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空飛ぶ円盤(UFO)関連の書籍なら、南極大陸にナチスの基地があることが「通説」として語られている。矢追純一『ナチスがUFOを造っていた』(KADOKAWA夢文庫、1994年)が典型的だろう。

 

 

『考える人』2015年秋号

 

『「メディア流言」の時代』   ヒトラー神話の戦後70

佐藤卓也

 

 

 

・「ヒトラー神話」とは何なのか?194510月の毎日新聞の記事をはじめとするヒトラーをめぐる流言の隆盛を、日本の戦後民主主義との関係に照らして分析する。

 

<ナチスが月から攻めてきた!!

・火星人襲来から始まった本連載をひとまず終えるに当たって、やはり宇宙からの襲来から始めたい。それは火星人ではなく、ナチスが空飛ぶ円盤でアメリカに攻めこむSF娯楽映画《アイアン・スカイ》(フィンランド・ドイツ・オーストリア共同制作、2012年)だ。2012年9月に日本公開され、一部で大ブレイクしたカルト的作品である。公開に合わせて『別冊映画秘宝 ナチス映画電撃読本』(洋泉社ムック、2012年)も刊行されている。

 

・第2次大戦後、月の裏側に逃れたナチスはそこで「第四帝国」を築き、着々と地球へのレコンキスタ(失地回復)を狙っているという設定だ。リアルな歴史ではナチ親衛隊幹部の逃亡先としてアドルフ・アイヒマン(ユダヤ人強制収容所移送責任者)のアルゼンチン、ヨーゼフ・メンゲレ(アウシュヴィッツの医師)のブラジルなど南米、あるいはアロイス・ブルンナー(アイヒマンの副官)のシリアなど中東が多いが、月への亡命はさすがに荒唐無稽である。メンゲレ博士を描いたアイラ・レヴィンの小説が『ブラジルから来た少年』であるように、「ブラジルから」ならまだリアリティがあるが「月から」ではおとぎ話だろう。

 

・とはいえ、空飛ぶ円盤(UFO)関連の書籍なら、南極大陸にナチスの基地があることが「通説」として語られている。矢追純一『ナチスがUFOを造っていた』(KADOKAWA夢文庫、1994年)が典型的だろう。矢追は日本テレビの元ディレクターで多くのUFO番組を手がけているが、199410119時から2時間番組として日本テレビ系で放映された《矢追純一UFOスペシャル》がすごい。『朝日新聞』夕刊テレビ欄で内容はこう紹介されている。

「独ナチスがUFOを製造していた!?」衝撃・・戦車砲をつけたUFO写真66枚初公開▽国連事務総長が宇宙人の誘拐を目撃!▽ヒトラーは生きていた!?50年前に日独共同のUFOが火星に着陸していた!?

 テレビ欄なら「?」を付ければ、どんなデマでも載せていいのだろうか。

 

・しかし、SFの世界では火星がナチの生存圏であるのは常識となっている。SFおたくのバイブルともいうべきチャールズ・プラット『フリーゾーン大混戦』(ハヤカワ文庫、1994年)の第17章「火星から来た第3帝国クローネマイスター」では、ナチ突撃隊が地球に再突入する。あるいは、火星にヒトラーが転生して再び地球征服を志すという設定なら、デニス・ホイートリー『ナチス黒魔団』(国書刊行会、1983年)もある。火星どころか、さらに遠く金星のヒトラーを描いたのは、ターザン・シリーズで知られるエドガー・ライス・バローズの『金星の独裁者』(創元推理文庫、1969年 原著1939年)である。「戦後70年」だからあえて言及しておくが、類人猿ならぬ類猿人ターザンは同じ白人のナチスと戦っていない。だが、黄色人種の日本軍とは戦っている。

 

・『金星の独裁者』はスペースオペラの金字塔「火星シリーズ」に続く「金星シリーズ」第三巻であり、ニュルンベルグ党大会を彷彿させる分隊行進、親衛隊、政治犯の強制収容所など、まさに第三帝国のパノラマである。

 

<新華社が世界に伝えた「和服姿のヒトラー」>

・ただし、このニセ写真は戦前のヒトラー崇拝者によるメイド・イン・ジャパンという可能性が高く、このグローバルなメディア流言を日本のメディアが黙殺して済ませればよいとも思えない。さらに言えば、ヒトラーが日本に亡命したという「うわさ」は、実は歴とした日本発のメディア流言なのである。19451020日付『毎日新聞』は、同19日付米紙『スターズ・エンド・ストライプス』の記事として、ヒトラー総統がドイツの降伏前に日本亡命を計画していたと報じている。同18日にこの亡命計画を明らかにした「日本海軍軍令部某幕僚」は、194533日の秘密会議の席上において「ヒ総統及びその愛人エヴァ・ブラウンをドイツから救出するための最終的取極めが行はれた」という。

 

[ヒトラーは]もし日本が彼に対して安全な隠れ場所を提供してくれるならば日本に対して太平洋戦の勝利を保証すべき新秘密兵器の設計案を提供すると約束したとのことである、(中略)35日未明90日分の食料を積んで1潜水艦がハンブルグに向け横須賀軍港を出撃した、艦長を除いては乗組員の誰もが自分達の任務を知らなかった、しかしヒットラーとエヴァ・ブラウンのために美しい織物で飾られた贅沢な船室が甲板に設けられてあつた(後略)

 もちろん、「協同」と名付けられた潜水艦がインド洋上で給油したのちの行動は語られていない。この日本発の国際スクープ報道がデマだとしても、それもその後に簇生する「ヒトラーの再来/再生」譚の一部を構成している。

 

