何度も津波が襲来した土地であり、今回も大地震と津波が生じることが十分に予告されていたにもかかわらず、避難行動が遅れる傾向があった。とりわけ高台に住んでいた人の多くが避難しなかったり、避難行動が遅れたりして、津波に巻き込まれて亡くなっている。

 

――車で避難した人が多く、徒歩で逃げたのは一部にとどまった。車で避難した人の一部は渋滞で停車しており、そのまま津波に巻き込まれて亡くなった人が大勢いる。

 

――大槌町では津波後すぐに火災が発生したために、直後の救助活動を十分におこなうことができず、死者・行方不明者の数が増大した。

 

――被災直後に停電が発生し、ほとんどの地域で災害放送や携帯電話が不通となったこともあり、情報が混乱して正確な情報が伝わらず、避難行動や緊急救助活動が阻害された。

 

――役場で勤務していた職員や、水門を閉めようとして亡くなった消防団員など、勤務中・職務中に津波に巻き込まれて命を落とした人が多かった。

 これらの点はいずれも防災上・基本的かつ致命的な点というべきだ。それゆえ、今後に予想される災害に備えて防災・減災を考えていくには、その一点一点について原因を究明し、対策を検討していくことが必要なはずだ。

 

地震後の避難が遅れたのはなぜか

以上のデータから何が理解できるのか。確実にいえることは、今回の地震がきわめて大規模であり、しかも三陸沿岸のような津波の常襲地帯で、大規模地震の到来が予告されていた土地であるにもかかわらず、多くの人が自宅から逃げずに亡くなっているということだ。理由はさまざまだろう。自宅が高台にあったために、ここまでは津波がこないと過信して巻き込まれたか。あるいは高齢その他の理由で、そもそも逃げることができなかったか。貴重品やペットを取りに戻って流されたというケースがかなりあることも、私が聞いた話から明らかになっている。その理由はどうであれ、多くの人が地震の直後に逃げないで亡くなっているという事実は、基礎的事実として確認されなくてはならない。

 

では、彼らはなぜ逃げなかったのか。くり返し述べてきたが、高台に自宅があったために、ここまでは津波がこないと過信して津波に巻き込まれた人が大勢いるのは事実だ。その意味では、津波の恐ろしさを周知徹底して、迅速な避難を呼びかけていくという作業はどこまでも必要だろう。

 

制度的な問題として第一にあげられるのは、気象庁が発表した大津波警報の過ちだ。気象庁が最初に発表した3メートルという数字が住民の意識のなかにインプットされてしまい、避難行動を遅らせていたことは私が集めた証言からも明らかだ。何人もの人が、3メートルの津波であれば6.5メートルの防潮堤でふせぐことができると考えて、避難しなかったと証言しているのだから。これは早急に改善されるべき点だが、これについては情報の課題の箇所で検討する。ここで取りあげるのは、津波の浸水予測図、いわゆるハザードマップの問題だ。

 

岩手県と大槌町が発表していたこのハザードマップが決定的に間違っていたこと、そのために多くの死者を出す一要因となったことは明らかだといわなくてはならない。間違いの第一は、今回の地震の予測をあまりに低く見積もっていたことであり、第二は、事実の誤認が多く含まれていることだたとえば大槌町のハザードマップでは、町方の避難指定場所であった江岸寺は明治と昭和の津波の浸水区域の外側に記載されている。しかし明治の大津波では、浸水が寺の庫裏の根板から1メートル20の高さに達していたことが過去の記録に明記されている。にもかかわらず、それが浸水区域外として記述されていたのはなぜなのか。間違っていることが明らかであるとすれば、誰が、あるいはいかなる部局が、なにを根拠として、このハザードマップを作成していたのかが解明されなくてはならない。それがおこなわれなかったなら、今後もおなじ過ちがくり返されるだろうからだ。

 

ハザードマップはなぜ間違っていたのか

・役所が指定した避難所が津波に襲われて大勢の人が亡くなったケースは、大槌町や釜石市だけでなく、陸前高田市でも宮城県三陸町でも見られている。であれば、役所の出していた想定が多くの箇所で間違っていたことは明らかなのであり、その想定がどのようにして作成され、役所はどれだけの情報をあらかじめ提示していたのか、その全過程が公表されることが不可欠だろう。情報をできるだけ正確に、かつ広く住民に提供するというのは、防災にかぎらず行政が銘記すべきことの第一であるのだから

 

車で逃げた人が多く、徒歩で逃げたのは一部にとどまったこと

・このように、自宅や勤務場所の近くに避難ビルが適切に配置されていれば、徒歩での迅速な避難が可能になって、多くの人命が救われることができる。

 

情報の混乱や途絶があり、被害を拡大したこと

・被災後に出された情報の内容や伝達方法に関し、今回の震災は大きな課題があることを示した。まず気象庁の津波警報だが、沿岸部の住民の多くは、気象庁が最初に出した岩手県で3メートルという予測値だけを知り、避難行動の目安としていた。その意味で、気象庁の出したこの情報は、人びとの迅速な避難行動をうながすというより、むしろ逆にそれを阻害する要因として働いていたのは明らかだ。

 

被災後すぐに火災が発生したこと

・一方、火災に関しては別の問題がある。先の白澤さんの話にもあったように、車はすぐに発火するという問題だ。彼によれば、大槌町では火のついた車が水に流されて漂い、火をつけてまわったので町方全体が火の海に巻き込まれたというのだ。

 

勤務中に津波にさらわれた人が多かったこと

・大槌町では老朽化した役場の倒壊の危険性があったために、地震直後の役場の前の広場に机を並べて、災害対策会議を開こうとしていた。そこを津波が直撃したために、危険を察知して屋上に逃げようとした町長をはじめとする幹部職員の多くが水に流されて亡くなった。と同時に、役場のなかでは職員が避難もせずに勤務していたのであり、彼らもまた建物のなかで津波に呑まれてしまい、役場職員140名のうち40名もが尊い生命を失った。

 

津波がまちを襲う

マグニチュード9.0というわが国の観測史上最大規模の巨大地震とそれが引き起こした津波は、東日本の太平洋岸に大きな被害をもたらした。なかでも岩手県の三陸沿岸中部に位置する大槌町は、今回の震災で最大の被害を出した市町村のひとつだ。

 

・この本は、その311日から1年半のあいだに、吉里吉里をはじめとする大槌町と釜石市の人びとが、どのように行動し、何を語り、何を考えてきたかを再現することを目的として書かれたものだ。

 

宮城県沖地震が30年以内に99パーセントの確立で襲うことが予想されていたにもかかわらず、その地震の規模と津波の予測が大きく間違っていたことしかも、地震の直後に気象庁が出した警報さえもが間違っていたこと。避難所に十分なそなえもなく、支援の手もなかなか入らず、住民自身の相互扶助と集団行動だけが秩序の空白を埋めていたこと。そしてまちづくりの現場では、住民の生活の質を向上させたり利便性を高めたりしようという配慮は行政の側にはほとんどなく、あるのはあいかわらず縦割り意識であり、数字合わせと表面的な効率性のみを重視する行政特有のロジックであること。これらのことを告発することもまた、本書が書かれた理由のひとつだったのだ。

 

 

 

『哀史 三陸大津波』  歴史の教訓に学ぶ

山下文男     河出書房新社  2011/6/17

 

 

 

繰り返される『大量死』の恐怖  「東日本大津波」を体験して

すぐる3月11日(2011年)の東日本大津波は、死者2万人以上という過去の三陸津波史の中でも最大級の巨大津波であったことを示している。

 

「三陸海岸は日本一はおろか、世界一の津波常習海岸」とまでいわれた恐怖の津波海岸。

 

 こうした難しい地域事情の中で、実際には観光への否定的影響を考え過ぎて住民への津波防災教育を中途半端、乃至は軽視してきたことが大被害の背景としてまず問題になる。

 岩手県の場合、これには誰よりも県当局と行政に責任がある。このことを率直に反省し、腰を据えて防災教育に取り組まなければ、将来、またも同様のことを繰り返すことになりかねないと私は心配している。

 

三陸津波史の特徴は、強烈なパワーによる大量死と遺体の海の藻屑化、そして「体験の風化に伴う悲劇の繰り返し」だと言われつづけてきた。

 

・今回も、互いに助けあおうとしての共倒れ、津波のスピードと引き潮の猛威を無視した逃げ遅れ、一度逃げたのに物欲のため家に戻って折角の命を失ったケース(私の親戚などそのため二人も溺死している)等々、明治の津波や昭和の津波の後で数え切れないほど体験した悲劇がまるで新しいことでもあったかのように住民たちによって語られ、連日紙面を埋めている。

 今回こそ、こうした風化現象にはっきりとした歯止めをかけなければならない。

 