<日本にさまよふヒトラーの亡霊>

・むしろ、戦後日本で頻繁に現れたのはヒトラーよりその亡霊である。たとえば、『文芸春秋』19548月号に、そのものずばりの特集記事「日本にさまよふヒトラーの亡霊」がある。連載第7回で扱った19543月の第五福竜丸水爆被爆から5ヵ月後のことである。書き出しはこうである。

 近ごろ、またヒトラーという名前を、よく聞かされるようになった。しかも、この名が日本人の会話の中で、つかわれる度合は、だんだん増えている。/……この凶暴なドイツ人は、とつくに死んでしまった。いまのぼくらと、なんの関係もない外国人ではないか。奴のうわさをする必要が、どこにあるんだ?――と、いいたいところだが、そう単純になれないのが、現代人の神経である。ぼくらの住んでいる国の、有様でもある。/そこで、ヒトラーのうわさをしよう。

 

・日本でこうしたヒトラー神話の言説を分析した研究はほとんどない。しかし、ヒトラーのうわさは他の都市伝説と同じくらい広まっている。世界博学倶楽部『都市伝説の真相――背筋の凍る噂75!』(PHP研究所、2010年)では、口裂け女など「都市伝説」やトイレの怪談など「学校の怪談」と並んで「ヒトラー生存説――第二のナチス総統が現われる日」が収められている。21世紀の都市伝説らしく、死体の替え玉説よりもクローン技術による復活に力点が置かれている。1889年生まれのヒトラーがたとえ亡命に成功していたとしても、2010年なら121歳となり生存のリアリティはない。

 

・しかし、1965年ならどうだろうか。まだヒトラーは76歳である。この年、日本の劇映画ではおそらく初めてヒトラーが登場した。クレージーキャッツ結成10周年記念作品《大冒険》(東宝・渡辺プロ)である。円谷英二が特技監督をつとめたこのコメディ映画では偽札を造る「ナチス陰謀団」を背後で操る黒幕として「生きていたヒトラー」をアンドリュー・ヒューズが演じていた。ヒューズは日本で活動するトルコ人貿易商だったが、《大冒険》のために実施された「ヒットラーのそっくりさん」公開募集で選ばれ、以後多くの日本映画で「外国人」重要人物を演じている。

 

こうした日本の大衆文化におけるナチ・カルチャーの受容史は、拙編著『ヒトラーの呪縛――日本ナチカル研究序説』(中公文庫、2015年)に譲りたい。同著は大衆文化研究であって、必ずしもメディア流言との関連でヒトラー言説を扱っているわけではない。

 

・日本の文芸作品で「ヒトラー日本亡命」説を利用した最も重要な作品は、福田恆存の戯曲「総統いまだ死せず」(『別冊文藝春秋』19706月号)である。劇団四季(演出・浅利慶太)によって同年初演された。ヒトラー自殺前後に逃げ出した自称「ヒトラーの影武者」と彼を利用しようとする「ヒトラー信奉者」のやり取りのなかで、実は影武者が「ほんもの」、つまりヒトラー本人かもしれないという疑惑も浮上してくる。

 

・メディアにおけるリアリティとは何かを問う議論である。本物のヒトラーでさえ、メディアに映ったヒトラーほどには魅力的ではない。最高のヒトラーが本物なら、ヒトラー自身さえその替え玉に過ぎない。そう主張する水巻の身振りはヒトラーの動作と同じものになっていく。大衆は自らの欲望のいけにえとして、つぎつぎと英雄の替え玉を作り出す。替え玉の替え玉、そのまた替え玉……が生み出されるメディアの中に、本当の大人物(グレイト・マン)など存在しない。そこにいるのは有名人(ビッグ・ネーム)だけなのだ。「ヒトラーが生きている」という言説は、そうしたメディア社会の現実に対する批判でもある。

 

1970年代の日本では、マスメディアの世界で「総統を死の世界から喚び戻」す試みが大胆に実行されていた。ヒトラー神話を日本社会で最強の都市伝説に引き上げた契機として、五島勉『ノストラダムスの大予言』(祥伝社、1973年)の大ベストセラー化は無視できない。ミシェル・ド・ノートルダム(150366年)、ラテン語風に綴ってノストラダムスは、シャルル九世の侍医を務めたフランス・ルネッサンス期のユダヤ系占星術師である。その暗号めいた四行詩は古くから多様に解釈されてきた。一番有名なのは、次の詩である。

 

 1999の年、7の月

空から恐怖の大王が降ってくる

アンゴルモアの大王を復活させるために

その前後の期間、マルスは降伏の名のもとに支配

に乗り出すだろう。

 

1999年の大破局説は、その日が来るまで多くのメディアで紹介され続けた。『ノストラダムスの大予言 最終回答編』(祥伝社、1998年)までシリーズ10巻が刊行された。第一弾だけでも19988月までに累計発行部数は209万部(450版)に達していた。五島は右の詩の解釈として全面核戦争、地球環境汚染、彗星衝突など人類の終末をにおわせているが、ナチズム復活を予言してはいない。

 

・しかし、SFファンには「マルス(火星)の大義」の下にちょび髭のヒトラー(アンゴルモアの大王)がUFO軍団を率いて降臨するというイメージがわかりやすかった。連載第6回でも触れたように、1950年代の五島は左翼バクロ雑誌『真相』の反米主義ライターであり、ユダヤ陰謀論とも親和性があった。『ノストラダムスの大予言』の後、五島はヒトラーも予言者だったとする『1999年以後――ヒトラーだけに見えた恐怖の未来図』(祥伝社、1988年)も刊行している。以後、これに類するヒトラー関係のトンデモ本は大量に出版されてきた。