哀史 三陸大津波

「津浪常習海岸」の「宿命」

・三陸沿岸一帯を襲った明治以降の初めの大津波は、三陸沖を波源とする明治29年(1896615日の大津波であった。被害数は文献によって異なるが、比較的実数に近いと思われるものによると、死者は岩手県18158人、宮城県3387人、青森県343人、合計21888人。流出、倒壊、半壊戸数も三県で8200余戸に及んだ。

 

・次のものは、それから37年後の昭和8年(193333日の大津波で、前と同様、波源は三陸沖、この時も岩手県で2658人、宮城県で307人、青森県30人、合計2995人が死亡し、三県で約6000戸が流出・倒壊した。

 

・この間、明治30年(18978月をはじめ数度にわたる小津波があったと記録されているし、昭和8年の大津波後27年を経過した戦後、昭和35年(1960524日には、今度は遠く太平洋を隔てた地球の裏側の南米チリ沖を波源とする、いわゆる「チリ津波」に襲われている。この時も岩手県で61人、宮城県で54人、青森県で3人、福島県で4人、合計122人が死亡し、4000余戸が流出あるいは全・半壊した。

 

「三陸沿岸地方は古来大津波に襲われることが頻繁」で、貞観11年(869)以来17回も津波に襲われている。これによると平均して60年余に一回襲われている計算になる。

 

1600年から1970年までの370年間の津波を専門的な方法で分析すると「三陸沖では35年周期」が顕著であると指摘している。

 

実に三陸の太平洋沿岸は津浪襲来の常習地として日本一はおろか、世界一なのである。

 

狂瀾怒濤一瀉千里の勢い

しかも、津波の波高は、低いところでも23メートル、810メートルは普通の方で、なかには20メートル~30メートルと、まるで今日の7階建てー10階建てビルのような高さの波であった。「山のような波」だった、と表現されているのも、あながち誇張とはいえない。

 

 

 

 

『未来を透視する』   ジョー・マクモニーグル

ソフトバンク・クリエイティブ    20061226

 

 

 

日本の自然災害

2010年、長野で大きな地震が起きる

透視結果を見てもうろたえず、注意程度にとらえてほしい。ただし、最悪の事態に備えておいて、何も起こらないことを願おう。こと天災に関しては、透視は間違っているほうがありがたい。

 

<今後、日本で発生する大地震>

 

2007年  高槻市  震度6

2008年  伊勢崎市 震度6

2010年  長野市  震度7

2012年  伊丹市  震度6

 

2018年  東京都  震度6

2020年  市川市  震度6

2037年  鈴鹿市  震度7

 

噴火や地震にともなって海底では地盤の隆起や沈降が起きる。そして、膨大な量の海水が突然動きだし、衝撃波となって陸地の海外線へと進行する。

 

遠洋ではあまり目立つ動きではないが、浅瀬に入ると、衝撃波は巨大な津波となって陸地を襲い、都市部などを徹底的に破壊してしまう(波の高さはときには30メートル以上になることもある)

 

内陸へと押し寄せる力がピークに達すると、今度は海に戻り始め、残された街の残骸を一切合財引きずりこんでいく。警告もなしに、突然襲ってくれば被害はとりわけ甚大となる。

 

幸い日本には、優良な早期警戒システムがあるのだが、海底地震が発生して警報が発令されてから、津波が押し寄せる時間は、残念ながらどんどん短くなっている。

 

<日本を襲う津波>

 

2008年夏   11メートル

2010年晩夏  13メートル

 

2018年秋   11メートル

2025年夏   17メートル

2038年初夏  15メートル

2067年夏   21メートル

 

日本は津波による大きな被害を受けるだろう(なお、波の高さが10メートル以上に及ぶものだけに限定している)。北海道の北部沿岸の都市部は特に津波に弱い。徳島市、和歌山市、浜松市、鈴鹿市、新潟市、石巻市も同様である。このほかにも津波に無防備な小都市は数多くある。

 

<土地>

・気象変動とともに、日本の土地問題は悪化しはじめる。沿岸部での海面上昇と、暴風雨の際に発生する大波によって、低地の村落と小都市の生活が脅かされるようになる。堤防や防壁といった手段は効力を発揮しないため、2012年から2015年のあたりまでに多くの人が転居を余儀なくされるだろう。

 

 

 

『口語訳  遠野物語』

柳田國男  河出書房出版社   19927

 

 

 

<『遠野物語』>

・『遠野物語』は、1916(明治43)年に出版された日本民俗学の誕生を告げる記念碑的な本。

 

<魂の行方>

・土淵村の助役 北川清という人の家は、字火石(あざひいし)にあります。代々山伏で祖父は正福院といい、学者で著作も多く、村のために尽したんです。

 