 当然のことながら予言崩壊の19997月以後はそうしたトンデモ本はいっとき書店から消えていた。だが、今年7月になって『1999年以後』は改訂版『ヒトラーの終末予言――側近に語った2039年』(祥伝社、2015年)として甦っている。日本に戦後民主主義が続く限り、メディアの中でヒトラー神話も温存されるのかもしれない。

 

 

 

『ナチスの女たち』

第三帝国への飛翔

アンナ・マリアジークムント    東洋書林 2009/7

 

 

 

 

 

<ゲルダ・ボルマン>

<一夫一婦制の代わりに一夫多妻制>

・ゲルダ・ボルマンは彼女の意志の強い夫を心から祝福し、寛大な理解を示し嫉妬心を抱くことはなかった。その後、彼女は、この総統の秘書の情事に刺激され、「民族危機時の婚姻制度」という実践的なコンセプトを練り上げるとともに、このために絶対に必要と思われる申告用紙の草案を構想した。このようなナチスの理想的夫婦像は、偏狭な一般社会常識から今はまだ誤解されているが、ナチスの国家ヴィジョンが一夫一婦制の解消を実行に移した際には、自分たちこそが重要な先駆者となるだろうと信じていた。その際、リード役を担うのが、ゲルダ・ボルマンだったのである。

 

19299月にゲルダとマルティンはゾルンで結婚式を挙げた。この挙式はプロテスタントの伝統にナチスの制服が混ざったものであった。白い衣装をまとった花嫁はベールと銀梅花の花冠をつけ、参列した女性たちは――その中にはボルマンの母親アントニーもいたが――晴れ着に着飾り、「花嫁の介添え」は薄物を身にまとい、髪に花飾りをつけていた。それとは対照的に男たちはみな、茶色のシャツに乗馬ズボンと乗馬靴、さらにハーケンクロイツの腕章をつけて現れた。ヒトラーと彼の秘書ルドルフ・ヘスが結婚立会人を務めた。「総統」は彼の大型メルセデスを教会までの道のりに提供し、特別な好意の証しとした。

 

1940年、ボルマン一家はオーバーザルツベルクのベルヒテスガーデンに居を移した。そこは一家がこれまでも夏を過ごしていた場所だった。そこにはボルマンの指揮のもと、大規模なナチスのコロニーが形成され、それによって彼は、しかるべき場所で、楽に仕事を監督することができるようになった。のどかな山間の深い谷は、ヒトラーがささやかな別荘「ヴァッヘンフェルト」をその地に購入した20年代から、急激な変貌を遂げた。人口は2百人から5千人へと膨れ上がった。長期間にわたる大規模な建設現場の光景に、かつての静かで空気のきれいな保養地の面影を見出すことはほとんど不可能だった。

 

・その命令とは、「従来の代理執務室はただちに党宰相官房と改名する。これは私の直属の部署とする。その長官は、これまでと同様、国家指導者マルティン・ボルマン党員とする」というものであった。

 

 これによりゲルダの夫は、ナチ政権の最も影響力の強い男の一人へと昇進した。党の官房長官として、また後に総統の秘書として、ボルマンはとりわけバックグラウンドで行動した。

 

・彼の経歴が頂点をきわめたとき、ボルマンは「総統」とその取り巻きとの間に壁のように身を差し入れた。彼は「総統のもとで報告する権利」を自らのものとし、彼がヒトラーに面会できる者を決定した。さらに独裁者に提出すべき書類の選択も、彼がするのだった。

 

・ゲルダ・ボルマンは、1946323日の晩に死亡した。享年37歳であった。検死解剖の結果、直接の死因は子宮ガンではなく、治療の際に引き起こされた水銀中毒であることが判明した。

 

・マルティン・ボルマンは、1946101日に、欠席裁判により死刑を宣告され、彼の財産は没収扱いとされた。シャルフ湖畔の不動産に関しては、1953年に回復審査手続きにおいて、前の所有者とボルマンの子どもたちとの間で和解が成立した。ナチ党官房長の捜索は数十年に及び、それは大々的なメディア・キャンペーンが付け加わった。「ボルマンはメキシコにいた?」、「ボルマンはたしかに南アメリカに?」、「ボルマンの所在地が判明」といった大見出しが、定期的に繰り返し現れた。ボルマンの逮捕には10万マルクの懸賞金がかけられ、数多くのジャーナリストが自力で彼を探し出そうとした。多くの者はゴール間近まで来ていると思い込んでいた。ところが彼らは――捜索者たちの証言によれば――かつての党官房長を、いつもギリギリのタイミングで、まさに「最後の瞬間に」取り逃がしてしまうのである。

 

・ウィーンの「ユダヤ迫害犠牲者同盟記録センター」を主宰するサイモン・ヴィーゼンタールは、1967年に、ボルマンがパラグアイとの国境近くのブラジルで大変裕福な暮らしを送っていると公言した。別の証言によれば、ボルマンはロシアのスパイとなり、さらにブラジルでは、強制収容所の医師であったメンゲレと一緒にいるところを目撃されたという。

 

 1972年にベルリンでボルマンの遺体が発見され、フランクフルト検事局ならびに歴史家ヨッヘン・フォン・ラングの調査によって、ボルマンがすでに194552日に、ベルリン帝国宰相官房の防空壕の近くで自殺を遂げていたことが、疑いのないものとして証明された。

 

 

 

 

『ナチスの女たち』

 秘められた愛

アンナ・マリアジークムント 東洋書林  2009/7

 

 

 

 

<エーファ・ブラウン 秘められた愛人>

・「総統にはプライベートな生活はない」というのが公式な、宣伝相ゲッペルスが広めたスローガンであった。「昼夜を問わず、総統はドイツ国民に身をささげている」と。

 

 ヒトラー自らが、彼の長年にわたるパートナーのまわりに沈黙の壁を築いていた。ごく身近な仲間だけが「総統」とブロンドの若い女性との関係について知っていた。この女性は私設秘書として、オ―バーザルツベルクにあるベルクホーフ山荘の職員の一人とみなさていた。彼女はこの肩書きで役所に届け出され、給料も党の会計から支払われていた。

 

・第三帝国では、「ヒトラーがベルクホーフで女性と暮らしている」とささやかれてはいたが、詳しいことを知る者はおらず、この見知らぬ人物の名前も、大戦末期になって初めて知られることになるのである。それはどこまでに秘密厳守の措置がたくみに講じられており、厳重な報道管制によって、ナチ支配の何年もの間、エーファ・ブラウンの写真はたった一枚だけ――誤って許可され――公開されただけであった。

 

1945430日の午後、赤軍の先頭がいまや宰相官房の地下壕から5メートルの距離まで迫ったとき、アドルフならびにエーファ・ヒトラー夫妻は自殺を敢行した。従僕のリンゲと一人の親衛隊員が、毛布に包まれたヒトラーのなきがらを外に運び出した。マルティン・ボルマンが、何も被せていないエーファ・ブラウンの遺骸を抱えて続き、それをヒトラーの運転手ケンプカに渡した。彼はのちに、彼女の死体には、いかなる血痕も見当たらなかったと証言している。ケンプカは二つの死骸の上にガソリンを注ぎ、そこに火をつけた。

 

 国民には「われらが総統アドルフ・ヒトラーが、息をひきとるまで戦いながら」死去したことが知らされた。194551日。ハンブルク放送局は「ヒトラーと彼の妻」の死亡について報道した。その際、アナウンサーは異常なまでにためらいながら、このニュースを告げるのであった。

 

・ところが、エーファ・ブラウンのきわめて興味深い人生は、彼女の死後に始まった。その頃、例の奇怪な噂が発生していたが、それは事情通からも反論されないまま放置されていた。エーファ・ブラウンの周囲で少し前までフットライトを浴びていた者たちは、終戦後は静かに匿名でいることのほうを好んだ。「ナチ政権の積極分子」と分類され、彼らは拘留されるか、もしくは告訴されていたからである。

 

・ほかのゴシップ報道も検証に対して持ちこたえることはできなかった。それに加えて、ヒトラーとエーファ・ブラウンが生きている、というニュースも数多く入ってきていた。ある情報提供者は、彼らが潜水艦でアルゼンチンに渡り、ある療養所で暮らしていると、調書に供述していた。

 

 

 

 

 

『アメリカ大陸のナチ文学』

ロベルト・ボラーニョ  白水社  2015/6/4

 

 

 

 

<エデルミラ・トンプソン・デ・メンディルセ  1894年ブエノスアイレス生まれー1993年ブエノスアイレス没>

15歳のときに処女詩集『パパへ』を出版、これによりブエノスアイレスの上流社会の並み居る女流詩人のなかでささやかな地位を得た。以後、20世紀初頭のラプラタ河両岸において抒情詩と趣味の良さで他の追従を許さなかったヒメナ・サンディエゴとスサナ・レスカノ=ラフィヌールがそれぞれ率いるサロンの常連となった。最初の詩集は、当然予想されるように、親への思い、宗教的省察、庭について詠ったものである。修道女になろうという考えを抱く。乗馬を習う。

 

1917年、20歳年上の農場主で実業家のセバスティアン・メンディルセと知り合う。数か月後に結婚したときは誰もが驚いた。当時の証言によれば、メンディルセは文学一般、ことに詩を蔑み、(ときおりオペラに行くことはあったものの)芸術的感性に欠け、会話の内容と言えば自分の雇う農夫や労働者並みだった。長身で精力的だったが、美男というには程遠かった。唯一の取り柄として知られていたのは、無尽蔵の資産である。エデルミラ・トンプソンの友人たちは打算的な結婚だと口々に言ったが、実際は恋愛結婚だった。

 

1921年、最初の散文作品『わが生涯のすべて』を出版する。これは起伏がないというのでなければ牧歌的な自伝で、ゴシップは語られず、風景描写や詩的省察に富んではいるが、作者の期待に反し、特に反響を呼ぶでもなく、ブエノスアイレスの書店のウィンドウから姿を消した。落胆したエデルミラは二人の幼い子供と二人の女中とともに、20以上のスーツケースを携え、ヨーロッパに旅立つ。

 

1926年は多くの取り巻きを従え、イタリアを旅行して過ごす。1927年、メンディルセが合流。1928年、ベルリンで長女ルス・メンディルセが生まれる。体重45百グラムの健康な子供だった。ドイツの哲学者ハウスホーファーが代父となり、洗礼式にはアルゼンチンおよびドイツの名だたる知識人が参列した。パーティーは33晩続き、ラーテノーに近い小さな森で終わったが、その折、メンディルセ夫妻はハウスホーファーのために作曲家でティンパニの名手ティト・バスケスが自作の曲を独奏するコンサートを催し、当時大評判となった。

 