その清の弟で福二という人は、海岸の田の浜へ、聟に行きましたが、先年(明治29年)の大津波にあい、妻と子どもを失いました。その後は、生き残った二人の子供とともに、元の屋敷あとに小屋を作り、一年ばかりそこにおりました。

 

・それは夏の初め、月夜の晩のことでした。福二は、便所に起きましたが、便所は遠く離れたところにあり、そこまで行く道は、波の打ち寄せるなぎさです。

 

・霧の一面に広がる夜でしたが、その霧の中から男女の二人連れが近づいて来ました。見ると女は、たしかに亡くなった自分の妻です。福二は思わず、その跡をつけて、はるばる船越村へ行く岬の、洞穴のあたりまで追いました。

 

・そこで妻の名を呼びますと、女は、ふり返ってにこっと笑いました。男のほうを見ますと、これも同じ里の者で、津波の難にあって死んだ人です。なんでも自分が聟に入る前、互いに深く心を通わせていたと聞いていた男です。

 

・「いまは、この人と夫婦になっています」と、女が言うものですから、「子どもはかわいくないのか」と言いますと、女は、少し顔色を変え、泣きだしてしまいました。

 

死んだ人と話をしているようには思えず、現実のようで悲しく、情なくなりました。うなだれて足元に目を落としているうちに、その男女は再び足早にそこから立ちのき、小浦へ行く道の山陰をめぐって、見えなくなってしまいました。

 

少し追いかけてもみましたが(相手は死んだ人なのに)と気づいてやめました。それでも、夜明けまで、道に立っていろいろと考え、朝になってからやっと小屋に帰りました。福二はその後もしばらくの間、悩み苦しんだということです。

 

(明治29年の大津波(明治三陸地震))

明治29615日(旧暦55日)夜8時ごろ、岩手県を中心とする三陸沿岸を襲った大津波のことです。波高は、38.2メートルを記録し、溺死者は22千人といわれ、最大級の津波でした。とくに、大槌町では、日清戦争の凱旋記念花火大会が行われていて、一瞬のうちに全滅という惨状だったといいます。

 

山田の蜃気楼

海岸の山田では、毎年蜃気楼が見えます。いつも外国の景色だということです。それは、見たこともない都会のようです。道路をりっぱな馬車がひっきりなしに通り、人の往来もびっくりするほど多いそうです。家の形など毎年少しも違いがないということです。

 

 


 

 

<●●インターネット情報から●●>

(産経WEST   2018/6/7

「南海トラフ」被害1410兆円 巨大地震は「国難」レベル 土木学会、長期推計公表

西日本を中心に大きな被害が想定されている南海トラフ巨大地震が起きた場合、道路など公共インフラの損害で長期的に1410兆円の被害が生じるとの推計を7日、土木学会が公表した。学会は「国難」レベルの災害になるとして、対策の強化や都市機能の分散を進めるべきだとしている。

 

 土木学会の委員会が公表した報告書によると、南海トラフ巨大地震の発生から、経済がほぼ回復するとみられる20年後までの間に、インフラの破損などに伴う経済活動の低迷で1240兆円、建物や工場、個人の資産で170兆円が失われるとした。

 

 南海トラフ巨大地震で政府は経済的被害を220兆円と推計しているが、土木学会の推計はこれを大きく上回り、本年度の国の一般会計予算である97兆7千億円余りの約14倍となった。 このほか、東京周辺を直撃する首都直下地震では計778兆円、大阪湾や伊勢湾の巨大高潮ではそれぞれ121兆円、19兆円と見積もった。巨大災害の経済被害を巡っては、政府が短期的な被害想定を公表しているが、20年後までの長期的な推計は初めて。 15年以内に有効な対策を進めれば、南海トラフ巨大地震では509兆円、首都直下地震では247兆円の損害を防ぐことができるとしている。

同学会は今後、報告書を政府に提出するとしており「長期計画を立て、対策の優先順位を検討してほしい」としている。

 土木学会の大石久和会長は7日の記者会見で「最大の経済圏である首都圏への人の流入が止まらない。そこに大災害が起これば日本は世界の最貧国になりかねない」と話した。



■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

『日月神示』も国常立神(くにとこたちのかみ)の高級神霊団の啓示という説もあるといわれます。『日月神示』の予言の研究者も多いようです。しかしながら、解釈が難しく、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。東日本大震災と『日月神示』の予言が結び付けられることも多いといわれます。『日月神示』の予言には、正確な日時や内容が判らず、どのようにも解釈できるようなところがあります。とにかく『日月神示』は、天変地異を予言しているようです。国常立神(くにとこたちのかみ)というのは、しばしばチャネラーに、登場する神のようですAmazonに「日月神示」といれますと129件の書籍がわかります。東日本大震災で、『日月神示』が再評価されているといわれます。「東日本大震災ショック」というものが、ほぼ国民全員に浸透したともいわれます。特に地震学者の受けたショックは深刻だったと語られています。地震や津波の被害の想定も、以前から比較すると大きく変化しているようです。

 

2012年1月に東京大学の地震研究所の平田教授らが、「マグニチュード(M)7級の首都圏直下型地震が発生する確率は4年以内で70%とする」衝撃の研究結果をまとめたので、マスメディアで報道され、誰でも知ることになったようです。このことにより東日本大震災で高まった緊張感が一層高まりました。南海トラフ巨大地震が起これば死者最悪で32万人と国の有識者会議が発表しましたので、関係者は対策を急ぎたいでしょうが、資金の不足が最大の問題となるようです。南海トラフ巨大地震は、最悪の場合、被害220兆円が想定されています。それは311大地震の10倍程度のようです。

 

・「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」の想定によると、太平洋沿岸が最悪クラスの揺れと津波に襲われた場合、建物や工場内の設備が被災する「直接被害」が40都府県で1695千億円に達すると推計されています。大都市部の愛知県で307千億円、大阪府で24兆円に達するとされています。また30メートルの超の津波が押し寄せるとされる静岡県と高知県ではそれぞれ、199千億円、106千億円の被害がでると予測されています。しかしながら、最新の想定では数字が大きく変化していると指摘されています。

 

・大都市での大地震や大津波も多くの人々の常識となったようです。東日本大震災は千年に一度の天災ではなく、百年に一度の人災であったといえるようです。特に原発事故がともなったので未曽有の国家危機となりました。

 

「天災は忘れた頃にやって来る」といわれますが、東日本大震災後の余震は頻繁に起こり、日本国民の多くにショックを与えました。そして余震は地震学者たちのすぐにでも起こるような大震災への警告とともに地方自治体の震災の対策計画を大きく変えたようです。つまり今後とも不特定な地域に不確実な時期に大震災は起こりうるということです。

 

・「首都圏直下型地震」への警告は昔からマスメディアに登場していましたし、テレビでもシミュレーションの映画がよく上映されていました。しかし、確か火炎流の恐ろしさが中心で、大津波の警告は少なかったようです。大津波への警戒の程度が低かったのは、明治三陸津波の10メートルの津波を基準としてこなかったからのようです。地震は関東大震災を基準にしていますが、なぜなのでしょうか。

 

明治三陸地震の教訓は現地の住民には知られていましたが、それ以後の行政レベルまでには徹底していなかったことが被害を拡大させたと指摘されています。原発事故も津波の基準を低く設定したことが原因となったそうです。原発事故も放射能が高濃度で広範囲に飛散したら大変な事態になったようです。東京の住民たちも避難しなければならないようなパニック的な事態も懸念されたようです。そのようになった場合、まさに壊滅的な被害を日本経済に与えたことでしょう。

 

・ブラジルの夢見の預言者、ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルースが「2011年が日本経済の破綻、2012年が阪神大震災」を預言していたそうで、不気味な預言が多いようで心配でした。神のような者からビジョンを見せてもらって警告するそうですが、異次元の高等知性体の異星人の存在が窺われるそうです。彼らの予言は、過去において年月が不正確な場合があると以後はマスメディアに無視されるようです。

 

・この度の東日本大震災で全ての楽観的な観測・希望は、一挙に吹き飛んだようです。首都圏、東海、その他の日本における大地震の警告が地震学者たちによって声高に叫ばれるようになりましたが、東日本大震災の後などで遅きに逸した感があります。地震研究所の学者たちは、何をしていたのでしょうか。学問と実際の実務の政策が結びつかなったといわれます。

 

・東日本大震災を予言・的中させた松原照子さんは、25年前に「20092011年、大阪、堺あたりを中心に大地震が起きる」と予言していました。時間軸が違いましたが二人の予言が一致するようでなお一層気にかかります。松原さんは、ホワイト・ブラザーフッドの人々からビジョンを見せてもらって預言をするそうです。

 

・予言は、正確な場所と日時が当たらないことが多く、また意味不明な高度な解釈を必要とする予言も多いので「イカサマ」扱いされるのがオチのようです。また、神のような存在からビジョンやメッセージを受け取る預言者たちに完璧を求めることはさまざまな条件から無理なようです。そして1件でも当たらないと、それ以後の全体が怪しいものとみなされ、熱心な読者たちからも忘れ去られるようです。