1929年、世界大恐慌によってセバスティアン・メンディルセはアルゼンチンへの帰国を余儀なくされる一方、エデルミラと子供たちはアドルフ・ヒトラーに紹介され、ヒトラーは幼いルスを抱き上げて、「確かに素晴らしい子である」と述べる。全員で写真に納まる。未来の第三帝国総統はアルゼンチンの女流詩人に強い印象を残す。別れ際、エデルミラが自分の詩集を何冊かと『マルティン・フィエロ』の豪華本を贈ると、ヒトラーは熱烈な謝辞を述べ、その場で詩の一節をドイツ語に翻訳するよう求めたが、エデルミラとカロッツォーネはなんとかその場を切り抜ける。ヒトラーは満足した様子を見せる。きっぱりとした、未来志向の詩だ。エデルミラは喜び、上の二人の子供に最もふさわしい学校はどこかと助言を求める。ヒトラーはスイスの寄宿学校を勧めるが、最良の学校は人生であると付け加える。会見の終わりには、エデルミラもカロッツォーネも心底ヒトラー崇拝者になっている。

 

1940年、セバスティアン・メンディルセが亡くなる。エデルミラはヨーロッパ行きを望むが、戦争によって阻まれる。

 

1945年~46年にかけては、彼女の敵対者たちによれば、誰もいない海岸や人目につかない入江を頻繁に訪れ、デーニッツ提督の艦隊の残存した潜水艦に乗って到着する密航者をアルゼンチンにようこそと歓迎したという。また、雑誌「アルゼンチン第四帝国」、その後は同名の出版社にエデルミラが出資していたとも言われている。

 

 

 

<雑誌『ムー』(14 9月号)によると>

 

・「アルゼンチンは戦中・戦後の軍事独裁政権がいずれも親ナチス派だったため、第2次世界大戦にナチスの残党を大量に受け入れて匿った国だ。一説にはアルゼンチンだけで5000人、南米全体では9000人のナチス残党の戦争犯罪者が亡命した」とされている。じつはヒトラーもそのひとりだったという新味はあまりなさそうな新説が、今年1月、証拠写真数枚とともに発表されたばかりだ。

 

 発表者はブラジルの女流ノンフィクション作家シモーニ・ゲレイロ・ディアスで、当人もユダヤ系ブラジル人という。

 ほかのヒトラー生存説と同様、自殺したのはやはり替え玉で、ヒトラー本人は南米を転々として最後はブラジル奥地のマットグロッソに落ち着き、アドルフ・ライプツィッヒと名乗って肌の黒い愛人と暮らしていたが、1984年に95歳でひっそりと世を去った。

 シモーニはこの調査結果を『ブラジルのヒトラー:その生と死』と題する本にまとめて発表し、「墓を掘り返して、ぜひDNA鑑定にかけてほしい」と自信満々に主張している」

 

 

 

 

『図解 第三帝国』

森瀬 繚 / 司 史生  新紀元社   2008/5/8

 

 

 

 

<ヒトラーは生きている?>

・生存神話は歴史的に名高い人間につきものだが、各国の猜疑心が助長したアドルフ・ヒトラーの生存説は半ば都市伝説となっている。

 

<アドルフ・ヒトラー生存説>

・敗北を目の前にしたアドルフ・ヒトラーが、妻となったエヴァ・ブラウンと共に命を絶ったのは1945430日午後330分とされている。官邸地下の防空壕に最後まで残った部下達と無言で握手して回り、エヴァを伴って自室に入った後のことだった。運び出された遺体はその日の内に官邸の裏庭で焼却された。

 

・ヒトラー自殺の現場であるこの官邸を最初に占領したソ連軍が、ヨシフ・スターリンの緘口令によって長らくヒトラーの死についての詳細を公表しなかったことと、わずかに公表された内容が連合軍の調査と大きく食い違っていたことから、ヒトラーが今もどこかで生き延びているのではないかという噂がその後、長い間に渡って一人歩きしていくことになる。

 

・これは、ヒトラーの自殺を信じなかったソ連指導部の猜疑心によるもので、ソ連軍司令官のゲオルギー・ジェーコフ将軍による、大英帝国がヒトラーを匿っているという19458月の非難もそうしたソ連側の困惑を反映したものだった。第三帝国の高官達がUボートで南米や南極に逃亡したという噂は、アルゼンチンの港にUボートが実際に浮上した数件の事例によって疑惑に高まり、ハンブルクから出港した潜水艦にエヴァ・ブラウンと見られる女性が乗っていたなどの出所の不確かな様々な噂が飛び交い、世界各国の情報機関は1950年頃までの間、血眼になってヒトラーの行方を追っていたと言われている。

 

・具体的な逃亡説としては、1945430日にテンペルホーフ空港にてどこかに出発しようとしているヒトラーを見たという目撃談があり、これを裏付けるような報道がアメリカやチリの新聞に掲載されたことがある。また、警察に協力して捜査活動にあたったこともあるオランダの自称透視能力者ピーター・フルコスは、自著の中で1961年に生きているヒトラーを目撃したと書いている。

 

<Uボートによる逃亡説の一例>

1945430日(テンペルホーフ空港にて逃亡前のヒトラーが目撃される。

・デンマークに脱出。(アメリカ『ニューヨーク・タイムズ』紙)

・ノルウェーに移動。(チリ『ジグザグ』紙)

・Uボートに搭乗。(『ナショナル・ポリス・ギャゼット』紙)

1945719日 南米へ上陸、アルゼンチンへ?