 

国常立神(くにとこたちのかみ)の『日月神示』の予言は、研究者も多いようですが、なお一層不気味です。『日月神示』は現代的な解釈が必要なので、現代人には分かりずらい点があるようです。しかし、「大都市における大震災や大津波の災害」については、東日本大震災の影響で80%の人々の常識になり防災意識も相当高まり、被害を抑える力になりましょうか。

 

・また、この度の東日本大震災を契機として、さまざまな地震学者からの警告や予言がでていますが、多すぎるので詳しくは知りませんし研究もしておりません。そして昔から高次元の高等知性体の異星人が様々な形で、人類に災害の警告をしているようなのです。しかしながら、あまりインパクトはなかったといわれました。異星人は一般的にタイム・トラベラーだそうですので、彼らの預言は注目されるようです。21世紀前の異星人の予言は人類の滅亡だとか第3次世界大戦だとか、支離滅裂で稀有壮大なものが多かったのですが、マスコミは忘れたようです。

 

・いたずらに不安をあおってもいけませんが、「10メートルの津波は何度でも来ていた。が、エリート官僚と選良が、津波の基準を5メートルにして、10メートルの防潮堤を造った。その結果、原発事故という未曽有の国家危機を招いた」と指摘されています。「数多ある失政のうちの一つにすぎない」そうですが残念です。

 

・津波の基準を低くしたために、東日本大震災により約20兆円の国家的な損失となったようです。被災地の県庁の役人たちが津波の基準を明治三陸地震の大津波の基準にしておけば、相当、死亡者等や被害を減らせたものと思われます。まさに天災は忘れた頃にやって来たのでした。

 

・そして、大地震とUFOの目撃は相関するそうです。「大地震や大災害・大事件の現場上空でUFOを目撃した」という話は少なくないようです。関東大震災の時に、上空に空飛ぶ円盤を見たという話があったそうです。

 

・一般に宇宙人はタイム・トラベラーですし、イルミナティの円盤はタイム・トラベルができるそうです。タイム・トラベラーたちからもたらされた予言は当たるようです。ちなみに「イルミナティの空飛ぶ円盤にレプティリアンと米軍の将軍が同乗していた」という与太話もあるそうです。イルミナティの空飛ぶ円盤が見えない次元で、東日本大震災の現場を観察していたのかもしれません。ちなみに、爬虫類人(レプティリアン)も人間タイプはとても知性的な顔をしているそうです。

 

・天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人は、はるかに進化しており時空を超越しているので、未来・過去も全部わかるようです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なために戦争がしょっちゅう起こる」ともいわれ、シリウス星人は、地球の事象に目に見える形で介入しないし、できないようです。地球は異次元の異星人に支配されているという話もあり不思議な事柄のようです。

 

・人類の歴史を見ると戦争の時代が平和な時代よりも長かったそうです。戦争というものが地球の歴史を描くシリウス星人の仕業が根底にあるとすれば、大変なことでしょう。シリウス星人は限界のない人々ともいわれ、歴史上に明らかに登場したことは、分からないようです。シリウス星人は様々な時代に人間に憑依して、人類を観察していたようなのです。

 

パラレル・ユニバース(並行宇宙)に住むシリウス星人が認識され始めています。またシリウス星人は天使的な宇宙人と言われているようです。「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会える」という与太話、冗談があるそうですが。神々も市井の人となり普通の生活をしているのでしょうか。超能力を示さなければ誰も分からないようです。フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであると指摘されています。

 

東日本大震災後の被災地での幽霊話は豊富であったと語られています。被災者が、さまざまな霊的な体験をしたようです。被災地の不思議な体験では、夢や携帯電話に関わるものが多いそうです。現代的なオカルト的な話のようです。これらの話も幻覚や幻聴といった話で片づけられることもできますが、その量的な面では無視できないと指摘されています。被災地の「幽霊話」や「霊的な体験」は本になり出版されています。東日本大震災のように一度に多くの人が死亡する場所では、人間の魂を救いあげるために多くの天使が集結すると語られています。これらは昼間の白っぽい幽霊のようなものですが、夢の中で「亡くなった家族」と遭遇する体験も多いといわれます。

 

You Tubeで「東日本大震災」の動画を見ていますと、ヘリコプターからの上空からのビデオに「数体の白いものが空中を動いている」のが見れました。それらは、人間の幽霊体か天使たちのものだったのかもしれません。非常に珍しい現象のようでした。東日本大震災のように同時に多数の人命が失われた場合、人間死後の世界である「幽界」や「霊界」とこの世が繋がるのかもしれません。そこで、様々な幽霊話や霊的な体験が起こってくるのかもしれません。東日本大震災は、とにかく非常に多くの人々が体感した大地震だったと語られています。

 

映像の時代」ですので、ビデオや監視カメラに「幽霊のようなもの」が多く映るようになりました。もちろん、コンピュータグラフィックス(CG)のものやフェイク(偽)・ニュースもあると思いますが。You Tubeではさまざまな不思議な動画が見られるといわれます。

 

2016年の「熊本地震」も「想定外」のことが多かったようで、避難者の救援活動がスムーズにいっていなかったようです。やはりトイレに困っている人々が多かったそうです。被災地では「トイレが万病の元」ともいわれているそうです。狭い車の中で夜を過ごす人も多かったので、エコノミー症候群も増えているようです。全国の被災者の方々に、お見舞い申し上げます。早く、被災地の人々も通常の生活に戻れると良いのですが。

 

・東日本大震災に関しては、幽霊話が豊富に語られているようです。『遠野物語』にも大槌町の幽霊話が載っています。ちなみに、私たち一般人は、「風俗嬢」の実態についてもよく知りません。「女性が働く必要のない社会」のベーシックインカムは、へりコプターマネーでユートピアで財源のない夢の話だそうです。ベーシック・インカムも最近では、諸外国や有識者の間では検討されているようです。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。

 

You Tubeで東日本大震災に動画を見てみますと、奇妙な動画を見ました。へりコプターからの動画だと思いますが、昼間なのに白い霊魂の様な幽霊が数体一緒に飛び回っているのが見えました。一時に大量の死者がでますと、多くの天使たちが集まり、死者の霊体を案内するといわれます。天使か死者の霊体が白く見えたのかもしれません。幽霊現象もある意味では宇宙人(神々や天使)の異次元現象と理解できるようです。目に見えない異次元世界の天使のような宇宙人は、この世にもさまざまな形態で関与してくるといわれます。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」といわれます。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。ところで東日本大震災でも失政が問題とされたようです。政府の「失政」も増えているそうで驚きます。失政を厳しく追及する国民の関心が欠けているのかもしれません。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。

 

東日本大震災は「1000年に一度の『天災』ではなく100年に一度の『人災』であった」のでしょうか。「県庁の役人たちは何をしていたのだろうか?」という評判が巷では囁かれていたそうです。事前の対策も欠陥があり、被害を拡大したようです。失政が、残念ながら増えているようです。「失政」について調べてみると驚くことが多いのかも知れません。三菱自動車の燃費の数字の改ざん問題も、大企業の話で驚きました。さまざまな社会の部門で劣化が進んでいるようで、背筋が寒くなります。特に大組織や大会社で問題が発生しているのは意外です。

 

警鐘の意味を込めてこのブログも<UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害を受けるだろう>という名称を副題に加えました。世界中の自然災害の予想は、昔から「予言」や「預言」、「未来透視」という形で伝わっています。しかし、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というように「多くの予言は、当たらなくなる」という結果になるようです。多くの予言者が、笑われて無視されてきました。なぜ、「予言」が当たらなくなるのかといいますと、「“あの世”が、パラレル・ワールドで、常に“この世”と相互作用があり、変動していくからだ」そうです。あの世とこの世が交錯する体験は誰でもが、無意識的にかまたは意識的にも、経験しているのかもしれません。「あの世」の動きが時間を経て「この世」に起こってくるともいわれます。

 

『未来を透視する』という本でマクモニーグルはさまざまな未来透視をしています。そしてマクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。生物化学兵器は「貧者の核兵器」といわれていますが、その大戦に相当使われるようです。「あの世」も私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。しかし、「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」そうです。人間の死後の世界、幽界や霊界は、割合信じる人が多いようです。20世紀の米ソの対立による「第3次世界大戦」の予言は、全て誤りとなり、その種類の本は店頭から消えてしまいました。またそろそろ、米中核戦争による第3次世界大戦の本が出てきだしました。「米中も南シナ海で軍事衝突するほどにはいかないだろう」と大多数の有識者が見ているようです。と同時に米中間のサイバー戦争が懸念されています。また北朝鮮の核兵器によるリスクも懸念されています。イルミナティカードの予言の話も荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で疑念がわきます。しかしながら、総務省と地方自治体の管轄の「郷土防衛隊」の創設が必要だといわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」といわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、一般国民が恥をかくといわれます。