 

<南極のヒトラー>

・南極圏のどこかに第三帝国の秘密基地があるという伝説は、ヒトラーが生存しているという伝説と共に戦後、世界中に広まっていた。

 

<南極大陸の秘密基地>

・ソビエト連邦がヒトラーの死を長らく隠しつづけたため、彼の逃亡についての噂話が独り歩きすることになった。総統がUボートで南極の秘密基地へと逃亡したという伝説も、そうした噂の一つである。ドイツ降伏後の19457月、オットー・ヴェルムート艦長の指揮する潜水艦U-530がアルゼンチンの港に浮上し、8月にはハインツ・シェッファー艦長のU-977が同じくアルゼンチンのマルデルプラタに入港した。

 

 U-530の乗員だったヴィルヘルム・ベルンハルトは、艦の任務が第三帝国の遺産を南極大陸のミューリッヒ・ホフマン山脈にある秘密基地へと運搬することだったと著書『ヒトラーと聖槍』に書いている。南太平洋、それも南極大陸周辺におけるUボートの活動については、フランス国営通信により19469月に報道されたこともある。

 

・ヒトラーの南極への関心は、アルフレート・リッチャーによる1938年の南極探検に遡る。リッチャーの調査した区域を、空母「シュワーベンラント」からとって「ノイエ・シュワーベンラント」と名づけたヒトラーは、この地に軍事拠点の建設を命じたという。第211基地が実際に稼働を始めたのは1942年頃で、敗戦の際に第三帝国の高官やユダヤ人から没収した財産を運搬し、友好的関係にある南米諸国との連携のもと再起を図るためのものと考えられた。

 

・合衆国のリチャード・E・バード少将は、1947年に南極探検作戦「オペレーション・ハイジャンプ」を実行しているが、この探検はこうした秘密基地の偵察を目的としていたという説がある。この探検が地球空洞説の証明のためのものだったと主張する者もおり、どちらにせよ鵜呑みにすることは難しい。カナダの歴史修正主義者のエルンスト・ズンデルは自説を広めるためにこの伝説を喧伝し、南極のUFO基地の見学に行くツアーを企画した。

 

<オデッサ機関>

・フレデリック・フォーサイスの小説『オデッサ・ファイル』によってその名が世界に知れ渡った、第三帝国の逃亡支援組織。

 

<南米への逃亡ルート>

・第三帝国の落日が目に見えて迫る頃になると、総統アドルフ・ヒトラーを筆頭に、国家社会主義ドイツ労働者党の高官や親衛隊、国防軍将校らをスペインや南米ボリビアなどの国へと脱出させるためのプランが練られ始め、逃亡支援のためのグループが幾つも組織された。

 

Organisation derehemaligenSS-Angeőrigen(元SS隊員のための組織)の頭文字から名前を取られたオデッサ機関もその一つである。オデッサ機関は1948年、グラーゼンバッハ捕虜収容所にいたパウル・ハウザーSS上級大将を首班に結成された「蜘蛛」を母体とする。戦後の欧州全体に親衛隊同志のための蜘蛛の巣のようなネットワークをはりめぐらせた「蜘蛛」は、退役軍人のための相互扶助組織を偽装しながらオーストリアとイタリアを経由してアドルフ・アイヒマンを含む数多くの戦犯を南米へと脱出させた。

 

・親ヒトラーの王族が主宰する「無言の支援」協会などの資金源を得て、空軍の英雄で戦後はアルゼンチンの航空産業界に食い込んでいたハンス・ウルリッヒ・ルーテルの「友愛会」といった同種の団体と協力関係を構築しながら営々とその規模を拡大したが、首脳部の対立により組織は分裂。この時、「蜘蛛」から分派したのがオデッサ機関で、パラグアイに根を張るこの組織は瞬く間に欧州全体に膨張。オットー・スコルツェニーが指導者だと噂された。

 

・オデッサ機関以外にも逃亡ルートは存在する。戦後行方をくらましたハインリヒ・ミューラーとその配下のゲシュタポが作り上げたとされる「水門」はマルチン・ボルマン逃亡に寄与したと噂され、親独の法王ピオ12世の支持のもと大司教アロイス・フーダルが主導したカトリック教会支援による修道院ルートと呼ばれる強固なラインもあった。

 

<ナチハンターたち>

・マルチン・ボルマンを筆頭に「人道上の罪」に問われるべき多くの第三帝国高官が終戦時に行方を晦ましたことが知れ渡ると、正義感や名誉欲に駆られたジャーナリスト達が戦争の記憶が生々しい欧州を駆け回って彼らの消息を追跡した。ジャーナリストから小説家に転身したフレデリック・フォーサイスは、潜伏中の「リガの虐殺者」、強制収容所所長エドゥアルト・ロシュマンを告発する目的で1972年に『オデッサ・ファイル』を発表した。

 

・こうした残党狩りの主役になったのはユダヤ人であり、復讐を求めた彼らの闘いは終戦間際には早くも始まっている。1944年、ユダヤ自治区の度重なる要請に折れた連合国はユダヤ人旅団の編成を認めた。ローマで終戦を迎え、ドイツ入りした彼らは手配中の戦犯に関するリストを連合軍勤務のユダヤ人同胞から入手し、イスラエル・カルミ大佐を首班とする処刑部隊を組織した。彼らが処刑したドイツ人は50名以上にのぼると見られている。

 

・戦後はモサドなどイスラエルの情報機関やプライベートのナチハンター達が、ボルマンをはじめゲシュタポ長官ハインリヒ・ミューラー、アウシュヴィッツ強制収容所で非人道的な実験を行ったヨーゼフ・メンゲレらの追跡に従事した。

 

<第三帝国のUFO>

・「ナチスがUFOを作っていた!」ブラウン管を通して日本のお茶の間をも騒がせた「新事実」は、歴史修正主義者のアドバルーンだった。

 