 

amazonに「東日本大震災」と打ち込みますと11401件が検索されます。「地震・津波」と入力しますと2164件が検索できます。これらの数字は東日本大震災の衝撃の大きさを物語るものと思われます。東京にいた人々も激しく揺れた記憶とその日のことが、いまだに鮮明です。あたかも日本の全国の人びとが感じたほどの、地震の強さでした。東日本大震災の責任問題も日本的な対応が限界だそうです。熊本地震の予想外の大きさで、これらの大地震が今後起こり、不気味な南海トラフ巨大地震津波に繋がっていくという地震学者の説もあるようです。

 

・被災地では様々な復興計画が作られ検討されたようです。防潮堤の計画も様々な専門家の検討がなされているそうですが、防潮堤の高さをめぐっていろいろと対立があるようです。東日本大震災の惨状をみますと「県庁の役人や地震研究所のスタッフがしっかりと事前に過去の津波の被害範囲を認識して、住民保護のためにしっかりとした防災計画をつくり、予算を確保しておれば」という思いを国民の大多数がしたようです。また「明治、昭和と2度も大津波で被災しているのに、防災対策が甘かったのではないのか」と言う声も多いそうです。3階建ての避難センターに逃込んでも溺死したのではやりきれませんでしょう。10メートルの津波が何度も到来していたのに、津波の基準を5メートルにして、10メートルの堤防を作り、東日本大震災により大打撃を受けたといわれます。

 

「高台移転」とかの抜本対策も土地の確保の問題がでてきていたようです。「高台移転」について思い出すのは、松下幸之助の「新国土創成論」です。土地が不足する日本では海を埋め立てて土地を増やせという主張です。限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字では、大規模な長期計画は無理でしょうか。オリンピックは確実な期日がありますが、首都直下大地震津波と南海トラフ巨大地震津波は、起きる確率が非常に高いそうですが、期日は不明だそうです。「天災は忘れたころにやって来る」ようです。首都直下大地震津波と南海トラフ巨大地震津波の到来の確率が非常に高いことは、東日本大震災により庶民の常識となりました。地震保険も今後、増えていくでしょう。

  

・社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されなかったと指摘されています。政府にはベスト&ブライテストが集合しているはずなのだが!?女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。限られた予算、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、消費税も10%どころか将来は2030%も上げられる懸念もあるようです。

 

・東日本大震災から、7年経ちましたので、震災後の立て直しが進んでいるようです。被災者の日々の生活もめどが立ってきているようです。そして過去の欠陥のあった政策の検証がされて、反省がなされているようです。

 

さて「専門家の想定外の大津波」で壊滅的な約30兆円の被害と約3万人の死者がでた東日本大震災ですが、チリ地震の津波を基準にして作成された防災計画は役に立たなかったことは、非常に残念です。なぜ明治29年の大津波の40メートル(明治三陸地震)を基準にしなかったのでしょうか。昭和8年(1933年)の昭和三陸地震の教訓は生かされたのでしょうか。昭和三陸地震の際、津波が襲来した後の田老村は、家がほとんどない更地同然の姿となったそうです。

 

建物の3階以上も超えてくる大津波ではたまりません。原発の津波の防災レベルも5メートルの津波基準で低かったので未曽有の国家危機となりました。放射能が東京まで飛んできたら大変な非常事態でした。東京の住民が避難する懸念もあったそうです。松下幸之助が「国土の狭さが諸悪の根源だ」と言ったことが思い出されます。過去において2度も10メートルの大津波が襲ったのですが、津波の基準を5メートルにして、10メートルの防潮堤を造って、東日本大震災で大きな被害を受けました。行政当局のずさんな政策が批判されているようです。

 

防災計画は日本の津波災害史上で最大の被害となった明治29年の大津波40メートル(明治三陸地震)を基準にすべきだったそうです。

 

明治三陸津波の到達高は、全般的に10メートル程度、最大で38メートル。防潮堤の高さは、資金面から限られますが、避難基準に「明治29年の大津波(明治三陸地震)」のものを参考に適用すべきだったようです。「明治29年の大津波(明治三陸地震)」教訓は、一部の民間人の教訓にも活かされたようです。

 

『遠野物語』には、海岸部の不思議な話も載っており、大槌町の幽霊話や山田における奇妙な外国のような都会の蜃気楼の伝承等があります。山田の昔の「都会の蜃気楼」の正体は何だったのでしょうか。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

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