<空飛ぶ円盤>

・第三帝国が「空飛ぶ円盤」を開発していたと主張する人々が存在する。この珍説は1980年代に日本のジャーナリストによって紹介され、1994年には日本テレビ系列の特番に取り上げられた。以下は彼らの主張である。ヒトラー政権が成立した1933年、党の黒幕であるトゥーレ協会やヴリル協会などの神秘主義結社の後ろ盾のもと、ミュンヘン工科大学のW・O・シューマン博士らにより円盤型航空機RFZ-1が開発された。この研究はその後、親衛隊技術部門のE-IV部隊へと移管され、彼らの言う「電磁重力駆動機関」を利用した円盤型航空機が開発されたが、戦闘には不向きであったため実戦に投入されることはなかった。

 

・インターネットなどを媒介してUFO説の敷衍に努めているのは、ヒトラー政権下でのユダヤ人虐殺を否定する「歴史修正主義者」と呼ばれるグループである。その彼らの中心的人物であるカナダ在住のエルンスト・ズンデルが1985年に裁判をかけられた際、彼の弁護士はこの説がホロコースト否定論を広める客集めのでっちあげだと証言している。

 

<ルーン文字の呪力>

・親衛隊国家長官のハインリヒ・ヒムラーは、オーディンの創造した24種類のルーン文字にゲルマン民族の呪力が宿っていると信じていた。

 

<ゲルマン神話の遺産>

・ゲルマン人が言語表記に用いたルーン文字は、1世紀頃に考案されたものらしい。「神秘」を意味するゴート語が語源とされ、中国の甲骨文字と同じく呪術的な目的で用いられた。ゲルマン人は紀元前4世紀頃からスカンジナビア半島南部と、ライン河とウェーゼル河に挟まれた中央ヨーロッパの平原に居住するインド=ヨーロッパ族の民族で、その伝説は部分的にギリシアやローマ、東方のそれと共通している。

 

ゲルマン神話の原典とも言える叙事詩『古エッダ』によれば、ルーン文字を創造したのはゲルマン神話の主神オーディンとされているが、『古エッダ』は9世紀以降に成立したもので、最初からオーディンと結び付けられていたかどうかはわからない。

 

・ルーン文字こそは古代の北極圏にあったゲルマン民族の故郷で使用されていた文字であり、中国やバビロニアの文字の原型になったと信じるヒトラーは、祖国遺産協会などの親衛隊の研究機関に散逸した記録の収集を命じている。

 

<ラインハルト・ゲーレン>

19024月生まれ。第2次欧州大戦中に国防軍参謀本部の東方外国軍課長を務め、カナリス、シェレンベルクらと共にドイツの情報活動を担った。戦後、スタッフと共にアメリカ軍に投降し、アレン・W・ダレスの協力で、ゲーレン機関と呼ばれる私的な対ソ諜報組織を設立。マスコミからは「幻の人」「顔のない男」と称された。共産主義との闘争を何よりも優先し、逃亡中のSD・ゲシュタポ出身者を数多くスタッフとして雇用した。ゲーレン機関は1955年にドイツ連邦情報局(BND)に改組され、ゲーレンが初代長官に就任した。

 

 


■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

・ヒトラーはサブ・カルチャーとしては、世界では割とよく登場するようです。ドイツでは、現代でもSFの映画にでてくるようです。『アメリカ大陸のナチ文学』というのはフィクションの小説ですが、架空の作家の小説で面白い内容です。アルゼンチンは、昔からナチスとの繋がりの強い国です。第2次世界大戦後にもヒトラーは生きていたという話も少なくなかったようです。またヒトラーはホワイトブラザーフッド(白色同胞団)のメンバーだったという説もあり、不思議な話も多いようです。ヒトラーとゲルマンの神の金髪碧眼のアルデバラン星人との関係も分かりません。ヒトラーは霊媒で宇宙人から「人格転換」を受けた“霊界から来た男”ともいわれます。

 

・中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。ドイツの「異人」の正体は分かりませんが、爬虫類的異星人(レプティリアン)系列の宇宙人で、中世社会に同化していたのかもしれません。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。日本でも「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。多くの異人がヨーロッパに混じっていたのかもしれません。

 

・アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。シュメール文明を打ち立てたのが金髪碧眼のアルデバラン星人といわれ、牡牛座のアルデバランが故郷の惑星のようです。アルデバラン星人は現代でも「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる“スメーラン帝国”はどのような国だったのでしょうか。現代でも地球とコンタクトがあるのでしょうか。死後のヒトラーはどのようになっているのでしょうか。

 

・また金髪碧眼のアルデバラン星人と宇宙連合の関係も分かりません。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」ともいわれます。ホロコースト(大虐殺)にプレアデス人が関係していたとは驚きです。米国政府をも騙すくらいですから、地球人を支配することは簡単なことでしょう。「アシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する『光の偉大なる聖職者団(グレート・ブラザー/シスターフッド)』の空挺部隊のことである」といわれます。アシュター(銀河連合の総司令官と呼ばれる存在)と金髪碧眼のアルデバラン星人の関係も不明です。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。金髪碧眼のウンモ星人は、ヨーロッパで同化している異星人として知られています。「金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となった」そうです。金髪碧眼の宇宙人が神々や天使のイメージですが、その他の異星人との関係も不明です。黒目黒髪の神々や天使、堕天使も存在すると思われますが。

 

・フィクションとナンフィクションが入り混じって複雑怪奇なストーリーは世の中に非常に多いようです。ナンフィクション100%にするのが本当に難しいのは取材に限界があるからのようです。ナンフィクションかどうかと力まずに「軽い読み物」として読めばよいそうです。大新聞社の記事にもしばしば誤報があるそうです。「ヒトラーがベルリン陥落後の戦後も生きていた」という話は、それこそフィクションとナンフィクションの集大成のようなものなのでしょうか。それにしても「自殺したとされるヒトラーとエーファ・ブラウンが戦後も生きていた」という話は私たち一般人には、驚きです。

 

・ナチスの残党が南アメリカに逃亡するためには、十分な準備期間と莫大な資金があったようなのです。復讐の念に燃えるユダヤのナチハンターも、戦後に独立したイスラエルとユダヤ人の十分な体制が整うためには時間と資金が乏しかったようです。イスラエルの独立宣言は1948年ですから、その後に体制を整えてナチの探索に熾烈なスパイ戦が展開されたようです。そのためにジャーナリストがスパイの役割を果たしたようです。「戦後70年」の今も執拗に「スパイの秘密戦」が続いているのかもしれません。歴史的にも見てもヨーロッパの人種間や民族間の憎しみや殺し合いは、日本人の想像を絶するような執拗な歴史的な事実のようです。

 

・日本は島国でしたので、「元寇」からの侵略なども台風などで防げましたが、戦国時代のように国内での日常の殺戮、殺し合いはあったようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれますので、宇宙人の争いが、地上でも「代理戦争」のような形で行われたのかもしれません。宇宙人の争いも人間の想像を絶するほど、「執拗」のようです。宇宙連合からの情報もアバブ・トップシークレットで公開されないため私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。人類はどれだけ進化しても「神人」にはなれないようです。「はるかに遠い未来には、神人と“小人に退化した人類”の2種類になる」といわれます。堕天使ルシファーが天使団の3分の1を率いて神に反乱したという「天の戦争」が、形態を変えて続いているのかもしれません。

 

・ベルリンが陥落し、ナチスが崩壊する数年前から、敗戦を予想したナチスの情報機関は、莫大な軍資金とともに、南米諸国に逃亡拠点のネットワークを創り始めたそうです。特にアルゼンチンは、ドイツ移民を昔から受け入れており、かなりの数のナチ党員が、偽造パスポートを使い、移民としてドイツを脱出したようです。アルゼンチン政府は当時、イタリアやドイツの移民を多く受け入れており、多額な工作資金が、ドイツから情報機関のネットワークに流れたようです。

 

・そして多くの南米のドイツ移民がナチスの逃亡に協力したようです。特にアルゼンチンという国は、ヨーロッパからの移民にとっては「別天地」だったようです。アルゼンチンの上流階級にイタリアやドイツ移民が多かったので、ナチスに全面的に協力したようです。日本からは、南米は最も遠い国々ですが、日本人移民も多く渡航した歴史がありました。ブラジルのマットグロッソには沖縄の移民が多いようです。

 

・当時、移民したドイツ人はあまりに多かったために、戦後に連合軍が、チェックができなかったようです。アルゼンチンの国民(4076万人)はヨーロッパ系が85%ともいわれています。ヨーロッパ系アルゼンチン人にはイタリア系、ドイツ系、スペイン系の住民が多いそうです。当時のアルゼンチンの政情もナチスに協力的だったそうです。ナチの秘密情報機関は、現在でも機能しているのでしょうか。「戦後70年」ということで、世界中で様々なイベントやメディアの特集がありますが、ドイツ社会では、どのような様子なのでしょうか。「戦後70年」の日本も安全保障の問題をはじめ多くの問題を抱えています。

 

・ヒトラーはベルリンの総統地下壕で自殺したのではなく、ノルウェーなどを経由して、アルゼンチンに逃亡したという説が、昔から世界中であったそうです。「ヒトラー自殺」説に一番、疑問を持ったのが、ヒトラーの遺体を探し出して確保したという当時のスターリンをはじめとするソ連の情報機関だったようです。ナチ・ハンターも当然、動いていたようです。

 

・「ヒトラー本人は南米を転々として最後はブラジル奥地のマットグロッソに落ち着き、アドルフ・ライプツィッヒと名乗って肌の黒い愛人と暮らしていたが、1984年に95歳でひっそりと世を去った」という話も真偽は分かりませんが、ヒトラーの戦後の多くの生存話の一つのようです。「戦後70年」たちますが、ヒトラーは欧米人にとっても大きな謎のようです。またヒトラーの秘書だったマルチン・ボルマンも整形手術をして南米に逃亡したようです。

 

・ナチスには、背後には金髪碧眼のアルデバラン星人や金髪碧眼のプレアデス星人がいたそうです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。「不死のテクノロジー」も当然ながら入手しているようです。シュメール文明を打ち立てたのが金髪碧眼のアルデバラン星人といわれ、牡牛座のアルデバランが故郷の惑星のようです。地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる“スメーラン帝国”についても詳細はわかりません。

 

・リラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人エロヒムのコンタクティであるフランスのクロード・ボリロン・ラエルによると遺伝子操作による「不死の惑星」に行ってきたといわれます。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。

 

・米国が秘密協定を結んだのはラージノーズ・グレイというオリオン星人といわれています。1954年には、「ラージノーズ・グレイ」という種族が、ホロマン空軍基地に舞い降りた、と主張されています。宇宙人「グレイ」の故郷もベテルギウス(オリオン座の恒星)なのだといわれます。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるそうです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」そうです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。

 

・オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いているようです。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記3831節)という謎の文句があります。

 

現在、住民の8割がUFOを目撃している、アルゼンチンのカピージャデルモンテが話題になっているそうですが、南米はUFOや異星人の話が昔からとても豊富な地域です。ブラジルのマットグロッソもUFOで有名だそうです。ブラジル政府が唯一、UFOの存在を認めている国として知られているようです。Amazonに「ヒトラー」といれますと「すべてのカテゴリー」で2022件、「本」で987件、「洋書」では11802件の洋書がわかります。ヒトラーは世界中の多くの読者の関心事のようです。

 

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・ブログ名称 UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか!?」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

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